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代案と検査

授業のチャイムが鳴り、一日の最後を知らせる。ほとんどの生徒が帰り支度を始めた。

 それぞれが今後の予定に合わせて装いを整える。部活に行く者は道具を取り出していつでも教室を飛び出せるように、準備をしていた。

 また、帰宅をする者は寄り道をする算段を立てて、財布の中身を確認している。

 そして、ようやく生徒たちの待った言葉が放たれる。

「それでは、明日も遅れずに来るように」

 翌日の予定などをすべて話し終えた馬場先生は教壇を降りた。

 ツカツカと皮靴が音を立てて担任の退出を秒読みする。彼女が扉に手を掛けて、それを閉めた。

 すると、周囲は喧騒に包まれた。

 誰よりも早くグラウンドに駆け出し、のんびりと人がいなくなるのを待ってから扉を出る生徒までさまざまだ。

 そんな中、和樹と大知はそのどちらにも属さず、二人の女生徒を待っていた。一人は見上未香なのだが、もう一人は別の人物だ。

 その生徒に会うのが憂鬱なのか、大知は緊張の面持ちで扉を睨みつけていた。

「ねえ、どうして私を睨みつけてるのよ……」

 不安そうに扉から様子を窺っていたのは未香だ。しかし、大知が会いたくないのは彼女ではない。

「見上を睨んでるわけじゃないんだ……もう一人ここに来るから中で待ってて」

 教室に入るように促すと、未香は不審な物でも見るように大知のレーザーポインタのような視線を避けながら、和樹のとなりに座った。

 そして、口元を出て隠しながら訊ねてきた。

「赤城くんは一体何を睨んでるのよ?」

「それなんだけど……」

「なによ、言い難いこと?」

 頬を掻きながら、和樹は苦笑した。

「いや……なんというか、大知の宿敵かな?」

「そんな人がいるのっ! 一体どんな技術者なの?」

「ん~自分の願いに正直な人だよ」

「凄腕なのね」

 なにかを納得したように頷く未香。

確かにこれから来る知り合いは凄腕ではあるのだが、和樹がその人物のことを大知の宿敵といったのは別の理由だ。

「暴走しないといいけどな……」

「ん? どういうことよ?」

 和樹がため息を漏らすと、未香が首を可愛らしく横に倒した。

 その時、勢いよく開けられた扉は、爆発音のような大きな音を響かせた。それを発生させた張本人は扉の前に立っていた。

「やあやあ、大ちゃんからの頼みを聞いてばばばーんと登場だよっ!」

 女生徒は片目を閉じてウィンクをする。

彼女を視界に捕えた大知は、頭を抱えてうなだれた。

「やっぱり来たか、僕は部長に連絡をしたのだが……」

「長谷川部長からは大ちゃんたちを連れてくるように言わせた――もとい、言われたのっ」

 女生徒が元気いっぱいに体を左右に揺らすと、それに合わせて大きな胸も左右に震える。

 首にはヘッドホン型アース端末が掛けられ、長髪が球状に束ねれていた。

 このアース端末もメガネ型、イヤホン型に並ぶ技術者用の端末だ。

 そんなものをぶらさげた女生徒は、大知の下に駆け寄って彼の手を握った。

「大ちゃん、寂しくなかった? 昨日は部活があってお話ができなかったもんね」

「鈴……放してくれないか?」

 大知は腕を引きながら女生徒に訊ねた。

「やだよ~。せっかく三十五時間と三分二十四秒ぶりに会えたんだもん」

 彼の要望は即却下された。それどころか、女生徒は彼の胸に顔をうずめながら、頬を擦りつける。

「今日は部室の検査機器を使わせてもらいたいだけなのだが……」

「聞いてるよ? あれを使うならお願い事を一つ聞いてもらうけどね」

 女生徒は大知と目を合わせると、目を閉じて徐々に顔を近づけていく。

「っや、やめろ! 僕は君に興味はないし、そんな気はもっとない!」

「ほらほら、そんなこと言わずに、ね?」

「なにが、ね? だ! 早く離れてくれっ」

「恥ずかしがらなくてもいいのよ」

「だから、やめろって!」

 無理やり女生徒を引きはがす大知。女生徒は床に手をつきながら、うるんだ瞳で彼を見つめた。

「どんなお願いなら聞いてくれるの?」

「君と二人になる以外のものならいいだろう」

「っそ、そんな――」

 そして、目を伏せると、ハンカチを頬に当てて悲しむような仕草をする。

「みんなの見ている前でそんなことがしたいだなんて……大ちゃんが望むならしょうがないわ」

実に芝居臭い。女生徒は制服のリボンを解き始めた。

「っわ、っや、やめろ、鈴!」

