1-2秘密の部屋と乱心王妃
王城は大きくかなり広い。
1000年以上の歴史の中で何度も大規模な拡張工事が行われ、
旧王城とも言うべき初期の建造物を取り囲むように
新たな構造物が建設された。
旧王城のいくつかの区画は書庫、倉庫として
利用できるよう改築されているが、
普段立ち入り禁止に指定されている区画もいくつかある。
そのうちの一つが「謁見の間」である。
長方形のホールの奥には一段小高い部分がある。
王が座る玉座が設置されていた場所だ。
玉座スペースのまん前に、
大人一人が足を伸ばして寝そべる事ができる程度の
大きさの大理石が設置されている。
高さは自分の腰くらいだった。
大理石の上には古めかしいロングソードが置かれていた。
幅はやや狭く一般的なロングソードよりはスリムな印象。
柄の部分は装飾されておらず、
一見するとなんの変哲もない大量生産品に見える。
私は父に尋ねた。
「父上、これは?」
「かつての勇者が置いていった剣だ」
「かつての勇者・・・・ルド王国建国時に
活躍したと言われる伝説の勇者ですか?」
建国物語に登場する勇者のことだ。
魔物と戦い魔王を滅した英雄である。
物語となり戯曲にもなり子供達の絵本にも登場する勇者は
今でも国民の間では絶大なる人気を誇る。
「アレックスよ。その剣をを手に取ってみよ」
言われるがままに柄に手を伸ばし持ち上げようとする。
「・・・・っつ。動きません!柄を掴む事すらできない!
いったいどうなっているんですか?」
「わからぬ。どんな魔術が施されているのか
誰も解き明かせぬままなのだ。
言い伝えでは戦いが終わった後初代の王に
謁見した勇者はここに勇者の剣を置き、
『魔物がはびこる時代が再び来るであろう。
その時また魔物共と魔王を滅する勇者が現れる。
新たなる勇者の資格を持つ者のみがこの剣を手に取ることが出来る。
その時代の王家は勇者の活動を全面的に支持されたし』と言い残したそうだ」
「なるほど。私の仕事はこの剣を持てる者を探すことになるのですね」
「そうだ。方法はお前に任せる。すぐに見つかるとは思えないが、
お前が士官学校を卒業し成人の儀を迎えるまでとしよう」
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三人で現執務室に戻り今週のスケジュールのすりあわせを行う。
「今日はこんなところでいいよねー、父上、アレックス」
兄であるクレイグ・ボ・ルドウィンが軽い調子で言う。
「アレックスもさー、そんな気張んなくてもいいよー?
勇者捜しとか割と無理難題っぽいしねー。
僕には無理だなあ、そんな根気のいる仕事」
相変わらず口調が軽い。
しかし見る人によれば、人なつっこく気さくな王子様に見えるらしい。
金髪碧眼のハンサムガイ。文武両道でジェントルマン。
私だけではなく誰にでも分け隔て無く優しく接する兄は完璧だ。
この兄が次代の王になることが決まっているが故に、
次男坊である私はわりとのほほんと過ごすことができるのだ。
「兄上、ご心配ありがとうございます。
与えられた使命このアレックス必ずや・・・」
「だーかーらー。今の内からそんなに気を張ってたら倒れちゃうよ?
それに父上はアレックス一人ですべてやれとは言ってないでしょ?
信頼できる部下を揃えなよ。ね?
