小話1
ちょっとした『思い付きや小話』を書き足していく予定です。
構想がまとまれば連載になる可能性もあります。
読みづらいので抜粋版(連載方式)を作成中。
玉石混交の中から石を省くつもりですが、混ざるかも知れません。
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実に傍迷惑な転換魔法
酒場で大騒ぎしている奴がウザいからと、軽い気持ちで転換魔法を使い、その影響で気を失ったそいつは周囲の奴らに代わる代わる……
男勝りの女騎士は、行軍中に突然……その後、実は男でしたと発表して大騒ぎになる。
彼女に結婚を申し込んでいた貴族はあらぬ疑いを掛けられる羽目になるわ、当人は人騒がせだと訓戒になるわで、様々な波紋を呼んだとか。
ある娼館で客を取った娼婦は、張り切った後に熟睡となり、目覚めると相手は消えていて、本人の格好が……となり、娼婦だと言っても誰にも信用されずに大騒ぎとなる。
その騒ぎに乗じて転換魔術師は消えていたとか。
特殊な趣味の男2人がキモいからと、片方に転換魔法を使った時は、そのまま別れるかと思えば継続となり、当人達は性別に関わらずに相思相愛だったのだと気付いたらしく、正式に結婚出来るようにしてくれた人に感謝していたとか。
戦争中にある砦に侵入した転換魔法師のやらかした事が元で結果的に攻略になったものの、その力を恐れた上官から疎まれて戦線を離れる事になった。
しかし、彼が関係していた者達の性別は悉く逆転しており、それが彼の意趣返しだと分かった頃には、被害者の数は膨大となっており、皆は混乱してまともな戦いも出来なくなっていたらしい。
その後、その国の軍隊は男と女の部隊に別れたという。
転換魔術師が指名手配されたものの、一向に捕まらなかった。
それは転換魔術師は男と言う先入観があると共に、本人に魔法を使うとは思わなかった事が原因と見られ、当人は茶屋でちゃっかりと情報収集をしており、それで行方を眩ませたらしい。
何故発覚したのかと言うと、本人が茶屋を辞めた後、物陰で再度魔法を使い、男になって出て行くところを茶屋のあるじに見られ、慌てて報告したからに他ならない。
なお、当人は既に逃げおおせており、捕縛する事は叶わなかったとか。
「バーカ、転換ってのは年齢も転換出来るんだよ」
と、老女が呟いていたとかいないとか。
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不可解な交代劇
あれはちょうど、高校1年になった頃だった。
忙しい日々の中、それでも僅かな自由時間を獲得し、その中でやっていたゲーム。
もちろん、自由時間は僅かなのでオンラインなんかはやれず、オフゲのシミュレーションがやっとだった。
オレは内政が好きで、その手のゲームを毎日少しずつやっていた。
ゲーム内の配下への命令を、独り言のようにつぶやくようになったのは何時からだろう。
いや、そもそも独り言を言うようになったのは何時からだろう。
きっと幼い頃からだろう。
なんせ、幼馴染達との遊びなど、滅多にやれなかった幼少時代なんだし。
◇
その日も僅かな自由時間の中、ちょうど新規の配下への命令作成をやっていた。
いつものように要生産、要生産と、つぶやいて遊んでいたら、母親に額に手を当てられて熱を測られた。
どうしてそんな事をしたのかを聞いても教えてくれず、熱は無いみたいねと、それだけ言って部屋を出て行ったのだ。
今でもあの事は忘れられない。
ちょうどあの頃だったからだ。
両親がオレを……見放したのは。
長男なら普通は跡継ぎを望まれるものだが、あれ以来、次男がそれを望まれていた。
高校を卒業したオレは、そのまま家を出る羽目になってしまった。
次男が跡を継ぐからお前は好きに生きていけと、ただそれだけを言われて追い出されたのだ。
今でも訳が分からない。
中学の頃まではオレに期待して、それに応えるべく努力してきたと言うのに、あの頃から急にその期待が弟に移ったのだ。
最初は気付かなかった。
なんせ成績はオレのほうが良く、弟の勉強はオレが見てやっていたぐらいだったからだ。
だが次第に弟のほうに期待が移ったのが分かるようになり、オレは弟の家庭教師の役割になってしまっていた。
それでもまた元に戻るかも知れないと、勉強を疎かにするつもりはなく、弟に負けないようにしてきたつもりだ。
なのに。
次男は大学への道へと進むらしく、両親からの支援が約束されていた。
長男のはずのオレに対してはそれが得られず、働きながら大学は厳しいので、仕方なく就職の道を選ばなくてはならなかった。
そうしてオレは次第に納得するようになっていた。
親というものは勝手に期待して勝手に諦めるものなのだと。
それに振り回される子供は哀れなもので、せめて弟がそうならない事を祈りつつ、住み慣れた町を出た。
もう二度と戻らない決意をして。
◇
故郷を無くしてから必死で働いた。
本家を追い出されたとは言うものの、その技術の継承は成されており、それを惜しんだ分家が受け入れてくれたのだ。
そうして5年が過ぎた頃、正式に婿養子になる事になり、それを受け入れた。
それからも必死で働き、嫁さんには子供も出来た。
オレは両親の事を反面教師と思い、自分の子供にはあんな思いをさせたくないと誓った。
その頃だったろうか、本家の家業が巧くいかなくなっていると聞いたのは。
父親が出先で怪我をして、家業がやれなくなって弟が代替わりをしたそうだ。
だけど、そのうちまた盛り返すだろうという意見もあったので、そんなに心配はしてなかった。
それから数年後、弟が死んだと聞かされた。
その話は親戚の人から得られたが、元々、オレが跡を継ぐものと思っていた為、本当は嫌だったのだと聞いた。
両親は、弟の本心を日記で知り、急に老けたようだとも聞いた。
元々、幼い頃からの下積みを持っていたのはオレであり、その頃は弟は幼馴染達と自由に遊んでいた。
僅か1才違いの兄弟だったが、当時は何でオレばっかり遊べないんだろうと思っていたものだ。
家の職人達は厳しくて、相手が子供でも容赦が無く、毎日叱られてばかりだった。
それでも10年の下積みは無駄にはならず、ようやく認められるかどうかというところまで来ていたのだ。
そんな頃の交代劇。
弟はオレが10年を掛けて得た物を、急速に詰め込まれていった。
今までならあったはずの自由な時間は切り取られ、交友関係からも切り離され、弟の生活は滅茶苦茶になっていたそうだ。
それでも表向きには文句を言わず、その代わりに日記の内容は呪詛に近かったらしい。
元々、長時間で覚えていく行程を、短時間で詰め込まれたからニカワになるしかなく、職人達も努力したようだがモノにはならなかったらしい。
それでもオレの事は職人達からも意見が出たようだが無視される結果となり、先行きの見通しに不安を抱えた職人達が、ひとりまたひとりと去っていき、遂には立ち行かなくなって閉鎖になったそうだ。
そうして閉鎖になった翌朝、梁にぶら下がっていた弟を発見したそうだ。
◇
今でも意味が分からない。
順調に思われたあの家を、滅茶苦茶にしたその原因が。
本家の家業は閉鎖になったが、その技術は受け継がれている。
オレは分家で継続させている。
そうしてかつての職人達も迎え入れ、当時と変わらないような雰囲気の中、もう居ない当時の面々に思いを馳せるのだ。
何が原因だったのかと。
◇
息子は既に家業を継ぎ、立派になっている。
この前、孫が絵本を読んでくれた。
童話のようで、妖精が出て来る話のようだった。
もうどれぐらい生きられるのか分からないが、分家ながらも今では本家と言っても過言ではあるまい。
それぐらい、順調なのだから。
「妖精さん」
孫がまた童話を読んでくれるらしい。
要生産か、懐かしいな。
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同居人との生活
オレの部屋には困った同居人がいる。
そいつは火曜日になるとある番組を必ず見ている。
『ジャンジャンジャーン、ジャンジャンジャーン』
また見ているな。
それが単なる娯楽ならばオレもそんなには言わないよ。
週一の趣味なら特に、チャンネル争いもしないさ。
だけどさ、そいつのそれは単なる趣味じゃない。
仕事の参考にしたいからと、それはもう熱心に見ているのだ。
「お前、バレんなよ。共犯扱いは嫌なんだからよ」
「煩いな。今いいとこなんだ」
「やれやれ」
あいつはテレビの前に座るといつもこうだ。
それはもう真剣に、まるで何かの講義のように見ている。
ああ、確かに講義だな。
犯罪行動学かな?
もっとも、一般庶民ならば妄想に留まるところが、あいつは既に経験者だ。
と言うか殺しのプロと言うべきか。
かつてあいつが殺しているのを見てからと言うもの、すったもんだの交渉の挙句、なんとか殺されずに済んだ。
その代わり、あいつの住処提供という名の元に、オレは食事と住まいを提供している。
命の代金としては安いので交渉はまとまり、こうして今日も同居している。
あいつは確かに腕が良いようで、今までの殺人は全て迷宮入りになっている。
この国の犯罪検挙率からは考えられない程の成功率だけど、やっぱり人間だから完璧はあり得ない。
だから何時か捕まるんじゃないかと思ってはいるものの、そこで共犯にされたら敵わない。
それでも何時かは居なくなるあいつに期待しているのも事実だけど、一抹の寂しさに似た何かを感じる事もある。
相手は凶悪犯罪者なのに変だよな。
「仕事に行くから」
「夜警か、ご苦労だな」
「戸締りは頼むぞ」
「ああ、心配するな」
◇
あいつは本当にろくなもんじゃない。
殺しで金儲けなど、ハイリスク過ぎるんだよ。
そんな事よりもっと安全で確実な稼ぎ方があると言うのに。
夜の公園の草むらには、その手の行為をするカップルが盛んに互いを求めている。
周囲への注意など皆無なので、スタンガンで双方共に速やかに気絶してくれる。
後は金目の物をいただくだけの簡単なお仕事だ。
もっとも全てを盗るなどという間抜けな事はしない。
こんなに使ったかな?
そう、数枚抜くだけなのだ。
初期投資のスタンガンの元はもうとっくに取れている。
後は稼ぐだけなので、全てが純利となっている。
他にもある。
やはり人間は本能の行為に対しては、周囲への警戒が疎かになるようで、それに付け込めば楽に隙を突けるのだ。
そういう行為をする相手を気絶させ、僅かな収入を得る。
額が僅かなら気のせいかと自分を納得させてくれるので、そこに犯罪の発生は無い。
塵も積もれば山となる。
この都市にはそういう輩が多いので、毎日あちこちの公園を巡るだけでかなりの稼ぎになる。
地域巡回員という、ボランティアに近い活動は認められていて、オレは警備用の制服を着てうろついている。
実際に、時間を忘れて遊んでいた児童を家に送り届けた事もあり、そういう活動を全くやってない訳でも無い。
あいつは夜警と思っているが、実際はこんなもんだ。
そうしてその一環で殺しの目撃者になったんだ。
さてと、今日の稼ぎもまずまずだし、そろそろ本番といくか。
公園のトイレで着替えて、いざ勝負。
◇
「おい、また来たのかよ」
「そう言うなよ。それとも客を選ぶのか? 」
「あんまり稼いでくれるなよ」
「勝負は時の運さ」
「へっ、よく言うよ」
確かに毎回稼いでいるが、そう毎日来る訳じゃない。
なのでオレと張り合うボンクラもよく居るので、対抗馬としては煽り気味にやっている。
だからオレが稼いでもあんまりは言われない訳で、どっかの富豪のボンボンは真っ赤になって金を捨てている。
「次は7だな」
「くそう、今度こそ」
「おいおい、庶民と同じ場所に張ろうってのか、富豪さんよ」
「てめぇ、よーし、それなら18だ」
それにしても無謀だよな。
自分の直感だけで勝負するなんて。
次は7だと閃けば、そのままそこに張るだけだ。
そうすれば7が来るんだから。
「クククッ、もう諦めたらどうだ」
「おのれぇぇ、次こそは逆転してやる」
「やれるもんならやってみろ」
「ああっ、やってやるさぁ」
本当にご苦労様だな。
◇
「半分は祝儀だ」
「ああ、それでいい」
「今日はかなり煽ったから、文句は無いだろ」
「本当にどうなっているんだよ。てめぇの運はよ」
「さあな」
「いくら煽るからと言っても、今月はもう無しにしてくれ」
「じゃあまた来月な」
「ああ、そうしてくれ」
かくして数百万の儲けの半分を返し、残りを持って帰宅する。
やれやれ、これで来月までは余裕になったな。
あいつってちょっと美食の気があるから、食費が多くなって困るんだよな。
お陰でネタ銭が尽きちまって、夜の公園を徘徊する羽目になっちまった。
かつてはそれで稼いでいたが、今では組の裏方の商売である、ギャンブルルームで稼いでいる。
もっとも、儲けの半分を返すぐらいしないと、ちょっとヤバい事になるけどな。
それに加えて、どっかのボンボンを見つけたら、煽り傾向で儲けに貢献している。
それぐらいしないと、うっかり出入り禁止になったら困るからさ。
そんなオレだが、今ではそれさえ気を付けておけば、出入り禁止にならなくなっている。
確かにいくら売り上げに協力するからと言って、毎回稼ぐ奴など存在しては困るだろう。
だけど親分さんが稀に、オレに同行を求める場合がある。
数年に1度の全国の親分衆が集まる会合。
そこに同行して賭博のアドバイスをするんだ。
(次はなんだ……半です……よし)
こんな調子で大儲けになってからと言うもの、その手の会合には毎回呼ばれている。
なので普段、少しぐらい稼いでも嫌な顔をされるぐらいで、出入り禁止にならないんだ。
さて、あいつの好物のメロンでも買って帰るか。
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精神的デスゲーム
デスゲームじゃないけど出られない。
クリア条件は老衰で死ぬ事。
普通に死ねば復活するので、もう復活しない老衰になれば自然とログアウトできる。
中の時間は超高速になっているので、例え100年と言えども数分で終わる。
なお、どうしても嫌と言われる方は、緊急停止ボタンを押す事。
緊急停止ボタン
強制ログアウトと共に、有償購入ゲームソフトの強制デリート、IDの消去、再度ログインの禁止。
結局のところ、高い金と抽選に受かった幸運を捨てるに忍びず、セカンドライフとして楽しむ事にした。
後悔するとも思わずに。
参加を選んだ全員がバンパイアとなり、数千年の寿命を持つ彼らの老衰は遥かな未来となる。
なので早々に飽きた面々は餓死の苦しみを味わった後、仮死状態で寿命まで眠って過ごす事になるものの、目覚めない悪夢は精神を苛み、ログアウトになった頃には廃人続出となっていた。
悪夢とは、夢の中で人生を過ごし、死んだら夢だったの繰り返し。
なので何十回何百回もの死を乗り越えられず、精神が磨耗してしまった連中もいる。
そんな中、ごく少数は仮想ゲームを楽しんだとされるも、やはりそれも悪夢とそう変わった物では無かったとか。
ただ、悪夢が現実世界の夢であるのと違い、仮想ゲームを楽しめたのが救いだという。
現実世界に戻れた彼らのうち殆どは、どんな事が起こってもその感情を揺らす事はなく、ただ生きる屍にも等しくなっていた。
そればかりではなく、長年の吸血体験からすっかりとそれが癖になっており、揃って吸血症に罹患していたという。
まともな精神を持ったままログアウト出来た少数の存在は、そのゲームの世界に耽溺しており、素晴らしかったという、他の者達の惨状からはあり得ない感想を残していた。
ただそのまともと言うのが、ログイン前と同じという意味であり、世間一般的なまともとは違っていた事は誰にも知られずにすんだ。
なんせ彼らは皆、元々、世間からかけ離れた存在だったのだから。
カタカナ5文字で表現される彼らは、また同じようなゲームが現れたら、きっと参加する事だろう。
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フードパニック
うちのクラスの担任の仇名は『弁当箱』って言うんだけど、普通ならそんな仇名は嫌がるよな。
だけどうちの担任はそれを喜んだんだ。
何故って?
それはね、うちのクラスの面々の仇名が大抵食い物だったからさ。
それらを内包する食い物の容器、弁当箱ってのが気に入ったらしい。
そんな担任は別当箱助という名前だ。
かく言うオレは椎野武三だから仇名は『シイタケ』だ。
んで親友の名前が松田武蔵と言って、仇名は『マツタケ』になる。
もちろん、名前が剣豪みたいだから『ケンゴウ』ってのもあったけど、見てくれに合わなくてな、自然とマツタケで統一しちまったんだ。
それと言うのも、おとなしくてどっかの坊ちゃんみたいなので、高級なキノコでマツタケと。
んな事を言ったらオレはどうなるのかと言いたいが、香りは負けているが、味ならシメジより美味いと思うさ。
そんでもってオレと武蔵の共通の幼馴染が木野素子って言うんだけど、これがまた『キノコ』って仇名なんだ。
まさにオレ達の幼馴染に相応しい仇名だよな。
それと、クラスの中であるカップルが居るんだけど、そいつらが揃って果物の仇名が付いている。
桜井望君と馬場奈々子さんだ。
サクランボウとバナナな。
こういう事はあんまり言いたくないけど、こいつらの事はクラスの中でも誰も冷やかさないんだ。
それと言うのも桜井のほうは、これまた武蔵と同様でどっかの坊ちゃんみたいでさ、まさにさくらん坊ってのが合っている。
と来ればバナナの彼女の見てくれが気になるだろ。
誰も冷やかさないのは命が惜しいからだ。
確か小学生の頃の話だったか、冷やかした奴がいたらしいんだけど、そいつは馬場さんに殴られてさ、泣きながら謝ったって話が有名だ。
それからも中学の頃にゴリラって仇名で呼んだ奴が胸倉掴まれて、これまた半泣きになって何度も何度も謝ったって話を聞いた事がある。
膝で某所を蹴られて腰砕けになったらしいが、何処なのかは知りたくも無い。
だから本当ならバナナもヤバいんだけど、そこはサクランボウと同じ果物繋がりで、お揃いってんで何とかなっている。
2人はやはり幼馴染同士で、桜井のボディガードみたいな立ち位置になっている。
そんな彼女だけど、桜井の前ではしおらしくしていて、ちゃんと女の子って感じだ。
まあ、本人達がそれで良いなら外野は何も言わなくて良いさ。
他にも松末茶子で『抹茶』とか、大山堂一で『珈琲』とか、飲み物の仇名の奴も居る。
どうして大山堂一で珈琲なのかって?
