欠陥
昼休みが終わった後、和樹はパソコンがいくつも置かれた教室に来ていた。
校舎の三階にある教室だ。
一階にある和樹たちの教室より豪華な設備が整った教室の窓にはカーテンが張られている。そのせいで、薄暗くなっていた。
しかし、窓が閉め切られているが、自分たちの教室よりも居心地はよい。
それは教室内は機械を扱う部屋のためなのか、空調設備によって温度が管理されているためだ。
「はい、では今日の情報の授業はアースの約束事についてです」
電子黒板の前には情報授業担当にして、和樹たちの担任教師である馬場先生。
彼女の手にはレーザーポインタが握られており、それを使って授業を行っている。
光の点が話に合わせて右に左にと動き出す。
アースについての授業は新学期になると必ず受けさせられるものだ。
最近では少なくなったが、アースを悪用しようとする人間は後を絶たない。
そこで、アースネットワークの利用に伴っての基礎的な知識、倫理観を身につけなければならないのだ。
アースの開始の半年後にはじめられたこの授業の効果は明確で、悪用する者が減少したことはその成果といえる。
アースの起動時にも注意事項が書かれているが、気にも留められないのが現実。
それを補う意味でも、日本中の学校でアースについての授業を行っている。
「つまり、開発者も予期できなかった、アースが与える影響。これがアースプロトコルであるから憶えておくように」
「アースプロトコルか……」
和樹はため息を付きながら、その例を思い浮かべる。
――バグやウィルスも、アースプロトコルの一つだったよな……。
真面目に馬場先生の授業に耳を傾けていると、
「はぁはぁ、完璧だ。この文字配列ならばアースアプリの起動はもっと早くなるぞ」
暑苦しい吐息が、すぐ隣から耳にへばり付いてきた。
「大知……」
和樹は頭を抱える。アースアプリとは、アースの端末において、ゲームやツールなどと呼ばれるもの。
隣の席に座っていた大知が視線を一点に集中させ、恍惚の表情を浮かべていたのだ。
「いや、ここの配置を変えればもっと面白いものが見られる……なにっ、文字化けだとっ! 最初から作りなおしだぁぁ」
忙しそうに手を動かして仮想のアース画面を操作している。
和樹からは、おかしな行動にしか見えない。
しかし、周りのアース端末を身に付けている生徒からは大知の作業が見えているようだ。感嘆の声が周囲から上がる。
和樹は周りの生徒が夢中になって大知の姿を見ていることを確認した。
羨望の眼差しで彼を見つめる者。興味本位で目を向けている者。あとは住む世界が違うとただ茫然と見つめる者。彼らの目からは嫉妬や悔しさなどは感じられなかった。そこにあるものは諦め。圧倒的な能力差に対する無気力だ。
自分にはなにできない、と決めつけている。今の和樹と似ていた。
アース端末をはめる勇気のない自分。それはアースを使っている人間が眩しく、輝いているように錯覚するのだ。
もちろん、和樹も元々は彼らと変わらない、いや、彼ら以上にアースに対して夢をはせていた。しかし、いつしかその夢も荒んでしまっている。
――今朝会った彼女もこんなことを毎日感じているのだろうか。
だとすればあまりにも悲しい。彼は慣れているからまだ耐えられる。
アースはもともと夢を実現するためのツールでなくてはならないのだ。だれしもが分け隔てなく夢を持つことができるようにすること。
それこそがアース本来の役目。しかし、今はどうだろう。
こうして温度調節をされた部屋の中でも分かれているではないか、夢を実現させようと努力する者と夢を捨て安穏と堕落した生活をする者に。
両者の違いはあまりない。自分の限界を決めるのか、決めないのか、だけだ。
「おい地島! 難しい顔してないでしっかりと授業を聞け!」
思い悩む和樹に、馬場先生から注意の声が飛んだ。。
「っあ、っす、すみません……」
「ワタシの授業は退屈か?」
暗い表情の原因が授業内容なのではないか、と心配する馬場先生。落ち込んでいるような雰囲気だ。和樹はそれを感じ取り、勢いよく首を横に振った。
「いえ、そんなことはないです。俺には勿体ないほどおもしろいですっ!」
馬場先生の授業は要点だけまとめられ、所々で雑談が入るというスタイル。
他の生徒からも評判もよく、退屈ということはない。
「っっそ、そうか……っ! っほ、褒めても成績は良くならないからなっ!」
