捕縛 そして情け
夕焼けが湖を赤く染め上げ、少し冷たい風が吹き始めたころに、漁師全員が仕事を終えて掘立小屋
に帰ってきた。ここで働いてる人は全員で10人。いつもは二人一組の6人体制で見回りをしている
らしい。
「この湖は広いし、月明かりがあっても崖のせいで影ができて見えにくいで泥棒には都合がいいんだ。
一度だけ、水音を聞いた見回りのやつが、走ってその場に行くと樽を置いてすごい速さで逃げて行った
やつを見ている。罠をしかけようとも考えたんだが、逆にこっちが引っかかったら大変だし、
昼間はみな仕事がある」
みな、仕事を終えた後も朝まで神経を張り詰めて見回りをして、憔悴していた。無理もない。
朝から夕方まで仕事をして、朝方まで見回りをする。交代で寝るというのはあまり疲れがとれない。
それが何日も続くのはきついだろう。
「あの、俺に策があるんですが、聞いてもらえますか?確実ではないですが、うまくいけば捕まえられるはずです」
その場にいた人たちはひげの男(漁長をやっているらしい)の隣にいる俺に期待の視線を向ける。
あまり期待されるのは困る。第一今日くるかわからない。
「え、えとですね。これにはみなさんには湖を囲む感じでそれぞれ待ち伏せしてもらいます。
まあそれだけなら人を分散しすぎて失敗するでしょうが、今回は」
作戦はこうだ。
どうやら犯人は、夜目が利いて、足も速いやつだ。単独、もしくは二人の少数。湖全体に人を
配置しても大勢で囲まなければ逃げられてしまう。なのでその場では捕まえない。
のこのことやってきた犯人に盗みをさせ、それを発見したものが松明に火をつけて俺に合図を
送る。その間は湖からやや離れて茂みに隠れてもらう。合図を確認した俺はすかさず頭上に
魔法 燃焼≪フレア≫を合図された場所の頭上に打ち上げる。そうすると一瞬だけだが犯人が見える。
そこに全員と俺が一斉に走りだす。犯人は荷物を置いて逃走するだろう。そこで捕まえられれば
よし。捕まえられなければ俺が追跡して捕まえる。100メートルを3秒で駆け抜ける俺が見失わなければほぼ確実といっていい。なにより、
「これは予測ですが、犯人はどこかの村の猟人です。話を聞く限り、目と、耳のよさ、重い
荷物を持って走れる足腰の強さが証拠です。あと、町には持っていっていないはずなので町の
人ではないはずです」
そこに漁師の一人が口をはさむ。
「ちょっとまってくれ。どうして村人だととわかるんだ?確かにここの魚を俺たち以外が
いきなりオズマンに持っていったら門番に怪しまれるが、もらいものだとか、売ってもらったと
言えばどうとでもなる。質の悪い商人の可能性もあるはずじゃ?」
「決定的なのは、まだ犯人が捕まっていないことです」
その場にいる全員が一様に首を捻る。
「もし、首都オズマンに入ってさばくとしたら、まず門番に見られる。うまく通ったとしても、
複数回やれば目をつけられ、ばれます。国がわざわざ軍を派遣する位ですから、首都に来たかどうか
ぐらいは真っ先に調べたはずです。商人だとしても、売るためにはオズマンにいかなければならない。
今の季節だと持って一日半、長くても2日。生物ですから日持ちしないため、売るためには一番近い
オズマンに持っていくしかありません。なぜ子持ちのメスだけ狙うかははっきりしませんが、食糧
が欲しい村人が妥当なところでしょう。しかも、大きなタルで大量にということはおそらく、村ぐるみ
でしょう。犯人は村に住む、もしくは村に頼まれた狩人だと思います。むろん推測ですが」
そう説明すると、おお、とか、なるほど、冒険者というのはすごいな、といった感想が次々と
飛び出し、俺は尊敬のまなざしを浴びた。少し気分がいい。
「本職ではないですが、俺は狩りをしていたので逃げ道は大体予測できます。おのずと侵入経路も。
狩人は全体が把握できて、かつ獲物をしとめ安い場所を選び、そこから一番逃げやすい道をあらかじめ
決めます。それを踏まえて、みなさんの配置場所を決定します。それでいいですか?」
漁長はその場にいるみなをぐるっと見渡し、反対意見が無いのを確認すると俺に頭を下げ、
よろしく頼むと言うと、俺を除く全員が一斉に頭を下げた。
任せてください、と笑顔で答えるとみな少し笑みがこぼれた。今日現れなかったら明日も来ようと決めた。
さっっそく漁師たちには夕飯を済ませてもらい(夕飯の焼き魚はやっぱりうまかった)、
夕日が落ちて見えなくなる前に、3か所の茂みに別れて隠れてもらう。一番確率の高そうな、