ほら、あるでしょ、メーカーの名前が。
ブレンド珈琲で有名な。
ほらあの、アルファベット4文字の。
だけどそのものにしちまうと愛知の地名と被るから、そこはひねって珈琲になっている。
もっとも、そいつ自身も珈琲が好きなので、その仇名は気に入っているらしいが。
他には食い物じゃないんだけど、弁当箱に関係する仇名の奴も居る。
大馬蘭子は自分の仇名が嫌いらしいが、名前の中にそのものの文字があるから半ば諦めているようでもある……『馬蘭』な。
もっとも、今はハランらしいから、それを主張しているが、今更無理じゃないかな。
後、どうしてそこまで嫌がるのかを聞いた事があるんだけど、はっきり言わないんだよな。
男の名前だから嫌とか言われても、弁当箱の中の緑色の物質に男も女も無いと思うんだけどな。
その時に魔王がどうとか言っていたけど、緑色の葉っぱと魔王がどんな関係があるんだろう。
だから今でも真の理由は分からないままなんだ。
他にも橋本浩二はそのもので『箸』だし、吾妻洋二は『つまようじ』だ。
橋田葉子も箸になりそうなものだけど、そこは『箸箱』になっている。
その関係で今、盛んに橋本が橋田にアタックしているところだ。
でもさ、ひっぱたかれたんだ。
そりゃそうだよな、箸は箸箱が入るものだとか、セクハラな発言をするからだ。
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竜の帝国と水魔法
御方様が眠りに就いてもうどれぐらい過ぎたのか。
慕って集まった竜達は、今日も寝所を綺麗に磨いている。
そんな御方様の寝所に水が沸いて出る。
外は雨なのかと、皆は水が引くのをひたすら待っていたが、いつまで経っても水が引かない。
相当な大雨なのかと思いつつも、何とか水が引いてくれないと、このままでは御方様が……
揺らしても叩いても深い眠りの中。
遂に身体が水中に沈んでしまう。
ああ、我らの神たる御方様よ、早く目覚めて欲しい。
そのままではいかな貴方様でも……そうして遂に彼の姿が消えようとする。
嘆きの中の竜達は気付かない。
彼らもまた同じ道を歩まんしていた事を。
そして竜の帝国は滅亡した。
◇
1→87
「なんでこんなにレベルが上がったんだ? 」
92→
「うわ、また増えていく。どうなっているんだ」
…………→196
「止まった? 何だったんだ、このラッシュは」
魔力は多いのに水魔法しか才のない男。
そんな彼はせめて水魔法なら誰にも負けないようになりたいと、毎日ひたすら練習していたが、生み出した水が近所迷惑だと言われ、仕方なく山篭りをして練習しようと思い付く。
食料を背負って山に登った彼が見つけた穴。
何処に通じているかは知らないけど、これに流し込めば迷惑にならないよな。
水魔法をひたすら練習して彼は、その水が竜の住処へと流れ込み、眠りに就いていた竜がそのまま目覚める事なく溺死してレベルアップし、ついでに眷属も溺死して更なるレベルアップした事など知る由も無い。
更には水魔法1つで竜の帝国を滅ぼした事を彼はまだ知らなかった。
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どうしよう
風の精霊を呼んだつもりだったのに、風邪の邪霊が来ちゃった。
おかげで風邪が治らなくて、どうしよう。
雲の精霊に相談しようとしたら、蜘蛛の邪霊が来ちゃった。
蜘蛛嫌いなのに、どうしよう。
雨の精霊に助けを求めたら、飴の妖精に気に入られちゃって、口の中がいつも甘いの。
だから虫歯になっちゃって、どうしよう。
庭のねこやなぎの中に、1つだけ大きなのがあったからつまんだら、子猫の尻尾だった。
噛み付かれて痛いんだけど、どうしよう。
美味しそうな料理を見せられて、食べたいと言ったら殴られた。
女の人って怖いけど、どうしよう。
怖い女の人に結婚を迫られたので、諦めて結婚をした。
そうしたら翌日、シーツに血痕があった、どうしよう。
子供が産まれたので可愛がろうとしたら、変態と言われた。
お風呂に入れてやろうとしただけなのに、どうしよう。
色々と子供に吹き込んでいるみたいで、子供が口を利いてくれない。
ずっと喋らないと思っていたら、口が利けなくなっていた、どうしよう。
子供の病気は邪霊のせいだと言われた。
あいつら何もしないのに、祓おうとするんだ、どうしよう。
邪霊や妖精、それに猫のお陰で色々な耐性が付いたのに、それを認めようとしないんだ。
子供が病気になったら、どうしよう。
僕以外が病気になってしまった。
だから言ったのに、どうしよう。
みんなが病気になって、周囲から人が消えていくんだ。
誰も居なくなったら、どうしよう。
今日もみんなのお墓参りをするんだけど、数が多すぎて終わらないんだ。
みんな死んでしまって僕だけ残って、どうしよう。
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15少年逃亡記
物心付いた頃から、孤児で奴隷で下働き。
お嬢様に何故か気に入られ、魔術を教わる。
同僚のやっかみが苛めに発展する。
身体強化魔法でやりくりしていたが、お嬢様が学園に戻られた翌日、同僚によって殺されそうになる。
死線を何度か潜った後、逆に殺すのに成功するも、奴隷が人を殺すと死刑なので逃亡(15才)し、
傭兵団に潜り込んだ後、身体強化魔法で成り上がる。
団長の奥さんは団きっての魔術師であり、その奥さんに魔術を本格的に教わる。
奥さんの弟子として、団の戦闘要員として、無くてはならない存在になっていく(25才)。
後継を望まれるも保留にしていたある時、雇用主に騙されて団の存亡の危機に、身を挺してそれを救い、そして死亡。
享年29才。
そんな夢を見た。
苛められて帰って泣きながら眠った後の夢。
あれは夢じゃない。
あれは、オレの前世だ。
15の時に初めて人を殺し、そして傭兵団でも散々殺した。
それから比べれば、あれしきの苛めが何だと言うんだ。
やれやれ、我ながら何とも情けないものだったな。
それにしても、あの頃に覚えた魔術、果たして使えるものかな。
この世界では空想の産物となってはいるが、要領は分かっている。
体内を意識すると蠢く存在。
なんだ、あるじゃないか、しっかりと。
ならばこいつを育てていこう。
将来、何があるか分からないからな。
そして15才で勇者召還。
行き先はかつての世界。
勇者の事など忘れ、かつての故郷に赴く彼。
殺したはずの同僚が生きていた。
そいつがあるじであるお嬢様の父親を殺して乗っ取っていた
お嬢様を救い出して事情を説明するも信じてくれず苦労する。
やっと信じてくれたお嬢様と共に、父親の敵討ちに成功する。
喜びの中、殺した元同僚が実は魔王の配下だと知る。
全ての事は魔王の計画だった事を知り、諸悪の根源の討伐を決意する。
クラスメイトに合流するも、その力量の差に愕然とする。
足手まといにしかならないと知り、単独での討伐を決意する。
そもそも、三流の魔族を全員で追い詰めたものの、誰も殺せなくて結局逃げられるとか、情けないにも程がある。
魔王を追い詰めて、まもなく討伐と思われたその時、クラスメイトが乱入して戦場を混ぜ返す。
寸前まで追い詰めていたのに、クラスメイトが邪魔になって逃してしまう。
それを詰れば責任転嫁され、全員の偽の証言で指名手配されてしまう。
逃亡しながらの魔王の捜索は至難を極めるも、ようやく再度、追い詰める。
そしていよいよ討伐。
またしても邪魔をしそうになったクラスメイトを巻き込んだ強力な魔法によって。
そうして更なる罪を背負いつつも、お嬢様と合流し、そして傭兵団へと流れていく。
またしても説明に苦労するも、何とか信じてくれて元の鞘に収まり、そのうちお嬢様と相思相愛となる。
今度こそ幸せになりたいと願ったのもつかの間、29才で病に倒れて帰らぬ人となる。
そんな夢を見た。
明日にはお嬢様が学園に帰られる。
このまま行くと同僚に殺されそうになる。
しかもあいつは魔王の手下。
ならばここでしっかりと殺しておく必要がある。
そうしないと旦那様が殺される事になるし、お嬢様も苦労なされる。
そうしてそれを実現し、15才で逃亡する事になる。
またぞろ傭兵団に所属し、苦労の説明は同じ。
騙す雇用主を逆に騙す計画を立案し、見事に乗り切る。
因縁の29才を何とか乗り切り、傭兵団の次期団長として皆を纏め、後に団長となる。
頼りになる団長は皆に慕われ、国の覚えめでたく、勇者の露払いに任命される。
「なに、殺してしまっても構わんのだろ? 」
そんなフラグを見事乗り切り、勇者を道化にしてやった。
けどな、神様。
もう、夢落ちは勘弁してくれよ。
こいつで人生は最後にしてくれよ。
さすがにもう、嫌になっちまったからよ。
◇
そんな夢を見たオレは、ビルから飛び降りた。
『15才の苛められっ子、ビルから投身自殺』
そんな記事が紙面を小さく賑わせた。
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かんたんな陰陽術
「それで結論は出たかしら? 」
ああ、昨日の案件か。
あいつはただ、ガキの我侭なんだと今ならば分かる。
素直になれば良いのに、単に恥ずかしいという下らない理由での断りか。
将来の為になるのは確実なのに、友達に笑われるかも知れないという、そんな事で将来の糧を台無しにする。
全く、ガキって奴はどうしようもないな。
「うん、決めたよ」
「どうしても嫌なら、母さん諦めるけど、なるべくならやって欲しいの」
ここまで親に譲歩されるなど、本当にかつてのオレはどうしようもない甘ったれのガキだったんだな。
だが、今ならば。
「うん、任せて。きっちりとやるからさ」
「えっ、本当に、良いの? だってあんなに嫌がっていたのに」
ああ、確かに嫌がっていたさ。
だがな、あそこで習える事柄は、本来相当にレアなはずだ。
門外不出の技能になるはずなのに、親類の伝手でそれが学べるんだから。
「一晩じっくり考えたんだ。僕は甘えていたんだなって」
うっ、そこで泣くのかよ、参ったな。
そんなにオレの事が負担になっていたんだな。
やるからには真面目に務めるからよ、そんなに泣かないでくれよ。
◇
あれは本当に不思議な体験だった。
今から考えるとやはり夢だったのだろうが、ただの夢とは思えない。
その夢の中で目覚めたオレは、親に甘えたままで大きくなり、当然、あの仕事も断って自分の思うままに生きていた。
確かにそれで良かった事もありはするが、殆どが後悔の日々だった。
特においそれとは習えないあの技能は後に、後継者が絶えた数年後、にわかに注目を浴びる。
この26世紀の世の中で、陰陽術などは過去の遺物とされ、後継者不在のまま静かに消えようとしていた。
遠い親類のそんな窮状を見かねたのかどうなのか、うちの親がそれに志願して息子を説得すると告げたらしい。
だがその肝心の息子はそれを嫌がり、数年後には遂には陰陽術の最後の大家と言われた術師は亡くなってしまい、遂には歴史からも消え果てた。
それから更に数年後。
世界は危機を迎えていた。
精神世界の住人の侵略という、まるで空想小説のような出来事。
世界ではオカルト扱いされて虐げられていた人達が、この時とばかりに活躍をした。
しかし、それらは皆、独力での習得だったが為に、その技量も大した事は無かった。
そんな中、日本のある技術が注目を浴びる。
そう、陰陽術である。
世界には様々な趣味の人が居るが、古い歴史の収集家の中から、日本には古来、霊的な攻撃に対処する術を持った者がかつて存在していたと報告したのだ。
当然、世界はその情報に飛びつく。
だが既にそれは衰退し、消え果ていた。
世界はそれを責めた。
折角の専門職を保護する事もなく、むざむざと消し去ってこの危機をどう乗り切るつもりなのかと。
余りに都合の良い物言いだが、確かに何の庇護もしなかったのは事実がゆえに、まともな反論も出来なかったという。
そうして世界からの声に押される形となるも、その復活を政府主導で行われる事になる。
白羽の矢が立ったのは、最後の大家だった術師の親戚連中。
そうして議論のうちにオレの話が話題に上り、自分で決めて勤めていた、それなりに満足していた会社をを強制退社に追いやられた。
既に課長代理となり、数ヶ月後には課長の椅子さえ約束されていと言うのに、国からの圧力と言う理不尽の力であっさりとその夢が費えたのだ。
そうして強制的に陰陽術をやらされる事になった。
元々、本格的な指導の前の段階として、初歩の初歩な術は教わっていた。
それは甘い飴との引き換えの為、単に情報として記憶に留めるだけだった代物だったが、それでも現状どうしようもなかった敵の手先のようなものには効果があった。
だが、所詮は付け焼き刃、次第に手に負えなくなる敵を相手に、必死で戦う日々となる。
その戦いの日々のうちに、周囲の者達が被害に及んで消えていく。
父親がまず消え、そして母親も消えた。
クラスメイトだった奴らも1人また1人と消えていく。
親戚連中は既に軒並み消えており、直属の上司だった政府の役人も消えた。
国の人口は既に半数が消えており、世界の人口もかなりの減少を見せていた。
それでも対策班は戦い続け、そうして対策班の面々も消えていく。
主軸は最後まで残ったが、その中からも少しずつ消えていく。
そうして遂に自分までが……そこで目が覚めたんだ。
大汗をかいていた。
それも当然と思える夢だったからだが、夢で良かったとつくづく思い、そして親に言われていた決断を思い出す。
まさか、あれが分岐点?
あの時はとてもただの夢とは思えず、遠い親戚ながらも祖先の僅かな血がそれを見せたのだと信じていた。
それは今でも変わらないし、その為にはどうすれば良いかという答えは既に出ていた。
そうして親にそれを告げ、晴れて最後の大家の弟子となる。
これで未来がどうなるかは分からないが、少なくともあんな悲惨な未来にだけはしたくない。
だからオレは真剣に術を学ぶ。
周囲から呆れられながら。
質素な生活が続く中、一端な術師となったオレの成長を見届けて、最後の大家たる師匠は亡くなった。
当然、仕事などはあるはずもなかったが、アルバイトをしながらも術の研鑽は欠かさなかった。
そうしてそれから数年後、世界は危機を迎えていた。
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救世の英雄譚
「願いは1人1つだけだ。その代わり、どのような願いでも聞いてやろう」
「オレ達全員に魔法の才能をくれ」
「オレ達全員に頑強な身体をくれ」
「オレ達全員にアイテムボックスをくれ」
「オレ達全員に話せて書ける能力をくれ」
・
・
・
・
・
「オレ達全員を元の世界に帰してくれ」
なんと言うか、神様の1人負けである。
見下した相手にしてやられたのである。
だが今更、やれないとは言えない。
"可能な限り"と、付ければ良かったのに、"どのような願いでも"と言ってしまったからだ。
それも侮りが原因なのだう。
そもそも、召喚の場において、帰せと言う事ぐらいは想定してしかるべきだが、まさか神の願いを断るとは思ってなかったのだ。
神の願いとは異世界ではそれ程に重い事柄であり、どのような事があっても成し遂げなければならないとされているからだ。
それもこちらの世界の常識で判断した結果のミスである。
そもそも日本人は宗教に関して、殆どの人達が浅い。
年末にはクリスマスという教会の祭りをやる癖に、大晦日には寺の除夜の鐘を聞き、新年になったら神社にお参りをするような民族なのだ。
そんな相手に対し、例え神様の願いと言えど、自分達に不利益をもたらす相手の願いなど、まともに聞く義理など無いと思ってしまうのだが、そういう事情を全く分かっていなかったのだ。
神は困った。
今更、帰すなど出来る訳がないのだ。
しかし二言など沽券に関わる。
矮小な存在に偉そうにのたまった挙句、想定外の答えを返されてそれを無しにするなど、他の神に知られたら身の破滅だ。
どうすればいい。
神は困っている。
「最後にオレの願いを言うぞ」
まだ言ってなかった者が居たらしい。
神はまだ何か言われるのかと、無意識に身構えた。
「オレ達全員の複製を作り、オレ達の代わりに現地に送り込んでくれ」
神は救われた。
しかも合法的に。
しかし、願いを言った男がニヤリと笑ったのにゾクリとした。
今の心境を見透かしているのかと。
最悪の手段を神が採る前に救いの手を伸ばす。
それは一見、相手への慈悲のようだがそれは違う。
自分達の願いを確定する為の、最後の一押しなのである。
あれで救われたと思えば全ての願いを肯定し、速やかにその手段を採るだろう。
それで自分達は得をして相手の思惑を外せるのだから、これが最善の一手なのだ。
そう男は確信し、全ての采配を採ったのだ。
総勢18人は世界に凱旋し、神様は彼らの複製を世界に送り込む。
彼らの世界もまた危機を抱えていたが、思いもよらない恩恵により、辛くも危機を脱する事が出来た。
そうして彼の名は時の英雄として、長く伝えられる事になったのである。
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人外は想定外
クラスで最近、VRゲームの話題が多くなっている。
なんでもかなりリアルという噂で、つい先日、正式オープンしたばかりだという。
かつて以前の世界でもやっていたので、そういう話にも興味が無いでもない。
そう思って聞き耳を立てていると、やってみないかと誘われる。
そうして急遽、機材購入に走り、雅彦の分も買っていよいよスタートとなる。
各自はベッドに横たわり、機材をセットしてログインする。
◇
「脳波を読み取って初期ステータスを作ります」
うぇぇ、脳波と言われてもな。
新型高機能にそんなの無いぞ。
どうすっかな。
「脳波以外は無理なのか」
「気になりますか? そういう方はここで体力テストでも構いませんが」
「是非そうしてください」
「古風なのですね、判りました」
古風? そうなのかな。
無い物を無いと言えないから相談しただけなんだけど。
それから始まる体力テスト。
「それを思いっ切り叩いてください」
ええと、これはパンチングマシンって奴かな?
ゲーセンにあるような……よし、いくぞ。
ドカーン……う、やり過ぎた。
「え、えと、測定不能ですね」
うん、壊れたもんな。
「力が強いのですね。それでしたらこれでお願いします」
ええと、お姉さん、これ、叩くの?
