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第4話 珍客、来たる

『【世界初?】ダンジョンに民宿作ります【北海道の片舎より】』


 俺がそんな投稿をしてから、三日が過ぎた。

 期待と不安が入り混じった気持ちで、毎日何度もSNSをチェックする。その結果は……。


インプレッション数、32。

いいね、0。

リポスト、0。

コメント、0。


「……だよなー」


 スマホを畳の上に放り出し、俺は天井を仰いだ。

 そりゃそうだ。フォロワー0の謎のアカウントが、寝言のようなことを呟いたところで、誰の目にも留まるはずがない。都会の喧騒の中、何百万、何千万という情報が飛び交う中で、俺の小さな声など、さざ波にすらならないのだ。


「ぷるる……」


 足元で、プルが心配そうに俺を見上げている。俺が落ち込んでいるのを察したらしい。健気なやつめ。


「大丈夫だ、プル。こんなことでへこたれてたら、何も始まらないからな」


 俺はプルを手のひらに乗せて、そのひんやりとした感触に癒やされながら立ち上がった。   

 SNSでの宣伝は一旦保留だ。今は、やるべきことをやる。役場の佐藤さんが視察に来る日に備えて、家の中とダンジョン周辺の環境を整えるのが先決だ。


「よし、まずはこの古民家を人が泊まれるレベルまで綺麗にするぞ!」


 俺は腕まくりをして、プルと共に家中の大掃除を開始した。

 プルは床のホコリを吸い取るだけでなく、俺が雑巾で拭いた窓を、その体で滑るようにして仕上げ拭きまでしてくれる。おかげで、ガラスは面白いようにピカピカになった。こいつ、本当にハイスペックだ。


 汗だくになって居間の掃除を終え、縁側で麦茶を飲んで一息ついている、その時だった。

 ブォン、という、この静かな町には不似合いなエンジン音が聞こえてきた。音の主は、うちの家の前で停まったようだ。何事かと顔を上げると、そこには鮮やかな赤色のスポーツカーが鎮座していた。札幌ナンバーのレンタカーだ。


(なんだ……? 道にでも迷ったか?)


 この辺りは観光地でもないし、こんな高級車が来る用事など考えられない。俺が首を傾げていると、運転席から一人の女性が降りてきた。

 歳の頃は20代半ばだろうか。白いTシャツにダメージジーンズというラフな格好だが、それが逆にお洒落に見える。深く被ったキャップと大きなマスクで顔のほとんどは隠れているが、全身から「私、都会の人間です」というオーラが溢れ出ていた。


 女性はスマホの画面と、俺が座っている古民家をキョロキョロと見比べている。そして、やがて意を決したように、こちらへ向かって歩いてきた。


「あのー、すみませーん」


 鈴が鳴るような、よく通る声だった。


「はい、なんでしょうか?」


「えっと……ここって、SNSで『ダンジョンに民宿作る』って言ってた人の……お家、ですよね?」


「……え?」


 俺は、飲んでいた麦茶を吹き出しそうになった。

 なんだって? あの、インプレッション数32の投稿を、この人が見たというのか?


「な、なんでそれを……?」


「やっぱり! やっと見つけましたー!」


 女性は「ビンゴ!」とでも言いたげに指を鳴らすと、あっけらかんとした様子でキャップとマスクを外した。

 その下に現れたのは、キラキラと輝く大きな瞳と、太陽のような明るい笑顔が印象的な雑誌のモデルか何かと見紛うほどの美少女だった。


「はじめまして! 私、リサって言います! ネットで配信とかやってる者でーす!」


「えっと……田中です」


 リサと名乗った彼女は、ペコリと頭を下げた。


 配信者……?


 全く状況が飲み込めない俺は、ただただ呆然と彼女を見つめることしかできない。


「いや、あの、えっと……」


「私、見つけちゃったんですよー、田中さんの投稿! 『ダンジョン』とか『民宿』とかで検索してたら、偶然!」


 偶然、ね。もはや天文学的な確率じゃないか、それ。


「こんな面白そうなネタ、放っておけるわけないじゃないですか! これは絶対、私のチャンネルで取り上げるべきだって、直感がビビッときて! それで、いてもたってもいられなくなって、飛行機に飛び乗って、レンタカー借りて来ちゃいました!」


 東京から、今朝。

 そう言って、彼女はえへへ、と屈託なく笑った。行動力の化身か、この子は。


 俺の混乱をよそに、リサの目は好奇心で爛々と輝いている。その視線は、俺の背後にある裏山へと注がれていた。


「早速なんですけど、そのダンジョン、見せてもらえませんか?」


「え、あ、いや、でも……」


「もちろん、配信で使わせていただくからには、謝礼はお支払いします! 宿泊費もちゃんと払いますから!」


 金の問題じゃない。

 そもそも、まだ民宿は影も形もないのだ。あるのは、荒れ放題の古民家と、手つかずのダンジョンだけ。

 こんなものを見せて、一体どうしろと。


「いや、本当に、まだ何も……ただの洞窟ですよ? ガッカリさせちゃいますって」


「そこを面白くするのが、私の仕事なんで!」


 リサはぐいっと顔を近づけて、ニッと笑った。その勢いに、俺は完全に気圧されてしまう。


 これは、チャンスなのか?

 それとも、とんでもないトラブルの始まりなのだろうか?


 社畜時代に培った俺の危機管理能力が、警報を鳴らしている。関わってはいけないタイプの人間だ、と。

 だが同時に、心のどこかで「面白くなってきた」と感じている自分もいた。


「ぷる!」


 俺の足元で、プルが「行こうよ!」とでも言うように、ぴょんぴょんと跳ねた。お前までそっち側なのか。


「……はぁ。分かりましたよ」


 俺は観念してため息をついた。


「ただし、本当にただの洞窟ですからね。モンスターも、人懐っこいのしかいませんし。期待されても、何も出ませんよ」


「大丈夫ですって! それ、最高のフリじゃないですか!」


 リサは満面の笑みで、ガッツポーズをした。

 こうして、俺の静かでのどかな田舎暮らしは、人気配信者という嵐のような闖入者によって、突如として終わりを告げたのだ。

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