武士と少女
彼女は息を吸って吐き、気持ちを切り替える。
目を閉じ、両手を組んで集中。
魂から魔力を引っ張り出し、体中にめぐらせる。激しい流れ、緩やかな流れ。すべてを均質に整える。心に門をイメージ。石造りの武骨な門だ。それが七つ。自分を取り巻くように囲んでいる。余計な装飾は何もない。鉄製の扉。その中の一つをこちらから押し開く。
闇。
扉の向こうにあるのは一寸先も見えない闇の世界だ。
しかし、何かがいるのがわかる。
こちらを見ている。
凛々しさに身を置き、彼女は告げる。
――古の約定により、そなたたち異界の住人の力を求む。
――契約に応じたならば、その神秘の姿を我に見せよ。
そして、一転して彼女は優しい笑みを浮かべると穏やかに言う。
――おいで。
彼女の呼びかけに、その何かは跳び込むようにして門をくぐった。
○●○●○●○●○●○●○●○●
レムリア大陸の南西に位置するアレスタ島。
魔術師の卵たちの学び舎であるザラスシュトラ魔術学院を中心に開発された、緑溢れる自然と活気づく学生街が色よく調和された人口六千人ほどの島である。尖塔を持った煉瓦造りの城のような学院は島の南側の丘の上にあり、展望ラウンジからはきらめく青い海とまばゆく白い砂浜を眼下にのぞむことができる。
「あ、鐘の音だ」
「昼休みも終わりでござるな」
島全体に響き渡るのは昼休みの終わりを告げる厳かな鐘の音だ。
授業のある者はそれぞれの教室へ、授業のない者は放課となり自由な時間を得る。
東側にあるのは学院の玄関口であり、風格ある建物がそびえたつ。掲げられた横向きの木製看板にはアルファベットで『本部棟』と書かれていた。
本部棟は学院事務局と大小の会議室を兼ね備えており、学院運営の中心となる建物であった。
「本来ならミカエリス先生の『悪魔学概論』だったんだけど、出張で悪魔祓いに行ったから休講だって」
「悪魔祓いでござるか。そういえば拙者の故郷でも、祈祷師や専門の憑き物落としが狐や狸などを祓っていたでござる」
「狐や狸か。なんだかかわいいね」
両開きの扉を開いて中に入ると、この学院の初代院長であるザラスシュトラの石像を目にすることができる。四方で大きく取った採光窓からは日光が差し込み、杖を持ちローブを着た髭の長い老人の像を神秘的な雰囲気に仕立て上げていた。
像を挟んで向こう側は直進の一本道だ。
道の左右には学生課、教務課など案内札が設けられ、カウンター越しに職員と対面することができる。
「ここが就職課だよ」
「なるほど、色々と貼り紙がしてあるでござるな」
部署の中の一つ、『就職課』を示す札があるのは最奥の右側だ。カウンターの横に取り付けられた掲示板には採用募集の告知やアルバイトの紹介、魔法アカデミーの入試情報などの紙が貼られていた。
そんな情報の群れの前に現れたのは先ほどから会話を交わしている二人の人間。
「今日こそアルバイトを見つけないと……」
拳を握り、気合を入れて気持ちを切り替えるのは栗色のショートカットヘアーの少女。乳白色のフード付きのローブを身に纏い、茶色のショルダーバックを肩から掛けた彼女の名はルーシー・ローレル。今年入学したばかりの一年生だ。
「これだけあればルーシー殿に合う仕事が必ず見つかるでござる」
ござる、という特徴的な語尾を付けて話すのは肩まで届く長めの黒髪を馬の尾のようにまとめた少年。『ハオリ』と『ハカマ』と呼ばれる黒い上下の民族衣装を着ており、左腰には大小二本の黒い刀を差していた。
背はルーシーよりわずかに高いが同世代の男子の中では低い部類に入る。肌もルーシーみたいな白色の肌が一般的な中で黄色がかった肌という珍しいものだった。
「うん、そうだといいんだけど……」
不安そうな表情でルーシーは掲示板を眺める。アルバイト募集の項目だ。用紙一枚一枚に業種や採用条件、賃金などの情報が大まかに記されていた。
「『補助教員募集』……学校の先生か、言うこと聞いてくれない生徒とかだったらどうしよう……」
十二歳ぐらいの子供達に教えることになるらしいが生意気な子供だったらどのように対応すればいいのだろうか。舐められたりしないだろうか。ビシッと指導できるだろうか――否。賃金はいいが子供の扱いに自信が無いルーシーにとって不安でしかない。