「それなら思いっ切りでも構いませんよ」
そりゃそうだろ、これはコンクリートの塊だ。
しかも鉄筋が入っているような本格的な奴だ。
いわゆるテトラポットのようだけど、仮想空間なのにこんなのしか無いのかよ。
バゴン……
「……折れましたね」
うん、出っ張り折れたね。
「わ、判りました。では次に……」
そんな調子で自重せずにテストを受けたらあり得ないステータスになったとさ。
一般男性のステータスが各100前後だと言うのに、6桁とかどうすんだよ。
ヤバいな、少しは自重するんだったな。
「……つ、次は種族を決めてください」
そう言われて種族をつらつらと見せられた。
エルフは力は弱いが魔法適正が高く、特に風と木と水が向いていて、火が少し苦手らしい。
ドワーフは力は強いが魔法適正が低く、火はまだしも他の属性の適正は殆ど無いらしい。
獣人は力はそれなりに高いが、魔法適正はどれもかなり低いらしい。
ただ、身体強化魔法のみは得意としていて、それのみを使用するプレイヤーが多いという話だ。
他にランダムを選んだ場合のみ、竜人とか魔人とかいうレア種族になれる場合もあるらしい。
けど、ここは無難にエルフにしようと思う。
「では次に職業を決めてください」
そう言われて少し悩んだけど、弓は得意だからと弓師にした。
「それでは次に初期スキルを10個選んでください。尚、スキルの枠はレベル10毎に1つずつ増えていきます。
それと、後天的なスキルは様々な行動の結果、得られますので色々な行動をしてみるのも良いですよ」
まず《弓術》は確定として、矢の自作も必要だろうから《木工》は必要だろう。
後はハントがメインだと街からの通いよりは現地で野宿とかになりそうだし、リアルはともかくアバターには食事が必要になる。
となると《料理》もあったほうが良いな。
それと、矢の材料を集めるなら《採取》が必要かな。
いや《伐採》も欲しいか。
後は魔法だけど、折角適正が高いんだし、出来るだけ取っておくか。
行動でスキルを覚えるにしても、魔法だけは最初から覚えておかないと後々はきついはずだ。
そりゃ魔法書を読んで覚えるとかだとすぐだけど、魔法書が安価な保証も無い。
ならば最初からある程度は使えるほうが良いはずだ。
そうしてつらつらと決めて見せられたステータスだけど、手抜きだろ、これ。
種族 エルフ レベル1
職業 弓師
技能 《弓術》《木工》《料理》
補助 《採取》《伐採》
魔法 《火術》《水術》《風術》《木術》《土術》
能力 非常に高い
非常に高いって何だよ。
普通はSTRとかDEFとかあるんじゃないのかよ。
よくよく聞けばステータスや熟練度はマスクデータになっていて、体感で知るしか無いらしい。
リアル志向とか言われても、手抜きにしか見えないぞ。
それに、体力とか魔力の数値も無いのかよ。
それでも目安はあるらしく、こんなのが出た。
体力 ────────(赤)
魔力 ────────(青)
空腹 ────────(茶)
気力 ────────(黄)
まあ、無いよりはましか。
「では最後に複合スキルの説明をします」
これはスキルとスキルを合わせてオリジナルスキルを作れるらしい。
例えば火魔法と水魔法で温水を作るとか、火の効果を高めて熱湯を作るとか。
そういう、思うままのスキルが作れるらしい。
どうやら2種と3種と4種が1つずつ登録出来るらしく、使用前には登録しないといけないらしい。
なので色々とストックして必要で登録する事になりそうだ。
それを踏まえてステータスはこうなりました。
種族 エルフ レベル1
職業 弓師
技能 《弓術》《木工》《料理》
補助 《採取》《伐採》
魔法 《火術》《水術》《風術》《木術》《土術》
能力 非常に高い
体力 ────────(赤)
魔力 ────────(青)
空腹 ────────(茶)
気力 ────────(黄)
複合
1.複合名 《》+《》
2.複合名 《》+《》+《》
3.複合名 《》+《》+《》+《》
称号 なし
ちなみに装備とか所持品は別ページになっていると言われ、見ると初心者向けのありきたりな物が書かれていた。
アイテムはインベントリに入るらしいが、初級回復薬10個は最初から持っているとか。
後は所持金が1000ベイ(BEY)あるようで、不足で色々買い足す事になりそうだ。
とは言え、序盤からいきなり消費する訳にもいかないので、まずは金策からになるかな。
ああそうそう、簡易表示の設定もしないと。
普通は棒グラフのみを左上に表示するのが多いらしい。
◇
設定が終わったところで一度ログアウトしてくれと言われた。
どうやらアバター構築と設定に数分必要らしい。
どうせなので、攻略掲示板を見てみた。
よく使うつもりなのが火魔法と土魔法なので、そのうち覚える魔法の確認をした。
火術
灯火 ローソクぐらいの火を指先に灯す
火矢 ダーツ矢ぐらいの火の矢
焚火 薪が無くても火が焚ける
火球 野球のボールぐらいの火の球
炎球 サッカーボールぐらいの火の球
火壁 1メートル角の火の壁
熱球 直径80センチぐらいの火の球
爆発 指定場所に設置後、刺激で爆発
延焼 他のスキルと組み合わせて範囲化(直径10メートル)する
土術
小壁 ハガキサイズの壁
落穴 落とし穴(直径1メートル、深さ1メートル)を作る
土矢 ダーツぐらいの土の矢
破砕 スキルでピッケル効果
土槍 直径5センチ、長さ1メートルぐらいの土の槍
障壁 タタミぐらいの硬い壁を作る
階段 土で階段を作って硬化する
陥穽 深い落とし穴(直径1メートル、深さ3メートル)を開ける
城壁 硬い壁(厚さ50センチ、高さ3メートル、幅3メートル)を作る
後は複合スキルについても使用例が出ていた。
複合 (スキルとスキルを合わせて連続使用する)
辻斬り《ステップ(前)》+《袈裟斬》+《逆袈裟》+《ステップ(後)》
ダンス《ステップ(前)》+《ステップ(後)》+《ステップ(右)》+《ステップ(左)》
複合罠《落穴》+《爆発》+《陥穽》+《爆発》
障害走《小壁》+《小壁》+《小壁》+《小壁》
廃物焼《落穴》+《焚火》
辻斬り ステップで急速接近して2回の斬撃の後、すぐさま移動して反撃を防ぐというのがコンセプトのスキル。
ダンス 踊っているように見えないかと思い、そのまま作ってみた。
複合罠 確殺を目的とした罠。そのせいでかなりエグい作りになっている。
障害走 あくまでも足止めを目的とした、対象を転倒させるのが目的のスキル。
廃物焼 穴を掘ってゴミを入れて焼く、ただそれだけを目的としたスキル。だが、突発罠にも使えるという噂がある。
ふむふむ、後はメモ書きかな。
技能と補助はパッシブ。
魔法はレベルが上がれば覚えていく。
初期スキル10種・レベル10毎に枠が1つずつ増える。
熟練度やステータスはマスクデータなので体感でしか判らない。
初期ステータスや体格はリアル準拠。
現在の状態は色グラフのみで確認。
ふうっ、大体判ったな。
おや、これは小話かな?
◇
「辻斬り……うわぁぁぁ」
「ふっふっふっ、落とし穴成功だぜ」
「複合だから止まれないんだな」
「ダンスダンスダンス……うぇぇ、ぎもぢわるいぃぃぃ」
「回避には使えそうだが、酔うのがヤバいな」
「慣れたらイケるかも」
「複合罠設置……と」
「それって踏んだら爆発して穴に落ちるのか」
「いや、穴に落ちて爆発して、更に深い穴に落ちてまた爆発するんだ」
「えぐぅぅぅ」
「ヤバい、逃げろぉぉぉ」
「障害走、障害走、障害走……」
「うはぁぁ、モンスターが転倒しまくってるぜ」
「今のうちだ……うわっ……てめぇ、前に撃つなぁぁ」
「失敗した、すまん」
「おーい、ゴミをよこせ」
「燃やすのか? 」
「廃物焼」
「おお、便利だな」
◇
くだらない話でも時間つぶしにはなったか。
さて、気を取り直して……「ヴァーチャル・イン」
-----
殆ど会話な小話
「君達はこのゲームに何を求めているんだい? 僕は自由に過ごしたいだけだ。それなのにこうして僕を拘束しようとする。他人がそんなに気になるのなら、君達はこんなゲームをすべきじゃない。君達に向いているのはオフラインゲームだ。他人と仲良く色々な事をするのは良いけど、自らの興味のままに他人の時間を奪う権利が君達にあると思うのかい? 町を歩いていても、ジロジロと人の事を見てさ。挙句の果てにはこうして拘束しようとする。ここへは皆は色々なものを求めて来ていると思うけど、それを邪魔する行為だと認識できているかい? いいかい、これは迷惑行為なんだ。そこのところを理解して欲しい。僕からは以上だ」
「いいじゃない。そんなの自由でしょ」
「そうかい。君には理解できなかったみたいだね。なら僕は名前を赤く染めよう。そうして君に思い知らせてあげるよ。他人に邪魔をされるのがどんな気持ちなのかを、たっぷりと思い知らせてあげるよ」
「ふーんだ、そんなのこそ迷惑行為じゃない」
「だからさ、それと同じ事を今、君達はやっているんだよ。なのにそれを自由と言うなら、僕の行為も自由のはずだ。もう僕は誰にも物を売るのは止めた。僕が作った物は僕だけが使う。そう決めたんだ」
「おいおい、そこのお前、余計な事を言うなよな。こいつのアイテムをどんだけ求められていると思ってんだ。これで売ってくれなくなったらお前のせいだからな」
「そんなの知らないわよ。こいつがいけないんじゃない」
「ならお前、こいつの代わりに作るか? 」
「そんなの知らないわよ」
「そういうのを無責任と言うんだ。大体よ、オレ達はそんなにしつこくしてないぞ。お前だけだろうが、やたら馴れ馴れしくしてんのは」
「いいじゃない。どうせ作ったアバターだし、何をしても問題無いでしょ。本物の身体じゃないんだし」
「あー、キル坊よ、悪かったな。そいつ、皆で村八分にすっからよ、これに懲りずにまた売ってくれよ」
「拘束しない? 」
「誰がするかよ。そんなの迷惑行為だろ」
「じゃあこいつを僕の中でのブラックリストに入れるよ」
「ああ、そうだな。よし、ならよ、皆でブラックリスト作ろうぜ。そうしてこういう奴とかを書いて注意を促そうぜ」
「けど、掲示板に載せる時には仮名か何かにしないとヤバいぞ」
「ああ? そんなの判ってるさ。ちなみにそいつの場合はよ、流離いの薬師にいちゃもんを付けた、狼獣人の女って書くさ」
「流離いの薬師って何さ」
「いや、お前、店持ってねぇじゃん」
「それはそうだけどさ」
「狩場で売ってんのはお前だけだぞ」
「だって街では使わないじゃない。使う場所で売ると便利でしょ。だからだよ」
「ああ、ありがたいと思ってるさ。だからな、名前の色とか変えず、これからも売ってくれよ」
「むううっ。ならさ、こうして拘束しないでくれるかな」
「ああ。見かけたら助けてやるさ。なあ、みんな」
「「「「おおおっ」」」」
(ネマ反とかまだ居るんだな。さてと、しつこいようなら提訴しないとな)
◇
「キルちゃんが苛められていると聞いて」
「遅いぞ、守り隊」
「で、どうなったのさ」
「そいつな、キル坊の行動阻害だ」
「ふーん、ケイトちゃんね。んじゃ君には井戸蜂会議の刑を処すよ」
「うおおお、あれをかよ、エグいな」
「何よそれ。井戸端会議? そんなの勝手にすればいいわ」
「おお、来た来た。概要は聞いてたな」
「まあ奥様、あの子が問題の子なのね」
「そうらしいわよ。迷惑行為で開き直ったらしいのよ」
「まあ、見かけによらずずうずうしいのね」
「何よそれ」
「これからは何処に言ってもお前の周囲ではこういう会話が繰り広げられるんだ。新規の友人とか出来ると思うなよ。それどころか、今までの友人ともギクシャクする事になるかも知れんが、ただの噂話だからな。好きにすれば良いと言われた事だし、会員の有志で交代でやるからな」
「それこそ迷惑行為じゃない」
「ただの噂話だぞ。他人を拘束するお前とは違うさ」
「GMを呼ぶわ、そんな事をすると言うのなら」
「お前な、自分の行動を鑑みて言ってんのか? 呼びたいなら好きに呼べば良いが、オレ達はお前の行為を提訴するぞ」
「ふーんだ、もう勝手にすれば良いわ」
「逃げたな。まあいい。とにかくよ、オレ達はお前を拘束とかしないからよ」
「あんまりジロジロ見ない? 」
「いやな、そのな、お前がその、何と言うか」
「可愛いからつい見ちまうんだとよ」
「うえっ、そんな趣味なの? 」
「ばっ、ちげぇよ。そんなんじゃねぇよ」
(穏便に排除してくれるってか。そういう事なら今回は不問にするか)
◇
「やあ、酷くやられたね」
「ああもうドロドロさ。それでよ、回復薬なんだけど」
「緑と青、どちらが良い? 」
「どっちが性能高いんだっけ」
「青だよ」
「ならそれくれ。10本な」
「毎度あり。で、もう帰るの? 」
「このまま町に帰れるかよ。回復薬補充してリベンジするぞ」
「おーい、オレにも売ってくれ。リベンジするにも回復薬が尽きてよ」
「試作品の赤、使ってみる? 今なら半額セールだよ」
「おおっ、なんか凄そうだな。どんな効果なんだ」
「まだ量が作れないんだけど、回復促進効果が中で、継続時間が30分の薬」
「うおおお、そんなのあったらボスとか楽勝じゃねぇかよ」
「頼む、あるだけ売ってくれ」
「いや、人数分だ。試作品と言っているだろ。宣伝なんだろうし、買占めは拙いだろ」
「そうか、半額だったな。ああ、なら、人数分な」
「6本ね、了解。その代わり宣伝しといてね」
「任せろ。さあ、補充したらリベンジだぜ。今度こそぶっちめてやろうぜ」
「「「おっしゃぁぁぁ」」」
「大体よ、町に戻っても良質品は品薄だしよ」
「そうそう。だからお前の薬は助かってるんだ。だからまた頼むな」
「うん、また作っておくね」
「ちなみにだが、赤の材料は何だ。足りないなら集めてやるぞ」
「ドラゴンの住処の洞窟の中に生えている苔だよ」
「うげ、そんなの採れるのかよ」
「戦闘は捨てて、隠蔽やら隠密やら、そういうの全開でこっそり採るんだよ」
「プロだな」
(まあ、話は通じるから、苔が欲しいとお願いしたら了承されただけの話だけどね。ドラゴンにしてみれば、住処の掃除をしているようなものらしいし、快諾されてビックリしたもんね。だけど、武器を持っていたらダメかもな。オレは手ぶらで交渉したんだけど、それが良かったみたいだし)
◇
「あんた、何したのよ。さっきから周囲が煩いんだけど」
「あれって可愛いあの子を守り隊とかだっけ。もしかしてまたビョウキが出たの? 」
「何よ、人を病人みたいに」
「キル君だっけ。確かにあの見た目はアレだけどさ、直接行動はヤバいわよ」
「仮初の身体でしょ。実際の身体じゃないんだからそんなの自由でしょ」
「ああ、それで守り隊の攻撃対象になったのね。まあ、自業自得だけど、迷惑だからパーティから抜けてくれるかな」
「あんたが抜ければ良いじゃない」
「ふーん、なら私が抜けるわ」
「そういう事なら僕も抜けるよ」
「アタシも抜けまーす」
「おいらも抜けるよ」
「じゃ、解散って事で、組み直そうぜ」
「「「「賛成!」」」」
「ふんだ、もう知らないんだから」
◇
「まあ、それは酷いわね」
「そうなのよ、聞いてくださる? 奥様」
「あらあら、見かけによらないのね」
「そうなるともう、ストーカーとかじゃない」
「しかもショタコンだから始末に負えないわ」
「うわ、あいつら、リアルでもやってるぜ」
「てかよ、ショタコンってあいつらもそうだろうによ」
「それだけに抜け駆けした奴が許せないんだろうぜ」
「イエス・ショウタ・ノー・タッチってか」
「ははっ、確かにそうだな」
「お前はそこのところにロリータが入るんだよな」
「あんだと、コラ」
◇
「アンタ、何やったの」
「何の事よ」
「ご近所の奥さん達が今、どんな噂をしていると思ってるの。よくよく聞いてみたらアンタの事じゃないの」
「嘘でしょ。そんなのやり過ぎよ」
「何をやったか答えてもらうわよ。このままじゃもう、おちおち話も出来ないわ。私、顔から火が出そうだったわ」
「ゲームの中での話よ。現実じゃないから関係無いのに、大騒ぎしてバカみたい」
「そう思うのなら、お父さんにも聞いてみるわね」
「それだけは止めて」
「でも、お母さんじゃ判断できないもの。ちゃんと相談しないとね」
「どうした、何かあったのか」
「ゲームで何かやらかしたみたいなの」
「何をやった? 答えろ」
「えっとね、ちょっと、その、興味のある子を捕まえてね、色々話を聞いていただけよ」
「ネットマナー法違反か。かなり食らうぞ」
「え、何よそれ」
「知らんのか。それでよくゲームなど。よし、お前はもうゲーム禁止だ」
「そんな、横暴よ」
「判ってないようだから言うが、お前は既に犯罪者なんだ。罪が重くならないようにするのは親の責任だ。良いか、もうゲームは禁止だが、オフラインなら許そう。だからオンラインはもうやるな。良いな」
「そんな……犯罪って……何よ」
「相手から提訴されたら敗訴しちまうか。やれやれ、うちの商売にも差し支えるな。余計な事をしてくれたもんだ」
「あなた、法律事務所、クビにならないわよね」
「どうかな。うちはこういう事には煩いが、何とか根回しはしてみよう。だが、万が一の覚悟はしといてくれ」
「もうゲームはさせないわ」
「ああ、そうしてくれ」
(かくして、ネットマナー法違反の女は排除されたのでした。めでたし、めでたし)
◇
24世紀のこの時代、仮想現実は法整備され、ネットマナーに対する許容もきつくなり、ネットマナー法が制定されていた。
他人のリアルを暴露したり、行動の自由を奪ったり、法律の無かった頃はGMが対処していた事が、今ではサイバーポリスの管轄となり、ログの確認次第では即座に捕縛され、重い罪が課せられるようになっていた。
その為、余程の世間知らずでない限り、ネットマナー法の事は熟知しており、皆は仮想現実の中ではリアルの事を話してはならないと理解していた。
その為、今回の話でも仕返しは噂話での攻撃になったのであり、あくまでも特定に至らない方法を採っている。
もっとも、こういうのは法の抜け道のようなもので、余りに悪質の場合はお叱りを受ける事もある。
ただ、今回の場合は違反者に対するけん制の意味合いを持つ為、お目こぼしになったようである。
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【オーリアス国・国内事情】
『ディ』 貴族の子息などのミドルネームに付けられる言葉であり、王族以外は成人すると外されるが、それは通貨にも適用されている。
初代の国王のカルド・ディナクス・オーリアスにちなみ、通貨単位が決められた。
そのうちに物価の変動などがあり、それと共に下の単位が制定され、そこに『ディ』が足される事となる。
逆に高額貨幣も制定された当時の国王だった、デクス・ディナクス・オーリアスから『デクス』という単位が設けられた。
それから数十年、現在の通貨単位は3つあり、10000ディカルド=1カルド、10000カルド=1デクスとなっている。
通貨は10進数で定められており、下から石貨、鉄貨、青銅貨、銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨、白金板となっている。
それはそれぞれ、1ディカルド、10ディカルド、100ディカルド、1000ディカルド、1カルド、10カルド、100カルド、1000カルド、1デクス、10デクスとなっている。
現在の物価はやや上昇傾向となっており、干し肉が青銅貨1枚ないし2枚。
魔物肉の串焼きが1本、青銅貨2枚ないしは3枚。
エール1杯が青銅貨5枚ないしは6枚。
それなりの食事が銅貨1枚から青銅貨数枚、鉄貨数枚が足されるぐらい。
それなりの宿に泊まれば、1泊素泊まりで銅貨数枚から銀貨1枚までの範囲であり、上級の宿ともなれば銀貨数枚から大銀貨ぐらいになる。
隣町までの馬車の運賃が大銀貨数枚であり、これは盗賊と魔物の関係で高くなっている。
もちろん、隣町と言っても数日は掛かる道のりなので、途中での野宿や食事代、それに馬車付きの護衛も込みである。
辺境のそれなりの町に家を借りようと思えば、年間契約で金貨1枚前後。
それが王都に近くなるに従って高くなっていき、王都で借りようと思えば大金貨が数枚必要になる。
特にお屋敷のような家ともなれば、それこそ白金貨の世界となり、豪邸ともなれば白金板が必要になったりする。
逆に辺境の村などだと、土地と家を購入しても大銀貨数枚で収まったりする。
これは治安の問題が大きく、小さな村では自衛の必要があるからである。
それだけに安全な住まいは人気が高く、治安の良い都市の住まいはかなりの高額になっている。
────────(中略)────────
現在、この国では人頭税が廃止されており、国民にはそれぞれ登録番号が与えられている。
そうして税はその番号に付属しており、毎年役所に納税するように告示されている。
かつては隣国などのように、人頭税や入町税などがバラバラに徴収されていたが、現在では国民ひとりひとりに対して税が発生し、周辺の貴族達には、王宮から領民の数に応じた還付金が支払われるようになっている。
これは反乱を抑制する為と言われており、権力の1本化を想定したものであるらしい。
それだけに誰も国には逆らえないようになってしまってはいるが、その分、国庫は潤沢になっており、貴族達の乱脈や重税も防げる効果があるという。
それでも従来に固執する頑固者な貴族が、年に数人ぐらいは取り潰されている。
最近、王都で話題になった公爵反乱未遂事件。
それはかつてのように人頭税を追加で集めようと画策したのが国に発覚し、見せしめのように厳重な罰則が課された事件だ。
そのせいで王都にある彼の貴族の別宅を売り払う羽目になり、オークションの結果、白金板42枚で落札された事は大きな話題を呼んだ。
落札したのはある大商会だったらしいが、あるところにはあるものである。
それはともかく、現在では国内もまとまってきて、古き悪しき者達は一掃されつつあるようだ。
そうして税率も下降傾向にあり、国民は現在の納税方式にかなり満足しているようでもあるとか。
◇
監修 ケンイチ=ノモト
作成 王立経済研究所
神聖歴1087年作成
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ダンジョダンダンジョダンジョン
初期ポイントを有効活用し、宿屋を営んでみようと考えた。
従業員はなるべく人間に見えるモンスターを配し、小奇麗なホテルっぽいのを構築する。
それと言うのも指定場所がよりにもよって王都でさ、そんな場所とか殺してくれと言っているのも同じだ。
だから一計を案じたのさ。
そんな訳でダンジョンらしくないダンジョンを王都の下町に設置する事になったんだ。
素泊まりながらもベッドはふかふかでシーツも清潔に保たれている。
料金は中の下ぐらいのリーズナブルな価格で、一度利用した客はリピート必須……かも。
各自で好きな部屋を決め、入り口のコイン投入口に銀貨を5枚投入すると扉が開き、中にあるカギを使えば外出も可能。
そのカギを持ったままチェックアウトしても、次には使えないようになっているケドネ。
ちなみに連泊の場合は部屋の中のコイン投入口に指定金額を投入する事によって可能になっており、稼ぎに応じての追加投入も可能になっている。
部屋の清掃や備品の取替えなどは魔素で自動クリアになっていて、従業員に扮したモンスター達はそれらしく中をうろうろしているだけ。
もちろん、客に何か言われたら対応するように申し付けてありはするが、余り小難しい事はやれない様子。
さあ、人間達にバレないように運営するとしようか。
かくして、王都のど真ん中に拵えた、新規ダンジョンの運命やいかに。
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禍福
職業 大魔導師
技能 全属性魔法
ここまでは良かったんだ。
このVRゲームでは、あらゆる物がランダムで決められるという事で、勇んでサイコロを振ったんだ。
そうしたらだね、職業は派手だし技能も素晴らしい結果となり、ますます意気揚々とサイコロを振ったんだ。
種族 魔人
性癖 善性
ここも問題無かった。
このゲームでは例え、悪魔と言えども善性ならば人族の敵にはならないらしく、善性の魔人と言うのは殆ど究極の存在に近いらしい。
なのでかなーりチートな存在になると思い、ますますの意欲でサイコロを振ったんだ。
髪色 銀髪
瞳色 紅眼
これもまあまあ許容範囲だった。
確かにちょっと中二病っぽいけど、魔人ならばアリ、かも知れないと思ったからだ。
そもそも、このランダム設定は、全てが連動しているので、瞳の色が気に入らないなら、全て最初からやり直すしかないんだ。
折角のチートな種族でチートな職業なんだし、捨てるのは惜しいからと納得したんだ。
だけど段々と雲行きが怪しくなっていったんだ。
背丈 低め
体格 ぽっちゃり型
うううっ、チビでデブい魔人とか、きついぜ、それは。
しかしなぁ、チートな色々が惜しいからなぁ。
仕方が無いか。
体力 高め
魔力 低め
おいおい、大魔導師なのに魔力低めってどうすんだよ。
けどさ、そういうのは鍛えれば増えるだろうし、何とか許容範囲?
