表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

146/149

ベルトランのその後


 戦争が終わったので私の諜報部隊は出番がなくなった。

しかし腕の良い連中だったので内務に掛け合って

諜報機関で再就職できるようにかけあった。


 もし機会があれば軍を辞めてパールバディアに

移住しても良いと考えていた私は、

元部下には個人的にカネを渡しパールバディアや

クワイトの様子を報告して貰っていた。


「長年パールバディアに潜入している先輩から

聞いたんですが。

パールバディアは教育制度改革に乗り出したみたいですね」


「教育制度改革か。それはどんな?」


「義務教育期間を設け子供達は一定年齢に達するまで

強制的に学校に通わされるみたいです」


 初等教育機関の入学年齢は7歳。

3年の期間で読み書き計算等を習う。

次の3年は中等教育。

ここではもう少し突っ込んだ教育を施し

各生徒の適正を見極める。

この6年が義務教育期間となる。


 成人する15歳までの2年間は高等教育になりこれは

任意だそうだ。


「しかし各家庭の教育費の負担は増大するな。

貧乏な家庭は大変だろう」


「いえ、義務教育は無料です。

国がカネを出すそうです」


「なんと・・・・素晴らしい」


 正直に言おう。嫉妬した。


 なぜ我が国ではこれが出来ないのか。

いや、やらねばならないだろう。


 間違いなく言える。

近い将来パールバディアの産業は世界をリードしていくだろう。

産業だけではない。

文化の発展にも基礎教育は必要だ。

このままではルド王国は取り返しのつかない

発展の遅れが生じる可能性もある。


 さっそくアレックス国王に謁見し進言してみた。


「その話はすでに聞いている。

我が国でも導入しては?との意見も出た。

だが反対する貴族も多いのだ」


「それはなぜでしょうか」


「農民に変な知識を持たせたら言うことを聞かなく

なるだろうと考えてるらしいな」


「陛下、平民の私がこんな事を言えばクビが飛ぶかも知れません。

が、あえて言わせていただきます。

その貴族達は能なしです。

すぐに爵位を取り上げるべきですな」


 陛下は真剣な顔でじっと私を見ている。

「ベルトランがそこまで強い口調で訴えるのも珍しいな」


「陛下、少し私の身の上話をしてもよろしいでしょうか」

「聞こう」


 今まで黙っていた幼少時代からの身の上を陛下に語った。


「すまん。気がついてやれなかった。

素直に尊敬する。

君を友にできた事を誇りに思うよ」

「陛下、もったいなきお言葉」


「現在の初等教育は無料ではない上に義務でもない。

まずはここから着手するか。

反対派の貴族をいかに寝返らせられるか、かな」


「ええ、パールバディアは一気に中等教育まで

無償化させました。ここまで大胆な政策を

取れるのは政治体制の変化が大きいでしょうね」


「そうか、パールバディアは国民の代表が話し合って

決めているのだったな。

当初は愚衆政治に陥りやすいのでは、と多少冷めた目で

見ていたのだがこういう面もあるのか」