和樹の反応に、馬場先生は慌てて手元に視線を戻すと、授業を再開した。
彼女の言葉にあった成績とは、授業内成績。
和樹はアースを使う実習ができないため他の生徒よりも一段階評定が低い。
その結果、本来ならば最高ランクの成績をもらえるところを二番目の成績しかもらえていないのだ。
「おほん……アースプロトコルの中でも、今日はバグとウィルスについてだ」
咳払いをした馬場先生は電子黒板に授業で使う教材を棒で指す。そこにはアースの歴史がずらりと書かれていた。
「簡単に説明すれば、バグはシステム上の欠陥プログラムであり、ウィルスはそのプログラムから排出されるソフトだ。ここまでは一般常識だな?」
馬場先生の問いかけに、生徒からは疑問の声は上がらない。
バグはアースネットワーク開始時より見つかっていたシステム上の欠陥。自ら考え、行動するプログラムである
そして、ウィルスはそんな欠陥から生成される悪質な存在。アプリケーションなどのような決められた行動を取るソフトウェアである。
テレビや新聞、情報サイトによって、この情報は広く認知されている。
「そして、バグを抑制する方法はあるが、駆除ができるほどにまでは技術が発展していない。そうだな、赤城?」
教師として、退屈そうに頬杖をつく生徒の授業参加を促した。
その生徒、大知は顔を上げると、意気揚々とイスから立ち上がった。
「はい、ウィルスならばネットワーク上のものなので駆除は可能。しかし、バグは違う。あれはシステム領域、いわゆるアース本体ともいえる場所にできた歪みですので、我々には手の施しようがありません」
日本が誇るセキュリティ会社の御曹司。
その彼の説明は教科書通りだった。
欠陥部分が機能して、アース全体が支えられている。要するに、バグはアースにとって必要不可欠。だからこそ、システムのバグを失くすことは不可能である。
彼の解説を聞いた馬場先生はポンと手を叩いた。
「赤城、さすがだ。バグはアース技術の思いもよらぬ副産物。それは多種多様な機能を有する技術にはつきものだからな――」
前に映っている教材の画面が切り替わった。
「――確かに、バグ本体が人間に直接作用することはない。なぜなら、直接ふれる機会がないからだ」
すると、授業を聞いていた生徒が手を上げた。
「先生、なら、バグに汚染されるとはどういうことなのですか?」
馬場先生はその生徒に頷きを返す。
「これから説明しようと思っていた所だ。汚染されるという状態は、バグ本体、もしくはバグプログラムの破片の影響を受けてしまった状態である」
説明をわかりやすくするために電子黒板にマジックで図を描き始めた。
アースネットワークを表現した円。離れた場所にシステムを意味する正方形。
それらを繋ぐ、作成区画を模した長方形が描かれた。
技術区画とは、大知のようにアースのサービス提供者が自らの技術者用アース端末を繋げ、既存のプログラム方法でアプリなどを製作する領域である。
そこを使わなくてはアース上にサービスを反映することができない。
馬場先生が描いた図は現在のアースの全体像だ。
「ここの技術区画にはバグの破片がたまに現れるんだ。そこから漏れ出た破片がネットワーク上にあるワタシたち、アース利用者の分身である個人の情報体に影響を与えることを〈汚染〉というのだ」
人間にもネットワーク上に〈情報体〉と呼ばれる実体がある。それはアース端末に設定された、利用者の分身。
人はそれと感覚を共有することによって、四感、見たり、聞いたり、嗅いだり、触れたり、を味わうことができる。
今朝のペットの例を出すと、ペットの情報に触れた瞬間、情報体がその感覚を受信し、脳内の感覚に互換するのだ。
ほとんどの利用者はこれを意識することなく端末使っている場合がほとんどである。
そして、もしも汚染した場合、セキュリティ会社や政府の電脳課が連携して、汚染の原因であるバグプログラムの破片を、時間をかけ取り除くことになっている。
「また、先ほどのウィルスも危険だ」
馬場先生はバグの説明を描いた図を消すと、教材を再度展開させる。
生徒の視線も同時に移動した。
「ウィルスに感染されると、アース端末の個人データが流出してしまったり、アースの利用に不具合が生じる。しかし、ウィルスはバグと違い、避けることができる。些細な注意だけだ。ここに書いてある通り、おかしなサイトを開かないこと、非公認のアプリケーションを使わないこと」