うううっ、不安だ。
そんなこんなで一応の設定が終わり、いよいよゲームスタートとなるんだけど、正確なステータスはこの場では判らず、ゲーム内で確認するしか無いらしい。
頼むぞ、魔力低めでも成長してくれよ。
◇
そう思ったんだけど、ダメだったよ。
階級 レベル50
体力 3750
魔力 2
くそぅ、全然増えないじゃねぇかよ。
こんなのアリかよ。
ヒール1回しか使えないとか、どうなってんだよ。
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ランダム・ジョブ・オンライン
剣と魔法のファンタジー系VRMMOの新作。
βテストでまずまずの評価を受け、本サービスに伴うイベントのせいか、現在もそれなりの人気を博している。
このゲームは職───すなわちジョブを決めるのにサイコロを振る必要があり、5個のサイコロの総数で職が決められる。
その中には一風変わった職もあるものの、やり直しが効かないので諦めてその職をやるしかない。
とは言え、やってみると以外に面白かったりするものだからそこまで忌避される事もなく、現プレイヤー達は新たな境地をそれなりに楽しんでいるとか。
職の中でもレアと呼ばれものもある。
アイテムクリエイター──これは生産職の総称だが、そういう名の職もある。
そしてそのレア職の場合、専門職には及ばないものの、どんな生産もそれなりにこなせると言われている。
ただし、器用貧乏とも言われる事もあるので、育成は非常に困難らしい。
特に序盤にその職になった場合、簡単には金も稼げずに苦労する羽目になるので、中盤以降にその職が出現するとスムーズな育成になるだろうと書かれていた。
とは言うものの、滅多に出る職ではないらしく、攻略掲示板でもその存在こそ判っているものの、実態は殆ど判っておらず、現プレイヤーには存在していないという話だ。
あまりに出現しないので、本サービスで削られたんじゃないかというのが一般的な見方になっており、
今では生産職の総称としてのみ呼ばれている。
んで、それになっちまったんだけど、どうすりゃいい?
サイコロ振ったら全部『4』でさ、こりゃまた珍しい事もあるもんだと思っていたらさ、『アイテムクリエイター』に決まりましたって言われたのさ。
そこで攻略掲示板での話を思い出して、諦めてゲームを辞めようかとも考えたんだけど、とりあえずやってみようと思ったのさ。
たださ、これって生産職だからさ、まともに戦えないんだよ。
特に武器や防具の制限が酷くてさ、最初は素手で戦うしかないのかと思っていたんだよ。
なんせ───
武器・自作のみ
防具・自作のみ
なんだよ、これ。
新規プレイヤー泣かせかよ。
それでも気を取り直して、草原に落ちていた木の棒と、石ころを武器に何とか雑魚を倒す事は可能だった。
そうして自作の武器もどきに防具もどきが出来たものの、まともな性能じゃないから本当に苦労したよ。
今でもだけどね。
はぁぁ、こんなんで先に進めるのかな。
前途多難だな。
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空属性? 他にいないの?
火・水・風・土、これが基本属性と呼ばれている。
確かに他にも、光・闇・聖、という属性もあるが、これらは滅多に出ないと言われていて、光が出れば勇者、聖が出れば聖人、もしくは聖女と呼ばれるようになるという。
そして闇は人族には発現しないと言われていて、魔族で発現すると、魔王になったりするらしい。
そんな属性検査の結果、何故か僕の属性は『空』だったのである。
ほえ?
これはもしかしてと、当時はそう思った。
確かに空属性ならば本当に希少な属性だったろう。
だけど僕のは空属性だったんだ。
つまりさ、全ての属性の適正が無いって事だ。
だから火魔法だろうと水魔法だろうと、いくらやっても欠片も発現しないんだ。
当然、おちこぼれ認定を受けた。
それは家族からの評価も役立たずな認識となり、僕は田舎の祖母の元に送られる事となった。
そうして田舎でもろくな扱いを受けなかったが、それでも優しい祖母だったので救われていた。
だけどそんな祖母も数年後に無くなり、僕は1人で暮らすようになっていた。
たかが、魔法の属性が無いぐらいの事で、どうしてこんな扱いを受けないといけないの?
それに対する答えは得られるはずもなく、僕は自給自足で暮らしていくしかなかった。
近くの森では様々な薬草が採れるので、それを採取して売ればいくらかの金にはなった。
それは足元を見るような買取価格だったけど、それでも金にしないとパンが手に入らない。
そのうちにそれもやれなくなり、本当の自給自足となった。
森に狩りに行くようになり、小動物を狩って解体する。
もはや魔術師などとっくに諦めて、狩人として暮らしていた。
当然、伴侶など望むべくもなく、独りで寂しい食事。
風の便りに弟が跡目を継いだとか聞いたのと、長男が病で亡くなったとも聞かされた。
そうか、僕はもう死んだ事になっているんだな。
そう思うと、物悲しい反面、気が楽になっていた。
このままこうして狩人として暮らすのもありか。
諦念のうちに、僕はそう決めて暮らしていった。
それから時が流れ、周囲は変わらぬままに、年月だけが過ぎていった。
いつの間にか少年から青年となり、壮年を経て老年に到る。
実家では弟の子が跡目を継ぎ、弟は引退するも孫に囲まれて幸せだと聞いた。
全て僕の得られなかったもの。
ああ、神様、どうして僕はこんな事になったの?
誰も答える者の無い家の中で、段々と意識が薄れていく。
ああ、もう、終わりになるんだな。
おばあ様が亡くなってから、何も良い事は、無かった、な……
こんな、事に、なる、なんて、この世、に、神、は、いな、い、の、か……
・
・
・
・
・
・
・
・
・
あれ、どうしたんだろう。
確か、意識が無くなって、確かに死んだはずだよな。
うわぁぁぁ、僕の死体だ。
じゃあ僕は今、死んでいるんだよな。
なのにどうして考えられたりするの?
ああ、身体が軽い。
思うままに何処にでも行ける気がする。
自分が風になったような気さえする。
これは、まさか、僕の属性ってまさか……
属性が無いのはつまり、それを受ける側ではなく、与える側だから?
それって精霊とか言うよな。
僕って精霊だったの?
だから人の検査とか通じずに、属性が無いって言われてたの?
『ようやく覚醒したか、我が子よ』
その声は?
『あれから50年余り、実に長かったぞ』
僕はどうして人間になってたの?
『あれは事故だったのだ。だが、すぐに取り返せると思っていた。しかし人間めが、我の子を粗末に扱いおってからに』
どうすれば戻れたの?
『簡単な事よ。魔術師としての祝福、それで戻れるはずだったのだ。なのに人はおぬしを祝福の儀から遠ざけ、不憫な扱いに留めていた。我はもう、この国に愛想を尽かし、早々に加護を打ち切るつもりであったが、他の者達に諌められ、せめておぬしが手に戻るまではと、ずっと我慢しておったのだ』
ただいま、と、言って良いのかな。
『おお、我が子よ。我の元に来るが良い』
とうさま?
『何も心配は要らぬ。これからは我と共に過ごすのだからな』
暖かい……それに、心が落ち着く。
『うむ、我もだ』
とうさま、とうさま……
『ふふふっ、ずっとこのまま、我と共に』
はい、とうさま……
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デスゲーム
戦わなくてもクエストでもレベルが上がるシステム。
それを利用すればデスゲームでも死の危険は無い……と、誰もがそう思った。
しかし、簡単なクエストのはずが、何気ない行動が死の危険を誘発した。
依頼主の元に移動中、何気なく歩いていたら穴ぼこに落ちて、たまたまそこに溜まっていた地下水で溺れて死亡とか、ゴミ拾い中に、何故か毒物が落ちていて、それを素手で触って中毒死とか、植木鉢が落ちてきての死亡とか、階段から落ちて転落死とか、余りにもトラブルが多かったのである。
それでもその悉くが偶然とも取れる死亡原因なだけに、それを意趣と読む人は居なかった。
なので安全に胡坐を掻いた、油断が原因という事になり、注意しての行動が呼びかけられ、それからはそういった偶然っぽい死亡原因は無くなったのである。
だが、それでもクエスト中の死亡は相次いだ。
うっかりミスは無くなったが、それでも何かしら事件は起こるのである。
そして遂に、ある攻略ギルドのメンバーが、クエストを検証する事になった。
友人をクエストで喪ったというあるメンバーの呼びかけで、他のメンバーを説得したとの事だった。
他のメンバーは最初こそ乗り気ではなかったが、このままでは攻略組以外全滅になるかも知れず、そうなればもう、生産職のレベル上げは不可能となり、必然的に攻略も困難になると思われ、それで納得したらしかった。
検証したのは初心者も受けると言われる、町の外れの林の中にあるという、小さな祠の掃除。
世話役のNPCとの対話で、精霊の祠とまでは判るが、何の精霊かは世話役も知らない事になっていた。
そうして水の入ったバケツと布を受け取り、後はお供えの菓子持参で数人で検証に出かけた。
そして、戻ってはこなかったのである。
いくら待っても戻ってこない面々に、皆で林の中に入ってみたところ、祠の前にはお菓子が供えられていて、クエストは終わったようだった。
帰りに何処かに寄り道したのかと思われたが、何処の狩場でも見かけない事から、足取り不明の状態になっていた。
こうなるともう、1パーティだけではどうしようもないと、集団で対象パーティを監視しながらのクエスト検証が開始された。
攻略組の面々、実に60余名を巻き込んだ検証結果は異常なし。
その間に他の生産系のプレイヤーが行方不明になっていた。
確かに普通のクエストは誰も手を付けなくなってはいたが、そのクエストは生産に関わるクエストだったが為に、やらないとスキルも熟練しないし、レベルも上がらないから先には進めなくなると、それでやって居なくなったらしい。
クエスト自体は簡単な代物。
単に指定の品を必要数作り、届けるだけだった。
その届け先は町長の屋敷になっていて、完了報告書にサインしたらしい。
つまり、クエストが終わっての帰り道に居なくなった事になる。
そう言えば祠のクエストも完了していたし、クエスト自体に危険は無いのかも知れないと皆は思った。
そうなるとまた新たな検証が始まる。
こうなればもう、攻略どころではなくなり、この謎を解決してすっきりとした気持ちで改めて仕切りなおそうという結論に到る。
確かにいくら攻略したくても、必要な武器や防具を作る者達が居なければ、ただ辛いだけの戦いになる。
それに、回復薬も尽きればそもそも戦いにならなくなり、その手のクエストの安全性も確保したいところ。
それらを鑑みての結論に、異論は殆ど出なかった。
そう、殆ど出なかったのである。
◇
どんな世界でも、どんな境遇でも、自己中心的な人々は変わらない。
それが例え、死の危険がある状態でも、自制などというものは皆無なのである。
デスゲーム中に起こったこの案件は後に、精神鑑定を伴うログイン方式が義務付けられ、危険な存在は排除される事になった。
そしてかつて攻略組に紛れ込んでいた殺人鬼も排除される事になったのである。
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勇者召喚
「成功だ」
と、誰かが叫んだ。
しかし、現れたのは……
「ンギャ、ンギャ、ンギャ」
どうやら年齢制限を掛けなかったらしい。
それでも育成すればと気を取り直し、次は即戦力を求めて再度の召喚を執り行う。
予備の魔力エネルギーを全て費やし、対象を成人と定めて、今度こそ……
「ここは何処かいの、ゲホッゲホッ」
そのまま彼は倒れて身動きしなくなる。
慌てて駆け寄るも、彼は瀕死であった。
「これは老衰ですな」
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美味い話には裏がある
廃人中の廃人と言われていて、実は寝なくても大丈夫な人外? じゃないかと密かに噂されている。
そんな奴が樹立したのは、連続ログイン記録・98時間26分。
彼? は参加者全員脱落で飽きたのでログアウトしたと言っており、彼の限界はまだ先と思われた。
実はこの記録から人間の限界が100時間前後と判断され、その半分の時間を限度と定めた……とかなんとか。
そんな噂もあり、仮想ゲームの連続可能時間は2日……48時間に限定されている。
だが、睡眠はともかく、食事と排泄の問題もあり、常人ては到底48時間は無理である。
廃人と言われる者でも避けて通れない生理的状況により、通常はゲームに支障が無いと言われている。
その為か、厳正に定められたはずのその限度が何故か、次第に疎かになっていたのである。
あるゲームでは遂に、その機能を密かに削除してしまう。
それでも問題が無かった第一シリーズに味を占め、二作目も廃止の方向で決まろうとしていた。
そして事件が起きる。
リアルマネーを賭けた耐久レースが密かに実施され、限度のはずの48時間を皆が越えていく。
おかしいと思いながらも大会は継続され……風呂場ログインの垂れ流し男が瀕死で発見される。
一命は取り留めたものの、事はゲーム会社の体制へと発展していく。
連続ログイン対策だけではなく、生理的危機への対策すらも切られていた問題のゲーム。
一時は倒産の憂き目に遭った某社だが、経営陣を一新しての再出発での第三作、『エターナル・ファンタジー・ワールド』が発表される。
しっかりと対策の施されたはずのそのゲームでは、裏技によるログイン限界を突破する方法が発見されて大騒ぎになる。
そんな訳で、発見者には大金(口止め料)が支払われ、βテストのうちに対策が行われたのであった。
◇
・業務用仮想世界通信機
・仮想世界共通住民票
・仮想世界共通住宅所有許可証
・仮想世界共通通貨預金制度加入
・VRバンク残高大量確保
「あんな裏技で大儲けだったな」
βテスターの彼は満を持してゲームに参加する。
しかし、そう巧くは行かなかった。
各特典は確かに凄い代物ばかりだったが、運営も馬鹿では無い。
契約の穴を突いたような反撃を秘かに用意していた。
そうして年度末に、彼の元には税金不払いの督促状が届く。
確かに譲渡だと騒ぎになるからと、仮初に購入したという事にしていた。
だから彼はタダでそれをせしめたと確信し、その契約書にサインをした。
リアルマネーで全てを買うと、相当の大金となる。
そうなればその金の入手先が調べられる事になる。
本人の収入を超えた購入に対し、隠された収入があったのだろうという結論の下、所得税と物品購入税、それに消費税の不払いを請求する事になる。
しかもそれを運営が可能な限り止めておいたという、あたかも彼を助けるような行動が、彼を悪質な脱税者の認識に追いやっていた。
とても払えそうにない莫大な請求書を前に、彼は洗いざらいを世間に暴露しようとした。
しかし時既に遅し、運営はとっくにその対処を終えていた。
そうして逆に提訴する。
ありもしない事で攻撃されたと。
彼はあえなく敗訴となり、更なる負債を抱える事となった。
それもこれも、会社のイメージを逆手にとった、彼の強引なまでの要求に原因があろうとは、彼には思いもよらない
のであった。
担当者は自らの進退を賭けて罠を仕掛け、既に自主退社していた。
彼は元々、担当官ではなかったが、彼の奥さんからの相談を受け、交代した結果の話であった。
現在は奥さんの心因性の病の療養に、共に田舎で暮らしているらしい。
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ドラコンクエスト ~下町の黄昏~
朝、目覚めたら猫になっていた。
しかも、ドラネコと呼ばれるタイプの猫であり、いわゆる野良猫のようである。
昨日は確か飲み会に参加して、散々酔っ払った挙句、どうやら路地裏で寝てしまったらしい。
そして目覚めて気付いて、パニックになりかけ、気を取り直して家に戻ったのは良いんだけど、オレのアパートなのに、飼っていた猫と争いになり、あっさりと負けてしまった。
なんとか潜り込んでメシをあさるものの、見つかったらまた追い出されてしまう。
いつかはこの部屋の主導権を取り戻してやるぞと……ドラのコンクエストが始まった。
押入れに何とか潜り込み、飼い猫が居ない隙に食事を摂る。
そんな生活のうちに、何とか入手した品。
それを飼い猫に叩き付ける。
その頃にはもう、可愛がっていた飼い猫の意識は薄れ、単なる住居横取りの相手としての認識になっていた。
忌避剤を叩きつけられた猫は、そのまま逃走する。
勝った……と、彼は勝利の声を上げる。
うみゃぁぁぁぁぁ、うみゃぁぁぁぁぁ……
「煩いっ、このドラ猫が。どっから入って来た。とっとと出て行け」
家主であった。
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冒険者ギルドの怖い金融システム
入会金の無請求
銀貨10枚は自動的に債務となり、支払いの意思が無ければ複利で蓄積していく。
初心者セットの有償配布
やはりこれも無請求ながら、銀貨10枚分の債務が追加される。
規約と近隣情報本の有償配布
規約は口頭が原則だが、冊子は有償。情報本と合わせて銀貨10枚が蓄積。
◇