「次はこっち。レストラン・アンブロシア、ホールで一名募集……せっ接客とか無理! 緊張して喋れなくなっちゃう……」
アンブロシアといえば婚礼のパーティーなどでも利用されるこの島で一番大きなレストランだ。大陸本土で行われた好きなお酒ランキングで三位になったネクタルというお酒を造っていることでも知られている。
有名店すぎて自分には無理だ。
ルーシーはその下の紙に視線を送ることにした。
「『苺の木』で一名募集……あそこのリンゴケーキ美味しいんだよね……けっこう利用する店だからパスしないと」
普段利用する店で働くのにはかなり抵抗がある。こういったお店にはあくまで客として通いたいのだ。
ゆえに却下。
その後もルーシーは募集告知すべてに目を通したが肉体労働や接客業などが多く、彼女の条件に適うものは一つもなかった。
「残念……今日もなかったなあ」
「…………」
望んだ結果を得られずにため息を漏らすルーシー。肩を落として息を吐くと引きつった表情で自分を見る少年の姿が視界に映った。
「うん、どうしたの? ジュウベエくん」
「いっいや、ルーシー殿が選り好みしすぎなだけのような気が……」
ジュウベエと呼ばれた少年が呆れたように言うが、その指摘にルーシーは涙目になりながら意見を述べた。
「だって無理だよ! 接客とか知らない人相手に喋れないよぉ!」
ルーシーが悲痛な面持ちで訴えると圧倒されながらもジュウベエは次の手を求めて思考をめぐらせる。何か、何かいい案はないだろうかと顎に当てていた手を打った。
「うむむ、やはり大人しく御母堂の店で働くのがよろしかろう。今も時折手伝ってはいるのでござろう?」
「うう、手伝いは手伝いだから……。アルバイトとは違うから……」
彼女の家はパン屋を営んでおり、お手伝いとして娘である彼女も店頭に立つことが多々あった。それと同時に失敗も多く、なぜ自分を手伝いに立たせるのか彼女には不思議であった。
「それでも御母堂の店でなら上手くできるのでござろう?」
「うん、だけど……」
一つ頷き、ルーシーは言葉を続ける。
「接客とかもいまだに苦手で声が上ずっちゃうし、お金の計算も間違えそうになるし……」
その時の失敗を思い出して再度うつむき、意気消沈したようにルーシーの声が小さくなっていく。
「この前は商品のパンを落としちゃったし、いらっしゃいませと言おうとしていらっしゃいまふとか言ってお客さんに笑われちゃったし……」
知らない人や大勢の人の前で行動するのが苦手なのだ。
自意識過剰と言われたらそれまでだが、見られているという意識が身体を硬直させてしまう。
「そもそもこんな私を雇ってくれるお店とかあるのかなあ……」
完全に弱気モードだ。
どうしようもないネガティブ思考。
いけない、とわかっていても気持ちはますます落ち込んでいく。
できないと思うことによって弱気になり、弱気になった自分を見てできないと思う。
完全に悪循環。思考の渦を打ち切ろうにも渦は留まることを知らない。
「きっとあるでござる」
その言葉にルーシーは顔を上げ、ジュウベエの顔を見据える。
不安を払ってくれようとしているのがわかる穏やかで力強い微笑だ。
ルーシーは力を分けてもらおうと彼の言葉に耳を傾ける。
「あるでござるよ。人見知りで恥ずかしがり屋でおっちょこちょいのルーシー殿にもできる仕事が」
「…………」
事実なだけに否定できず、余計に落ち込むルーシーだった。
「……え~と、言葉にされるとちょっと傷つくかな」
「自分の弱さを受け入れるとはそういうものでござる」
腕を組んでうんうんとうなずくジュウベエに、ルーシーはなんとなく聞いてみることにした。
「ジュウベエくんは接客とかしたことある?」
「無理でござる」
即答であった。
少し拍子抜けし、ルーシーはすぐに言葉を発することができなかった。
彼の物おじしない性格は――正直すぎるところに目をつぶれば――接客に向いていると思うのだが。
「拙者に接客などの商売は無理でござる。なぜなら拙者みたいな武士にとって商売は……」
そこでジュウベエは言葉を区切り、視線を右往左往させた。