 陛下は腕を組んで難しい顔をしている。

「ま、政治体制の話は置いておこう。

ともあれ改革となると年長者で有力な人物を

引き込まないと。

誰がいいか・・・・・」


「陛下、いっそマチルダ先王陛下に相談してみては」

「母か。確かに味方につければ心強いが

教育に関してどこまで知識があるかは聞いてみないとわからんな。

わかった、そこは私に任せてくれ」


 アレックス陛下と約束をしその場を辞した。


 家に帰ってから元部下達の報告をまとめさらに情報を

仕入れてくるようにお願いをした。


 部下の一人が申し訳なさそうに言う。

「中佐殿、私も自分の仕事が手一杯で思うような

活動は出来ないと思います。

そこで最近退役した先輩を紹介します」


「そうか、今まで君の手を煩わせてしまって申し訳なかった」

お礼にいくらかを包んだが受け取りは拒否されてしまった。


「中佐殿。嫌だから言ってるわけではないんです。

上司の命令で今度はガウンムアに行かねばならないんですよ」


「わかった。今の仕事が優先なのは当たり前だ。

しかしこれは受け取ってくれないか。

気が向いたらなにかおみやげでも買ってきてくれ」


「そういう事なら素直に頂きます。

後で先輩をここに寄越しますね」


 後日私を訪ねてきたのはジョン・スミスと名乗る人物だった。

「初めまして、ベルトラン中佐殿。

話の大筋は聞いてますよ。

パールバディアの教育関係の情報が欲しいとか?」


「ええ、その通りです。我が国にも初等義務教育制度

を取り入れたいと思いまして。

しかしスミスさん。

まだ壮健のようですが退役されたんですか?」


「ええ、恥ずかしながらこの歳で最近結婚しまして。

妻の実家の雑貨屋で働くことにしました。

戦争は終わって諜報部も人員を削減する方向ですしね」


 おそらく私が部下を潜り込ませた影響もあるのでは、と思った。

「きちんと報酬は払いますよ。ぜひお願いしたい」


「承りましょう。旅費プラスアルファがあれば良いですので」


 ジョンはパールバディアに行き教育関連の情報を

細かく集めてくれた。

義務教育関連だけではなく新しい大学、大学院まで整備しようと

しているパールバディアの姿勢に驚きを禁じ得ない。


 パールバディアは教育省なる新しい省を作り大臣まで置いた。

「これはいよいよ見過ごせないぞ。

一刻も早く我が国も教育制度をなんとかせねば

パールバディアに遅れを取ることになる」


 私は独自にまとめたパールバディアの現状と

我が国がどうすればいいかをまとめた改革の草案を携えて

再び陛下の執務室に赴いた。


 そこには数人の貴族とマチルダ先王陛下がいらっしゃった。

「ベルトラン、久しぶりね。いつ以来かしら?」


「先王陛下、士官学校時代に一度だけ夕食会に参加させて

頂いた事が御座います。その時以来かと」


「立派になったわね。

積もる話もあるけれど今日は教育改革に関する『勉強会』よ。

まずはあなたの意見を聞かせて頂戴な」


 私は自分でまとめたレポートと草案を披露した。

先王陛下が驚いている。

「それは自分で、しかも私費で調べ上げたのかしら」


 まずい。スパイを雇っていることがばれたか?