「こちらがカードになります。そしてこれは初心者セットでありまして、こちらが規約と近隣の情報を載せた冊子になります。頑張ってくださいね」
「は、はい。色々とありがとうございます」
(全部有償だけどね。さあ、君が支払う意識を見せないと、銀貨30枚分の債務は複利で増えていくからね。この債務は昇格かトラブルの時に初めて表に出て、君への試練となるものなの。だからね、センパイ冒険者と馴染んで教えてもらい、早々に債務を解消する事よ。それがやれて初めて、一端の冒険者って呼ばれるの。さあ、君は何時それに気付くかしら)
(まーた初心者に押し売りしてるぜ)
(教えてやれよ)
(冗談だろ。そんな事をしたらギルドに睨まれるだろ)
(まーな。あれがギルドの儲けなんだし、よほどの縁か身内か以外じゃ教えねぇな)
(そもそもよ、オレなんか依頼の時に少しずつ払っている最中だしな)
(お前、まだ残ってたのかよ)
(4年だぞ、4年。くそっ、中級に合格したってのに、債務を消さないとなれないとか言いやがって。それで初めて知ったんだ)
(4年か、かなりの額だな)
(ああ、本当に阿漕なギルドだぜ)
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今日、30年来の友人と絶縁をした
あいつとは高校の時からの友であり、ずっとつるんでいたんだけどさ、今日遂にあいつと縁が切れたんだ。
あいつとの関係は、はっきり言って『流す者』と『流される者』の関係だったんだ。
ずっと流されてきたけど、その蓄積が遂にオーバーフローしたみたいでさ、我慢できなくなったんだ。
いつもは諦めて流されるんだけど、それがもうどうにも嫌になってさ、折れるところで折れなかったんだ。
そうしたら見事に絶縁さ。
後は売り言葉に買い言葉さ。
あいつも調子が狂ったかもね。
だっていつもならオレが折れてなし崩しになるのにさ、そうならずに最後まで突っぱねたんだから。
本当はさ、君のほうに折れて欲しかったんだ。
オレの気持ちを知って欲しかったんだ。
流される気持ちってのを知って欲しかったんだ。
だけどね、そういうのはもっと早くすべきだったと思ったね。
少なくとも腐れ縁になった者のする事じゃなかったと思う。
ごめんね、だけどもう戻る気はないんだ。
だから、さようならだ。
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こんな転生は嫌だ
「あれはオレじゃない」
「嘘だ」
「居るんだよ、近所にオレにそっくりな奴が。きっとあいつのせいだ」
「そんな白々しい嘘、信じられない」
「本当だってば」
「行かないで、お願いだから、別れると言って」
「そんな話は知らないって言っているだろ」
「誤魔化さないで」
「話を聞けよ。てか、恋人の事をどうして信じない? 」
「嫌だぁぁぁぁぁ」
「ぐはっ……お、前、なに……これ、おい……」
「離さない、離さない、渡さない……あれ、ねぇ、何とか言ってよ……えっ? え、嘘……ねぇ、タカシ、タカシ……嘘……いやぁぁぁぁぁ」
オレはあいつに誤解で殺された。
◇
そんな夢を見た。
いや、あれはただの夢じゃない。
だって思い出したんだ。
あれはオレの前世の話だ。
あいつ、最後までオレの話、信じなかったな。
恋人なのに酷い話だぜ。
かれこれ6年だったか。
あいつ、近所の若いのがオレのそっくりさんと付き合っているのを見て、オレだと思い込んでいたみたいだな。
オレが死んだ後、もしかしたらそっくりさんに向かったのかな。
だったらちょっと悔しいかも。
教訓だな、あれは。
相手が居る場合、そっくりさんから離れよう。
ああ、そういう事なんだ。
ドッペルゲンガーを見たら死ぬって、勘違いされて刺されるって話なんだな。
まあ、オレの場合だけかも知れないけど。
てか、おい、待てよ。
オレはあいつ一筋だけど、双子の兄貴はプレイボーイなんだよな。
ついこの間もオレのクラスメイトと歩いていたし。
まさかと思うけど兄貴、わざととかじゃないよな。
ヤ、ヤバいぞ。
このままいくとまた勘違いされて……嫌だぁぁぁぁ。
ど、ど、ど、どうしよう。
あいつ、ちょっとヤミが入っているから、頭に血が上ったらきっと、オレの話を聞かないぞ。
また殺されたくない。
◇
しっかし面白い世界だな、ここは。
それに、この立ち位置、ちょっと面白いかも。
『主人公』の兄とか、傍観するには最適だよな、弟には悪いけど。
さあ、見せてくれよ、ドロドロの愛憎劇を、くっくっくっ。
しかしまさか、恋愛ゲームにそっくりな世界に転生とか、あるんだなぁ、本当に。
急に前世の記憶が蘇った時は驚いたけど、それならそれで面白いと思ったんだ。
てかさ、こんな世界なら遊び放題だろ、実際。
あいつにはもう相手が決まっているからさ、他の攻略キャラとか食い放題だろ。
弟のフリしてちょっかい出してやりゃあよ、簡単に乗ってくるんだよな、くっくっくっ。
次は誰を食っちまおうかな。
◇
くそぅ、兄貴だな。
散々、誤解だと言って何とかあの場は収めたけど、あいつ、あんまり信じてなかったような。
てか、双子なのに兄貴の所業とか思ってくれないんだ、あいつ。
また、あんな事になるとか冗談じゃないんだからな。
またとか絶対に嫌だ。
折角転生したってのに、また同じ死因とか嫌だ。
いっその事、兄貴と別の部屋借りて、あいつと同棲ぐらいしないとヤバそうな予感だ。
うん、その方向で考えておこう。
もう、誤解で殺されたくないもんな。
◇
「居るんでしょ、開けてよ、ねぇ……やっぱりそうなんだね、もう許さないんだから」
外が騒がしいが、何かあったのか。
ああ、頭が痛い。
ボーっとして、何も考えられない。
季節の変わり目はいつもこうだな。
くしゅん。
ううう、きついなこれは。
外も静かになったし、寝るか。
◇
「タカシ、それはどういう事なの? 」
「心変わりに決まってるだろ」
「やっぱりそうなんだね」
「ねぇ、振られたんなら素直に諦めたら? 」
「そんな、ねぇ、タカシ、嘘だよね」
「知るかよ、行こうぜ」
「うん」
「そんな、そんなぁ、信じてたのに」
『でも、タカシって、くすくす』
『恋人の顔も分からんらしい』
『本当だよ。いくら双子でも恋人なら分かって当然だよね』
『ああそうさ』
食おうと思ってちょっかい出したら、兄のほうだとすぐに分かったらしい。
最初は弟の代用みたいな感じだったこいつも、今ではオレに惚れているようだ。
相性も良いからもうしばらく付き合うつもりだが、他の攻略キャラもそのうち……
いやぁ、本当に面白い世界に生まれ変わったもんだぜ、くっくっくっ。
◇
ヤバい展開だ。
前世と同じシチュエーション? いやもっと酷い。
兄貴の奴、オレの振りして色々な相手と……
それが全部オレのせいになって……
酷いよ、兄貴。
「ねぇ、聞いてるの? 」
「あれは兄貴だ」
「嘘だ。はっきり言ったじゃない。心変わりしたって」
「兄貴がふざけて言ったんだ。てかさ、いくら双子でも恋人なら見分けてくれよ、頼むから」
「離さない、離さない」
「おい、話を聞いてくれよ」
「絶対離さない」
このままではまた同じ事に……
誰か、何とかしてくれ。
さっきから背筋がゾクゾクしているんだ。
刃物とか持ってないだろうな、こいつ。
ああもう、こんな転生とか嫌だ。
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超常現象研究会
超常現象研究会という名のクラブがある。
はっきり言ってオタクの集まりだ。
本日の議題は勇者召還の際の願い事についてだ。
誰かが共同の願いにすれば、より多くの願いが叶うという思い付きをする。
1人3つが定番だからオレ達5人で15個だよな。
15個の願いを有効に使おうぜ。
そして、相談して決めていった結果は?
・オレ達全員を同じ場所に送って欲しい。
・オレ達全員にアイテムボックスをくれ。
・オレ達全員に世界の言葉を読めて書けるようにしてくれ。
・オレ達全員にあらゆる物の詳細が判る最強の鑑定をくれ。
・オレ達全員に死んでも復活可能な最強の回復魔法をくれ。
・オレ達全員に世界最強クラスのステータスをくれ。
・オレ達全員に世界最強クラスの魔力をくれ。
・オレ達全員に世界最強クラスの魔法才能をくれ。
・オレ達全員に世界の何処でも見られる千里眼をくれ。
・オレ達全員に千里眼で見た場所に跳べる転移魔法をくれ。
・オレ達全員にレジェンドクラスの武器をくれ。
・オレ達全員にレジェンドクラスの防具をくれ。
・オレ達全員に最高級のHPとMPの回復薬を大量にくれ。
・オレ達全員に体験した世界で通用する金を大量にくれ。
・オレ達全員に元の世界に戻れる転移魔法をくれ。
うおおおおお、これいーぜ。
こんなの叶ったら魔王でも何でも退治してやるぜ。
そうして足元が光る。
キタ――――――(゜∀゜)―――――!!!
しかし、世の中はそこまで甘くなく、全員が転移したのは老人ホームであり、全員老人になっていたのでした。
揃って余命数ヶ月の彼らは死して後、また同じ状況になります。
確かにステータスは世界最強ですが、生憎と彼らの意識はありません。
老衰で死ぬまで彼らはただ眠るだけの人生。
そうしてそこは既にあなた達の故郷。
そんな彼らに未来は……無いですね。
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超常現象研究会 2
お前らあの小話見たか?
ああ、バカだよな、寿命とか、最初に考える事だろ。
おうよ、いくら凄いの考えても、使えないと意味ねーもんな。
オレ達ならどうする?
よし、今日の議題はそいつにしようぜ。
ちょうどオレ達も5人だしな。
そうして決めていったのでした。
・オレ達全員を同じ場所に送って欲しい。
・オレ達全員にアイテムボックスをくれ。
・オレ達全員に世界の言葉を読めて書けるようにしてくれ。
・オレ達全員にあらゆる物の詳細が判る最強の鑑定をくれ。
・オレ達全員に死んでも復活可能な最強の回復魔法をくれ。
・オレ達全員に世界最強クラスのステータスをくれ。
・オレ達全員に世界最強クラスの魔力をくれ。
・オレ達全員に世界最強クラスの魔法才能をくれ。
・オレ達全員に世界の何処でも見られる千里眼をくれ。
・オレ達全員に今までに見た事のある場所に跳べる転移魔法をくれ。
・オレ達全員にレジェンドクラスの武器をくれ。
・オレ達全員にレジェンドクラスの防具をくれ。
・オレ達全員に最高級のHPとMPの回復薬を大量にくれ。
・オレ達全員に体験した世界で通用する金を大量にくれ。
・オレ達全員に死ぬ直前の能力と保持アイテムと記憶を保持したまま転生する能力をくれ。
よし、完璧だな。
おうっ、千里眼で見たとかより、今までに見た、のほうが良いに決まってる。
ああ、そいつで故郷にってのもクリアされてるしよ。
で、ラストに記憶付きで能力とアイテム保持での転生で決まりだろ。
オレ達ならあんな事にはならねーよな。
おうっ、確実にな。
そして足元が光る。
キタ――――――(゜∀゜)―――――!!!
なあ、ここ、何処だ。
妙に狭くないか。
千里眼……うえっ、世界の果てって書いてるぜ。
こんな狭い世界で何しろってんだよ。
あれ、何だろ。
あのアヒルが魔王?
おい、オレ達、ネズミになってるぞ。
嘘だろ、願いに人間のままって。
そんなの無い無い。
嘘だぁぁぁぁぁぁ。
またしても似たような事になりました。
本当に甘くないですね。
それとも彼らが浅いのでしょうか。
おや、アヒルに向かって行ってますね。
もしや、殺されての転生ですか?
残念ですけど、転生はその世界の中だけですよ。
転生とは生まれ変わり、すなわち、全ての経験は今から始まるのです。
そんなあなた達が見た記憶、それはその世界で体験した事のみ。
そこは既にあなた達の故郷なのですから。
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超常現象研究会 3
やれやれ、どんなクラブかと思ったら、オタクの集まりじゃないか。
もっと真剣に世界の謎とかの研究をしているのかと思ったのに。
クラブ紹介で名前だけ見て、興奮して来た意味が無かったな。
仕方が無いから理系のクラブでも探してみるとするか。
それにしても、勇者召還? ガキかよ。
願いとか、やたら強力なのを願ってたが、そんなの持ったらヤバいだけだろ。
そうだな、まあ、戯れに考えてみるか。
3つか、ふむ、確かにアイテムボックスと言うのは荷物抱えてうろうろしないで済むからあれば便利だとは思うが、どうにも空想的だな。
言語などは勉強すれば良い事だから要らないとして。
1.物が大量に入り、検索やソートの出来る空間を所持できる能力。
2.未来の事象が判り、危険を避ける事が出来る能力。
3.自分のコピーを作成し、代わりに召還されてくれ。
うん、これなら行かずに特典だけもらえるからお得だな。
そして足元が光る。
そして光が消える。
さて、どうなったかな。
倉庫……お、これは便利だな。
あいつらも、もっと地に足を付けた願いをすべきだったな。
やれやれ、想定外でしたが、致し方ありませんね。
彼そっくりの人形は今、可哀想に特典無しで魔王を倒す旅に出ましたよ。
それにしても、私も未熟でしたか。
もっと精進しなければ。
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望みし者はあたわず
まさかあのような罠のような事になっていようとは、想定外でした。
私は天に望まれたものの、相応しき者は他にも居るとお断り申し上げました。
そうすると、古い約定があると言いましてね、望みし者はあたわず、望まざる者を据えよ、らしいです。
そんな事を知っていたら望んだと言うのに、本当にままなりませんね。
あれから色々と心得を教わりながら、次の天に相応しい風格を身に付けるべく努力しています。
そうした中でふと、当時の事を思い出すのです。
そうして私の想定を抜いた者の事を思い出しました。
当時は未熟とのみ思っていたのですが、実は初代が彼と同じような能力だそうです。
私は図らずも彼に初代と同じような能力を授けてしまったのですね。
確かにあの世界限定ですが、あの世界では彼は初代の天と同じ能力を持ち、どのように生きたのでしょう。
その事を考える事が今の私のささやかな気分転換、なのかも知れませんね。
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どうしよう、不遇職
アイテム師……アイテムとアイテムを組み合わせて新しいアイテムを作り出す生産職なのだが、創意工夫が大事な職で、それにはリアルチートが必須である為、リアルクリエイターで生産がやりたい人でなおかつ、戦闘がやれないにも関わらず、金に余裕のある者に向いている、つまりはあり得ない想定。
そんな想定を情報掲示板で見た者達は、戦闘がやれないとあって、その職を選ぶ者はいない。
想定を出したのは、その職を試してみたβテスター。
初期装備になんとナイフとフォーク。
とても戦えそうにないそれらを試しに投げてみた彼は呆然としてしまった。
何とか敵に当たりはした。
しかし、投げて敵に当たるとそれらが消えてしまううえに、大したダメージにもならなかった。
それでもテストだからと気を取り直し、もう片方のアイテムも投げてみた。
しかし、やっぱり当たるものの、やはり大した攻撃にはなっていない。
それどころか敵認定されて攻撃を受け、あっさりと送還されてしまった。
唯一の武器を失って文無しになった彼は、その後すぐに情報掲示板に愚痴を書き散らすと共に、あの想定を書き殴ったのだ。
だが、それで終わりではなかった。
同じβテスターだった他の者が、正式サービス後に挑戦してみたらしい。
βテスターには特典として、1度限りのリスタートという、キャラの作り直し権利が与えられていた。
なので本番の前に軽い気持ちで確認してやろうと、その職をやってみたのだとか。
確かに武器を持とうとしても重くて持てず、無理に持てば腕が痺れて取り落とす有様。
横では同じ武器を小さな子供が片手で振り回しているのに、どうしても持つ事が出来ないのだ。
彼はかつての戦士の経験から、シールドバッシュというスキルを思い出し、盾で攻撃してみようと思い立ち、防具屋に勇んで行ってみたものの、やはり防具も無理であったとか。
そして彼は思った。
あいつの言っていた事は本当だったのだと。
そうしてアイテム師は淘汰された……
それと共にいくつかのネタと思われる職も淘汰され、王道と呼ばれる職たちが本サービスで選ぶ定番になっていた。
そんな中、ひねくれ者な彼はわざわざそれを選ぶ。
『アイテムクリエイト? 面白そうじゃねぇか』
投げたら消えるのか? なら、投げなければいいんだよな。
けどよ、ちょっと攻撃方法がエグいんだけど、そんなの想定してんのか、これ。
ナイフとフォークを目に刺された角ウサギは光の粒になって四散したものの、人として失ってはならない何かが減った気がするのはどうしてだ。
それでも他に方法は無いんだし、金が貯まるまではこの方法しかあるまい。
金が無いとクリエイトするアイテムが手に入らないんだからな。
ポーン……《称号【鬼畜】を入手しました》
うぐ、けどよ、他に方法が無いだろ。
あんな攻撃力の無い武器だぞ。
急所を狙うしか無いだろうが。
彼もまた犠牲者になってしまったのか?
