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Amantes,amentes.

作者: 石田まみれ

当作はギフト企画参加作品です。

 

  

 私は、学者だ。

 若干二五歳にして哲学の博士課程を修了し、それから十年近く経った今はこの国の名を冠した超一流大学で教鞭を執っている。

 そんな私は常に周囲からの羨望の眼差しを一身に受けてきた。

 その理由は至極単純だ。

 この私が周囲を常に卓越していたから、である。

 両親や友人、はたまた教師たちまでもが挙ってこの私を『天才』と言うが、長年私はそれに疑問を抱いていた。

 私に言わせれば、何故このような単純な勉学に皆は苦心するのだろうか。

 教科書に書かれた内容は、その教科書を手に取った年齢で十分理解できる内容であるはずだ。ならば順調に進級すれば自ずと理解できる内容であるはず、いやそうであらねばならないだろう。数学は過去の人間が生み出した理論、数式、公式の集合体に過ぎず、英語は語法さえ把握してしまえば何ら問題はない。躓く要素は全く持って見当たらない。

 そんなことを適当に考えながら、ふうと、私は溜め息を付く。

 眼前には、人工的で無機質な東京の夜景が煌めいていた。

 夜、さらに言えば今日は聖夜。

 クリスマスとは、イエス・キリストの降誕を祝うキリスト教の記念日・祭日であるが、この国の文化は全てを吸収し、模倣することを得意としている。故に、クリスマスも例外ではない。

 私は、目をそっと伏せた。

 アメリカナイズされたこの国の首都に、私にとって憂えずにいられなかった。

 前記したように、我が国の文化は模倣を得意としている。更には古来より我が国は隣国・中国から多大な文化的影響を受けてきた歴史を持つ。

 我が国で使われる漢字も中国の文字であるし、平安の時代になるまでは我が国は自国産の文字を生み出さず、中国より借用した感じを用にて人々は気持ちを表現してきた。

 また、二〇〇年近く続いた鎖国状態が解除されると、次第に我が国固有の文化・芸術・思想は一気に追い遣られ、西洋の文化こそ良しとされるようになった。そのある種行き過ぎな風潮は、後世になって見直されたものの、現代文化に大きく影響を及ぼしていると言っても過言ではないだろう。

 私は、我が国、我が民族は模倣が本質だと思っている。

 必要以上に自らの伝統に固執せず、他国の文化・様式・政治制度を受け入れる。

 古代は危険を冒してまでも中国へと派遣された遣隋使・遣唐使、中世では大航海時代を迎えた西洋の技術を学び、開国後は西洋文化、技術を必死になって取り組んだ。

 私は、これら全てを自らの国を豊かにしようという向上心、隣国の中国に負けじとする無意識な闘争精神の結果だと考える。我らは元来より、中国というあらゆる面で先を進む国に知らず知らずとコンプレックスを抱き、そんな大国を何とか出し抜いてやろうと思っていたのではないのだろうか。しかし、いくら自らの国、文化を良くしようと考えたからとて、我ら固有の精神まで捨てる必要はないのではないのだろうか。良いところから悪いところまで丸ごと全て真似することが、果たして良いことには思えないのではないのだろうか。そう思う。

 最も、私は歴史分野は専門外だ。

 知識レベルは素人に毛が生えた程度だろう。

 故に、この考えは誤解やもしれない。

 けれど、それでもいい。

 私は、改めて息を付いた。

 



 

 ―――美しくない。

 



 

 眼前の夜景を見て、アメリカナイズされ、コンクリートで構築され、人工的で無機質な光を放つこの都市は見るに堪えなかった。我が国の文化、建築様式はどこへ行ってしまったのだろう。そこまでニューヨークを初めとしたアメリカ諸都市を真似る必要もないはずなのに。

 第一、 何故人間はコンクリートなどと言う物質の中で日々生活せねばならないのだろうか。

 我々は、元々森の生き物であり、緑の中に住み処を構えていたはずだ。

 しかし、現代の我々の住み処には緑が極端に少ない。

 いつから我々は『緑』を忘れてしまったのだろうか。

 私はひたすら見苦しい夜景を眺めながら、考察する。

 浮かんだ仮説を消し、浮かべては消し。

 私は、その創造と破壊を脳裏で続けるも、自身を納得させられる仮説は中々創造されない。

(ふむ。この私でも答えが出ぬとはな……)

 時折、私は周囲の人間からナルシストだと言われる。

 だが、それは大きな間違いであり、それは違う。

 私は、ナルシストではない。

 ただ、ただほんの少しだけ自己陶酔が強いだけ。

 断じて、断じて私はナルシストではない。

 私は、目をそっと開く。

 これだからこの街は、嫌なんだと溜め息を付きながら踵を返す。

 と。丁度、目の前にゴシック調のごてごてした装飾椅子が見えた。

「そう言えば、このホテルのスイートを取ったのだったな……」

 一つ、嘲笑する。

 私は、学者だ。

 若干二五歳にして哲学の博士課程を修了し、それから十年近く経った今はこの国の名を冠した超一流大学で教鞭を執り、そんな超越し続ける私を周囲は『天才』と呼び、羨望の眼差しを一身に受けてきた。

