0.プロローグ
少しずつ加速しながら、舵なき飛行船艦は落下する。
赤い空、血腥い船内。
…やつらは、頭のネジが大量に外れている。
姫様が来た瞬間に、脱出装置をすべて破壊し、そして自爆して確実に殺す。
自分たちはそのために喜んで死んでいく。
どこかの神風特攻隊ぐらいでしか聞いたことのない戦法だ。
老兵はそう呆れ果てながら、船室を見回す。
隣にいた姫も、同様にしている。
ふと老兵は音に気がつく。
「姫様、“お迎え”が来たようです」
甲板に二人は出る。
銃撃を避けながら飛ぶ複葉爆撃機が見える。
「姫様。貴女ならあれに掴まって脱出できますでしょう。」
爺は表情を変えずに言う。
姫はそれに、静かに返す。
「…爺とは、ここでお別れか。
妾の我儘のせいじゃ、すまん。」
「何を言っているのですか。おかげで枯れ葉が1枚減るのです。どうぞ行ってらっしゃいませ。」
悔いも悲しみもない、そんな表情で老兵は姫を投げ上げる。
姫は大地一杯の希望に羽ばたき、複葉機の左翼を掴み、そしてその上に登る。
「落ちるんじゃねえぞ!」
パイロットはそう叫んだ後、エンジンを止め、上を向いて失速して一気に降下する。
その二尺上を、砲弾が掠める。
操縦桿を押して一気に下を向き、勢いのまま降下する。
上空10kmから、8km、5km、1kmと下る。
高度計が気圧差で割れてまともに動かなくなる。
エンジンが煙を吹く。尾翼が内側に凹み、割れて砕け散る。
「だから欠陥機は使いたくないっつったのに…」
かろうじて平行飛行になったが、操作の利かなくなった鋼鉄の塊はとても飛行場までは辿り着けない。
「そりゃあんな飛び方すりゃ壊れるじゃろ…」
姫が呆れるのを他所に、パイロットは言う。
「50mぐらいなら、落ちても平気ですよね。」
「は?」
パイロットは席を立ち、左翼に飛び乗って一気に機体を左に傾けて落下させる。
そして、接地直前に姫を抱えて、地面に飛び込む。
飛行機が丸ごと爆散する。
「死ぬかと思ったわバカ野郎が!」
姫は怒りながら砂埃を払う。
パイロットはそれにに呆れ顔で返す。
「僕らは高度500mぐらいから飛び降りるのもザラですよ。」
この職業に、安全第一なんて言葉が現れるのはいつになるだろうか。
「助けてくれたのはありがたいしそれは知っとるが…妾がおるのじゃから安定性を少しは考えんか!」
姫はそう怒りながら、踵を返し本陣へと戻っていった。
まだ12歳なのにこの国を背負い、わがままを言うこともままならず、前線までやってきて命だけで指揮を執る。
普通はとてもできないことである。
今、少し煤けた色の弱った雀が、今姫に踏まれかけて、力強く空へと飛び上がっていった。
長い英雄詩が、ここに始まろうとしていた。