多くのウィルスはバグの破片が作りだしたサイトやツール、ゲームなどに寄生している。
人間が意図的に操っているウィルスも存在するため、メールにウィルスが含有しているケースがあり、不注意に感染してしまうことがある。
教材は次へと切り替わった。
「だが、ウィルスの場合は簡単に駆除できる。だから、みんなもこのようなセキュリティツールはインストールしておくように」
電子黒板には今朝のニュースでも紹介されていたセキュリティソフトのアイコン。
バグと違い、ウィルスには完全な対処法が確立している。それがセキュリティソフトだ。
馬場先生の注意に生徒は頷きながら、すぐに返事をしていた。そんな教室の中で、返事をしていない者は……。
地島和樹と赤城大知だけだった。
彼らの反応を目にすると、馬場先生は溜息をついた。
「君たちは……地島くんはアースを使っていないから仕方ないが、なぜ赤城くんまで返事をしないのですか~?」
笑顔の中に見え隠れする怒り。
静かな怒りは丁寧な口調によってより強調されていた。
恐怖に身を震わせる和樹のとなりで、大知はメガネをクイッと上げると、鼻で笑った。
「っふ……バグやウィルスの知識ならばババタロウよりもあるからな」
「おいっ、大知っ!」
余裕そうな大知とは対照的に、和樹は焦っていた。
「ほ~、面白いことを言うじゃないかっ!」
電子黒板の前からずかずかと音を立てて馬場先生が近づいて来る。
「ならば、赤城はバグ本体を修正すれば、無害な人工知能プログラムになることぐらい知っているのか?」
「当然。しかし、バグの本体などはシステム内にあるから取り出せない。実現できないような絵空事の知識をひけらかすとは、キサマの程度が知れるな。和樹もそう思うだろ?」
「おっ、俺は関係ないだろっ!」
その距離わずか数メートル。朝の二の前になることは確定だ。
「今回は連帯責任だ、地島、君にも罰を実行する」
「いやっ……あのっ」
すでに泣きそうだった。完全に巻き込まれた形だ。目の前にいる馬場先生の顔は文字通り鬼の形相で……。彼女は大きく開いた掌で和樹と大知の顔を掴んだ。
まるでバレーボールでも掴むように。
「んぐっ」
「フハハハ、弱いなババタロウ」
苦痛に声を漏らす和樹だったが、大知は苦しむことなく高笑い。彼の反応が馬場先生の握力を強めさせた。
「っぎ、ギブです……つぶれる、つぶれる」
「仕方ない……地島、ワタシは君の友人選びを疑問に思うぞ」
「ぷはっ!」
十センチほど持ち上げられたところで、和樹の顔は開放された。
勢いよくイスに落とされると、顔を両手で擦る。痛い。
放された後も顔の痛みが引くのにしばらくかかった。
その間にも、もう一人の受刑者、赤城大知は口角を上げて笑っていた。
「こんなものでは屈しない。僕の耐久力を舐めるなよ、痛みは快楽だ、ハハハハ!」
「ほ~、ならば両手でやってやろう」
「どうせ変わらないさ。やってみろ、ババタロウ」
さきほどまで和樹の顔を握っていた左手が大知の顔に添えられた。
「大知、謝ったほうがいいんじゃ……」
「何を言っている。この赤城ソフト次期社――ぐはっ!」
「圧縮すればそのだらしない顔もまともになるだろう」
馬場先生の両手は無情にも大知を力強く握りしめたのだった。
「イッツツ……」
馬場先生から解放された大知は、なぜか嬉しそうな表情を浮かべていた。
「大丈夫か、大知?」
「ああ、むしろスッキリした」
「なんでだよ……」
知らない間に、何かに目覚めてしまったようだ。
和樹が友人の新たな一面に呆れていると、電子黒板の前に戻った馬場先生がアース端末の起動を指示していた。
「それでは、実際にどのようなサイトが危ないのか試してみよう。おい、赤城!」
「僕に何か用で?」
大知はメガネのずれを直して、馬場先生に顔を向けた。
「君のアース端末をパソコンに繋いでくれ、全員が見えるようにさせてくれ」
電子黒板を叩いているところを見ると、どうやら大知の視界をそこに映し出すようだ。
「わかりました」
大知は目の前のパソコンに電源を入れると、自分のアース端末にケーブルを繋ぐ。
そして、もう一方のケーブルの先端をパソコンに接続した。
パソコンの画面には映像共有の設定メニューが自動で表示され、それをすばやく確認した大知は、《同意》ボタンを押す。
すると、パソコンには、大知の今見ている光景が展開された。
「赤城、準備はできたか?」
