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少女と少年とアース

 和樹はバスに揺られながら、学校までの通学を満喫していた。バスの窓から差し込む日差しを避けるようにして、席に座っていた。

 窓の外には彼同様に目的の場所に行くために移動している人々がいる。

しかし、彼らは一様に視点をチラチラと上に動かした。

「相も変わらず全員アースを使ってるな……」

 きっと彼らが気にしているものは、アースを起動しているときに視界の隅に表示される時間だ。

 和樹が周囲を見渡すと、バスの中にいるだれしもが忙しなく指を動かしている。

 バスの中では和樹だけがアースの補助端末となった携帯電話を使っていた。

 すると、

『次は~太田~おおた~』

 新たな乗客が乗り込んでくる合図がバスの中に流れた。

 和樹が外を眺めると、そこには何人かの高校生の姿が見受けられた。

制服から同じ学校の生徒だと理解できた。

 バスの中には何席か空室があったので、彼らは思い思いの席に座って行く。

今では補助端末となった携帯電話を片手に、和樹は彼らの様子を横目で観察していた。

 その時、二番目に乗りこんだ女子生徒がなにかに気付くと、和樹のとなりの席に座る。

 ――他にも席が空いてるのに珍しいな。

女生徒に見つからないように、チラリとだけその姿を確認する。

彼女は和樹のネクタイと同じ色のリボンを胸に付けていた。その胸は中学生の妹よりも少し大きい程度。高校生にしては小さいのではないだろうか。顔は整っていて、綺麗な髪が少しだけ体に触れていた。そのことに和樹は緊張する。

彼は席の中心から少しだけ体を窓側に移動させて、携帯電話を操作した。

他人から非公開にする機能が付いていないアースの画面と違い、補助端末の画面は非公開にすることができないのだ。

『発車いたしま~す』

運転手のアナウンスが流れると、バスが大きく揺れて動き始める。

少しだけバスが進んだところで、誰かが隣から肩を叩いてきた。

「ねえ、あなた、もしかしてアースを使えないの?」

「ん?」

和樹は携帯電話の画面から顔を上げると、女生徒が視線を向けていた。

表情はどこか仲間でも見るような雰囲気だ。

「っご、ごめんなさい。実は私もアースを禁止されているから同じだなって……」

携帯電話をカバンから取り出して、和樹の前に突き出す。

「っそ、そうなんだ……」

和樹はどういう言葉を返していいのか分からず、困惑する。

目の前にいる彼女がどんな答えを求めていうのか、など和樹が知るはずもなかった。

女生徒は和樹の返事にぱっと表情を明るくした。

「ほら、みんなアースでいろいろなことしているでしょ?」

「そうだね」

「だから、アースを使ってない人を見たのが初めてで……同じ学校の生徒で同じような人がいて、いつもよりも遅く起きて正解だったわ」

携帯電話を口元に当てて微笑む女生徒。本当にうれしいのか、少しだけ目に涙を浮かべていた。

「えっと……」

和樹が困りあぐねていると、

「ごめんなさい。初対面なのに……私は見上未香よ。私もアース端末は一年前に使っていたんだけどね、ちょっと問題が起きちゃって……今は補助端末なの。でも、禁止されてる人が他にもいて嬉しいわ」