 一歩間違えば制服が脱げそうなタイミングで、大知は女生徒の動きを抑えた。制服の上着は乱れ、隙間から下着の一部が露出している。

 あわやストリップショーになるところだった。

 大知に詰め寄られた女生徒は、熱を持った視線で彼を見つめた。

 間近で見つめ合う二人……いや、正確には顔をガッチリとホールドされた状態の大知と、唇が触れ合うのを防ごうと相手に肩を掴まれた女生徒が絡み合っていた。

「お願いは絶対にデートよ。それ以外はイヤッ!」

「勝手なことをいうな。僕は特定の誰かと交際するつもりはない」

「ただのデートよ!」

「ならば内容を言ってみろ」

 力は均衡していた。彼らはそのままの状態を保ちながら会話を続けた。

「まずは映画に行ってムードを高めるの」

「ほう、それからはどうするんだ?」

 大知がまともな日程に胸を撫で下ろしていると、彼女は即答した。

「私のベッドの上よ」

「いろいろと過程を飛ばしているぞっ。途中の恋愛の駆け引きはどこに行った!」

「そんなイクだなんて……ッポ」

 女生徒の耳は物凄い聞き間違いをして、都合のよく相手の言葉を修正する。脳でその意味を理解した彼女は頬を染めた。

「誰もそんなことは言ってない。それに、効果音を口で表現しないでくれ。君の頬が赤くなっているのはただの欲情だろう!」

「ハァハァ……」

「息を荒立てるな!」

 大知は悲痛な叫びを上げた。

慌てる彼と、顔を止められても唇を突き出す女生徒。そんな彼らの様子を見つめていた未香は、和樹が着ている制服の裾を引っ張った。

「ねえ、あの子は誰なの? 見たところ知り合いっぽいんだけど……」

「ああ、彼女は涼川鈴だ。涼川はこれから見上を検査するために必要な機材を借りる、アース研究会の副部長だよ」

 大知に抱きついている女生徒は涼川鈴。よく鈴を『りん』と呼ぶものもいるが、『すず』が正しい名前だ。

 彼女が所属しているアース研究会には、この学校で唯一アース調査の機材が設置されている。それを今日は使わせてもらいことになっていた。

 和樹はそっと二人に近づくと、彼らを見下ろした。

「涼川、機材を貸してくれてありがとう」

 涼川は和樹の存在に気が付くと、大知から体を放して立ち上がった。

「地島くんか、それは別に構わないよ。それに貸すことを了承したのは部長だからね。あの人に礼を言うべきよ」

「それもそうか、後で伝えるよ」

「そうしてあげて。それと――」

 涼川の視線が横に動いた。未香は知らない女生徒に見つめられて、無意識に和樹の制服を摘まんだ。

「そっちの子が未香ちゃん?」

「っは、はいっ!」

「そっか、わたしは涼川。話は聞いてるよ、汚染されちゃうなんて未香ちゃんも大変だったね。でも、安心して、きっとわたしみたいに大ちゃんが治してくれるからねえ」

 以前涼川はバグに汚染されたことがある。それからというもの彼女は大知に好意を抱いているのだ。

 握手を交わす少女たち。しかし、未香だけは緊張している様子だ。

「そうよね、大手セキュリティ会社の次期社長だもんね」

「大ちゃんはどんな技術者よりもすごいんだからっ」

「それよりも涼川、俺たちは検査を始めたいんだが……」

 和樹は背後で震えている未香を横目に、部室までの案内を依頼した。

「もうっ、せっかちね……わかったわ、行きましょっ!」

 涼川は、さきほどの押し合いで疲弊して動けないでいた大知の腕に自分の腕を絡める。

「っさ、大ちゃんも行くよ」

「僕は一人で歩ける!」

「そうでちゅか、えらいでちゅね~」

 大知は全力で涼川の腕から抜け出そうとしたが、それは叶わない。結局、彼女にしっかりと拘束されて引きずられるようにアース研究会の部室まで運ばれていった。

 和樹と未香それを後ろから見送る。

「いいな……」

「……っ!」

 未香が発した無意識のつぶやきを耳にして、和樹は彼女と一定の距離を保ちながら検査をする場所に向かうこととなった。



「あれ? 和樹くんも来たの?」

「ええ、今日は少しだけですけどお世話になります、長谷川先輩」

「いえいえ、全然構いませんよ」

 アース研究会の部室に四人が着くと、この部活の部長である長谷川先輩が彼らを出迎えてくれた。

 清楚で可憐。使い古された言葉でも色あせることのないほどの魅力が詰まっていた。

 少し動くたびに揺れる髪からはほのかに桃のような香りが広がる。さらには、母性の象徴はこれでもかと自己主張が激しい。長いソックスに包まれた太股はどんなものでも吸いついてしまいそうなほどの程良い肉つきときめの細かな肌。

