4-19 魔人の国へ 大侵攻作戦 その5
~~ブランカ~~
「魔石が足りないわね」
密林での実験でかなり無駄にした。
だがわかったことも多い。
魔人の魔石は究極的に圧縮すると爆発を引き起こし
爆発の範囲内にある物はすべてどこかの空間に飛ばしてしまう。
薄い紙のような空間を同じ座標にいくつも重ね合わせると
巨大な質量となり圧縮することができるのだ。
だが術者への負担も物凄い。
さっき密林で二発成功させたが頭痛がひどい。
一度魔王城に戻った。
魔王様の姿は見あたらない。
地下の実験場に降りていきそこにストックされている
魔石を補給した。
「もうあと残りわずかね。質の良い奴は高位の魔法使いが
抱えていた魔石だけどそんなもの滅多に手に入らないし」
ここである考えが頭をよぎる。
「これは最後の手段ね。私でもさすがに抵抗感じるわ」
屋上に行ってみる。
そこに魔王様がいた。
「ブランカ、実験はどうだった?」
「成功ですわ、魔王様。
しかし魔石のストックも残りわずかです」
「その辺で死んでる魔人の胸を開けてもいいのよ」
「その手がありましたね。しかし小物の魔石はそれなり
の効果しかありません。
それでもビルを一つ消し去るくらいならできますが」
「頼もしいわね。ところでブランカ、目を見せて」
「は?目ですか。どうぞ」
魔王はブランカの顔をじっとのぞき込む。
「身体の具合はどう?どこか変化はないかしら」
「多少頭痛がする程度ですわ」
「そう。最後の最後で気が狂わないようにね」
「お任せください。制御しきって見せます。
では討伐軍を蹴散らしてきますね」
市街戦が行われている上空に出た。
「ふふ、クレイグも好き放題やっているわね」
メインストリートに面したホテルの屋上に
グレインを発見した。
側に降り立つ。
「グレイン、調子はいかが?」
グレイン少将は呼びつけにされ一瞬むっとした様子だが
そこは無視してきた。
「ブランカか。ここでは目で見える範囲内しかわからん。
戦況を把握したいのだが伝令は一人も帰ってこないな」
「それはそうでしょう。
郊外にまであふれてる討伐軍はその数5万よ。
例えばこんなことしても・・・・」
私は近くに転がっている魔人の死体を仰向けにし胸に穴を穿った。
取り出した魔石を空にかざし透かして見る。
「こんなもんか。まあまあの質ね」
「おい、ブランカ。いとも簡単に禁忌に触れているが
普段からそんなことやっていたのか?」
「あら、発案者は魔王様よ。
魔物の魔石など比較にならないわね。
さすが魔王様、目の付け所が違うわ。
ま、見てなさい」
討伐軍が固まって行動している真上に小さな魔道障壁を生成し
そこに今取り出した魔石を空を通して送った。
そして圧縮。
膨れあがった巨大な白い火球は限界まで広がると今度は収縮を始めた。
耳をつんざく爆音の後火球の内側にあった物は
すべてどこかの空間に放り込まれる。
爆発地点の両側のビルが倒壊した。
下敷きになった討伐軍の兵士達も無事ではないだろう。
「どう、今の。ちゃんと見た?」
「なんだその魔法は。始めて見たが戦局をひっくりかえせるぞ」
「残念。連発して発動できないの。私の身体と精神が限界ね。
それによく見て。今の一発で討伐軍を何人屠れたかしら」
「おそらく200人以上は」
「たったの200人よ。数の多さと言うものは恐ろしいわね。
いくら優秀な魔法使いでもわずか数人で5万の兵を
殲滅する事なんて無理だわね」
「ブランカ、今の魔法を俺にも教えてくれ」
「いやよ」
「なぜだ」
私はグレインの顔をじっと見た。
最後の最後まで将軍としての責務を果たすつもりなのだろう。
その覚悟がよく顔に表れていた。
「グレイン、あなた。
あなたはコッチに来ては駄目。
私はあなたの事嫌いじゃないから警告しておく。
あなたが禁忌と言った同族の魔石の利用。
文字通り禁忌よ。
これはやってはいけないことだった。
もう私とクレイグは後には戻れない。
私達は魔人ではない何かになってしまった気がする。
グレイン少将。
十二人会議は講和に向けて動き出している。
あなたは立場を明確にしていなかったけど講和派でしょ?
ここで死ぬのなんて犬死以外の何物でもないわ。
でもあなたが信義に散りたいのならば止めはしない。
自分で決めて。
じゃ、さよなら。
あなたになら一度くらい抱かれてもいいと思っていたわよ」
グレインはなにも返事をしなかった。
私は空を開きその場を後にした。
~~クレイグ~~
妙な形の剣を振り回していた奴は興奮している様子だった。
だが知らん、こんな奴にかまっていられるか。
空を開き遙か上空に移動する。
落下しながら辺りを見渡す。
魔人の国の王都はアリの群れに襲われる動物
のようなものだな。
客観的にみてあといくらも保たないだろう。
誰もいないビルの屋上に降り立った。
そこから討伐軍の群れに向かいいい加減に
岩塊を発射しまくる。
最大出力だと身体と精神が正常で居られなくなるので
かなりセーブした。
「一度の岩塊で殺せるのはせいぜい10人程度。
討伐軍の数は5万人か・・・・・途方もない数だな」
適当に場所を変えつつ敵を屠っていく。
「そろそろ魔石の補充に行くか」
再び上空に行き魔王城の屋上に降り立つ。
そこに魔王様がいた。
「クレイグ、ご苦労。戦況は?」
「奴らまるでアリの群れですな」
「良い例えね。アリも群れれば巨獣を倒せるわ」
「いくら群れていてもアリごとき魔王様の敵ではありますまい。
ところで、魔石を補充したいのですが」
「まだ地下室にストックがあるはずよ。
ブランカと仲良く分けて頂戴」
「はっ!」
地下に降り魔石を補充した。
良質の魔石はもうほとんどない。
この戦況では質の悪い魔物の魔石などあってもなくても一緒だ。
階段を上がると厨房の方からなにか音がする。
行ってみるとアケミ姫がいた。
「姫様。疎開していなかったのですか」
「あらクレイグさん。どう?食べてかない?」
「それは何という料理で」
「パンケーキよ。メイプルシロップもこの瓶が最後。
取っておいても悪くなっちゃうし食べちゃいましょう」
「いえ、自分はすぐにでも戦場に・・・・」
「えー、一人で食べるのやだー」
「・・・・・」
黙って席に着いた。
焼きたての柔らかいパンケーキが目の前に出される。
そこでやっと自分が空腹であることに気がついた。
出されたパンケーキをあっというまに平らげてしまった。
「もうちょっとあるからおかわりしてね」
遠慮なく頂く。
姫が冷えた緑茶を出してくれた。
「姫様はいかがなされますか?」
「誰かが休憩に来たらなにか食べるもの出そうと思って」
「助かります。では自分は行きます」
「うん、また戻って来るのよ」
なんだろう、この感覚。
軽い既視感を覚えた。
そうだ、ルドアニアにいた頃ニナと二人で
生クリームの乗った柔らかいスポンジケーキを
始めて食べたときのことだ。
この世にこんな旨い物があるとは思わなかった。
ニナはどうしているのだろう。
一人でルドアニアで活動しているはずだが
今となってはここに居るより安全だ。
皮肉なもんだな。
敵地のまっただ中が一番安全とは。
もう、おそらく彼女に会うことはないだろう。