第8話「論点がおかしい」
「あなたの繋ぎ姿、私一番好きなんです。だからその姿のときと同じ香りがしてうれしいですわ」
鈴華の気持ちがわからない。
どこにでもいる作業着を着た男の何が良いというのだろう。
汗水流して、土にまみれて仕事をする男を好きだという要素がどこにあるのか。
仕事に誇りは持っている。
だが一般的に綺麗な仕事とは言えないわけであり、好む人間はごく少数のはず。
特に鈴華のような雲の上のような存在からすると、地に足をつけて踏ん張って生きる存在を見下ろしているものだと偏見をもっていた。
鈴華の口からはいつも予想外の言葉が出てきて、受け止め方に戸惑ってしまう。
「そうですわ! 忘れるところでしたわ!」
そう言って鈴華は手提げ袋に入れてきた弁当箱を取り出すと、陸斗の手に押しつける。
それを受け取った陸斗は目を丸くし、肩をおとすしかない。
「ここで作ればよかったのに」
「ガス代節約です!」
鈴華から”節約”という単語が出てくることが意外であった。
普段から陸斗はわざとらしく鈴華をお嬢様扱いし、自分とは対照的な存在であることを強調してきた。
それを鈴華も察してきたのか、少しでも陸斗に負担をかけない方法でアプローチをかけてくる。
当てつけのように卑屈になった発言をしているというのに、それに対し動じない鈴華が謎だ。
これ以上、考えていても仕方ないこと……。
陸斗はベッドの端に腰掛け、鈴華は畳のうえにペタンと座る。
弁当の包みを開き中を見ると、色とりどりのサンドウィッチが詰められていた。
「サンドウィッチって簡単に作れて。それでいて美味しいですわよね。陸斗と一緒に食べてみたくて」
「家で手作りサンドウィッチとかある意味新鮮かも」
「家で食べることはおかしいことですの?」
「いや、そういうわけではないけど」
「あぁぁ……。私ってば、とんだ失態ですわ。サンドウィッチが家で食べてはいけないものなんて……!」
ただ手作り、ということに新鮮さを感じて発言しただけだ。
陸斗の誤解をさせてしまう反応に対し、激しく落ち込む鈴華の姿こそ面白おかしいもの。
オーバーなリアクションに陸斗は口角をあげ、笑いながらサンドウィッチを口にした。
「あ……」
口当たりの良い、やさしい味。
具として使われるハムとレタスは新鮮で、お互いに素材の良さを引き出している。
また手を伸ばし違う具のサンドウィッチを口に入れる。
今度はカツサンドだった。
これも手作りなのだろう。
絶妙な揚げ具合のカツはサクッという音を当て、パンのやわらかさとマッチする。
一つ一つがちゃんと手作り感があり、たった十日ほどでよくここまで上達したと感心を抱く。
おそらく鈴華のことだから、必死になって何度も何度も練習したに違いない。
本当に、信じられないくらい純粋で、猪突猛進なお嬢様であった。
「うまい。あんた、すげぇ練習しただろ」
「あ、当たり前ですわ!私、陸斗に喜んでいただけるなら努力は惜しみませんわ!」
意地になったように顔を赤らめ、自分で作ってきたサンドウィッチを口に詰め込む。
リスのように膨らんだ頬が愛らしく、赤かったので林檎そのもののよう。
そうしてたまに会話を交えながら食べていると、突然鈴華が手を止める。
どうしたのだろうかと思い目を向けると、鈴華が立ち上がり向かった先に陸斗はサンドウィッチを膝の上に落としてしまった。
くるりと振り返り、陸斗の前へと戻ってくると鈴華は眉をつりあげていた。
「陸斗、これは一体なんですの!」
「え、あぁ、これは……」
「私という存在がありながら……浮気ですか!? こんな……女用の下着があるなんて!」
浮気とは付き合っている者同士が使える言葉だったかのように思える。
付き合ってもいないのに浮気だと言われるのは心外だ。
いや、本題はそこではない。
鈴華の手に持たれている下着の正体は何だという話であった。