自分が気を悪くしないかと言うべきか躊躇っているのだろう。
その意味と彼の優しさを感じ取り、ルーシーは先を促した。
「武士道っていう奴だよね? 大丈夫だから続けて」
かたじけない、と一言礼を述べ、ジュウベエは言葉の続きをつむぐ。
「武士にとって商売とは忌むべきものなのでござる」
「えっと、それはどうしてなのかな?」
「商業が身分として下位に属するということもあるでござるが……」
間を取りながらジュウベエは口を開く。
ルーシーにわかりやすく伝えるために言葉を選んでいるのだろう。それほどまでに二人の価値観は違う。ただルーシーの価値観が一般的で、ジュウベエの価値観がこの地域では異質なだけなのだ。
ジュウベエの価値観――武士道。
武士という存在の道徳観念。
ルーシーが知る騎士道とは似ているようで違うらしい。
武士。
武士とは何だろうか。
「武士とは民の手本であり模範とならねばならぬ。また政を行うのも武士である故、商売などの利を求めれば国が乱れてしまう恐れがあるのでござる」
なるほど、とルーシーは彼の言葉を自分の言葉に置き換えて理解する。
「えっと、違ってたらごめんね。政治的な権力を持っているからこそ武士の人たちは商業から離れる必要があるってことかな」
「だいたいその通りでござる。そのため商売に必要となる算術などはあまり好まれなかった。もちろんまったく使われなくては財政などにも支障が出るため、下級の武士たちがその役割を担ったのでござる」
利を求めない。
そんな人達がいるのだろうか。
お金だけが幸せの源泉とは思わないがそれでも生きていくためには必要である。お金を稼ぎ、生活を豊かにする。しかし、世の中にはお金が生み出す魔力に取りつかれる人もいて犯罪に手を染めることもある。
彼は『国が乱れてしまう恐れがある』と言った。
国を守るため個の利を排する人達。それが武士なのだろうか。
よくわからない。わからないがその考えには惹かれるものがある。聖人の逸話を聞いたときのような憧れと嘆き。ああなりたいと憧れ、その清さに届かないと嘆く。
だが、彼が言うのだから確かにいるのだろう。利を求めず公に殉ずる人達が。
それが武士。
ジュウベエくん。
「とまあ武士道はこの辺で置いといて。今はルーシー殿の『あるばいと』についてでござるな」
「うっ現実は厳しい……」
「御母堂の店で働くのがでござるか?」
「というよりはお母さんのお店でしか働くことができない自分の実情が、かな?」
「案ずるより産むが易し、だと思うが致し方ないでござるな」
「どういう意味なの?」
聞きなれない語句にルーシーは首をかしげる。
「あれこれと心配してもやってみたら案外簡単だった、という意味でござる」
「その境地にはまだ至れないかな……」
気持ちも意味もわかる。
世の中難しく考えすぎなだけでいざ実践するとすんなりできることが意外と多くあるのだ。
ただ実践できないだけで。
ただ勇気が出ないだけで。
どうしても、躊躇ってしまうのだ。
「そう言えば、そもそもどうして『あるばいと』などを始めようと思ったのでござるか?」
ジュウベエの問いにルーシーはびくっと思わず肩を震わせる。
言うべきか言わざるべきか。誠意を持って接してくれる彼に対し、不誠実なことはできない。
ルーシーは正直に答えることにした。
「お母さんが売り上げアップのために……」
「売り上げ増加のために?」
ルーシーはほんのりと頬を染め、目線を逸らしながら言った。
「メイド服を着て接客しろって」
「…………商魂たくましいでござるなあ」
メイド服。
それは貴族や富豪などの屋敷で働く侍女用の衣装のことである。一般的に黒を基調としてレースなどの装飾が行われたものが多く、メイドと呼ばれる侍女を雇うことは上流階級の人々にとっては一種のステータスとなっていた。またそのデザイン性からも一般階級の人々の中にファンは多く、多種多様のブランドが存在していた。
「しかし、ルーシー殿。ただのめいど服ならそこまで恥ずかしがることはないでござろう? わんぴーすという衣服と似たようなものではござらんか?」
「うん、そうなんだけどね……」
『ねえ、ルーシー。今度からこれを着て店頭に立ってね』
