悪役令嬢とチート転生者の物語
◆現在
僕は今、大きな川の傍で石を積んでいます。
近くにある石を拾っては、何度も何度も石を積み上げるのです。
少しでも積み上げ方を間違えると崩れてしまうので、慎重に、丁寧に石を積み上げるのです。
すると、監督とよばれる人がきて。
「頑張ってんな、おらよ!」
監督は、僕が数時間かかって積み上げた石を蹴散らします。
石は周りに散らばって行きます。
監督は何が面白いのか、カラカラと大笑いします。
「まぁ、頑張れよ」
監督は僕の元を離れ、他の者の傍に行き、同じように積み上げられた石を蹴散らし、大笑いします。
その声が川に響きます。
僕は監督の行動に怒りもせず、散らばった石を拾い集めて積み上げます。
他の者も同じです。
ここでは、監督に逆らう事は許されません。
もし、そんな事をすれば気を失う程の苦痛を味わうだけです。
死ぬことすらできません。
僕らはひたすら石を拾い集めて積み上げるのです。
僕の次に石を蹴飛ばされた女の子をチラリと見ます。
彼女も怒っていないようです。
もはやそんな感情すら残っていないのかもしれません。
僕と彼女は同じ時期にここにきました。
昔の僕は「チート冒険者」で。
女の子は「悪役令嬢」。
今では思い出すことも少ない昔の事です。
ここでは歳もとらないので時間の流れすら分かりません。
髭も生えなければ、お腹も減らないのです。
トイレの心配もありません。
眠くもなりません。
ですから自ずと皆、記憶は忘却の彼方に消えていきます。
そして誰も過去を語らなくなるのです。
それは、過去を思い出すと、幸福を失った喪失感に襲われるからです。
でも、僕はこうして石を積み上げながらも、よく昔の事を思い出すのです。
そうして一人の女の子を思い出すのです。
僕は変わり者なのかもしれません。
◆過去
僕は、日本という国で無職でした。
いや、ニートって奴ですね。
実家でネトゲやネットばかり見ていました。
両親が働いていたので生活に不自由はしませんでした。
ですが、そんな両親にも僕は怒鳴っていました。
アニメオタクな僕は、高校では常にぼっちでいじめられていました。
それで高校を卒業しても働かずにニートライフを送っていました。
ある日、コンビニ行くとトラックに跳ねられました。
すると、お城に召喚されて、「お前は勇者だ」と言われました。
それに、「回復」「ガチャ」「強奪」というチート能力があるというのです。
王様に「魔王退治」を依頼されましたが、僕は城から脱出して悠々自適の生活を送る事にしました。
チート能力があればなんでもできたからです。
魔王退治なんて面倒臭い事をしたくなかったのです。
お城の兵士も楽に吹き飛ばすことが出来ました。
現実では、全くもって役立たずな人間で、人望もなく友達もいませんでしたが、こちらの世界に来ると、何故かイケメンになっており、チート能力があったのです。
なので、チートにものをいわせてこちらの世界の偉い人を叩き、塩や味噌を作っては売り、料理をし、領地経営にも手をだし、戦争にもノリで参加しました。
暇つぶしに、僕しか使えない誰得なオリジナル魔法を適当に開発したりもしました。
そんなこんなで、美少女性奴隷を増やしつつ冒険者ライフをしていました。
逆らう者は皆倒しましたし、チート能力とイケメンだったので、性奴隷は懐きました。
彼女らとの間に子供も出来ました。
日本ではボッチだった僕ですが、こちらでは偉い人や実力派冒険者と仲良く慣れました。
皆が自分の事を褒めて持ち上げてくれるのです。
とるに足らないささいな事でもです。
とても気持ちが良かったです。
そんな時、悪役令嬢として有名な女の子に出会いました。
彼女も日本から転生してきた者で、王子様を結婚して悠々自適の貴族ライフを送っていました。
僕と彼女は転生の事を秘密にして、お互い自分の生活を送りました。
が、そうして数年後。
突如事件は起こったのです。
ある日起きたら、僕はイケメンから、元の世界のただのニート男に戻っていたのです。
しかもチート能力も失っていました。
すると部屋に入ってきた性奴隷たちに「お前誰にゃ?ご主人様はどこにゃ?」っと詰め寄られました。
僕は、「僕がご主人様だよ」と説得しました。
これまでの冒険の話をしたり、装備をみせました。
すると一旦は信じてくれた彼女達ですが、僕はイケメンでもなく不細工です。