もちろん自分で目星をつけて父上に許可を貰うように。
その人物の今後の予定とか立場とか調整しなきゃなんいないし。
その辺は父上が融通きかせてくれるさ。ねっ父上!」
「うむ。クレイグの言うとおりだな。
普段ならこちらで選んであてがってもよいのだが
それでは勉強にならん。自分で探してみなさい」
「わかりました」
「では戻るがよい」
私は執務室を後にした。
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執務室に残ったクレイグと国王ウォルター・ボ・ルドウィンは
声をひそめ会話を続ける。
「父上、これでしばらくは目くらましになりますね。
アレックスには悪いが」
「内通者がいる節がある故に致し方ない。
アレックスには直接危機が及ばないように最大限の配慮はするつもりだ」
「それはわかってますよ父上。
とにもかくにも独立運動の兆しがあるのは例の穀倉地帯だけではありません。
国内の不穏分子に勢いをつけさせる前に魔王討伐軍の名の下に軍を再編しなければ」
ルド王国の国土は広い。
王都を中心にいくつかの政令指定都市とその都市をつなぐ
街道沿いに中規模の市や町が存在する。
1000年にも及ぶ国土改造計画の主な部分は街道と各都市の整備だった。
一級街道は国の管轄となる。
政令指定都市周辺の農村や工業都市をつなぐ街道は二級街道と呼ばれ、
その地域を治める貴族が管理する。
ヒト、モノ、カネの動きが円滑になれば経済は活性化する。
国の維持発展のためには欠かせない事業であった。
しかし移動は徒歩か馬車。整備された街道でも、
王都に行くまで1ヶ月以上かかる都市もある。
命令の伝達にもそれなりに時間がかかるため、
ことあるごとにいちいち中央の指示を待っていたのでは
手遅れになる事もあるのだ。
それ故に各政令指定都市を治める貴族にはある程度の自治が認められている。
言わば国の中に国があるようなものである。
自領の運営が中央無しで出来るならば、
王国に所属しなくとも独立してしまえば良いのでは?
そう考える貴族が出てきてもおかしくはない。
そのような気を起こさせないためにも貴族には蓄財を許さず、
街道と都市の整備にカネを使わせてきた。
カネが無ければ勝手に軍備を増強することも出来なくなる。
しかしそれも限界に近づいてきた。
「事前に牙を抜いてしまえば事が大げさになることもなかろう。
明日は軍務、内務、外務 それぞれが抱える諜報部の情報を持ち寄って話を詰めて行こう」
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四季折々の花が咲き乱れる美しい庭園がある一角に一つの塔がある。
北の塔とも花の塔とも呼ばれるそこには
ルド王国の王妃マチルダ・ボ・ルドウィンが幽閉されていた。
乱心した、との理由である。
塔と庭園は高さ5m程度の壁に囲まれ出入り用の門は一つだけ。
門の前には常に衛兵が立っている。
普段は庭園を散策したり書物を読みあさったりしてすごす。
マチルダは塔の最上部にある部屋の窓から美しい庭園を眺める。
すでに30台半ばを越えているのにもかかわらず
張りのある肌ツヤを保つ若々しい姿。
幽閉されたのは乱心したから、とは表向きの理由で
いつまでも若さを保てるのは魔女だからだ、
などと噂を立てられたりもしている。
誰かが部屋をノックする。侍女の一人がお茶を運んできた。
「ありがとうマリアン。子犬ちゃん達は元気かしら?」
ティーカップを口に運び王妃は侍女マリアンに尋ねた。
「はい。元気にすくすくと育っております」
「どんな感じ?」
「はい。なにか新しいおもちゃを与えられたようです。
兄の方はまだ様子を伺っております。
弟の方は遊ぶ、と言うよりも遊ばされてる様子でございます」
「そう。ありがとね。さがっていいわ」
飲みかけのティーカップをワゴンに乗せ部屋を出て行く
マリアンに王妃が声をかける。
「マリアン。そろそろ出番よ」
「御意」
「さて、乱心王妃のポジションにも飽きて来たし。
もう3年?早いわねえ。
それにしてもまさかあの子犬ちゃん達が兄弟とはおそれいったわ」
ふうと小さなため息をつく。
「わたし一人しか産んでないんだけどねえ。
なんで息子が二人いるのよと騒いだらこの始末。
初手で誤ったわ」
誰もいない空間を指さし少し張りのある声を出す。
「反撃開始、ね」