 気品あふれる長谷川先輩の姿に和樹が目を奪われていた。

 すると、

「イタタタッ」

「ここに来たのは私の治療のためでしょ?」

 未香は不愉快そうに頬を膨らませて和樹の脇腹を摘まんでいた。

「ああ、そうだぞ。ちなみにあれが調査をする機械だ」

 話を逸らすように、和樹は目の前に設置されているベッドのような機械を指さした。

 その上には、体に付けるための吸盤がついたいくつものセンサーが束ねられて置かれている。

詳しい説明は大知がしてくれるだろう、と和樹は治療責任者を見下ろした。

「大ちゃんを連れてきました」

「ありがとう、鈴ちゃん」

 大知は床に座り込み、涼川を恨めしそうに見上げていた。

「長谷川部長、鈴をお使いに出すのはやめてください」

「いえ、私が頼んだのではなく、鈴ちゃんが自分で行くと聞かないものですから」

「やっぱり独断じゃないか、鈴!」

「っし、知らないもん」

 苦笑する部長に責任を擦りつける訳にもいかず、涼川は大知の追求から逃れるように明後日の方向に視線を逸らした。

「今日の借りは長谷川部長のものだからな」

「えぇ! そんなってあんまりだよ」

「第一、この部の部長は長谷川部長だ。鈴の願いを聞く必要はないの!」

「いいもん、絶対大ちゃんよりもすごい技術者になるから!」

「もしもなにかアースに関連するもので僕に勝てたならば、何でもいうこと聞いてやるよ」

「ホントっ!」

「ああ」

 さきほどまで悲しげに表情を曇らせていた涼川は、瞬時に笑顔を輝かせて指を大知に突き出した。

「いつか倒してやるんだからっ!」

「勝てるといいな」

「ふっふ~ん。いつか、いうことを聞かせてあげるわ!」

 大知は軽い口調で彼女をあしらうと、長谷川先輩に体を向けた。

「お騒がせしました。今日はこの装置を使わせていただき、ありがとうございます」

 彼は感謝を述べた。和樹たちも同じく頭を下げる。

 そんな彼らの行動に、長谷川先輩は微笑んだ。

「いいのよ。大知くんにはセキュリティの資料をいただいているもの」

「僕にできることがあれば何でも言ってください」

「そんなに気にしなくてもいいのよ」

 このアース研究会では、大知の存在というのが大きい。彼は自身で解析したデータやソフト開発の技術をここの部員たちに教えている。

 しかし、今回、検査機器を貸してくれることになったのは、彼が頼んだからという理由ではなく、長谷川先輩のご厚意によるところがある。

 彼女はウィルスやバグなどに苦しむ人を放っておくことができず、アースのことで困っている生徒にも親身になって相談に乗っている。本当にやさしい先輩なのだ。

 長谷川先輩の性格を思い出していると、大知が和樹たちを振り返った。

「それじゃあ、さっそく検査をするにあたって機器の説明をする」

 そして、治療責任者による検査機器の講義が始まった。

「まずはこのセンサーを体に貼りつけアースが神経を流れる電気パルスを測定。さらに、ベッドのようなこの装置で見上さんの血圧、脈拍などの検査、健康状態を確認する」

「わかったわ」

「次に――」

 大知はパソコンの横に繋がれたガラスの筒を手に取った。

筒の底には装置が備え付けられている。

「これはアース端末の履歴を調べる機械だ」

 美香は驚きの声を上げた。

