すみれの古書店
一応三題話のつもりで書きました。
空、自転車、本屋
の三つです^^
青色の空が透き通るような五月のある日。僕は学校の帰りにいつもの通り自転車を走らせていた。向かっている場所は1つ。
“すみれ堂”
町の外れにある古びた小さな古書店。
僕にとってそこはとても心地よい場所だった。
店に入るとまだ20代そこらの女性店長がいつもの通り本を読んでいた。色の褪せた本を、カタカタと音が鳴る木の丸椅子に座って読んでいる。そして僕に気が付くとにっこりとほほ笑み声をかけてくれた。ふんわりと柔らかく優しい声。
「いらっしゃい」
名前は知らない。けれど過去に、僕の通っている高校に通っていたらしいことから僕は彼女を『先輩』と呼んでいた。
「相変わらず客、いないっすね」
「そっちも相変わらずね。失礼しちゃうわ」
少し怒ったような表情を見せる先輩。
「学校はどうだった?」
「まぁ、そこそこです」
先輩はよく学校のことについて聞いてくる。なんでも学生時代はあまり学校に行っていなかったんだとか。詳しくは聞いていないが。
「そう……。ゆっくりしていってね」
先輩は僕に笑いかける。今日の空のような透き通った笑顔。
僕は近くの本棚から古本を一冊取り出し、古い椅子に腰を掛けた。
ふと顔を上げ、僕は先輩に話しかける。
「そういえば、店の前に自転車とめてありますよね。あれ結構錆びついているのに処分しないんですか?」
「あれはね、結構前にお店に来た誰かが置いて行ったものなの。その人が取りに来るかもしれないでしょう?」
「お人好しですね。先輩は。そんな古びた自転車、誰も取りに来ないと思いますけど」
そうかしらと、先輩は言った。
そうして、本を読んだり話したりとしているとあっという間に時間が経ってしまう。見ると、外はもう真っ暗になっていた。
帰りますねと、先輩に告げる。それに先輩はいつもの通り笑って言う。
「また、いらっしゃい」
5月の終わり。テスト期間だったので2週間ぶりにすみれ堂を訪れる。扉が開いていない。
どうしたんだろう。いつもは開いていて中が見えるのに……。
不思議に思い近づくと白い紙に黒文字の質素な張り紙がしてあった。
『都合により店を閉めます。すみれ堂』
な……っ……。
絶句した。あわてて隣の店の人に聞く。
「あぁ、あの子昔から体が弱かったからねぇ……」
僕は目を見開く。体が鉛のように重くなったような気がした。
たった二週間、たったそれだけ行けなかっただけであの人に会えなくなってしまったのか。先輩は確かに『また、いらっしゃい』といったのに。それなのにっ!
あの青かった空はいつの間にか灰色の空になってしまっていた。
僕はたまらず駆け出した。自分が今来た道をひたすら走った。走って走って汗だくになって、横断歩道に差し掛かった時前方からあらぁ?と、聞き覚えのあるあの優しい声が聞こえてきた。
「せん、ぱ…い……?」
僕が問うと先輩はそうよと優しく答えた。
「だっ、て、先輩、店、閉める、って……」
言葉が途切れ途切れになる。
「あら、心配してくれたの?大丈夫。ただの検査入院よ」
「……っ……。よかった……」
途端に体が軽くなる。今にも涙が出てきそうだった。そんな僕を見て、先輩は店に戻ろっかと微笑む。
まったく、人の気も知らないで。
思いながらも僕は頷く。そしてたわいもない会話をしながら歩いた。それはいつもと同じ光景で……。
店の前、先輩は嬉しそうに小さく声を上げた。
「あ、自転車」
見るとあの錆びついた自転車がなくなっていた。誰かが取りに来たようだった。その近くではちいさな青色のすみれの花が儚げに風に揺られていた。
完結です。
短いお話ですが、見てくださった方ありがとうございました^^