しかもチート能力がありませんし、奴隷契約を維持するだけの魔力すらありませんでした。
つい先日まではあんなになついていた美少女性奴隷は皆去って行きました。
彼女達は、高価なアイテムや装備、それにお金、僕との子供も全て持ち去って行きました。
農民。いや、それより弱くなった僕です。
性奴隷といっても、彼女達は冒険でかなり強くなり上級冒険者レベルに達していました。
そんな彼女達に僕は手も足も出ませんでした。
彼女達を止めようとする僕は、ボロ雑巾の様に捨てられました。
そもそも、イケメンとチートを除けば僕に魅力などなかったのです。
人格面や精神は、異世界に来たからといって簡単に変わる訳がありません。
すぐに変われるなら、日本でももっとまともな生活をしていたでしょう。
僕はただのダメニートのままだったのです。
同じように偉い貴族や冒険者達からも縁を切られました。
いや、それよりひどいです。
僕は色々偉い人を敵に回していましたが、これまではチート能力で彼らを従わせてきたのです。
それからは、毎日暗殺者に狙われる日々でした。
能力がない僕が逃げ切れるわけもなく、すぐに捕まりました。
その次の日からは、拷問の毎日です。
体中を殴られ、切り裂かされ、爪を剥がされ、眼球をくりぬかれ、死ぬほど痛めつけられます。
しかし、回復魔法で癒され、又同じことを繰り返されます。
生命の維持するだけの食事はでます。
ですがそれは食事ではありません。
うんこを食べさせられ、尿を飲む様に強要されます。
断ると無理やり口に流し込まれます。
又、ゴブリンやオークにお尻もほられ、彼らの性器を咥えて愛撫するように強制されます。つまり性奴隷として扱われます。
最早人間として扱われませんが、魔法で自殺することも封じられています。
僕が痛めつけた人たちが毎日、捉えられている牢屋に訪れます。
そして石を投げたり、剣でさしていきます。
「この糞野郎!お前のせいで内の商店が大損だ!!!このゴミが!!!」
「お前が適当に味噌の作り方を教えるから、不良品が出回って、食中毒の嵐だ。
この馬鹿野郎が!!!」
「俺の領地から奪った農民を返せ!!!
周りの事も考えずに勝手に領地開発しやがって。
今、お前の領地がどうなってるか知ってるのか。何人飢え死にしたと思ってる」
「俺の婚約者を奪いやがって!!!
小さい事からずっと好きだったんだよ!!!このブタ男が」
「内の国の兵士を大量に殺してくれおって。
しかも、その中には私の息子もいたんだぞ。
この能無しの、馬鹿野郎が!!!」
まるで黒ひげ危機一発ゲームのヒゲ海賊になった気分でした。
しかし、僕を刺しても何も出ませんし、樽から飛び出すこともありません。
そもそも樽の中に入っていませんので。
ただ、僕が痛みのあまりに悲鳴を上げるだけです。
それを彼らはケタケタと笑って見ています。
凄く楽しそうです。
それで死ねれば楽ですが、すぐに回復魔法で全快です。
素晴らしき回復魔法。
その人たちが途絶えることはありませんでした。
僕を捕まえた人は、それで収入を得ている様で。
「数年先まで予約で埋まってるから。お前には感謝しているよ」
と僕に言いました。
それ程僕はこの世界で憎まれていたのです。
ある日、僕の隣の牢屋に見知らぬ女の子が入れられました。
お世辞にいっても、見た目が良い女の子ではなかったです。
高校のクラスの女子の中で、後ろから3番目ぐらいの容姿です。
その子も転生者で元「悪役令嬢」らしいです。
どうやら、僕があった王子の妻だったようです。
あの時はかなりの綺麗な容姿だったのですが、今のそれはひどいものでした。
彼女も僕と同じ様に毎日拷問を受けていました。
石を投げつけられ、剣で切り裂かれます。
そして回復魔法で全快。
素晴らしき回復魔法。
彼女はゴブリンではなく、人間の男に強姦されていました。
それに妊娠しては子供を産み、その子供を自分の手で殺すように魔法で体を動かされていました。
その胎児の死体は、彼女の部屋の天井にぶら下がっています。
何もない牢屋なので、空中でブラブラと動くそれを実に目を引くモノでした。
僕は暇なときにそれを眺めていました。
まるで、クリスマスツリーにつけられているスターの様に輝いていました。
多分、死ぬことが出来た彼、彼女らに憧れていたんだと思います。
隣の牢の女の子のお腹が膨らんでは萎むのもを何回も見。
