3-25 魔人の国の事情 その3 共和制と醤油
~~パールバディアのグレイン少将~~
「エインリヒ国王、予定通りルド王国、サフラス王国に
グレンヴァイス王国とも不可侵を約束したぞ」
「予定通りだね、将軍」
ルド王国のアレックス王子との交渉はトラブルがあり
冷や汗をかいたが上手くまとまった。
先にルド王国と条約を結んでおいたためサフラスとグレンヴァイス
ともすんなりいった。
「王よ。『国民会議』の立ち上げはどうなっている?」
「順調だな。驚いたのは領地を持たぬ貴族の中には爵位を返上して
政治家を志す者が出始めたことだ」
「ほう、面白いな。理由はなんだろうか?」
「領地を持たぬ騎士爵家や男爵家は貴族の中でも発言力は
そんなに高くない。
ならばいっそ民間人になり国民の代表として議会で発言しようと
考えてるらしい」
「潔いな。なにか裏はないのかね?」
「我が国の貴族は領地がない家は城に勤めて給金を貰っている。
もちろん商売等は自由にやっていいのだが貴族の立場を傘に着せるような
まねはできないようになっている。
民間人になれば制約は無くなるのでもっと自由に商売出来るようになるな」
「それが目的ならば政治家を目指さなくてもいいだろうに」
「実際の所いきなり一般国民に政治に関われと言っても無理だろう。
教育はそんなにすぐには浸透しない。
その間に城勤め経験のある元貴族に前例を作って貰った方がスムーズ
に行くと思ってな」
パールバディアのエインリヒ国王は
意外と共和制の導入に好意的だ。
「すべてをいきなり一般国民に委ねるのは危険であり無責任だ。
段階を踏んで共和制に移行していくべきだな」
「そんなこと言って実は自分が政治をやるのが
めんどくさくなっただけじゃないのか?」
「ははは、鋭いな将軍。
まあ真面目な話腐敗した貴族制度に嫌気がさしているのは事実だ。
上位貴族は国民会議の立ち上げに反対しておる。
いずれ貴族制度がなくなる事を危惧しておるからな。
ふんぞり返っていても勝手にカネが入ってくる仕組みを手放したがらない。
領地を持たぬ連中の方が真面目にこの国の行く末を案じておるわい」
実際の所貴族が直接取れる税がそのまま国庫に入れば
国営事業や国策の建設工事等に資金をかなり廻せるようになるだろう。
俺とは違った観点で共和制を推しているこの国王は実に面白い。
「後は選挙制度だな。公正な選挙のためにも選挙管理委員会という
第三者組織も必要だ。その辺は魔人国の十二人会議の選出方法が
参考になるだろう」
「ああ、その辺は勉強させてくれ」
「もちろんだ」
「ところで将軍は随分文化面でもいろいろ改革をしているそうだな」
「やってる。主に衣食住を中心に庶民の生活向上を目標にしている」
「理由を聞いても?」
「なに、単純な話だ。生活が豊かになれば労働意欲も増すだろう。
国内の生産が向上すれば税収も上がる」
「うむ。それは重要だな。
ちなみに女性のスカートの布地が節約志向になってきたのも
将軍の思惑かね?」
「いや、アレはアケミ姫の仕業というかおかげというか。
俺に女性服のデザインなどできんよ」
「聞くところによると価格も抑えめで種類が日々増えてるそうだな。
町中が華やかになると見ていて気持ちが明るくなると報告が入っておる」
「その辺は俺のコントロールをとっくに離れてる。
あとは勝手に発展していくだろう」
アケミ姫が魔人の国にもたらした
生活改革は革命と言って良いほどの
インパクトがあった。
当初は魔王様の双子の妹とはいえ
魔石持ちではなく魔法も使えない姫を
冷ややかな目で見る国民も少なからず居た。
だがニナ・レシピの解読や服飾改革、果ては野球の普及まで
やってのけた姫の陰口をたたく者はもういない。
日本から転移してきて身寄りもない異世界で良くもこれだけ
の事を成し遂げられたものだ。
そうだ、最近になってようやく麹の問題解決の目処が立ち
醤油の試作品が出来たのだった。
アケミ姫に少し持っていってやるか。
その前に俺が焼き鳥で試すがね。
~~アケミの事情~~
パールバディアのグレイン少将が一時帰国した際にくれた
醤油の試作品。
なぜ私に?と質問したのだが、食に関することはまずアケミ姫に
相談するのが筋でしょうと言われた。
そんな事ないんだけどな、とその時はあまり考えもせずに醤油を受け取った。
だが今一つの疑惑がある。
グレイン本人、もしくは側近の誰かが日本からの転生人なのでは?
という疑惑。
尋ねる前にグレインはパールバディアに帰ってしまったので
しばらく詮索は置いておくことにしたが。
「臭い良し、見た目はちょっと薄いわね。
味は・・・・・良し!良し!よーし!。
ナイスだわよ将軍!」
さて何に使おうかしら。
厨房に行ってみよう。
そこで見た大量のトウモロコシ。
「コック長さん、これ一本貰っていい?」
「ええ、どうぞ。茹でますか?」
「いや、焼く」
炭火をおこし網の上で焼き始める。
「そろそろいいかしらね」
ハケで醤油を塗り始めると懐かしい香りが鼻孔をくすぐり始めた。
香ばしい臭いに釣られてコックさん達が集まってきた。
「姫、この黒い液体はなんですか?」
「これは醤油よ。大豆に麦に塩に醤油麹が原料ね。
麹の作り方が解らなかったので断念してたんだけど
グレイン少将が試作に成功したのよ」
焼き上がったトウモロコシを切り分けて貰った。
一口かぶりつく。
「っんー!これこれ!みんなも食べてみて!」
皆おそるおそる焼きトウモロコシを口に入れる。
「うまい!これはいけますね、姫様!」
「でしょでしょ?まあ私が作ったワケじゃないけど。
グレインさんが量産に成功することを祈りましょう」
残った醤油に溶かしたバターをあえて
焼いたベーコンにかけてみた。
「キャー!おいしすぎて気絶しそう!」
コックさん達も目を丸くして食べている。
そこに魔王登場。
「なんだかいい臭いね」
「魔王ちゃん、いいところに!」
トウモロコシとベーコンを皿に盛り醤油バターをかけて
差し出した。
「おいしいわね!でもなんだろ、懐かしい感じがする」
「そりゃそうでしょ。私の身体だもん」
「なるほど身体が記憶しているのか」
「正確に言うと味覚でしょうね」
「とにかく美味しいわね。たくさんあるの?」
「ないの」
「えー」
魔王に経緯と事情を説明した。
「わかったわ。グレインに可及的速やかに
量産するよう指示するわね」
一瓶の醤油はあっという間に無くなってしまった。
次回が楽しみだ。
それと同時に日本にいた頃の食事を中心に色々と思い出して
すこしセンチな気分になってしまった。
「ああ、やっぱり白いゴハンが食べたい」
この世界にはないんだよなあ、米。
もしくはそれに類似する穀物。
少なくとも魔人の国では見かけなかったが世界は広いはず。
どこかにはあるんじゃないのかな。
あるといいな、白いご飯。