パンク
ゆるゆるとした風と、近くにあるほどはやく動く風景を楽しんでいると、がくっ、と揺れが伝わって、車が止まった。
またか、またパンクだ。
Y氏は苛立ちをはっきりと表情にだし、車を降りた。
外は荒野だった。赤っぽく死んだ土が、小振りの石ころや自分の破片を背中に乗せて、どこまでも拡がっている。頭上には雲一つない青空があったが、見上げると、照りつける太陽が視界を白く染めた。
Y氏は顎から透明な汗をしたたらせつつ、行く手を見やった。火星のような風景のなかに、わずかに色の薄い道が続いている。反対側の光景も同じようなものだ。Y氏はけわしい道のりがまだまだ続きそうなことを再認識して、知らず知らずのうちに悪態をついていた。
揺れがはじまった、車の左側に回り込んでみると、案の定、タイヤがうずくまっていた。この悪路でやられたに違いなかった。この荒野に入って、もう三つ目だ。Y氏は盛大に舌打ちした。
むっつりと不機嫌な表情のまま、交換にあらわれたY氏を見て、タイヤは真っ青になった。
「やめてください。私はまだ働けます。お願いですから」
必死になって頼みこむが、人間であるY氏にタイヤの言葉がつたわるはずもない。なすすべもなく見つめるタイヤの目前で、スペアが無情にも装着され、車の大きな図体をかつがされた。
「さて、行くとするか。それにしても、これ以上のパンクは御免だぜ」
Y氏は車に乗りこみ、発進させた。荒野にはパンクしたタイヤがひとり残された。壊れたタイヤは捨てておくのがルールである。このタイヤは、放っておいても自然に還る、クリーンなタイヤなのだ。
「自然は大切にしないとな」
Y氏は、ふたたび動き出した風景に気が安らいだのか、のんびりとつぶやいた。化石燃料が底をつき、追い打ちをうけるように、人類が環境破壊のツケを払わされてからしばらくたって、それはみんなの共通認識になっていた。
地球の未来に思いを馳せるY氏の車は、最新で最古の動力でもって、荒野をゆっくりと進んでいった。