母の言葉を思い出し、ルーシーは顔を青ざめさせた。
「『ミニスカメイド、これで男性客はイチコロよ』って……」
「…………」
「膝上すごいんだよ、軽くジャンプしただけで見えちゃうぐらい……うう、あんなの着てお店に立てないよぉ……」
恥ずかしさからか両手で顔を覆い、呻くルーシー。
あの店を利用する学院の生徒も多いのだ。あれを着ればたちまち噂になるだろう。
曰く、ミニスカメイド服を着たハレンチな女子学生がいる――と。
そうすれば学院内でも注目されるようになり、ただでされ見られることが苦手な自分はどうなってしまうことか。想像するだけで恐ろしい。
「だから外で働けばお母さんもあきらめてくれるかなあって」
「……なるほど、よくわかったでござる」
ジュウベエの声音に呆れの感情がうかがえるがルーシーにとっては至極重大な問題なのだ。平和な学院生活を送るためにもミニスカメイド服を着なくてすむ方法を考えなくてはならない。自分でも馬鹿らしい問題だと思うが致しかたない。
それに――
「普通にコミュニケーションできるようになりたいし……」
「こみゅにけーしょん?」
「意思疎通っていう意味だよ」
コミュニケーション能力に難あり。
自分でもわかっている欠点だ。嫌となるほどわかっている。
うまく話せない。
うまく伝えられない。
言いたいこと、教えたいこと、聞きたいこと、気付いたこと。
お礼の気持ち、感謝の気持ち、友愛の気持ち、悲喜の感情。
表に出せずにいた。言葉にして伝えられずにいたのだ。
もう誤解されたくない。
もう嫌われたくない。
敵意を向けられるのは――辛い。
「それなら充分できておるではござらんか? 拙者とルーシー殿のこの会話も立派なこみゅにけーしょんでござろう?」
「うん……」
ジュウベエの言葉にルーシーは複雑な思いでうなずく。
魔術師である自分だからわかる。初対面の人や男の人が苦手な自分が彼と臆面なく話させるのは――
ジュウベエはルーシーを励ますように言う。
「拙者とこうして話せるのだから、そのうち他の者ともたやすく話せるようになるでござる」
「うん、そうだね……」
沸き起こるわずかな希望に心が暖かな気持ちになった。それがなんとなく照れくさくなったルーシーはうつむく。
そんな様子の彼女にジュウベエはひとまず安心と吐息し、うつむくルーシーから視線を掲示板に移動させた。だが彼は書かれている文字を読むことができない。直視を避けたのは彼にとって婦女子をじっと見ることは好ましくないことだったからだ。
「おっ、ルーシー殿。これは何の案内でござろうか?」
「ひゃうっ」
意識の外にいたところで話しかけられたためルーシーは驚きの声を上げる。裏返った声に何事かと職員が顔を向けた。恥ずかしさでかあっと熱を帯びる頬。
「ううっ、変な声出ちゃった……」
ルーシーにも見えるようにジュウベエが身体をずらす。そこにあったのは掲示板の端の方に貼られた一枚の紙だった。紙の半分以上を使って犬の絵が描かれている。
「『いなくなった飼い犬を探しています。名前はべス。3歳のオスのゴールデンレトリバーです。見つけて頂いた方には謝礼として3万ベルを贈らせて頂きます』って」
「犬探しでござるか? 飼い主はさぞ心配しておろう」
「そうだよね……。あっこれ代用課題だ」
右上の角にある『代用課題』を示す文字。その横には数字で『4』と記されていた。
聞きなれない言葉にジュウベエは問うた。
「代用課題とはなんでござるか?」
「代用課題というのは単位に代用できる課題のことだよ。横に書いてある数字の分だけ足りない教科の単位を埋めることができるの」
「ほほう。実習課題としての要素もあるということでござるな?」
「うん、そういうことだよ」
ザラスシュトラ魔術学院には国内外問わず世界各地から依頼が舞い込む。表に出て新聞の一面を飾るものから表に出ない秘密裏のものまで。国家魔術師から魔術師の卵である生徒にまでその重要度や難易度によって割り振られる依頼は異なってくる。
生徒に割り振られるのは市民の依頼など比較的容易なものが多く、犬探しをはじめとするペット探しも割とよくある依頼の一つであった。