「っり、履歴を見るのっ?」

 アース端末にはさまざまな情報を保護するために個人認証機能がついている。

 そのため、人の端末を使って履歴を閲覧することができないのだ。しかし、修理や治療のためにはサイトの閲覧履歴、位置情報などを調べる必要がある。

 そういった場合にこの機械でそれらの履歴を調べるのだ。ちなみに、金融や個人情報などを見ることはできない。

 しかし、美香にとっては自分が見ているサイトなどを男性に見られるということが恥ずかしかった。

 そんな彼女の気持ちを汲み取って、大知はこの部の部長に視線を向けた。

「安心してくれ。男性に見られたくない履歴には、長谷川部長に隠してもらえるので心配はいらない」

 これまでも彼は女性のバグ汚染者の治療に何度も立ち会ってきた。彼女たちは必ず自分の趣味などを明かされることに難色を示していたのだ。

 配慮をすることのは大知にとって当然のことだ。

 つられて美香も顔を向けた。

「っそ、そう……先輩、よろしくお願いします」

「うふふ、女の子だものね。私にも男子に見られたくないものはあるわ」

 柔和にほほ笑む長谷川先輩。

美香はとりあえず納得して彼女に頭を下げると、大知に視線を戻した。

「それで? 履歴を調べてどうするのよ?」

「履歴からバグに汚染された日付、時間、場所を割り出すのだ。アース端末には位置情報記録の機能もあるからな」

「そういうことね。それならこれは渡しておくわ」

 美香はポケットからブレスレッド型アース端末を取り出して大知にそれを渡した。

「検査の間だけ借りるよ」

「ええ」

 大知は受け取ったアース端末をガラスの筒に入れ、パソコンの脇に置いた。

その機械は彼女のアース端末を認識すると、底が光始める。そして、磁力によって端末を筒の内部で浮かせた。

 その様子を眺めていた美香は目を輝かせて感嘆の声を漏らした。

「わあ、すごい……」

「アース端末の履歴の確認は、長谷川部長、よろしくお願いします」

「任せて」

「鈴、君は余計なことをしなくていいからな」

「ぶーわかってますよ」

 長谷川先輩はやる気満々に腕袖を捲りあげた。涼川は頬を膨らませて腕組みをした。

大知はそんな彼女たちを一瞥して、前を向く。

「では、説明は終わりだ。見上さんはまずここに座ってくれないか?」

「っわ、わかったわ」

 大知に促されて、美香の機械に腰を掛けた。

「和樹は測定をする彼女の体にセンサーを張ってくれ。その間に僕は測定の準備を始めるから」

「俺っ!」

「ああ、お前以上に適任な人材はいないと思うぞ。長谷川部長も鈴もバグの検査は初めてだ。その点和樹なら何度か僕に協力したことがあるだろう?」

「そうだけど……」

「なら始めてくれ」

「……」

 和樹はベッド型の検査機材に歩み寄って、美香の前に立ち尽くした。

「なにやってるのよ? このセンサーをつけるんでしょ?」

「ああ」

 とりあえず、和樹は吸盤をペタペタと彼女に貼り付けていく。腕、足、額にそれぞれセンサーを貼った。

 そして、再び立ち尽くす。

「やらないとだめだよな……」

 ため息を漏らしながら部室を見渡すが、だれも手が空いてる人がいない。

 長谷川先輩は真剣な目つきでパソコンと睨めっこをし、大知は機械の画面を確認しながら検査機器の微調整を行っていた。残りの涼川はというと……。

