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触手と少女  作者: イベリコ豚
はじまり
3/13

 少女の生活は足りないものだらけだったが、少女はそれはそれ、と割り切る術を心得ていた。そもそも満ち足りた生活を送れていたのが長くは無かった、というのも有効に働いているだろうが、現在の生活が不満だらけ、ということはなかった。


 それでも月に1,2回、少女はかつての自宅を訪れる。

 村人が集団非難した日から村は危険だ、と認定されたらしく、鉄の柵が張り巡らされいた他、たまに見回りの警吏がうろついている。


 少女の安全を第一に動くにょろは、少女がいつまでも自宅に留まることは許さなかったが、少女が自立歩行し、すばやい逃げ足を身に着けていくうちに、時々村を散策することを黙認するようになった。


 すっかりツタに覆われ緑色になった扉を慣れた手つきで押し開ける。ツタが成長する勢いはいつ来てもすさまじく、一月と空けはしないのに、毎回ぶちぶちと引きちぎらなくてはいけない。

 少女は毎回、この作業だけはにょろの手を借りずに行っていた。「帰宅」の作業は一人でやるのがいいな、と何となく思っていたのだろう。



「ただいまー」



 声はあくまで囁き声に留める。滅多に無いこととはいえ、聞きとがめられることが絶対無いとは言い切れないからだ。


 今日は母の寝室に入る。寝台は腐りきってネズミの歯研ぎになっているし、衣服箪笥は空き巣にでも入られたか空っぽだ。それでも、以前人が生活していた痕跡は未だ残っている。少女は寝台脇の置物だとか、小さな肖像とかがお気に入りだった。


 それらを撫で、とっくりと眺め、それらに思いを馳せて目を閉じる。なんだか昔が思い出せそうな気がする瞬間が好きだった。


 一つのやや大きめの絵に視線が吸い寄せられる。

 中には4人の人間。大きいのが二つに小さいのが一つ、そしてとびきり小さくて本当に人間か疑わしいのが一つ。少女は大きいのが両親で、小さいのが兄、そして一番小さい生き物が自分だろうと目星をつけて絵を眺めるのだった。




 唐突に、誰かが家に侵入する音が聞こえた。ゴトゴトと喧しい音に、少女の全身に力が入り、とろんとしていた目も大きく開かれた。開かれた目は小刻みに動いて周囲を確認するも、あいにく寝室には人が通れるサイズの窓が備え付けられていなかった。腰の辺りから触手が数本顔を出し、同じように緊張してぴくぴく震えだす。


 屋内は逃げ場がない。今まで屋外で巡回警吏と鉢合わせた時は、全速力で森へと逃げ込めば事なきを得たが、屋内で追い詰められた場合の対処の方法が分からない。だからこそ少女は余計に焦って唇を舐めた。

 向こうが気付かずに立ち去ってくれればよいのだが、残念なことに戸口には強引に押し開けた痕跡があるのだ。中に居るから調べてくれと言っているようなものだ。


 緊張しきって歯を食いしばる。にょろが音も無く寝台からはがしてきた襤褸を体にかけ、寝台の淵に蹲った。極力動かず、呼吸の音さえ消えてしまえと努力した。


 立ち入ってきたのは2,3人らしい。何やらを話し合いながらどんどん家屋内へと侵入し、遠慮なく扉を開け放っていく。この調子だと少女が潜む部屋にたどり着くのは時間の問題だ。


 ついに少女が居る部屋の扉が開かれ、にわかに話し声が大きくなる。掛け合うような会話の調子に怒気や嫌な感じはしなかったが、何にせよ早口なその言葉を会話することをやめて久しい少女が聞き取ることは出来なかった。例え聞き取れたとしても意味の分かる単語ばかりではなかったのだが。

 分からない話し声に少女が身を固くした瞬間、会話がぴたりと止まる。と思ったら一つの足音が一直線に少女の隠れているところへと近づいてきた。


 見つかった。


 吸い込む空気が冷たく感じられる。少女の恐怖に連動して触手の数がどっと増える。にょろを人間に見られてしまう恐怖感に、どうしたらいいか分からず頭がぐるぐるする。



「――そこ――――? ―――?」



 何か声を掛けられ、少女がまとっていた襤褸が引き剥がされた。


 誰かが困ったような声を上げたような、気がした。

きしめん

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