人間って凄いなと思いつつ。
僕は、初めて男でよかったと思いました。
僕と彼女は、そんな風にして数年間牢屋で過ごしました。
時間はたっぷりありましたので、なんでこんな事になったのか考えましたが、よく分かりませんでした。
彼女の天井が賑やかになってきたある日、気づきました。
単純に調子に乗り過ぎたんだと。
現実の日本でまともに生活できない者が、いくらチート能力やイケメン補正があっても、結局は失敗するのだと。
こちらの世界の人も、同じ人なのです。
ちゃんと人として接しないと、恨みを買い、復讐されるのは当たり前のことなのです。
それに気づかない程、僕は馬鹿だったのです。
隣の牢屋の彼女も、同じ馬鹿です。
もし、ちゃんと人に接していれば、チート能力や端正な容姿を失っても、こんな事になる事はなかったでしょう。
僕はその事に気づきました。
できれば、もっと早く気付きたかったです。
ある日、僕の牢屋に一人の女の子が訪れました。
それは、僕が初めて手に入れた猫耳族の性奴隷でした。
僕は彼女の姿を見ると、思わず涙がこぼれました。
僕を捨てた猫耳彼女ですが、会えただけで嬉しかったです。
捨てられた当時は彼女の事を恨みましたが、もう、そんな気持ちすら消えていました。
ですが同時に、今の僕の姿を見てもらいたくはありませんでした。
彼女は性奴隷とはいえ、前世の日本でもこの世界でも、僕が唯一本気で好きになった人だったのです。
何もかも失った僕として、彼女にだけは過去のイメージを保ってもらいたかったのです。
「ご主人様にゃー、なんでこうなったか分かるにゃ?」
僕は答えました。
ここでの生活で悟った事を話しました。
調子に乗っていた。
僕が救いようのない馬鹿だったと。
彼女は猫耳をひくひくと動かし、大きな猫目をパチパチとさせ頷くと。
「そうかにゃ、あちしも少し罪悪感があるにゃ。
だから、ここから出してあげるにゃ。
結構手に入れるのが大変だったにゃ。
もしかしたら、もう一度会えるかもしれないにゃ」
猫耳の彼女が懐から白石を取り出します。
ふわふわ尻尾を鉄の檻の間から伸ばして、僕の頭をポンっと撫でます。
久しぶりの温かい感触、人として扱われたことで、なんともいえない温かい物が心の底からこみあげてきました。
僕は気づくと涙を流していました。
「あの子は元気か?」
僕は彼女との間にできた子の事を聞いてみました。
ずっと心配でしたが、僕のせいで醜い目にあっていると思ったら聞けなかったのです。
「元気にゃー。猫耳族の里で暮らしてるにゃ」
「そうか。よかった」
僕の心残りは消えました。
それだけ聞ければ満足でした。
「言えたことじゃないけど、僕みたいにならないように育ててほしい」
「心配ないにゃ。父親は冒険者として旅に出てるって言ってあるにゃ。
だから、いつ帰ってきても問題ないにゃ」
それから猫耳彼女は呪文を唱えます。
すると僕は光に包まれました。
気づくと、大きな川の傍にいたのです。
空の色は紫で、周りにいる人たちは一生懸命石を積んでいます。
それからです。
僕の石を積む日々が始まりました。
◆現代
僕は、散らばっている石を拾います。
監督に蹴散らされてたものです。
そんな僕の視界に多くの人々が写ります。
皆、一生懸命石を積み上げています。
彼、彼女らは。
異世界で貧乏男爵に転生したもの。
悪役令嬢に転生したもの。
モブ少女に転生したもの。
勇者に転生したもの。
賢者に転生したもの。
魔王に転生したもの。
スライムに転生したもの。
蜘蛛に転生したもの。
ゴブリンに転生したもの。
ドラゴンに転生したもの
・・・・
多くの者がいます。
彼らも僕と同じような過ちを犯した馬鹿達です。
皆、感情をなくした様な顔で、ただ黙々と石を積み上げます。
僕は石を積み上げながら、上を目指します。
この石を高く、高く積み上げれば、異世界、又は日本にに戻れるのです。
監督はそう言っていました。
それは嘘かもしれませんし、本当なのかもしれません。
よく分かりません。
でも、僕はずっとここで石を積み続けるのです。
もう、数十年は石を積んでいる気がします。
でも、時々、ふいに姿が見えなくなる人がいます。
どこにいったか分かりません。
ですが、僕はその人達は、異世界又は日本に戻ったのだと思います。
だから僕は、石を積み続けるのです。
もう一度、猫耳少女に会うために。