とても残念そうな顔をする女生徒――未香は弱弱しく微笑んだ。仲間意識と言うやつだろうか、こちらを見つめる彼女の目は安心に満ちていた。

「俺は地島和樹だ。それと、俺は別に禁止されているというわけじゃないんだ……」

「っへ……」

しかし、和樹の言葉を聞いて、未香の視線は警戒のそれと変わる。

「なら、どうしてアースを使わないの?」

 彼女は顔を伏せて和樹に問う。

「使う勇気がなくてね。使おうとすると、酔っちゃうんだよ」

和樹は力なく笑った。実に情けなく、気にしていないかのように。

「……」

未香から返ってきたのは無言だった。

「あの、見上さん?」

和樹は彼女を心配して小さく囁いた。

彼女は小刻みに体を震わせ、何かを耐えているようだ。

次第に震えが大きくなると、

「ふざけるんじゃないわよっ!」

 未香は席を立ちあがって、和樹を睨んだ。

アースを使っていたバスの中の人々が驚き、二人に視線を向けていた。

そんな周囲の反応など関係ない、というように未香は言葉を続ける。

「あんなにも夢のある技術を自分から使わないなんて頭おかしいんじゃないの? 私は使えないっていうのにっ!」

「いや……その……」

「アースを使わないのなら私と変わってよ……」

今にも泣き出しそうな未香に、和樹はどうしていいのかわからず、慌てた。

「っみ、見上さん。とりあえず落ち着いて、話なら聞くから……」

彼女がもしも大声で泣き叫んだ場合、隣にいる和樹が誤解されること必至。

なんとしてもその事態だけは避けなくてはならなかった。

和樹は未香の手を取ると、隣の席に座らせた。

「いったいなにがあったの? 力になれることがあれば手を貸すから」

「……ホントに?」

少しだけ目に溜まった涙を指で拭うと、未香は自分のカバンからブレスレット型のアース端末を取り出した。

それは量産されている端末のなかで最も人気のある型である。

「私が使ってた端末なんだけど、買ったすぐに私がバグに汚染されちゃって使えなくなっちゃったの……」

「バグっ!」

思わず大きな声を上げてしまう和樹。彼の声に反応して、周囲の人々は警戒の視線をこちらに向けた。だれしもがバグなどに関わりたくはない。当然の反応だった。

彼らは慌てて二人から距離を取った。

「大きな声出さないでよっ」

「っご、ごめん。それは電脳課とかに連絡は……」

「したわよ。今、セキュリティ会社に依頼して治療をしているところなの」

 彼女の言葉に、警戒によって張りつめていた空気は一気に緩む。治療が開始されているならば問題はないだろう。

 未香が直るのは時間の問題だと和樹は感じた。

「治療が始まっているのならなんとかなるんじゃないか?」

「なんともならないわよ……」

 未香は溜息をついて表情を暗くした。

「私を汚染したバグが今までにないようなものだったのよ。未知のバグってやつよ。治療はいっこうに進まず、今日の放課後に最終治療責任者に会うの……」

「最終……」

 その治療責任者が匙を投げた時、彼女が今後アース端末を使えなくなるということを意味している。それは、今後彼女が社会との文明の差を感じながら一生を生きていくということだ。

「そんなことに……」

 和樹は言葉を失った。未香も彼の呟きを聞くまでもなくそんなことわかっていた。

「もうイヤッ……私なんてどうせ治らないんだわ……」

絶望に染まる未香の表情。

「いや、まだわからないじゃないか。希望は捨てない方がいいんじゃない?」

実に無責任な言葉だ。彼女が抱えているものの非情さ。それを考えれば、もっと言葉を選ぶべきだった。しかし、勝手かもしれないが、アースに対する夢は捨てないでほしかった。かつての自分のように。

もちろん、そんな彼の事情など知らない未香は、

「あんたに何がわかるのよっ! 自分の意思でアースから逃げてる人間にはなにもわからないわ……」

アース端末をカバンに入れると、静かに立ち上がってバスの出口に向かった。

『古井高校前、古井高校前』

和樹が追いかけようと席を立つが、それよりも先にバスの出口が開いてしまう。

「待って……っ!」

制止しようとして慌てた和樹は、座席の角に足をぶつけて倒れ込んだ。

すると、

「ひゃっ」

 気付けば、短い悲鳴が聞こえると共に、未香の顔が間近にあった。

 思わずそのまま相手の顔を見つめる二人。しかし、その時間も長くはなく、未香の顔が朱色に染まる。

「っど、どきなさいよっ!」

 彼女は大きく腕を振りかぶると、和樹の顔にそれを叩きつけた。

「ぶっ!」

 ちょうど頬の中心を捕える。未香は彼を突き飛ばして、バスをすぐに降りた。

未香は止まることなく校舎に向かって駆け出して行った。和樹もここで引き下がるわけにはいかないと思い、すぐに立ち上がって彼女を負った。なんとか誤解を解くために説明しなくてはいけない。自分がアースを使わない理由を。

――あとは転んでしまったことも……。

和樹はその一心で彼女をできるかぎり早く足を前に出した。


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