「受けてみてはどうでござるか?」
「えっ、どうして?」
ジュウベエの提案にルーシーは逆に問い返す。
「この依頼ならこみゅにけーしょんが苦手なルーシー殿でも大丈夫でござろう。人とあまり接しなくていいからルーシー殿にぴったりでござる」
「!」
目から鱗と言わんばかりにルーシーの両目が見開かれる。
人と接しなくていい。なんという甘美な言葉だろう。
すぐに喜色に染まり、彼女はぱああっと顔を輝かせた。
「うん、そうだね! これならなんとかやれそうだよ! よし、私やってみる!」
「その意気でござる!」
ジュウベエの後押しもあり、依頼承認の手続きを行うためルーシーはカウンター越しに職員に呼び掛けた。
「すっすいませーん」
「はい、何でしょう?」
応対するのはルーシーより十歳ぐらい上のメガネをかけた若い女性職員だった。
職員の胸にあるのは六芒星の上に青色の旗が描かれたバッジ。職員証である。
「あの犬探しの依頼を受けたいんですけど……」
言いながらルーシーは掲示板の貼り紙を震えそうになる指で示す。
そちらに職員は一度目線を送り、カウンターの下から数枚の書類を取り出した。
「こちらが受付書類となります。依頼についての詳しい話を聞きますか?」
「はっはい、お願いします」
「わかりました。……まず依頼内容ですが、一週間前に行方不明となった飼い犬の捜索が主となります。見つけ次第、無傷で捕獲して学院にまで移送すること。ここまでで依頼完了となります。見つけただけでは不十分ですのでその点はご了承ください」
これは特記事項だと判断してルーシーは脳内のメモに念入りに書き込む。
「ですが目撃情報があれば必ず報告してください。それが有益な情報の場合、単位は出ませんが依頼主から謝礼を贈られることがあります。依頼参加人数の制限は無し。現在まで十二人の生徒が参加しております。……ここまでで何か質問はありますか?」
「はい、大丈夫です」
「問題ないでござる」
二人の返事を確認して職員は説明を続ける。
「ここから先は依頼主の個人情報となります。秘匿レベルはC。積極的な情報開示の禁止となります」
「具体的には?」とジュウベエ。
「そうですね、例えば、今回のような依頼ですと情報収集の際に、犬のイラストを見せたときに『Aさんの家の犬ですか?』という相手からの確認があったとします。その場合、事実であればそれに対する肯定が許可されています」
「なっなるほど。『Aさんの家の犬のイラストですが見かけませんでしたか?』という問いは禁止ということですね?」とルーシー。
「その通りです」
職員が片手でメガネの位置を修正する。
「依頼主はイーストエリアのゼブル地区に住む主婦のグラシア・M・スビサさん。住所はこちらになります」
そう言って職員は指で住所が書かれた項目と簡易的な地図を示す。サウスエリアに住むルーシーにとっては一度も行ったことがない場所であった。
「飼い犬についての詳しい話は依頼主から直接お聞きください。……依頼内容については以上となります。承諾されましたらこちらの契約書にサインをお願い致します」
「はい、わかりました」
職員からペンを借り、受付書類の右下にある空欄にルーシーはフルネームなどの学籍情報を書き込んでいく。
「それでは最後の確認となります。依頼番号5604873、依頼名飼い犬の捜索、依頼主グラシア・M・スビサさん、依頼参加の人数制限無し、成功報酬3万ベル、代用単位4」
読み上げられた項目にルーシーは頷くことによって同意の意を示す。それを受け職員は背筋を正して右手で胸のバッジに触れるとルーシーも同じように胸に手を当てた。
「それでは学院の名に恥じぬ行いを期待して。六芒星の導きがありますように」
「六芒星の導きがありますように」
復唱して書類を受け取り、職員に挨拶してからルーシーはジュウベエを連れて就職課を後にする。職員は自分の席に戻ると契約書をファイルに丁寧に閉じたのだった。
依頼番号:5604873
依頼名:飼い犬の捜索
依頼主:グラシア・M・スビサ
依頼参加人数:無制限
成功報酬:30000ベル
代用単位:4
魔術師名:ルーシー・ローレル(第1学年)
専攻課程:召喚魔術
備考:従者1名