3-32 それぞれのXデイ前夜 その1 『勇者の日記』
~~セシリア~~
今日は時間が出来たので久しぶりに旧王城区画にある
王家の書庫を訪ねてみた。
司書さんがまだ入ったことのない部屋に案内してくれる。
「う、カビくさいわね」
「すいません、すべてを定期的に虫干しするのは中々に大変でして」
「それはそうよね。1000年分ですもの。
はあ、カビ○ラーって作れるのかしら」
「なにか?」
「なにも」
魔道ライトをつけて貰ったので部屋の中は明るい。
「では私は司書室におりますので」
司書さんは行ってしまった。
ここはかなり古い本や文書が保管されている部屋らしい。
木箱に入っている羊皮紙の束を出してみた。
「えー、なになに。農家の陳情団が耕作地の拡大に
軍人を動員して欲しいと要請、これを却下。
しかし町人から農民に転職する者を募集する、か」
日付を見ると約900年前の陳情団の記録だった。
おそらくほとんどがこんな感じなのかな。
表紙はかぶせてあるが表題の入ってない本もたくさんある。
これは気長に調べるしかなさそうね。
木箱を開け中身をざらっと確認し再びしまう。
同じ事を小一時間繰り返しているとだんだん飽きてきてしまった。
「ふう、これは中々に大変ね。でもかなり古い記録がある。
もしかしたらルド王国建国時の記録もあるかもしれないわね」
私の背丈よりも高い本棚が5列くらいある。
散歩がてら一番奥まで歩いていった。
最後の本棚の横の通路には木箱が積まれており
奥には行けない。
が、隙間から見ると人が屈んで通れるくらいの入り口が見える。
好奇心に駆られて木箱をどかしてみた。
「うわ、中は真っ暗ね。携帯魔道ライト取ってこなきゃ」
一度司書室に行き司書さんが携帯魔道ライトを持って一緒に
来てくれた。
「こんな所に小部屋があったんですね。
私も知りませんでした」
「入ってみましょう」
二人で中に入る。
中はそんなに広くはない。
日本的に言うと8畳間程度の窓のない部屋だ。
左右と奥の壁には本棚が据え付けられており
中央には木製の机と椅子が置かれていた。
机の上にライトを置き二人で本棚を物色する。
司書さんがなにか見つけた。
「これ・・・・初代国王のメモノートっぽいですね」
「なんて書いてあるの?」
「新たに開拓した領地をどの貴族に管理させるかの選定メモですね。
これは建国当時の貴重な資料ですが、写本されてるものですので
原本であるという以外はあまり価値はありません」
私は奥の本棚を探って見た。
一番上の段に小さな木箱を見つけた。
机の上に置き蓋を開けてみる。
中から出てきた本は油紙に包まれていた。
羊皮紙を束ねて本にしたと思われる。
表紙をめくるとはたしてそこに書かれていた文字は日本語だった。
慌てて司書さんを見る。
私に背を向けて左側の本棚を物色中だ。
私はそっとその本を服の下に隠した。
「この部屋は建国当時に書かれた原本が保管されてる部屋ですね。
私もこんな部屋があるなんて知りませんでした。
が、今調べた本はすべて写本されてます。
新しい発見は期待できそうもありませんね」
「そうね。時間があればまた調べてみましょう」
司書さんにお礼を言い書庫を後にした。
その足で館の自室に閉じこもり鍵を掛けた。
早速読んでみる。
『ルド王国の運営は軌道に乗った。さすがはアーノルドだ。
王国の運営に関しては彼にとってはお手のものだろう。
私は魔王を倒してからはアーノルドの護衛のような立場となり
近衛部隊の長として長く仕事をしてきた。
その立場も引退して随分たつ。
しばらくは各地を転々と旅をしてきたが終の棲家はここ
ルドアニアの郊外に建てて貰った私の館になるだろう』
これは勇者が晩年に書いた日記と思われる。
エリックが大賢者サミュエルから受け取ったノートは
単なるメモ帳で本物の日記はどこかに保存されてるかもしれない
と言っていたがおそらくこれの事だろう。
早くエリックに知らせたいが今は殿下と共にツイーネに
出張している。
『勇者の物語の後書きにもラヴェイルの事を書き記したが
私自身はついぞ行く事が出来なかった。
理由はラヴェイルの残滓とも言える小島群の周りには
魔素がまったくなく魔法で移動することはできないからだ。
船で行くしかないのだが複雑な海流に阻まれて船乗りにとっては
不可侵の海域だと言われている。
嘘か本当かは解らないがその昔遭難した船の乗組員が島の一つに
漂着ししばらく生活した後に帰還した事があるそうだ』
まさに私達が知りたかった事が書かれているのかもしれないが
残念な事にかつての勇者もラヴェイルには実際には行ってないらしい。
もう少し読み進めてみよう。
『その乗組員が語った内容は船乗りの間では七不思議の一つとして
語り継がれていた。ラヴェイルには人が住んでおり彼等の先祖が残した
遺産を守り続けているのだという。
かつて彼等の先祖は星々の間を飛び回る船に乗ってこの星にやってきた。
優れた文明を持ち時間や空間、次元すらも
自由に行き来出来る技術を持っていたそうだ。
ラヴェイル大陸にその超文明は栄えていたのだが
突然の地揺れとともに大陸はあっという間に
海に沈んでしまいその文明は滅んでしまった。
わずかな生き残りは残った島を開墾し文明の遺物を封印し
生活を続けた。
そして世代を重ねるごとに残された機器の扱い方も
忘れ去られてしまったそうだ』
もしこの話が本当だとしたらいったい何時の時代なのだろうか。
この日記が書かれてから既に1000年が経過している。
それよりも古い話なのだろう。
もしかしたら万単位の年月なのかもしれない。
『その時なにが起こったのかは正確な記録が何もないので
わからない。だがそれだけの超文明が本当に存在していたら
我々が今生活しているこの大陸にも何がしかの痕跡があっても
いいように思う。が、今の所何も発見されてない。
大胆な推測としては我々はもしかしたら他の星から移住してきた
人間の子孫なのかもしれないという可能性もあるのだ』
なにか凄い事が書かれているが確かにこれは一人の船乗りが
語った七不思議の一つであり創作である可能性もある。
確かなことは何も解らないのだ。
さらに読み進めてみる。
『私自身のことも書き記しておきたい。
私の名前は*****。
おそらく魔王の大規模精神干渉魔法のおかげで後世に私の名前が
伝わることはないだろう。だがこの名前は私が18才の時に改名した
名前だ。それまでは####と名乗っていた。
まあおそらくこれも伝わらない可能性が高いが』
読めない。
名前だけがもやもやとして読み取ることができないのだ。
『時空を越えて新しい世界に来たと思っていたがまさか私と
アーノルドの見知った世界だったとは当初はまるで気がつかなかった。
が、サミーが世界地図を写してきたときにすべての謎が解けたのだ。
アーノルドの前ではそう言わねばならなかった。
ここはローレルシア大陸の中心ルド王国だ』
意味が解らない。
わざわざルド王国にいることを強調する理由はなんだろう。
時空を越えて?ルド王国に来た?
『魔王の居場所も倒し方も知っている。
私とアーノルドにとっては良く知ってるストーリー。
いや、あの時アーノルドがアレックスと名乗っていた時、
彼は直接魔王とは戦っていなかったな』
どういうこと。
アレックスって誰。
殿下の事なの?
ここで恐ろしい疑惑が頭をよぎる。
「まさか・・・・1000年前の勇者って時空を越えたエリックの事?」