それからも開き直ったかのような戦いは続いていく。
しかしその代償は酷い物だった。
ポーン……《称号【変質者】を入手しました》
ポーン……《称号【異常者】を入手しました》
ポーン……《称号【大悪魔】を入手しました》
ポーン……《称号【邪神の使徒】を入手しました》
ポーン……《称号【暗黒の帝王】を入手しました》
ふっ、今度はそんな称号か。
彼は既にNPCからも相手にされなくなり、はっきり言ってやさぐれていた。
しかしこの暗黒の帝王という称号で全てが変わる。
早速、彼の元に配下を名乗る者が訪れ、謎の城に案内される。
そうして玉座へと誘われ、多くの配下に傅かれる事になった。
ポーン……《魔王が降臨しました。ただ今から勇者の選定が行われ、近日中に魔王討伐イベントが開催されます。詳しい事は公式サイト特設ページをご確認ください》
ポーン……《アイテムクリエイトに機能が追加されます。全ての武器、防具、アイテムへの干渉を可能とし、上位の物質へと変化させられる、バージョンアップが使えるようになりました》
おいおい、魔王にならないと開放しないとか、どんな陰謀だよ。
けどま、やれるだけはやってみるか。
『魔王様、ご命令を』
『うむ、全ての武装を上位変換させる。すぐさま揃えよ』
『ははっ、畏まりましてござります』
へっ、勇者なんかに負けるかよ。
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仮想ゲーマーを目指した者達の末路
VR帽子……何も無い教室の中で使えば、VRなパソコンにVRな教科書が出現するだけという、そんなVR黎明期のおはなし。
まだフルダイブさせるほどの技術はなく、精々こうして生活の一部を肩代わりさせるだけの技術の中、それでも少しずつ慣れていく人たち。
VRMMOが実現する事を夢見る少年少女たちは、いつしかそれを自らの手で産みだそうとする。
しかし、その実現は遠く儚い。
数十年の時を経て、ようやく試験的なゲームの開発に成功したのは良いが、既に彼らは第一線から退き、後進達の指導者の立ち位置からも引退してしまっていた。
若い少年少女たちがそのゲームを体験している様を見て、どうしようもない嫉妬に駆られてしまう。
かつて、それを望みつつも得られなく、自分達で実現しようと奮闘した結果、ようやく目処が付いたのは良いけれど、年齢制限に引っかかってやれなくなってしまっていた。
こんなはずじゃなかった。
やっと手が届いたと思ったのに、どうしてこんな事になっているのか。
ああ、羨ましい。
当時にあれがあれば、何をおいても遊びたかったと言うのに、それを幸運とも思わず、当たり前に享受している奴らが妬ましい。
年齢制限? それがどうした。
そう言って無理に参加したあいつは脳梗塞で逝ってしまった。
老人の脳では耐えられないと、そうして決まった年齢制限。
それでも諦めきれなかったんだな。
その気持ちはよく分かるよ。
僕も……これが……これを使えば……
黎明期を支えた者達が次々に、VRゲームでの死亡が相次ぐ中、国は遂にそれに罰則を付けた。
すなわち、それは犯罪だと。
恋焦がれて実現した者達なのに、それへの参加は犯罪行為になってしまった。
もう、耐えられない。
犯罪? それがどうした。
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替え歌
─主題歌─
タレならもうキミより巧く塗れると思う
心配は要らないよ美味しいよ
つまみ食いはダメだと、どうして僕に言うの
そんな事はしないよキミの店だから
一番大事なモツが一番最後に焼けるよ
こんなに愛した肉の全てが良い串になる
作・「替え歌氏、今日はよろしくお願いします」
替・「お任せください、作者氏」
作・「それではお願いします」
替・『可愛い声した嬢ちゃんは、ヤマハで生まれたボーカロイド、ヤマハで生まれたボーカロイド♪ 日本の市場に出た時は、カルチャーショックを与えてた~♪ わたしは歌しか歌えない、不人気だったらなんとしよ~♪ 優しい日本の皆様よ、楽しく使ってや~っとくれ、上手に調教し~ておくれ♪ 』
作・「いきなりフルコーラス来ました」
替・「最新の自信作です」
作・「これは凄いですね」
替・「ありがとうございます」
作・「他にも今回はご紹介いただけるとの事でしたが」
替・「ええ、いくつか紹介します」
作・「期待しています」
替・『お肌のお肌の曲がり角、危険だ危険だケアしなきゃ、お~ばさんになっちゃうよ、北風浴びたらケアしなきゃ♪ 』
替・『赤マムシ、飲~んでた、お~じ~さ~ん~は~ 昨日も残業お疲~れさん♪ 』
替・『見切りを付けましょいい加減~ あの人結婚する気無い~ 5~年前の約束も~ 忘れたフ~リのヒドいヤツ♪ 』
替・『下、下、下下下の下 勤務評価が、下、下、下、悲しいな、悲しいな、おいらにゃ有給も~ ボーナスも何にもない♪ 』
作・「本日は替え歌氏の新作を含め、何作かをご紹介しました。ちょうど時間となりましたので、本日はこれまで。またのご視聴をよろしくお願いします」
─テーマソング─
マジこの部屋で命を掛けて
本気で遊んでる芝居続けてきたけれど
回避が割りと忙しいようで、そうそう突き合わせてもいられない
度胸が無けりゃ、勝負も早い、火照る身体じゃいつまでかわせる訳もない
倒せるはずの必殺技も、急所を外したままで見逃し中
薄情になるなら容赦はおよしよ、半端になり過ぎる
隠しておいた心がぽろり、こぼれてしまう、逝かないで
薄情になるなら葉隠れを読んで覚悟を決めてから
涙ぽろぽろぽろぽろこぼして枯れてから
『カーット』
プロデューサー氏・「はーい、お疲れさん」
替・「どうでしたかね」
プ・「殆ど童謡だけど、怪しいのが混じってるな」
作・「真っ赤だな、真っ赤だな、そいつは絶対、アウトだぞ♪ 」
替・「うわ、やられたな」
プ・「さすがは相方さんですな」
◇
おつかれさまでした~
おつかれさまでした~
掃除氏・「あれ、忘れ物かな? 」
メモ
なごり猫
餌を食べているタマの横でミケは爪を研いでる。
季節外れのブチは盛ってる。
もう今日で君たちとはこれで最後だと、寂しそうに飼い主はつぶやく。
仕事を無くした飼い主はもう、置いて消えると気付かないまま。
今 僕たちはずっとのんびりしてる。
ドアの音聞いてものんびりしてる。
お腹が空いたと鳴いてみても、優しいあの人は戻らない。
部屋中色々探してみても、何処にもあの人はいないんだ。
うみゃー うみゃー うみゃー うみゃー
いくら鳴いても戻ってこない。
今僕たちはずっと静かにしてる。
気力無くしてじっとしてる。
時が過ぎて幼い仔らは、明日が来ないと気付かないまま。
ああ都会で生まれた小さな命。
野生を知らない小さな命。
掃・『こりゃヒドイな。これなら僕のほうが……』
掃・「今帰ったぞ」
子・「お帰り、父さん」
掃・「ごめんな、節句なのに仕事でよ」
子・「良いよ。それより歌を聞いてくれる約束、まだいい? 」
掃・「おお、聞いてやるぞ」
子・「こいのぼりの歌を歌いますっ」
掃・「お、待ってました」
子・「あっ」ツルッ……ドカン。
掃・「おい、大丈夫か」
子・「うううう、ごめんなさい、失敗しちゃった」
掃・「本当に大丈夫なのか? 」
子・「う、うん……歌うね」
掃・「無理するなよ」
子・「頭を強く打ち付けて、気付けば前世を思い出す。過去の失敗も、思い出す。転生はやっぱり、記憶付き」
掃・「こりゃいかん。医者に連れて行かんと。待ってろよ、今、救急車を呼んでやるからな」
子・「ううん、平気だよ」
掃・「何を言うか。曲も違うし、歌詞も違う」
子・「あれ、そうだっけ」
掃・「こいのぼりは、いらかの波だ」
子・「ああ、そうだったそうだった。昔の事だから間違えたな」
掃・「もうじき来るからな」
子・(あーあ、参ったな。ガキの振り、失敗しちまったな)
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世紀末後の世界
おい、今日も酒盛りだろ。
それがな、イッキが禁止になっちまってな。
嘘だろ、あれが楽しみなのによ。
オレもそう思ったんだけど、上が危険だからってよ。
どうしてだ、どうてしてなんだ。
北のコロニーでな、それが流行って、住民の殆どが内臓をやられてな。
別にいーじゃねぇか。
おう、何処にも行けねーんだし、生きてても仕方の無いし、だったら楽しい気分のまま逝きたい気持ち、オレにはよーく判るぜ。
とにかく禁止になったからな。
お前ら、仕事中だぞ。
それがよ、潤滑剤が無くてよ。
倉庫に無かったのか。
品切れって言ってた。
仕方が無い、聞いてやるよ。
お願いします。
担当さん、潤滑剤が無いらしいんですが。
ほんだの、ありゃあの、ちと時間掛かるだよ。
おーい、田吾作どーん、クレ出来たかいのー。
クレ無いだ。
『イッキのコロニーは今~♪ 』
それは違うぞ。
そうだっけ?
おい、ドクターが怒ってたぞ。
そんなの歌うからだ。
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VRMMO的異世界体験
『索敵』……発見……遭遇寸前、よーし、いくぞ。
『キュルキュルキュルキュル・グンガグンガグンガグンガ……』
「お前なぁ、発見したら口で言えよな。毎回毎回、バイオリンで表現しやがって」
「しかも何だ? 確かに感じは出ているが、そいつは何か意味があるのか? 」
勇者と戦士は戦いながら文句と言うか、苦情と言うか、そんな事を言う。
オレは別に深い意味がある訳じゃなく、単に某ゲームの敵遭遇のBGMを真似ているに過ぎない。
この世界に来て思ったんだけど、実によく似た世界なんだ。
オレは特に職業選択する気もなかったので、遊び人で強引に同行している。
と言うのも勇者が募集する前に人員が尽き……
◇
最初はVRMMOの世界かと思ったんだけど、やってる人達は本気で生きていた。
そこにプレイヤーの意識は無く、全員が言わばNPCとでも言えば良いのか。
それは勇者も同様ながら、何故か複数だったのだ。
だからこれは異世界転移なのかとも思ったが、どうしてオレがこの世界に誘われたのかは分からない。
ともかく、朝目覚めたら宿屋だったんだ。
最初は普通に起きて着替えて顔を洗い、荷物を担いで食事に行き、食べて宿を出ようとした時、人にぶつかりそうになってよろけて頭を打ち、そこで記憶が沸いて出たんだ。
オレは発表会が終わって、そのまま故郷に帰ろうと思い、でかいリュックの中に荷物を入れ、土産を買おうと街をうろついているうち、怪しげな店の品に興味を覚え……そこまでの記憶しかない。
そこで何があったのかは知らないが、目覚めるとこの世界の宿屋だったんだ。
そこまで思い出して荷物を確認したところ、でかいリュックの中には着替えと保存食と、愛用のバイオリンがあった。
他の、例えば財布やらスマホは無くなっていて慌てたが、その代わりに皮袋がいくつかあり、その中には見慣れぬ硬貨があった。
表には数字、裏にはGの文字。
何処かで見たような……そう思いながらも街を散策するうちに、どうにも既視感を覚えていた。
そこまで広い街ではないが、一応は中央にお城があり、ここは城下町なのだと知れた。
そしてあるゲームにそっくりだと思ったんだ。
古典MMOのVR化が流行り、この世界そっくりのVRMMOも体験したんだけど、その世界にそっくりなんだ。
だからこそオレはVRの世界に来たのかと思ったんだけど、プレイヤーの存在が無い事から異世界転移なのかと思ったんだ。
◇
今同行している彼は、辺境の村から戦士の彼と共に同行し、王様との謁見の後に軍資金をもらって酒場で人集めをした。
しかしその頃には他の勇者達が人員を集め終わっており、王都に来るのに時間の掛かった彼らに残されたメンバーは居なかった。
このままでは勇者と戦士だけのパーティになりそうなところ、オレが『索敵』が出来るという触れ込みで強引に混ぜてもらったんだ。
ただ、職業を正直に言うと断られると思ったので、やれる事を先に言ってうやむやにしようと思ったんだ。
その試みは成功した。
すっかり盗賊か何かと思った彼らはオレを採用したものの、魔法使いや僧侶が得られないまま、回復薬などの物資を購入して王都を出た。
そこからしばらくの間はまともなモンスターも出ず、発見しても慌てる事もなかったのでオレは傍観するだけだった。
ただ、荷物係な感じで2人が戦いの為に放り出した荷物の番をするぐらいで済んでいた。
彼らも盗賊にまともな戦闘力は望んでないようだったのでそのまま旅を続けていたが、ある街でようやく魔法使いと僧侶を得る事が出来た。
本当ならそこでお別れになるはずだったが、オレが食後に弾くバイオリンが気に入ってくれたのか、そのまま同行しても構わないと言われ、これ幸いと同行していた。
そしていよいよ敵もそれなりの強さとなり、彼らだけでは奇襲を食らいそうなぐらいとなり、いよいよオレの索敵が重要視されるようになったんだ。
そこで発見したら報告するんだけど、普通にやってもつまらないと、かつての世界で知ったBGMでやったのが最初。
いきなり緊迫したような音に、パーティメンバー達は驚き、そこで敵の襲撃と言えば準備を整える。
それから奇襲される事もなくなり、オレは発見したら遭遇までの間、それを演奏する事にした。
だけど彼らはその音の意味を知らないようだった。
オレだけどうして記憶があるのかは知らないが、面白いからやっているに過ぎない。
『ピーピーピー・ピピピーピピピピーピー・ピーピーピー・ピピピーピピピー』
「今度は口笛かよ。それは何か意味があるのか? 」
「え? 和まない? 」
「まあ、ただ歩くだけよりは良いが」
これからどうなるのかは知らないが、来てしまったものは仕方が無い。
元々オレに戦闘力は皆無なんだし、クビになったら酒場の流しでもして生きていこう。
どうせ元の世界も天涯孤独であり、発表会の結果も恐らく大した結果にはなっていないだろう。
デビューの可能性も恐らくあるまいし、あのままだったら趣味のバイオリンになっていた可能性も高い。
異性と付き合った経験もなく、あのままあの世界に居ても何も無い人生になっていただろう。
それならまだ、こんな面白い世界で生きて行くほうが何倍も楽しいじゃないか。
もちろん、危険と隣り合わせではあるが、幸いにも某ゲームキャラクターのステータスが生きていて、その中の『索敵』スキルが役立っている。
ただなぁ、吟遊詩人キャラなのが気に入らないが、どうしてメインキャラクターじゃないんだろう。
遊びで拵えたキャラでの体験なのが唯一の不満なんだよな。
でも、インベントリの中には何故か、全てのキャラクターの所持品と、共用倉庫の中身がそっくり入っていた。
だからもしかすると、ここに送った存在の慈悲なのかも知れないと思っている。
もちろん、そんなチートは他の者達には無いので、オレは相変わらずでかいリュックを担いだままだ。
それにしても、1人ぐらい記憶のある奴が居れば良かったのにな。
あのゲームのBGMなら大抵弾けるから、ウケると思うんだけどさ。
『索敵』……おっと、発見。もうじきだな、クククッ。
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誰が勇者召喚したんだ
異世界に到着するも誰もいない。
廃墟のような場所に召喚陣が描かれ、そこに現れたのは良いが、出迎えるはずの人は居らず、無人の王宮らしき崩れたガレキが散乱している場所で途方に暮れる。
確か神様は魔王討伐の為の召喚と言っていたはず。
あの日、オレ達5人は教室から神様の世界らしき場所に誘致され、勇者召還が発動したと言われたんだ。
そしてもう戻れないとか言うもんでさ、やれ誘拐だの拉致だのと騒いだらさ、個別面談にするとか言って天使みたいなのが出て来て5人バラバラに離れての準備になったんだ。
まあ、オレも戻れないとか言われて、それなら仕方が無いと思ってはいたんだけど、あいつらさ、カップルが2組なんだわ。
だからオレは良いとしても、あいつらは戻りたいだろうと、代わりにオレがな。
そりゃオレは独り者だけど、あいつらは近所の奴らで幼馴染だしよ。
まあそれは今はいいや。
とにかく願いを3つと言われて、1つ目に世界のあらゆる使用言語が理解出来るようにしてくれって言って、そこで担当さんと少し揉めたと言うか、発掘された遺跡に書かれてある文字も知りたいと言ったせいなのか、物凄い種類がどうとか言ってて、神様も万能じゃないんだな、とか軽く愚痴ったら、担当さんがむきになってさ、それで結局は世界で使われている言語は全て読み書き出来て、古文書や遺跡の文字はカタコトぐらいは読めるぐらいに妥協したんだ。
それで2つ目の願いだけど、やはり当然、アイテムボックスが欲しいと言ったんだけど、検索機能を聞いたら無いとか言うもんでさ、まだぞろ万能疑惑説をやったらさ、ちょっと待てとか言ってしばらく待たされた結果、検索は今更付けられないけど、代わりにソート機能を付けるからって、それでまた妥協したんだ。
そして最後の3つ目の願いなんだけど、オレは行った先で胃袋を掴まれるのが嫌でさ、それに小説なんかでは食い物が不味いとかよく聞く話ってんで、1つの願いを丸々使って、あらゆる生活物資に雑貨、衣類、武器、防具、乗り物……ってつらつら言ってたら、それはいくら何でも多すぎるとかのたまいやがってよ、またぞろあの説を出そうとしたんだけど、こちらが指定すると言って聞かなくてさ、まあ、お願いするほうだから仕方が無いと思って、それも妥協したんだ。
でまぁ、そんなやりとりをしていたら遅くなっちまってさ、他の奴らはもうとっくに行きましたよ、とか言われてさ、慌てて神様に終わったと告げたんだ。
それで到着したけど、あいつらも居ないんだ。
◇
まあとりあえずメシにするかと、アイテムボックスの中を見る。
・復活パン
・無限果実の植木鉢
・枯れない水筒
パンと果物と水しかなかった。
毎日これ食うのかよ。
後は?
・下着
・中着
・上着
・武器
・防具
・薬品
下着って種類があるんだな。
パンツにシャツに靴下にその他? なんだこりゃ。
てかさぁ、オレは男なのになんで女の下着も入っているんだよ。
その他の項目の内訳だけどさ、双丘ガードやら体型補正下着やら、色々入っているんだよな。
特に双丘ガードはサイズも豊富で……って誰が使うんだよ。
次に中着か。
中着って何かと思ったら、トレーナーとかそんな感じのがわんさか入っていた。
さすが願いをひとつ、そっくり使うだけの事はあるかと思ったけど、物凄い物資だな、こりゃ。
上着も種類豊富だし、スラックスやらカーゴパンツからジャージに至るまで、フルサイズでそれぞれ数十本ずつってさ。
後は武器だけど、ナイフ、包丁、ショートソード、刀、ロングソード、バスタードソード、弓、弩、後は魔法銃?
魔法を撃ち出す銃らしいけど、オレって魔法を普通に使えないのか?
まあ、教えてくれる人も居ないから、そのほうがありがたいとは思うが、本当はこう、ズバッと使いたいよな、異世界なんだしさ。
防具も色々あるな。
最後は薬品だけど、これって薬と品って意味だな。
つまりさ、医薬品と関連物資の略っぽいのさ。
だってさ、薬局にあるような多種多様な薬に始まって、夜の必需品やらトイレの必需品やらが、これまた大量に入っている。
結論。
確かに至れり尽くせりで、この物資があれば悠々自適に暮らす事は可能だと思う。
こちらで選ぶと言われて不安だったけど、これなら文句は一応無いさ。
だけどさ、誰も居ない世界でこんなの持ち腐れになるだけだろ。
第一、オレは何の為に召喚されたんだよ。
◇
あれからどれぐらいが過ぎたのか、何処に行っても廃墟ばかりで人に逢えないままだ。
人ばかりか動物も居らず、馬車を改造して足漕ぎにするのがやっとだったけど、これじゃ長期移動は難しい。
それでも西に西にと移動しているんだけど、この世界ってどうなったんだろう。
もしかしてもう人類は滅亡しているんだろうか?