 しかし、周囲曰く『天才』の私は長年とあることを理解できなかった。

 それは、愛情だ。

 親が子に与えるのは当たり前だ。

 確かに人間に限らず育児放棄など例外も多数存在するが、今回は目を瞑ろう。

 しかし、全く赤の他人である特定の異性に向ける『愛情』を私は理解できなかった。

 人の心は変わりやすい。

 今日、嫌いだと言った物を翌日は平気で好物だと言う。

 今日、好物だと言った物を翌日は平気で嫌いと言う。

 ましてや肉親でもない、他人に愛を注ぐことなど気まぐれな人間には不可能だ。

 本気で、そう思っていた。

 ラテン語に『Amor magister est optimus』という一節がある。日本語風に発音するならば『アモル・マギステル・エスト・オプティムス』。日本語訳は『愛は最良の教師である』となる。

 私はこの言葉を知ったとき、書かれている書物に向かって嘲笑した。

 馬鹿な、有り得ない、と。

 研究室で、私は人目をはばからず笑った。 

 

 

 

  

 ―――それから数ヶ月後、私の世界は一変した。

  

 

 

  

 

  

     一



 部屋は、いくら彼女のためだと言えど、多少豪華すぎたかも知れない。

 私はその椅子に腰掛け、周囲を改めて見渡す。

 部屋は、重厚な装飾が施されたどう見ても一級品の家具が整然と並んでおり、必要以上に広い。優に三十畳は有るかも知れない。部屋の中心には流線型の装飾が彫り込まれている机に、いかにも高級そうな黒革のソファー。奧のベッドは恐ろしく丁寧で美しく整えられ、天井には豪華なシャンデリアという力のいれ様だ。全く、馬鹿馬鹿しくて苦笑しか出てこない。

 ふと、私は携帯を懐より取り出し、開いた。

 メールの着信は無し、時刻は二〇時二七分。

(遅い、な……)

 私は自分のためだけに金に物を言わせて贅沢をするという趣味はない。

 これは全て私の彼女のためだ。

 自分で言うのも何だが、彼女に出会って全てが変わったと思う。

 初めての出会いは、友人と食事に出掛けた時に紹介されたのだ。

 その瞬間、私に衝撃が走った。

 何と、―――この世の物とは思えぬ美しさに私は一瞬にして捕らわれたのだった。

 それからという物、彼女は私の中で日に日に大きくなっていった。

 それは私にとって、初めての経験以外の何者でもなかった。

 何が何でもこの手にしたい。

 全てを、私の地位も名誉も全て擲って彼女を手に入れられるならばそれは本望だ。

 彼女に出会う前。

 私は、私自身の利益しか考えぬ暴君のような存在だっただろう。

 私は全世界、全人類で最も優れた存在であり、私は神に選ばれた貴重な人類であり、この私が編み出していく崇高で至高な理論全てがそこら辺に転がっているだけの腐った凡人共には理解できぬ、そう本気で信じていた。

 ―――だが。

 私は、変わった。

 彼女に出会ってから、変わったのだ。

 今となっては、彼女が喜ぶならば、いくら金を積んだって構わない。

 彼女が喜ぶならば、いかなる労力をも惜しまない。

 彼女が喜ぶならば、神が私に与えた能力全てを捧げよう。

 私は、そう思うようになっていった。

 彼女との待ち合わせは、二〇時三十分だ。

 私は忙しい。

 故に、彼女に苦労をかけるのは非常に心苦しくてならないが、仕方ない。この聖なる夜に時間が取れただけマシだ。彼女もそれは理解してくれるだろう。

(遅い、な……)

 たかが三分だ。

 研究室でデカルトの著書を読めば三分なんて刹那と等しい時間なのに、時間経過に苛立ってくる。

 体感時間が、長い。

 長すぎて、彼女が来ないのではないのだろうかという不安まで吹き出してくる。

 私はしばらくその場で言いようのない不安に苛まれていた。



     二



 呼び鈴が鳴ったのは、それから五分たった頃だった。

 私は沸き上がってくる感情を抑えきれず、気が付いたら子供のように駆けだして、ドアノブに齧り付くように開くと、そこにはこのホテルの制服に身を包んだ一人のボーイが立っていた。