「ええ、こちらには映っています」
大知が前を向くと、画面の隅に和樹が、中央には馬場先生の姿が撮影されていた。
アースの操作画面も同時に見ることができた。
右上には時間、日付、ネットワーク接続状況。
接続状況は地球のような図。これはアースネットワークの受信度によって表示が四段階で変わる。
また、左上にはメール情報やアプリケーションの更新情報など、機能別の報告が小さなアイコンで表示されていた。
「よし、大丈夫だな」
馬場先生は電子黒板に映し出された大知のホーム画面を眺めて頷いた。
ホーム画面はアースを使用している時の視界だ。
つまり、それは大知の前にあるパソコン画面と同じものが黒板に表示されている。生徒たちはそれに注目した。和樹は近いので、友人の目の前にあるパソコンに視線を向けた。
「えー、それでは、これからウィルス感染サイトの中に入ってもらおうと思う、赤城に」
「……」
馬場先生の言葉に和樹だけでなく、教室にいる生徒全員が無言になった。和樹がとなりの友人の様子を窺うと、大知本人も例外ではなく、口をあけて言葉を失っていた。
「ん? どうした? 早くやらないのか?」
馬場先生は微笑む。どうやら先ほどの怒りは収まっていないようだ。
予期せぬ注文に、大知は首を振った。
「なぜ僕が危険を冒さなくてはならないのだ」
「さっきも言っただろ? 実際にどんなサイトが危ないのか試すと……」
当たり前のように言ってのける馬場先生。
しかし、論点はそこではない。
「だから、なぜ僕を指名した?」
「だって――」
そこで馬場先生は口角を釣り上げて、挑発の笑みを浮かべた。
「――ワタシよりもセキュリティに詳しいんでしょ~? あ、か、ぎ、くん!」
「しかし、かわいい生徒を危険に晒すのか!」
ウィルスの危険性を深く理解している大知。だからこそ、感染される行為はしたくはなかった。
しかし、
「あれ? 赤城くんは怖いのかな~?」
最大手のセキュリティ会社の次期社長を名乗る大知のプライドに火が付いた。
安い挑発だが、ウィルスに対する恐怖を抱いているなどと思われることは大知にとっては不服だった。
「いいだろう」
「やる気になったかい?」
「っふ、僕が代表してウィルスを見せてやる」
「さすが赤城ソフトの御曹司……って、なにをしている?」
馬場先生が話をしている間、大知はなにかを操作していた。
「ん? ただ駆除するだけではかっこよくないからな」
彼のホーム画面からウィルス対策ソフトのアイコンが消えた。
これはつまり……。
「――っ! ちょっと、さすがにソフトなしは……」
馬場先生は、自分で挑発をしておいて、命綱ともいえる対策ソフトを使わないことに慌てた。
大知はウィルス対策ソフトの機能を停止させたのだ。
そんな彼女の反応を面白がるように大知は鼻を鳴らした。
「余裕さ。華麗なウィルス駆除を見せてやる」
「え~っと」
和樹は嫌な予感がして彼を見上げた。
大知はニヤリと笑い、やる気満々の状態。だめだ。完全におかしなスイッチが入ってしまっている。
「大知……さすがにセキュリティぐらいは……」
「心配無用。ただのウィルスごとき手動で十分だ」
大知は指を動かして骸骨で描かれているフォルダのアイコンを押した。これは彼自らが研究用に集めているサイト集。
骸骨フォルダの中には怪しげなサイト名がずらりと並んでいた。
「どうせならば一番強力なもので試そう」
「っな!」
大知の言葉を耳にした馬場先生は、絶句した。
至極もっともだ。
安全の保証がされていたはずなのに、いつしか危険を伴った授業になっている。
「赤城、もういい」
「いや、ここからが本番です」
「ワタシがやるからっ! ねっ!」
「いえいえ、僕の姿を見ていてください」
そう宣言すると、大知は腕を大きく振り上げ、『Z』と書かれたサイトを押した。
電子黒板に注目していた生徒全員がその後の光景を見た。
「だめよ、何かあったら――」
歳がいもなく、泣き叫ぶような声を出す馬場先生。彼女もさすがに生徒思いなのか、涙まで流しているではないか。
――意外とやさしいのかもな……
大知に対して厳しい時もある。しかし、ほとんどの場合は彼に怒らせる原因があるのだ。
教師として馬場先生を見直した和樹――だったが。
「――何かあったらワタシのボーナスが減らされる~」
ぺたりと床に座り込んで大量の涙を流す馬場先生。
――自分の心配かよっ!