掘立小屋から一キロほど離れた場所に4人。 掘立小屋から大分近いが崖の影になっていて死角
となっている場所に3人。一番遠い湖の端に3人。端の方は魚がほとんどいないため、確率は
低いが万が一のために。一番確率の高い場所は湖の真ん中あたりで、中央に行くと魚が集まっており、
浅瀬が広がっているので採りやすい。すぐ後ろが人の背丈ほどもある茂みが鬱蒼と茂っているため、
追跡をかく乱しやすい。事実、走り去った犯人はここに入っていったらしい。
一組に一本ずつ松明を持たせ、犯人が盗みをするまで絶対に手出しをしないことと、合図が出るまで息を潜ませる事を伝える。
俺は合図が見えるように掘立小屋の屋根に寝そべる。
俺の目なら数キロ先でも光があればおよその位置はわかる。
今日は雲が多く、月明かりが無い。犯人に都合がいい分。今日現れる確率も高まった。
深夜。今日は、もう現れないのではと皆が思い始めた頃、中央の湖でかすかに水音がした。
掘立小屋から一キロ離れた本命の場所だ。しかしここからはさすがに見えない。
魚が跳ねただけかも知れない。もう一度、パシャっとわずかに水音がした瞬間、4人が待機して
いる茂みからかすかにオレンジ色の光が左右に揺れた。急いで魔法を起動する。
右手を上空に向け、魔力を手の平に集め、丸い球体をイメージする。
すると不可視の魔力が熱を帯びた赤い玉になる。それは透き通った水晶のようで、自分でやっといて
見とれた。それを手のひらに浮かべたまま肘を曲げて一旦体に引き付け、勢いをつけて上空に押し出す
。砲丸投げの用量だ。ちょうど合図があったあたりに球体が届くと、手のひらをギュッと握り、爆発
させる。本来、魔法は頭の中で操るので、体の動作は必要ないのだが、俺はこうしないとイメージがうまくできないため、どうしても投げるしぐさが必要だった。
すでに見つかっているのに気づいていたらしく、湖から出て、樽を置き去りにして走り出そうとしているのが爆発の光で一瞬見えた。俺は屋根から飛び降り、急いでその場に向かう。犯人の体の向きは
後ろの茂みを向いていた。読み通りだ。残念ながら4人が茂みの前に立っていれば、そこには入れない。案の定、近づくに連れ、この盗人が、ここは通さねえなどの声が聞こえてきた。
端に居た人たちも松明をつけてこちらに向かっているのが見える。
掘立小屋の近くに居た人たちも俺の後ろから走ってくるのがわかる。
策が完全にハマった。犯人は前の茂みに逃げようと向かったがそこには4人が並んで待ち伏せ
していた。あわてて右か左に逃れようとするが、どちらからも松明の光が迫ってくる。
逃げ道は後の湖しかない。しかし、中央に向かえば人の頭まで浸かるほどの深さがある。
対岸に逃れるには時間がかかる。すると一瞬躊躇するだろう。そして足を止める。
その間にも俺たちはどんどん集まる。
そして、追ってくるやつも条件は同じ、水中は遅くなるから、と考えて湖を渡ろうとする。
案の定、俺がその場に着いたころには、追い詰められた犯人は腰まで湖に浸かり、手で水をかきわけて必死に前へ進もうとしていた。どうやら泳げないらしい。待ち伏せしていた者の一人が上着を脱ぎながら湖に入ろうとしていた。俺はそれを駆け寄りながら手で制し、自分が行くといい、湖に向かう。
浅瀬から足を伸ばし、両足を水面に着け、
・・
湖の上を歩きだす。ばしゃばしゃと音を立てて進む犯人の脇を、悠々と、まるで道を歩いているかの
ように水面を進み、首まで浸かり、必死に水かきをしている犯人の前に回り込み、抜刀した剣先を
突きつける。
突如目の前、しかも水面に人が現れ、剣が鼻先に刺さっている。タラリと血を流しながら、
犯人はポカンと口を空け、水中で固まった。ついでに陸の上の漁師たちも水面に浮かぶ俺を
信じられないといった顔で呆然としていた。
「おい、今ここで魚の餌になるか、陸に上がって事情を説明するか、どっちか選べ」
すごすごと陸に上がったずぶ濡れの犯人を殴ろうと、漁師たちが一斉に飛びかかろうとしたのを
ひげの漁長が一喝して制した。さすがはまとめ役、冷静だ。聞かなければならないことはたくさん
ある。今日は一人だったが、少なくとも仲間がいるはずだ。しゃべれなくなってはせっかく捕まえ
ても意味はない。漁長の言にしぶしぶ納得し、荒縄で犯人を縛り、一旦掘立小屋に連れていく。
椅子に無理やり座らせ、さらに縄で椅子ごと縛られた犯人はガックリとうなだれて、されるが
ままになっていた。しかし、周りが、おまえはどこの奴だ!さっさと仲間の場所を教えろ!
