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触手と少女  作者: イベリコ豚
はじまり
6/13

なまえをですね かえましたね

いいかげんにしたいです

「さ、じゃあ君の名前だけど」



 来た、と少女は思う。この質問には答えられない。覚えていないから。

 しょんぼりと顔を伏せて、ルアから少し距離をとる。にょろを紹介しておきながら自分の名前がいえないことが妙に情けなかった。


 しかし、ルアはそんな少女の様子を気にもかけず、いともあっさりと次の言葉を紡いだ。



「エミリアーナちゃん、だよね」

「!!」

「素敵な名前だねぇ」



 少女はぱっと顔をあげる。



「知っているの?」

「えっ、違うのかな」

「………わかんない」



 少女は期待を込めてルアを注視したが、ルアもはっきり知っているわけではなさそうだった。いよいよどうしたらいいかわからなくなる少女の周りを、職種が数を増やしながら揺らめいていた。

 ルアは顎に指を当てて首をかしげると、懐から一枚の紙を取り出した。



「写真に、書いてあったんだけどなー」

「シャシン……?」

「これこれ。隣の部屋にあったの。君に似た人の所に名前がね」

「ニタヒト……」

「うぅん。見たほうが早いね」



 上手く会話が出来ないことに焦れて、ルアが懐から出した紙を差し出してくる。先ほどまで少女が見ていたものより一回り小さいが、中の人間は先ほどのよりも成長している様子だった。

 なるほど、自分の幼い頃であろう小さな生き物の下に、なにやらもじょもじょしたものが書かれているが、もちろん少女にそれを読むことは出来なかった。



「ごめんなさい……」

「んーと。これは、君、だよね?」

「うん」



 そこがわかればいいんだ、とルーアは再び写真を覗きこむ。



「エミリアン、エミリーアン、アミリアーナ……。微妙に地方が違うからなー。うーん、発音まではなー」

「ハツオン?」

「なんて呼ばれてたか、だよ」



 ルアとべーちゃんは写真を指差しながら、何事か早口で喋り始めた。こうなると少女に聞き取れる言葉は非常に少なくなる。


 ルアから聞かされたいくつかの名前に、しかし少女はしっくりくるものを感じていなかった。そんなご大層な名前を毎日、沢山呼ばれていただろうか? 反対にそんなに耳にしていただろう自分の名前を思い出せないのは、何だか不思議な心地がしてくるのだった。


 おずおず、と床で大人しくしていた触手が首をもたげる。しばらく逡巡している様子だったにょろは、こくんとひとつ頷くと自身を写真へと伸ばした。にょろの細い触手が写真の中の少女をとんとんと叩いた後、その名前の一部を隠す。

 なるほど愛称か、と呟いたルアの言葉の意味は分からなかったけれど、ルアもべーちゃんも心なしか明るい表情をしていたため、少女の期待も膨らんだ。



「これ。ねぇ君。ミリア? ミリアと呼ばれていたの?」

「みり……あ」

「おれにはミリアって読めるなぁ。流石にこの短さなら読める。べーちゃんもでしょ?」

「ああ。そーなんじゃねーの」



 ミリア。


 ミリア。


 脳みそがちくりとかゆくなったような感覚があった。視界の端でにょろが心配そうにゆれる。

 何だか、そう呼ばれていた気がする。と、思った瞬間に、記憶がざあざあ流れてきて、すぐに確信にまで変わった。



「ミリア。そう……ミリア…!」



 きっとそうだ。

 父が穏やかに、母が軽やかに、兄が優しげに、周りに居た全ての人が楽しそうに私を囲んで、ミリアと呼んでいた。それは遠すぎる記憶だったけれど、十数年のブランクなんて無かったように鮮やかに少女のなかに描き出された。


 我知らず、喉から嗚咽が搾り出される。

 十数年止まっていた少女の何かが、もう一度流れだしたような感覚に翻弄されて、自己の制御が叶わなくなる。


 ミリアと呼ばれていた子は、その場に崩れるように突っ伏して、無防備にも声を上げて泣いた。



 3歳の時と同じで、慟哭するミリアの周りにはすぐに触手が溢れた。だが、かつてとは違い、数瞬の後にはルアが慌てて涙をぬぐいに来て、ベーちゃんともう一人、黒っぽい人が後ろでおろおろとしている。

 村人達のように自分もにょろも恐れることなく自分を慰めようとしてくれる存在を前にして、ミリアは益々余計に泣けてくるのだった。

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