第十四話 別れ そのに
今回も長めです。私としては。
「うん…そこに通いたいかな」
実は、最近解禁された近くの図書館でいくつか学校を調べていたアグ。
マーガレットが提示した学校は、王国という言葉を見た瞬間、選択肢から外していた。
それでも、なかなか自分の要望にあう学校を見つけられないでいた。
そんな中、彼が今世で最も信頼を置いているマーガレットが彼にこう薦めてくれているのである。
(彼女が言うんだ間違いない。)
何かあれば戻ってくればいいし、と後先考えずに思う。
しかし、彼が学校に通うということは、社会に出るという意味でもあるわけで。
「僕の両親はなんて言ってるんだい?」
そう、それが一番の問題である。
彼の不安な心情を察してか、彼女は優しく微笑んで答える。
「ストレイ卿は条件つきなら許すって。」
「条件?」
「そう、それを呑めばある程度のお金も出してくれるそうよ。」
良すぎる報酬にアグは、非道な提案を予想し眉をひそめる。
そんな彼をみたマーガレットはいたずらをする時のような表情をして言う。
「それはね、姓を捨てることだって」
つまり、有名大臣の息子という地位を放棄して平民になれ、ということだった。
自由に生きたいアグにとってその条件はむしろ願ってもないものだ。お子様午前におまけとして高い玩具が付いたような気分である。
「あなたには問題ないでしょう?」
表情を崩さずにいう彼女に、彼はマーガレットと同じような笑みを浮かべて答える。
「それなら問題ないね!」
ぷっ、と吹き出したのは果たしてどちらが先か。笑いを堪えることに失敗した彼らは、思い切り声を上げて笑った。
ーーーーーーーーーー
「アグ、学校が終わったらどうするの?」
馬車の荷台に荷物を乗せるアグにマーガレットは訪ねる。
彼女の問いに、彼は作業を中断する。
「まだ入試に受かったわけじゃないよ?」
「貴方ならきっと受かるわ」
目を据えて言う彼女に、彼は抵抗を諦めて考える。
「うーんどうしよっかなぁ…」
彼は今まで、前世の記憶を持ったまま生活することに精一杯であった。自らの将来について想像する暇などなかった。
(これじゃあ、前世の二の舞いだな)
内心で苦笑するとともに、これからは気をつけようと改めて決意してから、体ごと母親に向ける。
「まだ決めてないや」
「そっか」
未定の旨を伝えると、彼女はこんな提案をした。
「あなた、自由に生きたいって言ってたし、旅にでも出れば?」
「旅か…」
前世にけじめをつけ、今世を生きると決めていたアグは、自らの記憶のことを彼女に教えたことはなかったが、自由にいきたいという意思は、かねがね伝えていた。
(いいかもしれないな…)
彼の望む生き方としては、これ以上にない最適な選択肢に思えた。
「まあ、そこは学校が終わってから考えるよ。」
「ふうん、そう。」
「母さんは、おれがいない間どうするんだい?」
「この家ではメイド兼乳母っていう立ち位置だったから、メイドとして本家へ異動になると思うわ。
彼らが今まで暮らしていたのはストレイ卿の別荘で、そこのメイド兼乳母としてマーガレットは雇われたそうだ。
乳母としての役目はとうに終えていたが、メイドとして彼の世話を続けていた。その内容はメイドというより、母親の仕事に近かったが。
本家というのは、アグの両親と要らなくない息子数人が暮らす家で、アグが居なくなったあとはそこへ身を移すそうだ。
我が子のように愛情を注いできたアグの近付く出立、二度と会うことがないかもしれない事実に、いよいよ泣き出しそうになるマーガレット。彼もそれにつられて泣き出しそうになる。
彼の前世の両親は、雄一が小さい頃より共働きであった。
そのため、親との接触は少なかった。
前世も含め、生まれて初めて受けた親からの計り知れない愛情。それは。
「母さんっ!」
とても温かかった。
アグはとうとう泣き出し、声を震わせながら母マーガレットに抱きつく。
「…ご飯、しっかり食べるんだよ、生活リズムも崩さないこと。友達は作って損はないからね。大事にするんだよ。」
「わがっだ…」
(俺ってこんなに涙もろかったんだな…)
今世で初めて味わう寂しさは、涙を止めどなく溢れさせる動力源となっていた。
「もしかしたら落ちるかも。」
「貴方ならきっと受かるわ。その為に私がみっちり勉強を教えてあげたじゃない」
しばらく頭をマーガレットの腹部にうずめていたアグだが、なんとか寂しさを紛らわすことに成功し、抱擁を解く。
彼の…いや、彼らの目は赤く腫れていた。
しかし、既に二人の目に涙はない。
「手紙はなるべく書くようにするよ。」
「私も必ず返事するわ。」
「必ずまた会いに来るからね。」
「待ってるわ。でも、全てが落ち着いてからでいいからね。」
アグは俯けていた顔をあげ、マーガレットの目を見据えて言う。
彼女の目は海のように透き通る、キレイな蒼をしていた。
「…じゃあ、行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
「ズルッ…じゅっばづじまず」
最後は笑顔で別れの挨拶を済ませた。
彼らは、お互いの姿が見えなくなっても手を振り続けるのであった。