「え、ええ。パールバディアに出入りしてる人々の話を

まとめたんです」


 先王陛下は意味深な笑顔で笑ったが

すぐに真剣な顔で言った。

「よくぞそこまで調べ上げました。

草案も素晴らしい。

アレックス、ベルトランを教育大臣に任命しなさい」


「母上、ベルトランは平民ですぞ」

「じゃあ爵位を与えなさい。

あなたにはその権限があります。

文句を言いそうな貴族は先に根回ししてね。

うっかり背中を叩いたら埃が出ちゃいましたとかいう手を使っても

今回は笑って済ませてあげるわよ。

あ、私はもう女王じゃないんだっけ」


 私をはじめこの場にいた者は皆背筋が凍ったのでは。


「えー、母上。出来れば穏便に済ませたいですな」


「甘いわね。あんた戦争の時は大胆な作戦を

指揮してきたくせになに弱気になっているの。

いいこと?これは戦争と同じと思いなさい。

国民の知的レベルを上げる事がもたらす結果を

想像してみなさい。

高等教育に進んだ者は各分野の研究を突き詰め

新しい発明をする可能性も出てくるわね。

各産業の発展に直接結びつく重要な事案なのよ。

これからは魔道銃を使った戦争ではなく

現金が飛び交う経済戦争が始まるわよ。

貿易の収支が赤字になればそれだけ我が国の財貨が

国外に流出することになる。

教育改革はそれほどまでに重要な事であると

ここにいる全員が認識すべきよ」


「わかりました。では国王である私の権限で

ベルトランを男爵にし教育大臣の仕事をして貰いましょう。

ベルトラン、軍は退役し準備して貰いたい」


「謹んでお受けさせていただきます」


 これは王政だから出来ることである。

基本的には各分野のことは各大臣が取り仕切り

御前会議では承認と報告がなされるだけの事が多い。


 しかし王の権限は絶大なのだ。

強権を発動されたら誰も逆らえないのである。


 これは逆に愚王がトップに付けば国は傾く危険性も

孕んでいることを意味するのだが今ここで言うべき事ではない。


 それからは目の回る忙しさだった。

既存の学校だけでは就学年齢の子供達を全員学ばせる

スペースがない。


 新たな校舎を建設しなければならないのだが予算の

承認を得るのもなかなかに大変だった。


 ここも国王の強権に期待したいところだったが

戦後の復興はまだ終わっておらず王家も貴族も緊縮財政が

続いている。

すなわちない袖は振れないのだ。


 ここでアレックス国王が募った篤志家達からの寄付が

役に立った。


 増えた生徒に対して教師も増やさねばならない。

軍はリストラをしている最中だったので高等教育を

受けていた者は学校の教諭が転職先の一つに加わった。


 教師になるための知識も必要になるので教育大学の

設置も進言した。


 教育内容も見直しがされ国語、数学、理科、社会。

芸術、宗教、体育それに道徳と言った科目まで加わった。


~~


 忙しくしているウチに10年が経ってしまった。

先王陛下がおっしゃっていたとおりに新体制での教育を

受けた者は各分野で活躍をし始めた。

 

 私は私の活動の功績が認められ一代限りの男爵から

世襲が出来る男爵になった。

爵位その物は変わらないのだが世襲できるようになり

ようやく貴族社会の一員として認めて貰えるのだ。


「ベルトラン、これで名実共に貴族の仲間入りだぞ。

平民出身でも勉学に励みここまで出世できる道筋を

教育大臣自らが示してくれたのだ。

おめでとう」


「陛下、有り難きお言葉」


「ところでベルトラン。嫁はどうするのかね?」

「う・・・その話ですか」


 正直に言おう。

女は苦手だ。


 商売女なら気兼ねなく抱けるのだが素人の女性とは

お付き合いをしたことがない。

それに貴族の作法も習ってはいるが女性相手のマナーなどは

身についていない。

そのことを陛下に伝えた。


「ははは、なにを心配してるのかと思えば。

我妻クロエがレクチャーしてくれるぞ。

なんなら女性陣を集めてみようか。

セシリア様なら・・・・」

「ノー!ノー!いけません陛下、

私ごときに聖女様の手を煩わせるなどもっての他です!」


「女性恐怖症か?

まあ君に見合う女性を見繕ってみるからお見合いして

結婚してくれ。これは国王の命である」


 国王陛下の命令とあらば逆らえない。

ここで強権発動するとは陛下も意地が悪い。


 結局クロエ王妃様とセシリア様、さらには貴族家の奥様達に

さんざんいぢられてマナーを身につけ地方貴族の三女と見合いをして

結婚した。 


 教育改革はまだ終わっていない。

今は大学と大学院の充実に向けて仕事中である。


 高等教育以上は任意であるため完全な無償化は出来ない。

そこで各ボランティア機関が寄付を募り貧乏ではあるが

成績優秀な学生のために返済不要の奨学金を与えることになった。


 パールバディアも国際連絡会議に再び加わり

かの国の情報もよりいっそう入りやすくなった。


 パールバディアは常に我々の一歩先を行っている。

例えばパールバディアでも義務教育が終わり

高等教育に進まない者達はそのまま社会に出るのだが、

働きながら学びたい者のために社会人大学を作り

各分野の専門知識を習得した者には単位修得証書を与えているそうだ。


 仕事の合間に睡魔や空腹と戦いながら勉強していた

あの頃を思い出す。

だが1単位だけでいいならそれほどの負担にはならないだろう。

社会人になっても知識を求める者にはチャンスを与える体勢。

素晴らしいの一言だ。


 戦時中はパールバディアに行けば政治に関われるかも

しれないなどと妄想していたものだったが

まさかわがルド王国で爵位を得て

大臣になるなんて夢にも思わなかった。


 人生とはわからないものだ。


 もちろん通り一辺倒以上の努力をしてきた自負はある。

だが私は同期にアレックス陛下が居た。

運の良さも多分にあるのだ。


「あなた、なにか楽しそうですわね」

「うん、私は運の良い人生を歩めているなと思ってね。

お前にも出会えたし」

「あら、あなたがお世辞言うなんて珍しい」

「ははは、たまには、な」



 我が家とそしてルド王国の未来に幸多かれ、だな。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