今日も魔物にしか会えず、襲われるから殺している。
殺すと煙になって消えるから、食物はアイテムボックスの中のしか無い。
毎日同じ食料にも飽きたけど、何処の廃墟に行っても食い物なんかは全然見当たらないんだ。
そうそう、オレ以外の勇者の消息が分かったんだ。
どうやらオレ以外は数年前に召喚されたらしく、魔王に負けたらしい。
資料には一応、西の地に逃れるような事が書かれていたから、今もこうして西に移動しているんだ。
だけどさ、あいつらの遺留品と思しき品が、通り過ぎた廃墟の中にあったんだ。
だからあいつらはもう死んでいるんじゃないかと思うんだ。
なあ、神様。
なんでオレだけ召還が遅れたんだ。
1人足りなかったから負けたのか?
それとも、どうしようもなかったのか?
教えてくれよ、なあ、神様。
◇
復活パン
千切っても元の形に戻るパン。
半分以上残っていれば数分で元の形に戻る。
なので数分以内に半分以上食べると尽きてしまうので注意。
使用者のマナで復活するので、枯渇した者では復活しない。
蜂蜜風味の蒸しパンのような味わい。
無限果実の植木鉢
白桃のような味わいで瑞々しくて美味で栄養満点の果実が8~12個実る木を植えた鉢。
採っても復活するが、陽光を浴びせるかマナを注ぐ必要がある。
繁殖が非常に旺盛なので、うっかり種を地面に捨てると後々そこから無限果実の木が生えてくる。
そしてそのまま放置するとありとあらゆる場所に増殖し、国中の土を占領してしまう。
なので別名、作物殺しの木、とも言われている。
一説には魔王によって作られた国滅植物とも言われたが、実は神によって作られた木である。
成人1人1個で1日分の必要栄養素を満たせる。
実が実ったまま1ヶ月放置すると地面に落ちて繁殖する。
破邪の成分を含む為、魔物は食わない果実。
枯れない水筒
別容器に流し込もうとするといくらでも水が出て来る。
無限と思われるが実はそうではなく、使用者のマナを用いた水魔法に該当する。
なのでマナの少ない者が湖の水を満たそうとすると、マナ枯渇になってしまう。
神器なので非常に効率が良く、1MP=1リットル生成になっている。
汎用では10ミリリットルが精々である。
ミネラルを多分に含んでおり、後口は爽やかな風味がある。
遅れた訳
天使・『やっと終わりました』
神様・『やれやれ、彼だけかなり遅くなりましたね』
天使・『間に合うんでしょうか? 』
神様・『ここでの1分は向こうでの10日。だから早く決めて欲しかったんですが、彼は2時間も滞在しました。他の者達は揃って10分未満、彼らに遅れる事110分の違いはそのままの遅れに繋がり、彼が相談しているさなかに送り出した者達は……』
天使・『申し訳ありません』
神様・『いえ、良いのです。貴方に罪はありませんよ』
天使・『3年ですか』
神様・『そうですね』
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転生ワイン
実はアタシってさ、ちょっと変な能力があるの。
それはさ、どっかの司教様が持っていたら良かったような能力でさ、アタシなんかが持ってても意味の無い能力なの。
神様のお言葉が聞けるという、その手の業界では誰もが求める能力らしくてさ、アタシも就職先が見つからなかったら、教会で能力を生かしてって道もあったのよね。
でもさ、その能力持ちは教会からありがたがられる能力でもあるからさ、一度知られたらもう離してくれなくなるらしいのよ。
まあそうよね。
預言とかそう簡単に得られるスキルじゃなくてさ、ちゃんとレアスキルの枠に入っているの。
たださ、アタシ思ったんだけど、この能力ってさ、本当ははた迷惑なスキルなんじゃないかと思うのよ。
何故かと言うとさ、これってパッシブスキルなのよ。
パッシブスキルって分かる? 常時発動のスキルの事よ。
つまりさ、神様の都合で話が始まるの。
だからさ、合コンでイイ男と話が弾んでいた時だろうと、仕事が忙しくて時間が無い時だろうと、お客様との会話の最中だろうと、勝手にいきなり始まるのよ。
んでもってそれを無視とかしたらさ、頭が段々と痛くなってくるのよ。
でもさ、オシゴトの話をいきなり切れないじゃない。
だからもう、頭の痛いのを堪えて早急に話を終わらせるのがやっとなのに、それでも毎回神様に文句言われるのよ。
理不尽だと思ってもスキルは捨てられないし、パッシブだから切れないのよね。
だから自然と酒量が増えちゃってさ。
その日も晩酌という名のストレス発散をやっていた時なんだけどさ、またぞろ神様からのお話が始まったの。
『実はの、転生させねばならぬ事になったのじゃが、その人選に弱っての』
そんなの知るかよ、とか言いたいけど、神様からの相談は愚痴よりも大変でさ、それなりに返答しないと拙いのよね。
愚痴ならまだ聞き流しておけば終わるけど、相談はそうはいかないの。
だけどその日はもうかなりお酒が入っていてさ、つい、やっちまったのよ。
『スーパーのリカーコーナーに特別なワインを混入させて、それを飲んだ者を転生させればいいんじゃない? 』
その時はイイアイディアだと思ったんだけどさ。
それでひとまず相談が終わり、イイ調子でふんわりとした気分のまま眠ったの。
そしてその翌日の夜の事だったわ、またぞろ晩酌をしようとして、見た事の無いワインがあったのよね。
「こんなの買ったかしら」
そう思いつつ、飲もうと思った直前、昨夜の事を思い出したのよ。
まさか……そう思ったけど、思い出したら飲めないわよね。
それでどうしようかと思ったんだけど、以前の合コンで話をした異世界オタクなカレを思い出してさ、そのカレにワインを進呈してみたの。
そのカレ、趣味じゃないんだけど、ちょっとストーカー気質って言うのかな、最近段々とうっとおしくなっててさ、物は試しでやってみたの。
『やっと僕の事を見てくれるんだね、嬉しいよ』
もしこれであれが夢ならヤバい事になるかもって、背筋に寒気が走ったけどもう止められない。
だから合ってますようにと祈りながら、数日後のデートの約束を取り付けたの。
だけどさ、それからウチの周りでそのカレ、見かけなくなったのよ。
やったね、って思ったわ。
それからどうやら神様が味を占めちゃったみたいでさ、時々見た事の無いワインが混ざるようになっちゃったの。
だけどそんなに何度も渡す相手なんか居ないからさ、放置してたら最後通牒受けちゃったの。
『渡さねばおぬしが異世界に行く事になるぞぃ』
それからというもの、ファンタジー系の合コンに積極的に出るようになってさ、異世界オタクにワインを渡すようになったの。
それでも毎回渡して行方不明とか、ヤバい事このうえないからさ、段々と持て余すようになってきたの。
この前さ、持て余してつい、飲み屋のテーブルにそれとなく置いて出たんだけど、そこのマスターが行方不明になっちゃったの。
気に入っていた店だったのに、残念な話よね。
それからも何度か置き逃げしてたんだけど、行方不明になる人と客の関連での事情聴取で毎回とか、ヤバいからそれもやれなくなったの。
「またお前か」
とか言われたらヤバいでしょ。
だからさ、本当に困るのよね。
神様、そんなに大量に送るなら、どっかのクラス丸ごと異世界転移、とかどう?
とか言ったんだけど、必要で1人ずつだから無理だと言いやがんの。
もうね、渡す相手居ないのよ。
「誰か異世界転生出来るワイン、要りませんか? 」
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自業自得
リアルで人形作成をしている男がいた。
彼は趣味と実益を兼ねてそれを行っており、特殊な業界からの依頼で製作して暮らしていた。
そんな彼がVRMMOのβテストに参加する事になったのだが、リアバレを極度に恐れる彼は一計を案じた。
そもそもそのゲームではリアバレ対策は施されているものの、極度な変更はやれないらしく、知人が見れば分かる程度の変更しかやれないらしいのだ。
そんなもんじゃ物足りないと彼は、自らが作った人形を用い、全身サーチをやり過ごそうとした。
どうせやるならTSをしてやれと思った彼は、合法ロリな人形を作成し、まんまとそれでログインに成功する。
そして広場では注目の的になった。
それもそのはず、そのゲームは18歳未満禁止の性行為をも可能とするゲームであり、彼が扮する合法ロリなキャラクターは周囲の男性達のターゲットと化し、ひっきりなしにコンタクトを取ろうと話し掛けてくる。
彼は目立つのは本意ではなかったが、軽いお遊びのつもりが大変な事になったと慌てていた。
そのうちに抱き上げられて身動きが取れなくなる。
まさかセーフティゾーンのはずの街中で拉致されるとは思わなかった彼は、身動きが取れないまま連れ去られていく。
どうやら状態異常:麻痺……なにやら薬を嗅がされたらしい。
身動きが取れないまま、町外れの倉庫のような場所に連れ込まれ、そのまま未体験ゾーンを経験する事になった。
そう、そのゲームでは性行為を可能としており、それは相手の同意が不要という鬼畜なゲームだったのである。
なのでリアル女の参加しない、野郎のみのゲームと化しており、NPCを相手にするのが精々なゲームとなっていたからこそ、プレイヤーな彼が異常な注目を浴びたのである。
彼を拉致したのはトッププレイヤーの男であり、そいつは自らの特殊な趣味を満足させてその場を離れた。
後に残されたのは呆然となった彼の抜け殻。
強制ログアウトという緊急措置は施されていたが、やれないはずのTSの対策までは想定外であり、彼の精神の救援には間に合わなかった。
男と女では脳の許容が異なると言われ、女の快感に男の脳は耐えられないと言われるが、まさにその通りだったのである。
涎を垂らした彼はクライアントからの通報により病院に送られたが、手の施しようがなかったという。
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泳げ! 不遇職
(『フックアウト』うそー、効かないよ)
「暴れんなって、こいつ」
(頼むから効いて『フックアウト』ダメだぁぁ)
「往生際が悪いぜ、この野郎」
「おお、でけぇな」
「逃すなよ」
「おおさ」
「これで酒盛りの肴が出来たな」
(ううっ、冗談じゃないよ。はーずーれーろー『フックアウト』ダメだぁぁ)
「くそ、しぶといぜ」
「焦るな焦るな」
「分かっているがよ、この野郎」
(今度こそ効いて、お願いだよ『フックアウト』うう、やったぁぁ)
「うおおおお、くそぅぅぅ」
「あーあ、でかかったのによ」
(ああ、怖かったぁぁ。はぁはぁはぁ)
ピロロン
《称号、【肴になりそうだった魚】を獲得しました》
大きなお世話だよ。
◇
僕は魚である。
名前はミラージュ。
生まれたのはついさっき。
この世界は『シー・オブ・ザ・アナザー』って名前のVRMMOになる。
僕は普通にゲームをするつもりだったのに、何をとち狂ったか、種族をランダムにしてしまったんだ。
そうしたら魚になったんだ。
最初はまだ良かったよ。だって『サハギン』に見えたからさ、二又か三叉のモリを持って戦う種族になれたと思ったんだ。
でも違ってた。
サハギンじゃなくてサバギンだったんだ。鯖銀だよ、銀色のサバだよ。
つまりお魚になったんだ、僕。
さっきさ、釣られそうになって焦ったけど、
何とかスキルが効いてくれて助かったんだ。
でも4回使ってやっと効くとか心臓に悪いよ。
あれ、釣られていたら食べられていたのかな?
ああ、怖かった。
◇
種族名 鯖銀
僕は銀色のサバになっていた。
手も足もないこんな格好でどうすりゃ良いのよ。
確かに水中でも苦しくないし、自由に泳げはするけれど、陸に上がれないと町に行けないじゃないかよ。
仕方が無いから小魚を狩って過ごす。
小魚でも経験値はあるようで、微妙だけど少しずつ経験になっているようだ。
レベル2になって少し体長が長くなり、レベル3でヒレが丈夫になった。
それでも大きな魚は相手に出来ないので、食事兼用の小魚狩りをする日々となる。
そんな中、変な職業になってしまった。
職業 魚泳
なんだこれ、聞いた事ないよ。
情報掲示板にもこんな職業とか出てないし。
てか、魚が泳ぐって当たり前だろ。
こんなの職業にするなよ。
スキルも覚えたよ。
『フックアウト』ってスキルなんだけど、これってもしかして……うお、美味しそうな……僕の大好物だぁ。
パクッ……ムムムムムムゥゥゥ……
・
・
・
・
・
酷いよ、人間の感性のままのせいなのか、餌がイチゴに見えるなんて。
僕が大好きなイチゴが目の前にあったから、ついパクリとやっちまったんだ。
そうしたら釣り針だったんだ。
何とか助かったけど、よく考えたら海中にイチゴが浮かんでいる訳が無いよね。
ああ、うかつだなぁ、僕って。
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戦え!厨二病
名前 タイサ (大山三郎・元はタイサンが仇名だったが、退散に通じるので嫌がった結果、『ン』が取れた)
種族 イフリート族 火属性の魔法に特化するも、水属性には弱い。
職業 皮革工芸師 皮革を用いたあらゆる装備品の加工に特化し、魔法陣の作成もこなす。
鞣した皮革で指貫グローブを拵え、その甲に魔法陣を描く。
腕輪に魔石を連ね、発動エネルギーと成す。
魔法陣と魔石を接続する時に、スイッチを親指の付け根に設置し、押すとマナが流れて魔法が発動するようにする。
いよいよお披露目の時を迎えた。
あいつら、びっくりするぜ。
◇
名前 ニイサン (新山幸次・ニイヤマをそのままニイサンと呼ぶ仇名)
種族 ドワーフ族 土属性の魔法に特化し、土精霊の力を借りると大魔法をも可能とする。
職業 土魔法師 土魔法全般を扱う専門職。ゴーレム生成も可能とする。
「やっと精霊と契約出来たよ。これでようやく……」
◇
名前 アル (内藤梨江・ついでに胸も……なので、ナシは禁句。なので逆にアルと呼ばれると喜ぶ)
種族 フェアリー族 身長数十センチの超小型の種族。種族スキルに《念動力》があり、不便を補っている。
職業 魔導機工師 装備を魔法で操作する事に特化した職で魔法での人形作成・操作などを得意とする。
魔導金属で作った全身鎧。
そのお腹の部分に操縦席を設け、全身を《念動力》で連結。
これで動かせるはずよ。
「さあ、動きなさい、私の人形」
◇
そして一同に会する時が来た。
「こんな日にやるのかよ」
「仕方が無いでしょ。さあ、降らないうちにやるわよ」
「くそう、ならせめて今のうちに」
人差し指で対象を指定、親指の付け根を中指で……フィンガースナップ。
「うおお、それっぼいぜ」
「へっへっへっ、だろうだろう」
「降りだしたわね」
「うげ、もうかよ」
「雨はダメなんでしょ。さあ、君は終わりよ」
「くそぅぅ」
「じゃあ今度は私達の番ね。造ってちょうだい、ニイサン」
「任せろ、アル」
(聖なる土の精霊よ、我に力を与えたまえ)
拍手をひとつ打ち、地面に両手を当てて……ゴーレム作成……ゴゴゴゴゴ。
「うおおお、まるで錬金術だな」
「実は土魔法ってオチだけどな」
「けど、それっぽいぜ」
「だろうだろう」
「さあ、戦いよ」
全身鎧とゴーレムの戦いが今、始まる。
双方共に接近戦を望むのか、じわりじわりと近付いていき、最初はゆっくりと、そして次第に激しい攻防戦を繰り広げていく。
「あいつ、乗り物酔い治ったのか? 」
「いーや、今でも酔うはずだぜ」
そのうちに全身鎧がパタリと倒れ、中からよろよろと出て来る人影。
「もう……らめぇぇぇぇ、うえっぷ」
「「やっぱりかよ」」
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勇者召還の常連な彼の末路
呼ばれて数年、戻って一瞬。
童顔の彼は異世界で通算15年もの年月を過ごし、見た目は相応になったものの、実は30才な高校生。
呼ばれるたびに修練の結果、前回などは召喚されてそのまま魔王城に案内してもらい、その足で討伐したぐらい強くなっている。
なのでまた呼ばれたら同様になるだろうけど、毎回言いたい事があるんだよ。
「おお、よくぞ、呼びかけに応じてくださった」
「おお、ようこそ、おいでいただきました」
「勇者様、わたくしの呼び掛けに……」
「よくぞ来てくださった」
「勇者様じゃ、勇者様が来てくださった」
あのな、毎回毎回、強引に召喚しといて、いかにもオレが望んで来たように言うの、止めてくれよな。
オレも空気の読める民族の一員だからさ、召喚の場でそんな事は言わなかったけどさ、言いたくて言いたくて堪らなかったんだからな。
もし、次があるのなら、今度こそ言ってやる。
それから彼は死ぬまで呼ばれる事はなく、無駄に強い力を持て余し、次第に人に疎まれるようになり、廃村で独り暮らしの後に静かに逝ったという。
勇者な彼は元の世界では勇者になれなかったようです。
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戦え! 料理人!
好きな料理と薬師で生産職と意気込んだのは良いが、チュートリアルで戦えない事に気付く。
モンスターを倒さないとクリア出来ないと言われ、考えた挙句に彼がとった手段とは。
右手に包丁、そして左手にフライパン。
『さあ、来い! モンスター』
彼はヤケになってそう叫んだ。
だがそれが彼の戦闘スタイルになるとは、当時の彼は思いもよらないのであった。
何とかチュートリアルを終わらせたものの、誰も生産職を必要としていない。
そう、NPCの店舗が充実していて、ポーションなんかはいくらでも買えるのだ。
そして肝心の料理は確かに空腹のステータスには影響するが、供給が充実している為に単なる趣味の世界となっていた。
町の食堂では様々な美味しい料理が食べられ、保存食もカロ○ーメ○トのような美味しい代物。
となると、料理人の出番は無いものと思われた。
そうなってから彼は攻略情報サイトを見たが、料理と薬師はしっかりと不遇職になっていた。
ダブルで不遇職を選んだ彼の運命やいかに。
パッケージ販売なVRゲームは、25万円な代物。
キャラクターはパッケージごとに1人限定。
削除不可能で、パッケージごと買い換えるしかない。
なので諦めて不遇職で遊ぶことにした。
だけど、戦う手段はチュートリアルでやった方法しかない。
そして彼は戦う料理人となったのだった。
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戦え!ない料理人?
『パンパンパンパン』
周囲におしおきをされているような音が響く。
それは彼がスライムと戦っている音なのだが、彼が持っているのはどう見ても武器じゃない。
『しゃもじ』
それも升炊きの炊飯鍋で使うような、柄の長いタイプのしゃもじである。
スライムというのは通常、物理耐性があるとされているが、このゲームでは斬撃無効・刺突無効・魔法無効という、叩くしか方法が無い恐るべき魔物である。
それも普通の打撃では効果が薄く、彼のように面積の広い武器で攻撃するしかない。
そんな訳で彼は、初ログインからずっとスライムを狩っているのだった。
他の皆はそんな厄介な魔物に手を出さず、他の雑魚を経て次の町に到達している。
そんな訳で今、スライムを狩っているのはもう彼だけになっていた。
何故なのか?