「大ちゃん、かっこいい~」

 機械を操作する次期社長さまに目を奪われていた。

「いや、そもそも涼川にはセンサーを貼る位置がわからないか……」

 和樹は肩を落として美香を視界に入れた。

「……?」

 彼が何を悩んでいるのか知る由もない美香は、首をかしげて興味深そうにセンサーを見回していた。

「なんだか貼りついて変な感じね。和樹、センサーを付けるのはこれで終わり?」

「いや、まだあるんだけど……」

 どうしていいのか、と和樹は困惑し、指で頬を掻いた。

釈然としない彼に、未香は顔をしかめた。

「なによ、なら早くやりなさいよ」

「絶対に怒るなよ?」

 和樹はひとまず未香に忠告をする。

「検査をやってもらうんだから怒るわけないでしょ?」

 未香はこれからなにをされるのか知らないので、平気な顔をしていた。

 覚悟を決めた和樹は、熱を帯びた顔を彼女に向けた。

「よしっ、じゃあ、まずは背中を出してくれ」

「っへ? 背中……服を上げるの?」

「素肌に付けないと意味がないからな」

 吸盤は服の上からでは貼ることができない。それに正確な検査の情報を取るためには必要なことだ。

「一応聞くけど、これは検査のためよね?」

「あたりまえだろ? 前も言ったけど、バスでのことは事故だからな」

「もうっ、わかってるわよっ!」

 頬をほんのりと桜色に染めた未香は、この部室内にいる男子二人を交互に注視する。

 今回の治療責任者である大知は機械のセッティングに集中しておりこちらを見ていない。

 そして、一番の問題である和樹は、センサーの吸盤を未香に向けて待機していた。

「どうせ貼る時に見られるのよね……もう一つ聞くけど、センサーは目を瞑っては貼れないの?」

「正確な場所に貼らないと神経を流れる電流を測定できないからな……」

 顔が赤くなっているのは和樹も同じで、さすがに女の子の体にセンサーを貼るのは初めてだった。

 小学生は度胸試しと称してウィルスやバグがいると噂されるサイトを訪れることがある。そのため、これまで彼が手伝った治療はやんちゃな小学生男子が多かったのだ。

「変なところを触るんじゃないわよ」

 何かの間違いで手が滑ってしまうかもしれない。

その場合はどうなるのか未香に訊ねた。いや、大体予想はできるけど……。

「もしも触ったら?」

「真っ赤な紅葉が顔に出来上がるかもね」

 優しく微笑む未香。さきほどの長谷川先輩の微笑みとは大違いだ。

 目からは『わかってるわよね?』というような意思が伝わってくる。

 それを感じ取った和樹の体は自然と縮まった。

「うっ、慎重にやるよ……うつ伏せに転がってくれるか?」

「わかったわ」

にこやかに言うことじゃない。ビンタをする気だ。そんなことわかっている。

未香は和樹のいうとおりに、センサーのケーブルを気にしながらベッド型の機械の上に寝転がった。

そして、未香は自分で制服を捲り上げて、背中を出した。彼女の制服は肩甲骨の当たりまで上げられた。

そこに現れたのは白い素肌。くびれはキュッと引き締まり、綺麗な曲線美を描く。

スカートの端からはマスカットのような薄緑の布が少しだけはみ出している。それは彼女の下着だ。彼女はそのことに気付いていないのか、吸盤が自分に貼り付けられるのを待っていた。