「佐藤様ですね?」

「ああ」

 私は精一杯の冷静を装い、呟く。

「こちらで宜しかったでしょうか?」

「ああ。構わない」

 そこにはエスコートされてきた彼女の姿が。

 私の心臓は高まっていく。

「では、失礼いたします」

 私は彼女をここまでエスコートしてきたそのボーイに幾らかのチップを与え、彼女をスイートに招き入れた。

 心なしか、緊張しているのだろうか。

 彼女はよく周囲より無表情だと言われるが、私には彼女が微笑んだりと中々感情豊かであることを知っている。他人が知らぬ彼女の一面、独占欲が強いのか、私が悦に浸れる数少ない瞬間の一つだった。

「手間をかけて、悪かった」

 ベッドに座らせると、彼女は恥ずかしいのだろうか、あたふたしているように見える。

 私はそんな彼女に微笑みながら、棚からグラスを取り出し、彼女がいる元へと歩み寄った。

 シャンデリアの明かりを消し、グラスはサイドのテーブルに置く。

「いつか、時間を取りたいと思っていた」

 枕元の電気スタンドのスイッチを入れる。

 透き通るような肌がスタンドの放つ淡いオレンジの輝きによって、幻想的に艶めかしく彩っている。

 美しい。

 決して豊満とは言えないものの、メリハリがあり、引き締まった体付きは男のみならず女すらも魅了する。

 私は、人の心を掴んで離さない彼女の気配に酔い、至極当たり前のことを再び思った。

 美しい、と。

 世界中に存在する様々な言語を用にても、彼女の美しさを表現、形容することは叶わないだろう。

 故に、私はただ『美しい』と呼ばざるを得なかった。

 悔しい。

 彼女の美しさを的確な語句で、表現できない自分にどうしようもない苛立ちを覚えたが、彼女が醸し出す雰囲気がそれを一瞬で収めてしまった。まるで酸性とアルカリ性の物質を調合して中和させてしまったような、何とも言えぬ虚無感が私を包み込んだ。

 麻薬、だ。

 今の私は彼女に依存しているのだろう。

 私は知ってしまったのだ。

 彼女が身近にいるという幸せを。

 もう彼女がない世界には生きられない。

 もう彼女がない世界に興味はない。

 もう彼女がない世界なんて価値がない。

 そして、私の身体は無意識に悟ってしまったのだろう。

 彼女がない世界には戻れない、と。

 けれど、それも悪くない。

 むしろ、良い気分と言った方が正解だろう。

「そんなに緊張しなくても良い。楽にしなさい」

 私はベッドに座り、彼女を腕の中に抱き込みながら、静かに呟き、決意する。

 彼女は、この私が守っていこうと。

 例え、世界を統べる権力者たちが彼女を奪おうとしたならば、私は彼女を守るために剣を取るだろう。

 その行為が、意志が、決意が、例え全世界を敵に回したとしても私は揺らがない。私の行動が神々の逆鱗に触れようと、私は堂々と神々に刃を向け、彼女を守るだろう。

 私は、彼女を腕に抱き締めたまま、ベッドにそのまま倒れ込む。

 愛おしい。

 何と愛おしいのだろうか。

 酔う。

 何と魅惑的な香りなのだろう。 所狭しと咲き乱れる満開の花畑。

 完熟した瑞々しい果実を一握りに凝縮してしまったような甘い香りが身体全体を一瞬にして駆け巡る。

 しかしそれは甘いだけに非ず。

 浮かれたこの気持ちをすっきりとした酸味が引き締める。

 私は彼女をしっかりと、二度と離すまいと抱き締めたまま、静かに目を閉じる。

 明日、大学で講義がある。

 だが、そんなことは知ったことではなかった。

 明日の事なんてもうどうでもいい。

 酔ってしまおう。

 酔いつぶれてしまおう。

 後先考えず、この快楽を野獣のように本能で楽しもう。

 私は呟く。

 静かに、静かに。

 震える声を、必死になって抑えながら、

 

 


 

「―――愛している。私だけのボジョレー・ヌーヴォー」

 



 


 ―――えっとですね、愛っていろんな種類があると思います。だから、こんなカタチもありかなぁと(汗)

 余談ですが、ボジョレー・ヌーヴォーはワインです。結構有名なヤツです。

 何はともあれありがとうございましたm(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[一言] してやられました。 もうその言葉しか出てきません(笑) こういうラストにオチがあるものって、大体途中で読めちゃうんですけど、全くもってこんな風にオチるとは予想してませんでした。 主人公の変…
[一言]  よくある恋愛を知った話かな?と思ったのですがワインでしたか。僕もワインは作品の中でしょっちゅう出しますが。オチに笑って何かワインが飲みたくなりました。
[一言] ・・・まさか現実世界でコケることになろうとは。盛り上げに盛り上げて、しかもその盛り上げ方が半端でなく、ラストになって一気に落とす・・・しばし呆然、そして大笑いしました。 というか主人公、変…
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