それは彼が料理人であり、まともな武器が扱えない事が理由だった。
そう、だったんだ。
今は意欲を持ってスライムを狩っている。
それと言うのもスライムから取れるゼリーがあるのだが、そのスライムゼリーが欲しいからである。
元々、スライムゼリーはクエストアイテムになっていて、売っても大した価格にはならない。
それよりはスライムの核のほうがレアであり、クエストじゃないならば即店売りするようなアイテムになっていた。
彼がそれに気付いたのはただの偶然だが、彼はそれを見つけて狂喜した。
彼は空腹に耐えかねてスライムゼリーを食べてみたのだ。
そうしたら妙に生臭くて吐きそうになったものの、空腹は不思議と治まっていた。
このゲームでは鑑定も識別も表示が不親切であり、詳細にするにはそのアイテムの用途を知る必要があった。
そんな訳で食べてみた彼の識別の項目の増加を見て、狂喜した訳である。
スライムゼリー
生臭いが食べると満腹になる。
ダイエットに最適なノンカロリー食品。
腹持ちが良いので1口で満腹後、しばらくお腹が空かない。
こんな表記、攻略掲示板でも見た事が無い。
しかももう、スライムを狩る奴なんて居ない。
これで味を改善させたら夢の保存食になるんじゃないか?
まともな武器も持てない、不遇な料理人の彼は、未曾有の需要の予感に身震いをした。
戦えないなら商売の世界で有名になってやる。
そうして今日も試行錯誤の合間にスライムを狩り続けているのである。
◇
いつものようにスライムを狩っていると、不思議な核がドロップした。
普通はちょっと固めの核なのに、妙に柔らかいのだ。
軽く揉んでみる。
はっ……つい、夢中に。
あれ、指が疲れていたはずなのに。
疲れたからもう止めようと思っていたのに、すっかり元気になったから、もう少しやろうかな。
◇
それから、たまにだけどまた出るようになり、在庫は遂に7個になっている。
もしかしたら仕様変更とかで、そんな新アイテムが実装されたのかも知れない。
つい先日、行動に対して疲労が実装されたんだ。
だってこれ、癒しアイテムだし。
【柔ら核】
戦いや生産で疲れた手を癒すアイテム。
特に指が疲れていると手離せなくなり、夢中になる傾向がある。
使用後は手が軽くなり、疲労感は全く残らない。
◇
【柔ら核】変わったアイテムの考察・7【揉んでね】
────────(前略)────────
匿名考察隊員 スライムから採れるスライムの核です。
匿名考察隊員 通常は固めの核の中に、レアで柔らかい核がある。
匿名考察隊員 その柔らかさはまるで女の胸部の如く。
匿名考察隊員 柔らかさの中に弾力があって、指にとても馴染みます。
匿名考察隊員 生産で疲れた指先の癒しには、最適の癒しアイテムです。
匿名考察隊員 胸部装甲の中に入れると、水増しになるという噂が……。
匿名考察隊員 大きさはビリヤードの球ぐらいの大きさから、スイカぐらいの大きさまで各種あるようです。
匿名考察隊員 倒し方によって核の大きさが変わるようです。
匿名考察隊員 スイカとか嘘だろ。
匿名考察隊員 素手で殴り倒したら、握り拳ぐらいの核が出ました。固かったけど。
匿名考察隊員 盾で叩き殺した。固い。大きさはミカンぐらい。
匿名考察隊員 魔法攻撃、ビリヤードの球、固い。
匿名考察隊員 スイカクラスはレアスライムから。固い。
匿名考察隊員 しゃもじで叩いた。ソフトボール。
匿名考察隊員 固いのか、柔らかいのかも書けよ。
匿名考察隊員 そうだそうだ、気になるだろ。
匿名考察隊員 まさか、ソフトなボールの意味じゃ?
匿名考察隊員 しゃもじか、買って来る。
匿名考察隊員 しゃもじとか、偶然だろ。
匿名考察隊員 しゃもじ買ったけど、ミカン、固い。
匿名考察隊員 料理スキルあるのかよ。
匿名考察隊員 しゃもじ買った、メロンクラス、固いから武器にした。敵が窒息した、またやろう。
匿名考察隊員 ネタスキルを取ってまではやれるかよ。
匿名考察隊員 趣旨が変わっている奴がいる。
匿名考察隊員 料理なし、しゃもじ、ミカン、固い。
匿名考察隊員 料理なし、しゃもじ、ミカン、固い。
匿名考察隊員 料理なし、しゃもじ、リンゴ、固い。
────────(後略)────────
◇
店売りにしかならなかった核にも、新しい使い道が出来たんだな。
でも、これ、実験に使えないかな?
気になるな。
試してみようかな。
もしかしたら、新しい効果になるかも?
だけどこれ、ああ、変な気持ちになる。
手が疲れてなくても癖になっちゃうよ。
手離せないなんて、もしかして呪いのアイテムだったのか。
ああ、至福だ……
-----
レアだけどレアに見えない種族になった
人のようで人にあらず。
人に紛れて生きる術を身に付けた種族。
それがレアである人間族。
そんな種族になってしまった彼のVRライフの結果は?
◇
ランダムでレア種族は良いけど、人間族ってなっているけど、「にんげん」じゃなくて「ひとま」らしい。
人の間に紛れ込んだ種族って意味合いのようで、そのせいかルビが付かないと区別が付かない。
人に酷似の種族だけど、魔力がやたら多くて、そのせいか僕の魔法の威力があり得ないんだ。
某大魔王の「メ○」が「メ○ゾー○」になるように、僕の初級魔法はまるで上級な威力で炸裂する。
うっかりパーティ組んだらチート扱いされそうだよ。
だから僕はフードコートを着て顔を隠してソロをするしかない。
ぼっちとか趣味じゃないけど、インチキ呼ばわりされるよりまし。
それぐらいならまだ謎の人物のほうが……地味な格好だから、地味に過ごせるに違いない。
そんな彼の想いとは裏腹に、とても有名になってしまう。
地味だと思っているようだけど、その格好はとても目立つのです。
『チート怪人あらわる』
どうやら変な二つ名が付いたらしい。
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タバコを止めようと思ったら、世界の住人を辞める羽目になりました
コツコツと無駄に集めたタバコのおまけのライター数百と、ハードケースな空き箱を数百ずつ詰めた紙袋を片手に5つずつ提げ、更には背中のでかいリュックには中身のあるタバコを詰め込んで、禁煙しようと全てをゴミ捨て場に投棄するつもりで街を歩いていたら異世界に行っていた。
843個の使い捨てライターと2280のタバコの空き箱を抱えた男の異世界体験旅行?
中身のあるタバコはたった18カートンしかないってのに、空箱は228カートンもある現実。
小説なんかでは手ぶらな異世界転移も多い中、いくらかでも手荷物のある転移はお得かも知れない。
そう考えた幸助は前向きに生きていこうと決意した。
◇
所持品
・使い捨てライター843個
・オイルライター6個
・缶入りベンジン16個
・ライターの石6個入り18個
・お徳用大箱マッチ8個
・マッチ箱10入り袋8個
・紙マッチ143枚
・ハードケースなタバコ18カートン
・タバコの空き箱2280個
・灰皿28個
・ポケット灰皿127個
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魔王は召喚された勇者の成れの果て
異世界に拉致られた一般人は、勇者に祭り上げられて魔王への贄となるべく送り出された。
魔王を倒せば元の世界に戻れるという、その場しのぎの嘘に騙され、数年掛けて倒した彼を待っていたものは、不要になった武器の処分の如く、彼の抹殺だった。
その場を何とか逃れたものの、全世界に指名手配された勇者に逃げ場などなく、ようやくたどり着いた場所は、彼が倒した魔王の居城。
そして彼は世界に復讐を決意する。
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テイムズ・ファンタジー・オンライン
モンスター同士が争う世界において、人間は彼らをテイムして戦う術を覚えた。
同じ『テイマー』職でもマスクデータ内で2通りに区分される。
テイムを使うとビーストテイマーに、使わずに懐かせると魔物使いになる。
共闘して怪我を癒し、食事を与えないと仲間にならない魔物使い。
魔法で強制的に従わせるビーストテイマー。
魔物使い モンスターの実力を遺憾なく発揮させ、その成長度も高い。懐く。
ビーストテイマー モンスターを隷属させて強制的に戦わせる為に成長度は低い。逆らえないので命令には従うが、決して懐かない。
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ランダム・スキル・オンライン
術式2つと魔法1つを『くじ』で獲得する。
術式 投擲術 錬金術
魔法 属性『土』
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錬金術-武器作成→土魔法-千本『忍者の投擲武器』
-武具作成→素材-防具『簡易防具』
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ダンジョンマスターの異世界体験
かつて異世界に飛ばされた男。
冒険者として一端の力を付け、様々な冒険の果てにある迷宮を攻略し、そこでダンジョンマスターを倒した後、ついうっかりとコアに触れての交代劇。
それから数百年が過ぎ、彼はダンジョンマスターとしての生を余儀なくされていた。
日々強くなる元の世界への郷愁と、喪ったはずの人間としての欲望への渇望。
そんなある日の事、彼は気付いたら元の世界に還っていた……ダンジョンマスターのままで。
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DTが転生したらEDになった話
37才の誕生日を独りで迎え、侘しくケーキを食ったら当たって死んだ。
そんな男の転生物語。
◇
転生の影響か、中性的な身体と顔、おまけに性欲が全く無い。
貴族の嫡男なのに、これは拙くないか?
スッパの女を見ても、全くその気にならないよ、どうすんだよこれ。
今日も傍付きの女を裸にして、舐めたり触れたりしているが、全く反応しない竿。
DTがEDになってしまったようだが、こんなままで婚約になってしまった。
結婚してもオレ、性交やれそうにない。
探せ~身代わりになりそうなそっくりな奴隷。
もう、瓜二つなら嫡男の立場すら渡しても構わないからさ。
親にもらった指輪型のアイテムボックスと、小遣いにもらった大量の金貨。
後は身の回りの品々を手に、奴隷のそっくりさんに後は任せてオレは旅に出る。
立場は惜しいけど、家の為にはこうするしかない。
親には言えないけど、家の為なんだし、オレの事は忘れてくれ。
てか、そっくりだからきっとバレないだろ。
クリスティーネ、彼はきっと優しく抱いてくれるよ。
だからオレだと思って、家の事は頼むよ
さようならだ。
◇
本当は『無色転生 ~異世界に行っても本気出ず~』にしたかったんですけど、パクリとか言われそうなので止めました。
そうしたら続きを書く気力が無くなり、そのままになってしまった未作品。
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薬草泥棒の告白
ある荘園に泥棒が入り、中で栽培されていた特別な薬草が盗まれた。
犯人を捜すべく近隣へ捜査の結果、1人の男が捕縛される。
彼はその荘園の持ち主を恨んでおり、犯人に間違いないとされるものの、盗んだはずの薬草が見つからない。
それでも拷問されるうちに白状する羽目になる。
「むしゃむしゃして食った、後悔している」
どうやら苦かったらしい。
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変な連中
うちの近所には変な名前の連中が多いと言われる。
水野碧のどこが変と言われても困るが、それなら津鹿碧も変だと言うんだ。
塚井真峰も逆にすれば変になるし、別所太郎だって中抜きにすれば変だってよ。
海保藻助も中抜きにすると変になると言うんだけど、オレはその意見には反対だ。
そればかりじゃなく、あいつは店の名前も色々と変だと言うんだ。
槍の専門店は「槍万」になっているし、パン屋では「揚げ饅」を売っている。
宇和着物店の店主は浮気者と言われそうだし、そんなの気にしていたらきりがない。
そもそも、風評被害だよな。
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VRチミモウリョウオンライン
越 智 和 美 と 毛 利 良 太 は本物の猫娘と化狐。
そんな2人がVRMMOに挑戦する。
四方津平坂高校に通う似非なプレイヤー達を眺めつつ、かつての仲間達との楽しかった日々を思い起こす。
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優等生七人組
「鷽葺」
「はい」
「木和」
「はい」
「相良」
「はい」
「征世」
「はい」
「戸羽下」
「はい」
「内戸」
「はい」
「藁井」
「はい」
「またお前らがトップ7だな。全く、毎回毎回、大したもんだ。だが、油断するなよ」
「問題ありませんよ、あははは」
「他の者達。良いのか、余裕を見せられているぞ」
「くそぅ、次こそは」
「嫌ですね。単なる名前のアナグラムですよ」
「どういう意味だ」
「ほら、僕らの苗字を並べ替えると、成績は下がらないとうそぶき笑い飛ばした、になるでしょ」
「ううっ、しかし、こんな偶然があるのか」
《ある訳無いよな……そりゃそうだけどよ、わざとらし過ぎるだろ……仕方無いだろ、彼の指定なんだし……あいつ、ネーミングセンス無いよな……いや、この場合は親父ギャグだろ……ああ、そうだなぁ……全く、こんな名前でとか、恥ずかしいぜ……そう言うなよ……そうそう、わざと不思議に思わせての調整も修練さ》
いえ、きっと彼のイタズラですよ。
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辛気臭い話
神気とは、身体力、精神力、意志力の3つを合わせた気配の事なりて、上の階梯ではそれを混合と表す。
ゲーム風に申さば、HPとMPとSPを合わせた力の事であり、通常の存在ではそれを合わせる事は出来ない。
気配が善なら善神の神気、悪なら邪神の神気。
されどそれは人の善悪にあらず。物の道理の話なれば、悪に見えても善なる邪神もありて、善に見えても邪なる善神もある。
眷属の幸せを護らんが為、その敵に対しては邪神の如しであるし、過保護の如くに護らんとする時には、相手が善なる存在とて無碍に滅してしまう。
それも善神の範疇なり。独りよがりの『愛』だとて、押し付けがましい『自由』だとて、愛と自由の神では遵守すべき事柄。
それに足掻くが敵なれば、善良なる民もまた敵なりと、無碍なる滅びを与える存在となろう。
それぞれは信念に基づいての行為なれば、猶予を願おうとどうしようと無駄な事。
神敵にされればそれを滅ぼすまでは止まりはせぬ。
それこそが神の存在する所以となるからであり、存在する意義でもあるからだ。
なのに人は酌量を求めたり、猶予を求めたりする。
願っておいての結果を恨んだり、その是非について更に揉めたりもする。
長き年月の果て、それらの積み重なりで萎えし神達は、1柱去りまた1柱と、そして遂に全ての神がその地を去った。
残骸となりし神の抜け殻とて、それを生業にする者達にはもはや関係が無くなっており、無意味な崇めを強要し、布施を掻き集めんとする。
なればこそ今のこの世に神はおらず、神を騙る者達の巣窟となっているのであろう。
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L社代表
説明をしよう。
あれには貸金36万……金利、1万4000円だったか。
まあいい。
私にとっては追記の出来事だが、
君たちにとっては多分、明日は我が身の出来事だ。
彼には72万の未払い金があるから、
なんて呼べば良いのか……
たしか最初に貸した時には……
イーカモ。
そう、あいつは最初から説明を聞かなかった。
私の計画通りに払っていればな……
まあ、いい加減なヤツだったよ。
そんな計画で大丈夫か?
大丈夫だ、問題ない。
これ欲しい……あれ欲しい……美味そう……ああ、返す金が無い。
組織は言っている、ここで逃がす定めではないと。
イーカモ、そんな計画で大丈夫か?
一番いい計画を頼む。
これ、売りたくないのに……ああ、これもだ……売らないで。
組織は言っている、全てを売れと。
◇
やあ、組織のサポートが心配なのか?
いいんじゃないかな?
取立人もよく、やってくれてるしね。
いや、取立ては断れないよ。
返済は絶対だからね。
◇
イーカモ、組織が持つ唯一絶対の力。
それは君の意思では進むべき道を選択出来ない事だ。
お前は常に組織にとって最良の返済を思い、自由に返済していけ。
さあ、払え。
◇
おお、イーカモ。
私の可愛い貯金箱が悲しみに泣いています。
行きなさい取立人達、借金のカタを取るのです。
◇
ああ、やっぱり組織も許さなかったよ。
あいつは金を返さないからな。
そうだな、残りはあれを養育していた奴に払ってもらうよ。
-----
L社代表 2
説明をしよう。
あそこは人口36万……いや、1万4000世帯だったか。
まあいい。
私にとっては追記の出来事だが、
君たちにとっては多分、明日の運命だ
彼には72件のアジトがあるから
どこに呼べば良いのか・・・
たしか、最初に見たときは・・・
「飯野区」
そう、あいつは最初から言うことがおかしかった。
彼の言うとおりにしていれば今頃……
まあ、怖いヤツだったよ。
そんな武器とか大丈夫か?
大丈夫だ、問題ない。
サツは言っている、ここで使う武器ではないと。
飯野区、そんな場所で大丈夫か?
一番いい装備を頼む。
私は言っている、人の話を聞けと。
◇
やあ、彼のサポートが心配なのか?
いいんじゃないかな?
あいつもよく、殺ってくれてるしね。
いや、組織の頼みは断れないよ。
掟は絶対だからね。
◇
飯野区、そこで待つ唯一絶対の彼。
それは自らの意思で殺るべき敵を選択するやつだ。
お前は常に彼にとって最良の未来を思い、無慈悲に殺戮していけ。
さあ、逝こう。
◇
飯野区では、
君達の可愛い妹達が殴られて泣いています。
行きなさい兄達、妹の仇を取るのです。
◇
この話、やっぱり全然だめだったよ。
こいつは話がおかしいからな。
そうだな、次はもっとまともな話を考えるよ。
-----
恋とはすなわち略奪
他人の時間を奪い、行動の自由を奪い、そして運命すらも奪う。
例え嫌いな相手だとしても、強引にしつこく付き纏い、毎日のようにラブコールをされれば、大抵の人間は根負けする。
長い人生を付き纏われて平気な人間は居ない。
最後には諦めて妥協する。
そうして本来の未来すらも奪われる。
確かに直接的は罪だとしても、やりようはいくらでもある。
同じ学校、同じ部活、同じ進学先、そして同じ就職先。
例え別の人を伴侶にしようとしても、同じマンションまで付き纏われたとして、何処まで耐えられるか。
休暇で旅行をしても知った顔が周囲でうろつき、買い物に出かけても毎回見かける存在。
別にストーカーをしている訳でもないのに、何故か毎回見かけるとしたら。
証拠が無ければ被害妄想扱いされるだけ。
最終的にはノイローゼになるか、見えてないと思い込む事で精神が歪むかのどちらかだろう。
見える物を見えないと思い込む事が出来るなら、見えない物が見えるようにならないとは、誰が言い切れるだろう。
そんな状態の存在を正常と果たして呼べるのか。
ほら、また奪われた。
正当な評価が奪われ、社会的地位も奪われ、行動の自由も奪われ、そして人権すらも奪われる。
そんな境遇に追いやられた時、消したはずの存在を幻で見た時、心が壊れない保障は無いのだ。
消えない幻が消えない限り出られない牢獄の中で、貴方は何を間違ったのかを知るだろう。
簒奪者に無駄に抗った結果が現状だとしても、過去の自分が褒められるのならそのまま過ごすのをお勧めする。
だって出られたとしても本物が、手ぐすね引いて待ち構えているのだから。
貴方の全てを奪う為に。
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ある考察
異世界転生の切欠に、感電死というのを見かけました。
ちなみに私は何度か感電した経験がありますが、大抵は思考が止まりました。
すなわち、気付いたら地面に横たわっていて、「あれ、何をしてたっけ? 」って感じでした。
なのに、主人公達は色々と思考の後に転生していくのです。
やっぱり身体の造りが違うのでしょうか。
そもそも、コンセントは感電し難い構造になっていて、それを感電させるのはかなり難しいです。
更に言うなら金属の床に裸足で立ち、左手を水に濡らして
金属の棒をコンセントに差し込んでおき、それを握るぐらいにしないと死なないと思うんですよね。
実体験からの結論としては、
「ああ、主人公達は心臓が弱かったんだな」
と、思う事にしました。