第三十六話 書店にて そのに
月曜日にお試し投稿
硬直状態からいち早く脱したのは王子。
「せ、聖女がなぜここに!?」
「ば、バイトというものを体験するため…ですわ…」
反射的に聖女が答える。
「愚民の仕事を体験しようなどとお前は正気なのか!?」
なぜか必死なオージ君。しかし、彼女の堪忍袋の緒はその言葉でついに切れる。
「あ、あなたは…王子は自国の民に対してそのような言葉を使われるのですか…?」
「当たり前だ!俺達貴族が一般人らを養わせてやっているんだぞ!聖女、おま…あなたもそうだろう!?」
「…」
瞬間、アグは自分の周囲の気温が急激に低下するのを感じた。
これが漫画でよく見る女の怒りか…と、両手で自分の身体を抱きしめる。
パリン
カウンターにおいてあったコップが割れた。
聖女の怒りを前に、その現実から逃れるようにして原因を探るアグネウス。
だが、根拠となりそうな外的要因は見当たらない。
(不吉なことが起きそうだな…起きてるけど。)
改めて聖女の方を見る。
と、先程とは異なる点に気づく。
「霜が…降りてる?」
つぶやいたのは引き続き芸術を堪能するオーディエンスの誰か。
彼女の周囲の床には白い付着物…霜が付いていた。
「ま、まさかこの寒さって…」
驚きの声を上げながら再び二人へと視線を向けるアグ。
顔を俯けて身体を震わせる聖女。その周囲はまるで彼女の怒りを表すかのように、陽炎の如く揺らいでいる。
そして唇を紫にして同じく震える王子。
(このまま放っておけば王子死ぬな…喜ばしい事だけど絶対後で面倒だろうな…仕方ない…)
「ストーップ!」
アグネウスは自分を鞭打って二人の間に立ちふさがり声を張り上げた。
ハッ、と顔を上げる聖女。
彼女の周囲と気温も徐々に元の状態へと戻っていく。
王子が床に膝をついたのはどれくらい経った後だろうか。
彼の纏っている豪華そうな服、その一部が黄色っぽく変色している様だが。
「し、視察はここまでだ、帰るぞ!」
後ろ姿はまるで生まれたての子鹿。
そんな彼を呆然として見送るアグ達であった。
ーーーーーーーーーー
「…学校での様子から多少察してはいましたが、まさかあれ程とは思いもしませんでしたわ…」
聖女は未だ愕然とした様子。
無理もない、成長途中とはいえ、王国の次期国王が上に立つものとは思えない態度を示したのだから。
アグは縁を切った父親を思い浮かべながら言う。
「…貴族ってそういうものでしょう…あなたの国だってそういう輩が居られるでしょうに。」
貴女だって、という言葉は飲み込んでおく。
彼女も母国では上役に就いている。自覚がないだけで、怠慢な貴族と同等の非道を働いているかもしれない、とアグは常日頃考えていた。
後が怖いので決して口には出さないが。
「そんなことは…いえ、私の目に映らないだけで、裏では彼と同じような方々がいらっしゃるのかもしれませんね…」
目に見えて落ち込む聖女。
「やはりあの女の子は私が保護したほうが良さそうですね…」
「…」
女の子、という単語で静かに反応してしまうアグは決してロリコンというわけではない。先日の出来事がどうしても脳裏をよぎってしまうのだ。
彼女が保護したらしい女の子についても、その関係上色々と聞きたくなる気持ちもあったが、それよりも今は。
「…とりあえず、お会計お願いします。」
「えっ?ああっ!すいません!」
彼女の魔法に感化されたのが運のつき。魔法を早く扱って身体の疼きを収めたいところであった。