さらに、しくしくと泣きながら彼女は言葉を続けた。
「お給料は全部貯金じでげっごんじぎんにじようどおぼったのに~」
よくわからない人のために翻訳しよう。
『お給料は全部貯金をして結婚資金にしようと思ったのに~』と話していたのだ。
結婚できない女性の悲痛な叫びを聞きながら、馬場先生の心配は無駄だろう、と和樹はため息を漏らした。
――いや、馬場先生が結婚できない、という意味ではなく……
彼が心配無用と思ったのは大知の技術者としての腕を見込んでのことだ。
先ほどは他の生徒の手前で注意をしたが、安心しきった表情で電子黒板を眺める。
隣にいるこの男、赤城大知は口だけの人間ではない。先ほども片鱗を見せていたが、アースのセキュリティに関しては右に出る者がいない。
鍛え抜かれた操作技術は一級の物。
赤城ソフト社長である彼の父親ですらも、その腕には脱帽しているぐらいだ。
それほどまでの実力が彼にはある。
「来たか……」
大知のホーム画面一帯に、大量のウィルスが現れた。
悪意に満ちた黒い塊。スライムのような見た目だ。
所々のプログラムが崩れて黒い埃のようなものを散らせている。
電子黒板を見つめる何人かの生徒が短い悲鳴を上げるなか、大知の行動は冷静だった。
まずは瞬時にいくつもの駆除ツールの枠を十個ほど出現させる。普通の技術者ならば五個ほどが限界。
しかし、彼はその倍は操作し始めたのだ。
各ツール画面から伸びているキーボードを勢いよく叩きはじめた。
その姿はさぞかっこいいのだろうが、アース端末を付けていない和樹から見れば、ただパントマイムをしているようにしか見えない。
「一昔前なら不審者だな……っと、それよりも」
和樹は様子を窺うため電子黒板に視線を戻した。
「さあ、どこからでも感染させに来い!」
駆除の下準備が終わった大知は、メガネ型アース端末の位置を直した。
彼の言葉と同時に、黒いスライムのようなウィルスが襲いかかってきた。
それは画面上では向かってきているが、アースネットワーク上では大知の体を蝕もうとしていた。
伝染させられそうになる大知の情報体。
しかし、彼の動きに無駄はなかった。素早く、一番近くのウィルスに向けてプログラムの修正を開始した。
「さあ、駆除の始まりだ」
まずは悪意のある命令を上書きする。次に、無効化したプログラムを消し去った。
その間、一秒。すさまじい早さだ。
なぜ一度無効化するのかというと、消し去るだけではキャッシュと呼ばれるプログラムの破片が集まることを阻止するため。もしも、その破片が集まって新たなウィルスを作るかもしれない。けれど。
「無効化してから削除してしまえば再生することもできまい」
上書きされたデータのキャッシュが集まったところでなにも起こることはないのだ。
さらに、毎週火曜に自動削除機能と呼ばれるものが作動するのだ。つまり、このキャッシュもアースのシステムによっていつしか削除される。
「さあ、ラスト」
次々と襲いかかるウィルスを的確に消し続け、残すは最後のウィルスだけだ。
そのウィルスも呆気なく消され、一瞬のウィルス駆除は終わりを告げた。
――普通の技術者ならば数十分はかかるだろうに。
和樹は胸中で感心していた。
赤城大知とはアースの、特にセキュリティに関しては圧倒的な知識量なのだ。だからこそ、〈赤城ソフト〉の看板を大々的に語っているのだ。
電子黒板で駆除の様子を見つめていた馬場先生も、放心状態であった。
「あはは……ボーナス……飛ばなかったよ」
「先生……」
教師らしくもない言葉に、和樹は呆れてため息をついた。