と激しく詰問しても一切言葉を発しなかった。
寮長が無言で立ち上がり、暖炉の火かき棒を取り出すと、無表情でこう言った。
「俺は、暴力は嫌いだ。だが、こっちも泣き寝入りするわけにはいかない。こっちも
生活がかかってる。みんな家族がいるしな。だからこれ以上、被害を出すわけにはいかない。
悪いが、どんな手を使っても、吐いてもらうぞ」
それを見た犯人は顔がますます青白くなっていき、ずぶ濡れで体温が下がっているはずなのに、
額からダラダラと汗が出てきた。
観念したのか、小さい声でポツポツとしゃべりだした。
自分は頼まれたのだと言う。首都オズマンを西に3日ほどいった所の小さな村の村長に、うまく
いったら村の娘を嫁にやると言われ、引き受けたと。男は村からやや近い森で狩りをして暮らして
いた。そういった者は伴侶を得るのは相当難しいため、弱みに付け込まれたのだろう。
男はすでに40に入ろうかという見た目で、白髪交じりのボサボサ頭に、獣の皮を適当に巻いた
簡素な服を着た狩人だった。意外な事に、村長は食糧確保のほかに、卵をふ化させて村で養殖
しようと考えているらしい。しかし、素人がやってそう簡単にいくはずもない。
ただ卵を腐らせて全部失敗しているという。その度に男はときどき村長の息子を伴い、
自分が湖に入って魚を取り、街道で待機している村長の息子と合流し、二人で村まで運んだらしい。
いつのまにか村長との約束は、ふ化に成功したら村娘はもらえるということになってしまい、
しぶしぶ盗みを繰り返したという。
村も去年は不作だったらしく、税を支払うのに精いっぱいで備蓄が全く無く、冬を越すための
苦肉の策だったらしい。
話を聞き終えた漁師達は、哀れな男に罵倒や怒りを向けるのをためらい、苦々しく、顔を
背ける。哀れだ。おそらく捕まっても村は知らぬ存ぜぬを通し、見捨てるだろう。
最初から、捕まっても平気な、都合のいい村以外の人間だから主犯に選ばれたのだ。
皆それが分かってしまった。
「どうします、寮長?」
一人が目を瞑っている漁長に向かって問うと、全員が漁長に顔を向ける
「・・・俺は、今回の件を村と直談判して治めるべきだと思う。無論、今までの被害の弁償
はしてもらうし、この男にも罰を与えるつもりだ。だが、この男や、村を犯罪者として国に差し出せば
、村は罰としてもっと税が上がり、若い者は強制労働させられて、もっと苦しくなる。
するとどうだ?また盗む奴が出てくるんじゃないか。いや、まだ盗むだけならいい。人を襲うように
なったら俺たちは仕事ができなくなるぞ。皆も一度や二度は経験したことがあるはずだ。
冬をまじかに食糧が足りなくなるあの恐怖を」
その場に居た男たちは納得し、明日全員で村にいき、問い正すことに決めた。
捕まえた男は、私刑はせず、冬に着る防寒着一式をを全員分ただで作成することで手内とした。
男はそれを聞いて安心したのか、ボロボロと泣き出した。
漁師達の一人がそれを見て腕の縄を外し、暖炉で温めていた葡萄酒をコップに入れて手渡した。
椅子に固定されたままだが、大分楽になり、またもやボロボロと泣き出した。
すまねえ、すまねえといいながらチビチビと飲み始める。
結局、完全に日が昇るまで皆で飲み明かした。漁師達も、犯人も、漁長も、俺も。小屋の中が
アルコールの匂いで充満する位飲んだ。
ついさっきまで殺気立っていた連中がいっしょくたになってドンチャン騒ぎだ。
俺は喧騒の中で思った。
誰だって好き好んで誰かを責めたり、罰したりしたくないんだ。分かりあって、一緒に酒を飲む方がいい。少なくともここにいる人たちはそうだ。そう思いたい。明日は途中まで皆と行き、
俺は首都に帰る。後は漁長がうまくやるだろう。
初の依頼はいい結果で終わりそうだ。
そして、全員でゲロまみれのまま就寝した。
ちょっと長くなってしまいました
地味だ
果てしなく地味だ
面白いのかこれ?