3-35 それぞれのXデイ前夜 その4 魔人の国の
~~ガウンムアのリチエルド国王~~
ドルマーは定期的にやってくる。
週一回のペースで来るように命じている。
定時連絡のためとの理由だが最近は国内の状況も安定
しており特に協議することはない。
「ほう、ではツイーネの王政は復活したのだな」
「はい。匿っていた村を見つけられたのは意外と早かったですが」
「魔人側には特に不都合はないだろう」
「そうですね、特には」
「またツイーネに侵攻するつもりか?」
「何とも言えません。ヴァレリ中将の部隊が壊滅して
我が軍も戦力がそがれております」
「だが現在クレイグが盛んに新兵を本国から連れてきているではないか」
「魔人の国も軍人の採用枠を拡大して増員に努めてます。
が、正直言うと以前なら不採用だった人材も採用してますので
なんというか質は落ちてるんですね」
「それはわかるが訓練なら魔人の国でやればいいではないか」
「魔人の国内の情勢も変化してきてまして。
長引く戦争に厭戦ムードが漂ってきています。
特にパールバディアの平和的統治を目の当たりした魔人からは
ルド王国との早期手打ちを望む声も上がっているんです」
「ふむ」
「国内では派手な訓練がやりにくくなってきているので
ここガウンムアで激しい訓練をやっているんです」
「そうか。クレイグは士官学校の教師だったか?」
「ええ、その関係もあって新兵を呼びやすいのでしょう」
「まあ魔人の国がどうなろうと我が国は我が国で頑張って
税を納めるしかないからな。
特になにか私が出来ることはあるまい」
「はい」
その後ベッドで二回戦したあとドルマーは帰って行った。
暗い寝室に『影』が現れる。
「陛下、討伐軍も徐々にツイーネの南海岸に兵を集めております」
「予定通りだな。クルベ将軍がうまくやってくれる事を願う」
「極秘情報ですが勇者の一行も駆けつけるみたいです」
「ルド王国の前国王はクレイグに殺されているからな。
本気で来るだろう。我々としても有り難い話だ」
「海から来る部隊のために適切な上陸ルートを
伝えておいて欲しい。事が始まり次第空を使える部隊は
王都に直接来て欲しいと伝えてくれ。
まずは王城から魔人を一掃する」
「御意に」
~~パールバディアのグレイン少将~~
国内の錬金術師は師弟制度を取っており
自分の系列以外の同業者が何をどんな方法で取り組んでいるのか
お互いにわかっていない。
まずは組合を作り優れた製品を作った錬金術師は叙勲対象にした。
組合では定期的に論文や発明品の発表会を開催し
優れた者には報奨金を出し積極的に商人組合に売り込んだりもした。
ガラスのコップを量産化出来たのは大きい。
最近はガラスに色をつける手法も考案された。
醤油の開発に成功したのも錬金術師の功績だ。
同時に味噌も出来た。
金属製の上水道管やそれを繋ぐネジ切りの工法ができ
規格化され都市部から上水道のリニューアル工事が始まった。
それと同時に下水網も敷設され町は清潔さを保てるようになった。
蒸留酒も数段階蒸留すれば純度の高いアルコールが得られる
ようになり医療での消毒にも使われるようになった。
木炭の製造も盛んになり竹炭も作られ竹酢液は簡単な農薬代わりにもなり
作物の収穫率が向上した。
これらはパールバディア国内の錬金術師組合が発明した事に
なっているが、大部分は俺が各工房を訪れ『ヒント』を与えて廻った。
今日も一人の錬金術師の工房を訪ねてみた。
「グレイン少将、この醤油とやらは何にでも使えますな」
「ああ、最近渓流地帯で発見した『沢芥子』
と合わせて使えば海の魚の切り身を生で食べられるぞ」
沢芥子とはワサビによく似た植物だ。
「ほほう、今度実験してみましょう」
「ところで鰹節だが出来そうかね?」
「漁師に聞いた所使えそうな種類の魚が見つかりました。
少将の指示通り燻して乾燥を繰り返したのですが
何度も失敗しました。最近やっと目処が付いたところです」
「期待している。頑張ってくれ」
パールバディア国内はおおむね平和だ。
この国の国民にとって戦争は遠い国の話。
俺も税収を上げるのが目的なので調子に乗って
産業の発展に邁進しているのである。
軍の方は主に国境警備に人員を割いている。
この国の軍は我々が壊滅させたのだが新たに編成された
国軍は魔人の軍人が主導権を握りつつ一般の兵は生粋の
パールバディア国民からも募集をしている。
クレイグの要請で訓練教官として数十人ほど
ガウンムアに派遣したがそれ以上の要請はない。
今のところは。
俺の予想ではそろそろなにかが始まる頃だ。
ルド王国がこのまま黙っているはずがない。
パールバディアに対してはおそらく彼等は不可侵条約を守るだろう。
こちらが手出ししない限りだが。
再び戦争が始まるとしたらガウンムアからだろうな。
クレイグもそのことを予見しているからこそ本国から
訓練目的で兵を集めているに違いない。
「ま、軍を動かすのは要請があったらその時考えるさ。
それまでは文化の発展に寄与しないとね」
~~魔王~~
「魔石を抜かれた罪人はその後どうなったの?」
私は部下の一人に尋ねた。
「半数は直後に死にました。が半数は生き残っております」
「そいつらの様子は?」
「魔石が無くとも簡単な生活魔法程度は使えます。
見た目は変わりがありません」
「そう。それじゃあ刑罰にならないわね。
魔石を抜いてなお生きている者は改めて裁判の結果を適用して」
「かしこまりました」
魔人の魔石は随分集まった。
副官のブランカは人工的に増大させた魔力に耐えきったが
耐えきれない者は発狂した。
誰もが使える魔道具とは言えないみたいだ。
「ブランカ、魔力のコントロールはどう?」
「魔王様、随分慣れてきました。今なら勇者にも勝てそうですわ」
「頼もしいわ」
勇者と小手調べをしてから魔王城に帰り
調子がいまいち上がらなかった原因を探った。
主にこの肉体の特性らしい。
私の精神との相性は良かったのだが肉体年齢がまだ成長期であったため
限界値に達していなかったのだろう。
そう結論づけた。
「まあ、様子見るならあと数年は必要だけどね」
「しかし現時点でも勇者を圧倒しておりました」
「ふふ。でも勇者もあの時のままってわけでもないでしょ?
彼の成長分も見越しておかないとね」
最近密林では見たことのない魔物が増えているそうだ。
地揺れが起こる度に魔物の発生率が上がっているとの報告もある。
一度南の密林に新しい魔物を見に行ったがそこで見たのは
全身毛むくじゃらな巨人であった。
顔は熊のようにも見えたのでソレ系統の魔物なのだろうが
原型はとどめていない。
おそらく急激に増えた魔素を一気に吸収した結果と思われる。
その他にも二本足で歩くトカゲやカエルと言った不気味な物が
密林を闊歩しているという。
「私の敵では無かったけど従来の魔物より手強いわ。
ブランカも訓練代わりにたまに倒しに行って頂戴」
「御意に」
これで第三章は終了です。章管理を行ってから新しい章に突入します。