3-29 大地の異変
~~ガルノルド教授~~
地理学会に呼ばれるのは久しぶりだ。
以前私が発表した大陸移動説や断層と魔素の関連性についての考察は
総スカンを喰らい私は学会での立場を失った。
追放されるまでには至らなかったがほぼそれに近い状況だったのだ。
集まった面々は皆真剣な顔つきである。
学会の議長が立ち上がり私に謝罪をしてきた。
「ガルノルド教授。以前あなたが発表した断層と魔素の関連性
について再評価しなければならないと判断をしました。
前回の非礼をお詫びします」
どういう風の吹き回しだろう。
なにがあったのか事情を尋ねてみた。
「はい、国の方から再調査を命じられ調査チームが編成されました。
結果は教授が発表した論文の裏付けと言っていいでしょう」
なるほど。
勇者エリックかあるいは勇者経由で殿下に話が伝わったか、だな。
「いえいえ、謝罪には及びませんぞ。
で、そのためにわざわざ私を呼んだわけではありますまい。
おそらく最近回数が増えてきた地面の揺れに関してだと思いますが」
議長が答えた。
「さすがです。まさにそのことをお聞きしたかった」
「いいでしょう」
私は黒板の前に立ち簡単な世界地図を書いて説明を始めた。
「結論から言うと地面の揺れ、いわゆる地震ですが造山運動の
副産物ですので単なる自然現象と言ってしまえばそれまでです。
人間の力では防ぎようがないしコントロールもできません。
できる対処と言えば危険な地域には人は住まないようにする。
やむを得ない場合は建物の構造を工夫する。
イザ大地震が起きてしまった時のことを想定して
避難経路等をあらかじめ確保しておく事が肝心となるでしょうね。
そしてこの大地は脈動を続けている。私が立てた仮説が正しければ
ローレルシア大陸もガウンドワナ大陸も何時か分裂していくでしょう
最近の地揺れが大陸分割の前兆である可能性は全くないとは言えないでしょう」
「教授、地揺れが頻発する地域での魔物の発生率が上昇してますが」
「ええ、それは観測結果をまとめただけの推論です。
因果関係は解っていないので論文ではなく『考察』にしたのですが」
「防ぐ手だてはないのでしょうか?」
「ありませんな。発生した魔物はすべて狩るしかありますまい。
聞くところによると国が生産してる魔道兵器に大量の魔石が
必要みたいですしちょうどいいんじゃないですかね」
ひとしきりかつての論文や考察に付いての説明をし
その日の会議は終了となった。
「ふうむ。活性化してる断層の地図を殿下に渡せば
効率よく魔物を狩れるかもしれん。提案してみるか」
~~アレックス~~
ガルノルド教授から届いた地図を元に魔物の駆除計画が
建てられた。
勇者のパーティが使用する館の会議室で地図を広げてみた。
「ザクレムから東にかけての平野部や森はまだ
開拓の余地が残されているが魔物の発生が増えているな」
エリックが横からのぞき込んでいる。
「自分はザクレムの北にある開拓村出身なんですが
東には行くなと昔から言われてましたね」
「昔から魔物が多かったのかね?」
「ですね」
「魔石の確保と軍の訓練を兼ねて
この辺りに行って見るのはどうだろうか?」
「いいんじゃないですかね。
ザクレムからウーファに抜ける街道沿いから始めて
少しずつ北東に進んでいけば良いかと思います」
「では計画を立ててみよう」
討伐軍の中でも訓練機関を終えた新人を中心に
北東部魔物討伐隊が編成された。
今回は魔道兵器を使用した大規模な演習も兼ねている。
まだ剣や槍や弓が主流だった頃の軍の練兵場では
手狭になってきている。
射撃訓練なら問題ないが大規模な部隊の運用演習に適切な
土地を探すことも視野に入れた訓練だ。
「殿下、とりあえず平らなところを作っておきました」
街道から森林が広がっていたはずだが目の前には広大な平野が
広がっている。
「ちなみにどうやったんだ?」
「まず俺が大木の類を分割して切断、根っこは土魔法で地面事
