第6話 民宿の"名物"料理
ダンジョンの幻想的な光景に興奮しっぱなしだったリサは、地上に戻ってくるなり、縁側にへなへなと座り込んだ。
「はー……お腹すいたー! 感動したら、エネルギー全部使っちゃいました!」
「そりゃ、あれだけはしゃいでたらな……」
時刻はちょうど昼時。
俺の腹も、くぅ、と情けない音を立てた。
この町には、洒落たランチを食べられるような店はない。
唯一の食堂も、今日は定休日のはずだ。
「仕方ない。何か簡単なものなら作りますよ。もてなしって言えるほどのものじゃないですけど」
「え、本当ですか!? やったー!」
リサはパッと顔を輝かせると、再び小型カメラを構えた。
「緊急企画! ダンジョンマスターの手料理、初公開! これも絶対にいいネタになる!」
マスターじゃない、ただのおじさんだ。
心の中でツッコミを入れながら、俺は古民家の台所へと向かった。
社畜時代、外食は贅沢品だった。おかげで、冷蔵庫にあるものでパパッと何かを作るスキルだけは、無駄に鍛えられている。
「さて、何があるかな……」
冷蔵庫を開けると、親戚のおばさんが届けてくれた野菜と、冷凍してあったニシンの切り身があった。ニシンはこの留咲萌町の特産品だ。親父がよくパスタにしてくれたのを思い出す。
「よし、決めた」
俺はエプロンを締め、手際よく調理を始めた。ニンニクと鷹の爪をオリーブオイルで熱し、香りを出す。そこにニシンの切り身を投入し、白ワインでフランベ。トマト缶と、庭で摘んできたばかりのローズマリーを加えてソースを煮詰めていく。
「うわ、めっちゃいい匂い! 田中さん、手際良すぎじゃないですか?」
「これくらい、毎日やってれば誰でもできますよ」
カメラを回しながら感心するリサをいなしつつ、俺はパスタを茹で始めた。
そして、仕上げに「秘密兵器」を取り出す。先日、ダンジョンでゴブリンがくれた、あの青白く光るキノコだ。軽く水洗いし、毒がないことを念のため魔法のアイテム――スマホの「食べられる野草キノコ判定アプリ」で確認する。
判定は「不明」。
……まあ、あのゴブリンが俺を害するとは思えない。信じよう。
俺はキノコを薄切りにして、パスタが茹で上がる直前にソースに加えた。すると、キノコは熱でさらに発光を増し、ソースの中でほのかに青い光を放ち始めた。
「うわー! キノコが光ってる! 何これ、ファンタジーじゃん!」
「まあ、ダンジョン産ですから」
茹で上がったパスタをソースと絡め、皿に盛り付ける。最後に黒胡椒を振って完成だ。
「お待たせしました。『留咲萌町産ニシンと光るキノコのトマトパスタ』です」
「すごーい! めっちゃ美味しそう!」
リサは目の前に置かれたパスタに、目をキラキラさせている。
ニシンの香ばしい匂いとトマトの酸味、そして、ほんのり光るキノコが乗ったパスタは、我ながら上出来に見えた。
「じゃあ、さっそく……いただきまーす!」
リサはフォークでパスタをくるくると巻き、大きな口で頬張った。
その瞬間、彼女の動きがピタリと止まる。そして、次の瞬間、大きく目を見開いた。
「…………え、なにこれ、めちゃくちゃ美味しい!!」
渾身の叫びだった。
「このニシンの塩気と旨味が、トマトソースにめちゃくちゃ合ってる! ていうか、このキノコ! シャキシャキしてて、ほんのり甘い! こんな食感、初めて!」
リサはカメラに向かって、夢中でその感動を伝えている。
「みんな、これマジでヤバい! 辺鄙な場所にある食堂ほど美味いって言うけど、ガチだった! ダンジョン飯、最高ー!」
その食べっぷりは見ていて気持ちがいいほどで、俺は照れくさいやら、嬉しいやらで、複雑な気持ちで自分の分のパスタを口に運んだ。うん、確かに美味い。
食後、満足げにお茶をすするリサは、早速ノートパソコンを取り出して、動画の編集作業を始めた。その集中力と手際の良さは、まさにプロの仕事だった。
そして、一時間後。
「よし、アップロード完了!」
リサは完成した動画を、自身の数百万人のフォロワーがいるチャンネルに公開した。
タイトルは、『【神回】ガチの未開拓ダンジョンに潜入したら、絶景と激ウマ飯に出会った件www【北海道】』。
いかにも、なタイトルだ。
すると、信じられないことが起きた。
公開された動画は、瞬く間に視聴回数を伸ばしていく。コメント欄は、滝のように流れる文字で埋め尽くされた。
『なにこの場所、CGみたい!』
『ガチで行ってみたいんだが! どこだよここ!』
『うわあああ、このパスタ絶対うまいやつwww飯テロやめろww』
『おじさんの料理スキル、地味に高すぎん?w』
『ゴブリンがお辞儀www』
『このスライム、うちにも一体ください』
そんなコメントで溢れている。
「ほらね、言ったでしょ?」
リサはスマホの画面を俺に見せながら、得意げに笑った。
俺は、自分の家のダンジョンや、自分の作った料理が、画面の向こうの見ず知らずの無数の人々から評価されているという事実に、全く現実感が追いつかなかった。
「すごいな……これが、バズるってことか」
「これはまだ序の口ですよ、田中さん。これからもっと面白くなりますって」
リサが悪戯っぽく笑った、その時だった。
ピロン、と彼女のスマホが軽快な通知音を鳴らした。画面を確認したリサが、素っ頓狂な声を上げる。
「うわ、マジか……! 仕事、早っ!」
「どうしたんです?」
「田中さん!」
リサは興奮した様子で、俺にスマホの画面を見せてきた。そこには、SNSのダイレクトメッセージが表示されていた。
『はじめまして。リサさんの動画を拝見しました。大変魅力的な場所ですね。突然で恐縮ですが、もしよろしければ、あの「ダンジョン民宿」、宿泊させていただくことは可能でしょうか?』
「……早くも、次のお客さん、来ちゃうかもですよ!」
まだ民宿の「み」の字も始まっていないというのに。
俺の第二の人生は、俺の想像を遥かに超えるスピードで、とんでもない方向へと転がり始めていた。