4-12 魔人の国へ その1 老師とエリックの偵察
~~エリック~~
「嘘だろ。ここどこだよ」
俺と老師は魔王城がある魔人の国の首都に来ている。
俺も老師もアリアが用意してくれた髪染めで黒髪になっている。
眉毛まで染められるとは思わなかった。
服は老師が言うところの魔人の国では一般的な平民服だ。
麻でできた野暮ったいチェニックである。
ところが魔王城がある都市の住民達はカラフルで
お洒落な格好をしているではないか。
しかも前世でよく見かけた格好が多い。
働く男性は皆スーツ姿である。
中にはチノパンにポロシャツというのもいるし。
カラフルなYシャツにカジュアルなジャケット姿も目に付く。
女性もスカートにブラウス、ワンピース。
デニムっぽいミニスカートにTシャツ姿。
学生だろうか、セーラー服姿の女の子までいた。
「老師殿・・・・とりあえず服を買いませんか?」
「うん?ワシらと似たような格好の者もちらほらいるぞい」
確かに居るが主に肉体労働系の職業なのだろう。
もしくは農村部から野菜を売りに来た行商人だ。
「かえって目立つことは確実ですね。
せめてジャケットくらい買いましょう」
「ふうむ。よくわからんが。まさかたった数年で
ここまで様変わりするとはのう」
食べ物等の物価は変わってなかった。
手持ちの偽造銀貨も使えたので問題ない。
紳士服を売ってるとおぼしき店に入り
店員に話を聞いてみた。
「カジュアルな格好でよろしいんですよね。
こちらのジャケット類はウェストが絞ってあるので
お客様の体型でしたらすっきりとしたシルエットになりますよ」
「試着して良い?」
「もちろんですとも。そちらの姿見をご利用ください」
ルド王国にも鏡くらいはある。
だが姿見くらいの大きさになるとお金持ちしか買えない。
しかも周辺が歪んでいてあまり質はよろしくないのだが
ここの姿見は見事な平面だ。
お店にあるくらいだからルド王国よりも普及しているのであろう。
「じゃあこれにするね。老師はこれでどうでしょ?」
俺はジーンズに薄いピンクのYシャツ、緑色のジャケットを選択。
老師にはチノパンに白いシャツ、革製のチョッキだ。
オカネは充分足りた。
支払いを済ませて外に出る。
老師と市内を歩いて廻る。
時折老師が掲示板をチェックしていた。
魔人語で書かれているので自分には読めない。
「軍人募集の張り紙じゃな」
「なるほど」
魔王城周辺に行ってみる。
魔王城は広い掘りに囲まれている石造りのお城だ。
入り口には衛兵が立っているし周辺を警戒している軍人も多い。
市街地の至る所に軍関係の施設がある。
まとまっているわけではないようだ。
常にそれなりの数の軍人がつめている。
市街地を通り抜け郊外に出ると運動場が見えてきた。
「これか。アケミの作った野球場は」
子供達が思い思いの格好で草野球を楽しんでいた。
「お、打った。三遊間抜けた!走れ走れ!」
「エリック、あれはなにをやってるのだね?」
「野球という球技ですね」
「以前ゴーレムにやらせてたやつかな?」
「そうです、それです。
アケミが普及に勤しんでるみたいですね」
「子供達には申し訳ないがここに討伐軍を送り込めば良いだろう。
市内の建物の配置はかなり変わっている。
都市計画からやり直したようじゃの。
新たに地図を作りたいからもう少し市内を歩こうか」
老師と連れだって再び市街地に足を運んだ。
「あれ?老師、ここ本屋ですよね。
文房具も売ってるみたいです」
「ちょうど良い、筆記用具を調達するか」
店内は広かった。
入り口の右側が本、左側に文房具が陳列されていた。
ダメ元で店員に聞いてみよう。
「すいません、市街地の地図はありますか?」
「あるよ。用途は?」
「へ?用途?」
「そう。お客さん見たところ建築関係者でもないみたいだし。
もしかして観光かな?」
「そうです。田舎から出てきたんですがあまりの大都会に迷っちゃいまして」
「そうかい。じゃあこの観光地図なんかオススメだね。
市内のグルメマップも付いてるよ」
「おお、これは有り難い。買います」
ついでに全国地図も買った。
観光地マップには特産品まで書いてある。
「ちょっとしたハイキングにはタカオサン?
名産品はみたらしだんご・・・・
アケミめ。調子にのりやがって」
「なに?姫様がなんだって?」
「え。い、いやあ・・せめて一目でも姫様にお目にかかれたらなあ、と」
「姫様ならその辺歩いてるよ。
服飾関係の仕事でデザイン工房に出入りしてるし。
味のチェックでレストランにも呼ばれているからね」
「でも護衛とか厳重なんでしょ?」
「いや。お付きの女性が一人か二人だね。
ここで姫様を襲う奴なんて居ないよ。
居たとしてもその辺の男性にフクロにされるね」
「ははあ、さようで」
「あ、そうだ。そこに姫様の似顔絵ブロマイドが
売ってるから買いなよ」
「どれどれ。これは・・・・・・」
かなり美化されてるな。
これは絵描きの実力かアケミの圧力か。
たぶん後者。
「じゃあ一枚下さい」
店を出た。
「老師、思った以上に発展してますね。
正直言うとルドアニアより文明は進んでるように見えます」
「そうじゃな。アケミが頑張っただけではこうはなるまい。
魔人共も相当気張りなすった様子じゃな」
ここは戦争の臭いがない。
皆平和に生活しているように見える。
本当にここに魔王がいるのだろうか?
恐怖で支配された暗いイメージを持っていた俺は
面食らっている。
「老師、この町を丸ごと戦場にしてしまっていいのでしょうか?」
「なんじゃ?一日もおらんのに情が移ったか。
なんのかんの言っても魔人は人類を敵と見なしておる。
平和に見えてもそこははっきり認識しておけ」
「そうですね。わかりました」
地図を確認する。
「こちらの通りがメインストリートですね。
行ってみましょう」
メインストリートは道幅がかなり広く取ってある。
その両側の建物は店やレストランが軒を並べている。
「壮観だな」
「うむ。まさかこれほどとは」
にぎわう大勢の魔人達。
ふと見るとレストランから客が出てくる所だった。
「ん?アケミか?」
しばらく見ない間に大人びた顔立ちになっているような気がした。
が、間違いない。アケミだ。
「エリック、不用意に近づくな。
護衛は居なくとも監視の目はあるはずじゃ」
「ええ、そうでしょうね。しかし心配しなくても
あれじゃ近づけませんよ」
見るとアケミはレストランの出口で旅行者とおぼしき
女性達に囲まれて握手攻めにあっている。
「老師、他のポイントもチェックしましょう」