盛り上げて回収。木材はダレスが一カ所に集めました。
小木の類は国軍の工兵部隊をお借りして片付けましたよ」
訓練を兼ねた討伐が始まった。
同時に山裾の街道から広がった広大な平野に天幕をはり拠点を作る。
近くには川が数本流れているので水には困らない。
日を追う事に設備は立派になっていく。
なにかエリックが目を輝かせながら陣頭指揮を執っている。
街道沿いには民間人が物を売りに露天を並べていたのだが
それが天幕になり木造の店舗ができはじめ宿屋に飲み屋まで
商売を始めあっという間に小さな町ができてしまった。
「エリック、勇者殿にこんな事をやらせてしまって申し訳ないが
大変助かる。それにしてもこの短期間でここまでできるとは驚きだ」
「ふふふ、殿下。自分も楽しんでやってますので」
エリックと剛力のダレスは良いコンビだ。
エリックの配下につけた工兵隊も皆生き生きと働いている。
エリックは部隊運用の才もあるのだろう。
~~エリック・土木建築コンサルタント~~
何もない原野を開発して町を作る。
町作りは夢とロマンだ。これぞ仕事である。
土魔法を駆使して土壌サンプルを採取し支持地盤となる
地層を把握する。
この辺りの平野部には水によって浸食された後があり河原で見かける
玉石が土中にはごろごろ埋まっていた。
マトリクスとなる砂や粘土分も硬化しており地盤強度は問題ない。
前世なら杭打ち屋にグラウト屋を手配して地盤改良を含めた
基礎作りにはそれなりに時間がかかったが魔法は便利だ。
今回気をつけたのは耐震設計である。
巨大なビルに採用されている免震工法もいずれ挑戦したいが
今回は時間がない。
土魔法使いを集めて堅そうな地盤の確認と柱状に開けた穴に
土魔法で石柱を埋め込んでから基礎を作る工法を教えた。
建物は基本的にはログハウスである。
この地方の森林は杉や松やカラマツ等によく似た針葉樹が
豊富なので材には事欠かない。
火魔法と風魔法を組み合わせた巨大ドライヤーで
木材をある程度人工乾燥させるのも忘れてはいけない。
丸太を組み合わせただけのログハウスでは耐震に問題がある。
角材を組み合わせ筋交いを入れる設計を大工に発注した。
この世界ではガラスの普及が始まっており専門の工場ができはじめている。
が、まだ巨大で頑丈なガラスはできない。
窓は格子状にして20cm角のガラスをはめ込む形にして規格化した。
上水道と下水道も地形を見極め『上から下へ』の法則に則って設計。
最下流には下水処理施設を作り浄化した水を川に流すよう環境に配慮。
街道沿いには商人が建てたバラックが出来はじめたので
ここも早いうちに組合を作り区画を整理した。
放置しておくとダンジョンになっちゃうからな。
それはそれで楽しいのだがスラム化すると管理が難しくなり
犯罪の温床にもなりかねない。
ダレスの提案で町の郊外の平野を畑にして農民を
移住させる事になった。
最初は実験的に数件の農家に入植して貰う程度に考えていたのだが
この話を聞きつけたマチルダ女王陛下がやけに乗り気で
出来うる限り開墾してかまわないと言って来たので調子に乗って
ダレスと二人で森を切り開きまくった。
川の上流から分水嶺を作り貯水ダムも作る。
水の供給経路を地形に沿って決め畑を作って行った。
ついでに河原にも施設を作りちょっとした水浴びスペースを確保。
領民の憩いの場になった。
セシリアが話しかけてきた。
「エリックって前世は土木コンサルだっけ」
「そう。あれ?そのこと言ったっけ?」
「寝言で言ってたわよ」
「えっ」
「しかもがっつり日本語で」
「えっ」
「係長って麻雀弱いの?」
「なにを言ってるんだ俺は」
「まあ誰かに聞かれても謎言語ってことでバレはしないでしょう」
「君にバレてるじゃん」
「私ならいいじゃん。誰にも言わないわよ」
うーむ。これは恥ずかしい。
だが寝言って気をつけてなんとかなるもんじゃないよなぁ。