上半身の下着はギリギリ見えないような位置で服に隠されている。

ドキリとする和樹は、緊張に震える手でセンサーの端を摘まんだ。

「っじゃ、じゃあ貼るからなっ」

「うん……出来るだけ早くして」

 手を顔の辺りまで上げているため、彼女の声はくぐもっていた。

 彼女の脇腹に近づいていく和樹の指と吸盤。それらは徐々に彼女の肌に触れようとする。

「んっ……」

 未香が身じろぎをした。

 次の瞬間、

「きゃっ」

 吸盤は的確に彼女の左脇腹に吸いついた。

 少女の薄口からは甘い吐息と微かな声が漏れた。甘美な悲鳴は集中しなければ聞こえないほど小さなものだった。

 しかし、彼女の近くにいた者には聞こえていた。

 和樹は彼女が体を小さく揺らしたことに気が付いて、慌ててセンサーから手を放した。

 おかしなところを触ったのではと心配に襲われた。

「っだ、大丈夫か?」

「ひぇ、ひぇいきよ……ちょっとくすぐったかっただけよ」

 彼女も随分と慌てた様子で表情を見られないように両腕で顔を隠した。隙間から覗く彼女の頬と耳は羞恥の色に茹で上がっている。

「いいから、続けなさい」

 未香は続行を指示した。

「あと三つだから耐えてくれよ」

「三つ……」

 微妙に彼女の頭が組まれた腕の中に埋まる。

 未香は、吸盤が貼り付くことがこんなものだとは考えていなかった。

 さきほども膝上に付けられた時はかすかにくすぐったかった。しかし、脇に同じことをされた瞬間はその感覚が数倍にも跳ね上げられた。

「それじゃあ手早くやっていくからな」

 ここからは連続であった。和樹としては必死になるべく早くしようとしていた。

 まずは一つ目。

「ひぇっひっ!」

 和樹から見て腰の右下にセンサーの吸盤を貼り付けた。

 未香は強く自分の腕を握りながら、さきほどよりも大きく体を揺らす。

「あまり変た声を出さないでくれよ」

「仕方ないでしょっ、早く次!」

「声は抑えてもらえると助かる」

 早くこんなことは終わらせたい。それは和樹も未香も同意見だった。

 次に二つ目。

 ペタリと吸盤が少女の柔肌を咥える。右脇腹だ。

 未香は体を小刻みに震わせながら、声を漏らさないように口をふさいだ。

「……ぅっ、あっ……っ!」

「あと一つだ」

 最後のセンサーを腰の左下、下着がチラリと見えている場所だ。

 不用意に指を近づければ下着を触ってしまうかもしれない。

 さきほどまでも慎重だったのだが、和樹はさらに指先の感覚を研ぎ澄ませた。

「っじゃ、じゃあ行くぞ」

「うん……」

 もう未香の声には力が入っていなかった。まるで襲い来る感覚に身を任せてしまっているかのようだ。

 そして、最後の吸盤が彼女に押しつけられた。

「うっ!」

 段々と感覚に慣れてきたようで体を僅かに動かすだけだった。

「ふう……とりあえず、背中は終了だな」

 和樹は下着に手を突っ込むようなことがなく、一安心した。安堵のため息を漏らして額に流れる汗を拭うような仕草をする。

 そんな彼とは対照的に、未香は目を丸くしていた。

「あんた、今、背中って……」

 言葉を紡いで、彼女は肩越しに振り返った。

「ああ、あとは前にセンサーを付ければ検査することができるぞ」

「うそっ……」

 彼女は自分の耳を疑いたくなった。吸盤をさらに敏感なお腹などに貼るのか。

 未香は不思議と笑みをこぼした。

「ははは、いいわよ。とことんやってやるわっ!」

 渇いた笑いを浮かべると、未香は決心するように拳を握った。

「じゃあ、次は仰向けになって」

「うん」

 未香は苦労して耐えたセンサーが外れないようにケーブルに注意しながら体を半回転させた。

「前には三つだけだから我慢してくれよ」

「段々慣れてきたから平気よ」

 それからの彼女は少し身動ぎをするものの、艶めかしい声を漏らすことはなかった。結果、二つ目までのセンサーを無事付け終えた。

 そこで和樹は一息ついた。

残るはあと一つ。一番の難関だ。

「最後なんだけど……」

「ん? どうしたのよ?」

 もう吸盤には慣れた未香は、難色を示す和樹に首を傾げた。

「いや、最後は心拍のセンサーなんだ」

