第8話「おうちデートですわ♡」
鈴華は自分の美貌を甘くみている節がある。
まったく自覚がないわけではないが、それで周りがどう振り回されるかは考えていない。
声をかけられてもナンパとは思わず、ただ変な男が声をかけてくるという認識でしかなかった。
「櫻井がいてくれて助かりましたわ。本当、しつこくて……」
「櫻井?」
「あぁ、私の専属執事ですわ。ほら、あそこの車にいる方ですわ」
鈴華が指す方向に目を向けると、黒い高級車が停まっている。
有名な高級車だが、各駅停車の駅に停まるには不似合いすぎて浮いていた。
その車の助手席側に、初老の男性が立っている。
目が合うと美しい仕草でお辞儀をされ、思わず陸斗もしっかりとしたお辞儀を返していた。
改めて鈴華はお嬢様なのだとと思い知らされる。
生き抜く事に精一杯な自分と比較して、付き人がいるのは優雅で余裕があると皮肉に笑いたくなった。
少し自惚れていたのかもしれない。
どんなに鈴華に想いを告げられたところで、そこにある壁を乗り越えられるものではない。
この身はこんな真っ白なお嬢様に並んでいいようなものじゃないから。
「陸斗? どうかいたしましたの?」
「いや……。お前って本当にお嬢様なんだなって」
「そんなことを考えていたのですね。でも、うれしいですわ。そうやって陸斗が少しでも私のことを考えてくれるだなんて」
生きる世界が違うと感じるのは、鈴華のことを意識してのことか?
例えそうだとしても、断固として否定する。
鈴華を好きになったとしても、今の陸斗にはいらない感情だ。
どうせこの手は鈴華を幸せには出来ない。
誰も幸せになんて出来ないのだから、愛し愛される関係を求めていない。
今は働いてお金を貯めていく。
それでいいんだ。
「さ、陸斗。おうちに連れていってくださいな」
「……あぁ」
本当に連れて行って良いのだろうか。
今さらながらに選択に迷いが出る。
恋人でなく、友達とも言い難い関係。
腕に巻き付いて嬉しそうに微笑む鈴華の横顔は、どこにでもいる恋する女の子。
「ここが陸斗の住んでいる場所なのですね。来れてうれしいですわ」
誰が見てもおんぼろのアパートの前に着き、お嬢様にそれを見せる恥ずかしさに目をそらす。
鈴華のようなお嬢様からすると、人の住む場所とは思えないだろう。
だからこそ、たまに鈴華の感覚がわからない。
汚れた繋ぎを着た陸斗に抱きついてきたり、カップラーメンを美味しいと言ったり、こんなアパートを見ても汚いと思わなかったり……。
価値観が突き抜けているのか。
古くて貧しいものこそ、貴重とでもとらえているのか。
皮肉だらけの疑問を抱きながら、陸斗は鈴華を部屋に招き入れた。
キッチンと繋がっている自室。
バストイレが同じ空間にある部屋割りは、鈴華にとって初めて見るものだろう。
その証拠に部屋を見渡す鈴華は何度も瞬きを繰り返していた。
「悪いな、こんな部屋で」
「いいえ、いいえ! すごいですわ!」
「はっ?」
興奮したように陸斗の手を取りキラキラと目を輝かせる。
ただのおんぼろアパートの一室に何を感動するというのだろう。
「陸斗の部屋って感じがしますの!」
「それは俺に常に貧乏さが表れている、と言うことで?」
「そういうことではなく! ここは陸斗の香りがします!」
うれしいような、悲しいような、複雑な心境であるのは否めない。
「あなたの繋ぎ姿、私一番好きなんです。だからその姿のときと同じ香りがしてうれしいですわ」
鈴華の気持ちがわからない。
どこにでもいる作業着を着た男の何が良いというのだろう。
汗水流して、土にまみれて仕事をする男を好きだという要素がどこにあるのか。
仕事に誇りは持っている。
だが一般的に綺麗な仕事とは言えないわけであり、好む人間はごく少数のはず。
特に鈴華のような雲の上のような存在からすると、地に足をつけて踏ん張って生きる存在を見下ろしているものだと偏見をもっていた。
鈴華の口からはいつも予想外の言葉が出てきて、受け止め方に困ってしまうんだ。
「そうですわ! 忘れるところでしたわ!」
鈴華は手提げ袋に入れてきた弁当箱を取り出すと、陸斗の手に押しつける。
「ここで作ればよかったのに」
「ガス代節約です!」
鈴華から”節約”という単語が出てくることが意外であった。
普段から陸斗はわざとらしく鈴華をお嬢様扱いし、自分とは対照的な存在であることを強調してきた。
それを鈴華も察してきたのか、少しでも陸斗に負担をかけない方法でアプローチをかけてくる。
当てつけのように卑屈になった発言をしているというのに、それに対し動じない鈴華が謎だ。
これ以上、考えていても仕方ないこと……。
陸斗はベッドの端に腰掛け、鈴華は畳のうえにペタンと座る。
弁当の包みを開き中を見ると、色とりどりのサンドウィッチが詰められていた。
「サンドウィッチって簡単に作れて。それでいて美味しいですわよね。陸斗と一緒に食べてみたくて」
「家で手作りサンドウィッチって……なんか新鮮だな」
「家で食べることはおかしいことですの?」
「いや、そういうわけではないけど」
「あぁぁ……。私ってば、とんだ失態ですわ。サンドウィッチが家で食べてはいけないものなんて……!」
ただ手作り、ということに新鮮さを感じて発言しただけだ。
激しく落ち込む鈴華の姿がおかしくて、つい誤解だと訂正するのを止めてしまう。
オーバーなリアクションに陸斗は笑いながらサンドウィッチを口にした。




