1-11 聖女はユカリ その1
私の名前はセシリア・フィロワ。13才。
地方都市ウーファに住んでいる。
父はウーファの役場で働き母は専業主婦。
私は一人娘だ。
ルド王国の東部の海に面する都市ウーファは
人口10万人を超えるルド王国の政令指定都市である。
南方の国との交易で栄える港町だ。
この地方を治めるウーファリア家はルド王国建国以来の名家である。
代々善政を敷いてきた事もあり争いごとはさほど
無く平和で豊かな地方であると言える。
もう一つの特徴はルド王国の国教である
イリシス教の熱心な信者が多い事である。
豊かな税収を持つウーファは
国の方針である都市や街道の整備の他に
教会の建設にも力を入れた。
国としても適切な税の使い道として教会の建設とイリシス教の
布教には寛大な措置を施してきたのだ。
宗教と交易で栄える都市ウーファの中流家庭で育った私は
比較的幸せな生活を送っていると言える。
「お母さんおはよー」
自室からあくびをしながら出てきた私は、
朝食の支度をしている母に声をかけた。
「おはようセシリア。なんだか眠そうねぇ。
また遅くまで読書してたの?」
「うーん、いつもより早く寝たんだけどね。
夢見が悪かったというか?そんな感じ」
「またいつもの夢?」
「うん、ちょっと違うところもあったけどおおむねいつも通り」
夢の中での私は大人になっていて
見たこともない町の中を歩いている。
職場に向かう途中だったり、帰り道だったり。
何の仕事をしているのかは不明だが
とにかく仕事をうまくこなさなきゃ、頑張らなきゃ
という一種の強迫観念のようなものを
感じながら歩いているのだ。
今朝見た夢の、「ちょっと違うところ」とは
一人の男性が出てきたことだ。
少し遠くに立っている男性の姿を見つけると
私のは胸は高鳴った。
なにか話しかけなきゃと思い駆け寄ろうとするのだが、
いつまでたってもただ立っているだけの男性との距離は縮まらない。
あせっているうちに男性は後ろを向き歩き去ってしまった。
残念な気持ちとほっとしたような小さな安心感が入り交じった
不思議な感情を残したまま目が覚めた。
母が問いかけてきた。
「いつもと違う所って?」
「んー、忘れちゃった。だって夢だもん」
男性が出てきたとか恥ずかしくて言えないや。
「そう。今日は学校休みでしょ。
教会に行ってシスターに話を聞いてもらったらどう?」
「うん。そうする。ところでお父さんは?」
「まだ寝てるわ。お疲れだからそっとしておいて」
ふふっと意味深な笑みを浮かべる母。
うわー。
まあ両親の仲が良いのはいいことである。
朝食を終え、身支度を整え教会へと向かう。
入り口で母から手渡された寄付を渡し教会の中へと入っていった。
懺悔室は文字通り懺悔するための部屋であるが、
ちょっとした悩み相談やカウンセリングの類も受け付けている。
普段は司祭様が信者の懺悔を聞くのだが、
女の子の悩み相談はシスターが受け持ってくれる。
今日の私の担当は年配のシスターだった。
促されて狭い懺悔室へ入る。
扉を閉めると会話は外に聞こえない。
小窓のカーテンが開きシスターが顔をのぞかせる。
「懺悔する前にお祈りを」
私は左膝をつき右手のひらを左肩に、
左のひらを右肩にあてお祈りのポーズを取った。
短いお祈りをすませるとシスターが、
『楽にしてくださいね』、
と言ってくれるはずなのだが言ってくれない。
何か変だな、と思い顔を上げると
小窓から顔をのぞかせているのは
シスターではなく見たことのない男性だった。
「お久しぶりです。宇都宮ユカリさん」
男性がニッコリと笑い話しかける。
「あの・・・私はセシリアです。
セシリア・フィロワ。
人違いじゃありませんか?」
懺悔室は5つほどあるので部屋を間違えたのだろう。
あれ?じゃさっきのシスターは?
「ああ、そうでした。封印とかなきゃ、でしたね。
少々お待ちを」
男性は小窓から手を突き出し私に向かって
パチンと指をはじいて鳴らした。
キーンという甲高い耳鳴りが治まる頃には
私は『すべてを』思い出していた。
「鈴木さん、ですよね?お久しぶり。
で、なんでこのタイミングなのよ。
例えば生まれた瞬間から前世の記憶を持っていれば
色々はかどったかもしれないのに」
「この世界の雰囲気、常識等にある程度慣れて貰うためです。
13才より速いと理解が追いつかないですし、
遅いとこの世界での人格が固まってきてしまいます。
そんな理由ですね」
「そう。相変わらず解ったようなわかんないような」
「まあそう言わず。記憶の封印を解くと同時に
魔法の使用制限も解除しましたよ」
「魔法ね。はいはい。
それを駆使して聖女になればいいんだっけ?」
「そのとおりです」
「懺悔室出た瞬間、聖女様ぁ!
とか言われて皆に跪かれる展開、とか?」
「まさかそんな事、ふふっ」
笑うトコなんだ。
「ご自分の能力を駆使して聖女の地位を獲得してください。
期限は2年。
15才の成人の儀を迎えるまでとします。
間に合わせてくださいね
ちょうどその頃に勇者とも出会えるはずですので」
「なんか色々親切に見えて不親切だよね。
指令がザックリすぎないかしらチャーリー」
「私のエンジェル達はそんな文句言いませんよ」
いるんだ、エンジェル。
「ご自分で納得しながら事を進めていただいた方が
迷わずに済みます
心配せずともすでに能力は解放されてますよ。
ではグッドラック」
はあ、とため息をついてうつむいた瞬間
シスターの声が聞こえた。
「楽にしてくださいね。
それではお話をお伺いしますよ」
夢に知らない男性が出てきた件は解決したしどうしよう。
「あ、あの。聖女様になるのにはどうしたらいいのですか?」
「聖女様は心清らかな分け隔てのない博愛の精神を持った女性、
そして癒し系の魔法使いであることが条件ですね。
今聖女様不在の時代ですからセシリアさん、
あなたが頑張ってなってみるのも良いかもしれませんね」
うまくまとめたなあ。さすが大人。
ありがとう御座いましたとお礼を言い懺悔室を出た。
前世の記憶が夢という形ではあれ、
漏れちゃってたのはいかがなものか。
鈴木が言うところの封印もたいしたことないわ。
「それにしてもカイトが夢に出てくるとはねえ」
今頃あの世でくしゃみしてるかしら。