「なんですって!」

 心拍を測るということは、胸部にセンサーを貼るということ。そのためには自然と胸辺りに手を近づけなければならない。

 そのことを理解した美香は頭だけを起こして自分の胸元を見下ろした。

「それって、どこに貼るの?」

 美香は首を動かして顔の熱を感じていた和樹に視線を向けた。

「心音がわかりやすい心臓の上……ちょうど胸の間かな」

 幸いなことに胸に直接触れられることはないのだ。

彼女にはもう一つ懸念があった。

「服の下からはできないの?」

「っそ、そうだなっ――」

 和樹の鼓動は高鳴った。心拍用センサーを貼る場所はそこまで細かくはない。ほかの箇所よりも圧倒的に大きい。

 普段ならば目を閉じていても貼ることができるだろう。しかし、和樹は緊張していた。

「できなくはない……」

 上半身の下着を直視するか、彼女の胸に触れてしまうかの板挟みだ。

 そして、和樹は後者を選択する。触れてしまうのは必ずではないはず。自分自身が注意をすれば済む話である。

 美香も同じことを思ったのか、服をへそ上にまで下げて固唾を飲んだ。

「だったら、服の中に手を入れる方法でお願い……」

「俺もその方法がいいと思う……動くなよ」

 和樹は縫い針の穴に糸を通すように、彼女の肌と制服の隙間に手を差し込んだ。

 服の内側は彼女の体温によって暖かな空気に包まれていた。

「っな、なによ、早くもっと中に入れなさいよ」

「っわ、わかってるよ」

 顔を赤くして不機嫌そうな美香に促されて、和樹はさらに手を奥に挿入していく。

 徐々に腕に感じる温かみが肘あたりにまで達したとき、手の先に固いものが当たった。

「ここらへんか?」

 服の盛り上がりで自分の手の位置を確認した和樹は、センサーを貼る場所を探すために指の先で美香の肌に触れた。

 すると、小さく震える美香の体。

「ちょっ、どこ触ってるのよっ!」

「少し我慢してくれ……ここか?」

 指を跳ね返すような弾力を感じ取る。

「っそ、そこはっ」

 美香が体を揺らすと、和樹の指がさらに布に包まれた。今、彼の腕が制服の中に入っているということは……。さらに、指先には小さな凹凸を感じた。

「ん?」

「っう……っぁ」

「っご、ごめん。っど、どこかおかしな場所触ったか?」

 声にならない悲鳴を耳にした和樹は、すぐに慌てて腕を美香の制服の中から引き抜いた。

「和樹……」

 美香は顔を伏せて体を起こした。表情は髪で隠れていて確認できない。

「あんたよくも私の胸に直接触ったわねっ」

 やっぱりか。和樹は目の前に座っている相手に右の頬を差し出す。これから罰が執行されるだろう。

 視界の中の彼女は顔を上げた。表情がどこか笑っている。

「変態にはお仕置きが必要よね……仕方がないのよ。和樹が変態なんだものねっ!」

 そして、美香の振り上げた平手は斜めの位置から振り下ろされた。

 彼女の掌は印鑑。それを捺されるのは頬だ。

 和樹は彼女の腕の軌跡を目で追いながら呟いた。

「ですよね……うっ!」

 笑顔の少女から打たれたそこには、真っ赤な葉の形が捺印された。

「痛い……」

「私が受けた恥辱はそれ以上よっ!」

「わざとじゃないって」

「そうじゃなければこれぐらいで済ませないわよ」

「これぐらいって……」

 頬を撫でながら、和樹は驚愕した。先ほどの平手はジンジンと痛みが残るほどの威力だった。それ以上があるというのだ。

 ふと和樹が視線を動かすと、検査をする他の者たちの準備が大詰めを迎えていた。

「とりあえず、最後のセンサーを貼ろう」

「ふんっ、これで絶対治してくれなかったら責任とってもらうんだからっ!」

 美香は鼻を鳴らすと、もう一度ベッド型の検査機器に横たわった。

「責任って……でも――」

 和樹は身をかがめて、彼女の制服に手を入れてセンサーを胸の中央に付けた。

 その時、彼の目は真剣なものに変わる。

「絶対に治してやるさ」

 彼の頭の中には笑顔でアースを使う彼女の姿が思い描かれていた。

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