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5-1 『冒険記』のその後 その1 セシリアの告白


~~アレックス93歳~~


 ベッドの上で上半身を起こしたまま外を見る。

もうすぐ日が沈むこの時間はこの部屋からでも

夕焼けの一端を見ることができる。


 長い人生の中のほんの三年あまりのことだった。

15才で勇者に出会い18才まで一緒に世界を

駆けめぐった。


 勇者は魔道障壁や魔道銃の開発の重要な部分に関わり

国内でのミスリル鉱山開発にも尽力した。

そうだ、彼は町まで作ったのだ。

今はその町も『エリック・タウン』に改名し

役場の前には凛々しい勇者の銅像が建てられ観光名所となっている。


 夕焼けの朱色が濃さを増してきた。


 私は勇者が魔王を倒した後、夕焼けを見ながら

聖女セシリアと話をしたことを思い出した。


~~~~ 


「セシリア殿・・・・・ここに居ましたか」


 魔王城があった場所がよく見えるメインストリートに面した

一番高いビルの屋上に聖女セシリアがいた。


 魔王城はその大部分が鋭利な刃物で切り取られたかのように

土台の基礎を残して消え去っていた。


 あの日から一週間が過ぎている。

肝心な時に意識を失っていた私は魔王城が白い光に包まれ

耳をつんざく爆発音が聞こえた後、消失したことを

目覚めてから聞いたのだ。


 そこで戦っていたであろうエリックと魔王もその

爆発に巻き込まれたと思われる。


「殿下・・・いいんですか?クロエを放っておいて」

「こんな時になにを・・・・私は・・・セシリア殿が・・・」

「殿下、心配してくれてありがとう御座います。

私は大丈夫ですよ」


 振り返ったセシリア嬢は笑顔だった。

夕日をバックに笑顔で佇む聖女セシリア嬢を

私はただただ美しいと思うばかりであった。


~~


 投降した魔人の軍人には高位の者は居なかった。

郊外に疎開していた魔人の国の中枢機関『十二人会議』

の大臣達は全員身柄を拘束した。

魔人国の代表者達である大臣達に

責任を取って貰わねばなるまい。


 最大の被害を被ったのはスフィーア王国、次にツイーネ王国だ。

ガウンムアもかなりの犠牲者が出たし我が国ルド王国も

一時東西の都市を魔人の軍に占拠されている。

戦後補償は現在魔人の国が保有する財産を没収しても

全然足らないであろう。


 ならば借金という形にして毎年少しずつ魔人の国に支払って

貰うしかないと思う。

もっともそれは私一人の一存では決められない。

連合軍に参加した国のそれぞれの代表が話し合いをせねば

ならないだろう。


 国交を絶ったままのパールバディアとの話し合いもせねばなるまい。


 この一週間私は総司令官として一人の政治家として

多忙な日々を過ごしており、消えた勇者の事や残されたパーティの

メンバー一人一人の事は後回しになってしまっていたのだ。


~~


「セシリア殿。怪我人の治癒に尽力してくれた聖女と聖女隊の

皆様には感謝の言葉しかありません」

「私達は任務を全うしただけです」


「それで、その・・・エリックの消息は依然掴めておりません」

「それは殿下が気に病むことではありません。

エリックも魔王も今ここにいない。

それがすべてです」


「しかし・・・・」

「殿下、確かにエリックは居なくなりました。

でも私は一人じゃないんですよ」


「それは・・・どういう意味で?」


「私、妊娠してるんです。

エリックとの子供です」


 私は一瞬息が止まった。 


~~セシリア~~


 1000年前の勇者の日記には私宛の私信があった。

そこには殿下にはこれから起こることを教えてはならないと

念を押してあったのだ。

すべてを教える訳にはいかない。


 殿下にだけではなくエリック本人にも教えてはいけない

と書かれてあったので私は約束を守った。

何度も言いそうになったけど一度歯車が狂ってしまえば

違う分岐に行ってしまい過去と現在が繋がらなくなってしまう

かもしれないと書かれてあったのでそれを信じたのだ。


 今ここにエリックはいない。

それは本当だ。

だがここで死んだ訳ではないのだ。


 日記が正しければあの爆発があった直後に

エリックは再び鈴木に会っている。

そこでクエスト未達であることを告げられふてくされる。

そして転生してきた目的『勇者になって魔王を倒す』

を完遂するために過去に旅立ったのだ。


 それだけじゃない。

鈴木は私の前世がユカリだったことをエリックに伝えている。

そして私達が前世で未達だったクエストを

こちらの世界で完遂したことを教えてくれた。

 

 前世での私達のクエスト。

それは私達夫婦の間に子をなすことだった。


 こちらの世界で達成したからと行ってなにか意味が

ある訳じゃない。

でも私は満足だ。

この子は立派に育ててみせる。


 過去に飛んで魔王を倒し天寿を全うするまで

生きた1000年前の勇者。

彼は生涯独身を貫いたと書かれてあった。


 そして日記の最後に書かれてあった言葉。


『ユカリのばーか(笑)過労死じゃねぇか、だっせー(爆笑)

でもまあ短い結婚生活だったけど前世では良い経験させて貰ったよ。


 そしてセシリア。よくも黙っててくれたな。

最後の最後までお前がユカリだったなんて

ホントにわからなかったよ。


 いろいろ複雑な思いはあるけれど俺はお前と出会えて

良かったと思ってる。

ちょっと時系列がおかしな事になっているが

二人で一緒に居たときに言えなかった事をここに記しておこう。


 セシリア、愛してる。


 1000年の時を超えてこの手紙がお前に届くこと願う』


 馬鹿カイト(笑)

そんなこと言われたら私再婚できないじゃん。


 そして1000年前の勇者、エリックのいたずら。

それは『殿下には絶対言うなよ。あのな・・・・・』


 まあ確かに言えないわね。

言ったところで信じて貰える訳がない。


~~


「殿下、一緒に居るところを誰かに見られたら

勘ぐられますよ。クロエを心配させたくないので

先にお帰りくださいな」

「セシリア殿・・・・気を遣わせてすまん」

  

「ところでいつクロエと結婚するんですか?」

「直球で来たか。実はまだプロポーズしてないのだ」


「それはいけませんね。じゃあ今夜ちゃちゃっと済ませてください」

「えっ・・・いや、まだ心の準備が・・・・」


「ずっと一緒に居られるんだって思ってました。

そして突然消えちゃいましたよ、私の夫(仮)は」


 殿下は真顔でじっと私の顔を見ていた。

「そうだ、そうですな。

セシリア殿ありがとう」


 殿下は先にビルを降りていった。


 再び視線を夕日に戻す。

山の稜線を赤く染めながら姿を消す夕日を見届け

私もビルを降りたのだった。

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