第7話「お嬢様の感動ポイント」
「陸斗っ!」
「うぉ!?」
突然抱きつかれて倒れそうになるも、なんとか足を踏ん張って阻止した。
マジックテープを剥がすように鈴華を離す。
駅前なので人も多く、こんなところで抱き合っていたら目立つ。
このお嬢様はどんな場所であろうと人の目を気にしないようだから厄介だ。
「陸斗、遅いではないですかぁ」
涙目にメソメソと嘆く鈴華に、これでも早く来たと陸斗はたじろいてしまう。
「遅いってまだ五分前……」
「そうですけど! 陸斗を待っている間にいろんな男の人に声をかけられて怖かったんですのよ!」
鈴華は自分が美人であるということに気づいていない。
自分が周りにどうみられているのかに対し、鈍すぎるのがたまにどころか常にキズ。
声をかけられてもナンパとは思わず、ただ変な男が声をかけてくるという認識でしかなかった。
「櫻井がいてくれて助かりましたわ。本当、しつこくて……」
「櫻井?」
「あぁ、私の専属執事ですわ。ほら、あそこの車にいる方ですわ」
鈴華が指す方向に目を向けると、黒い高級車が停まっている。
有名な高級車だが、各駅停車の駅に停まるには不似合いすぎて浮いていた。
その車の助手席側に、初老の男性が立っている。
目が合うと美しい仕草でお辞儀をされ、思わず陸斗もしっかりとしたお辞儀を返していた。
改めて鈴華はお嬢様なのだとと思い知らされる。
生き抜く事に精一杯な自分と比較して、付き人がいるのは優雅で余裕があると鼻で嗤った。
少し自惚れていたのかもしれない。
どんなに鈴華に想いを告げられたところで、そこにある壁を乗り越えられるものではない。
「陸斗? どうかいたしましたの?」
「いや……。お前って本当にお嬢様なんだなって」
「そんなことを考えていたのですね。でも、うれしいですわ。そうやって陸斗が少しでも私のことを考えてくれるだなんて」
生きる世界が違うと感じてしまうのは、鈴華のことを意識しているからなのか?
例えそうだとしても、否定する。
鈴華を好きになったとしても陸斗にはいらない感情だ。
この手では鈴華を幸せには出来ない。
誰も幸せになんて出来ないのだから、誰かと愛し愛される関係を求めていない。
ふと、腕に目をやると鈴華が腕に巻き付いていた。
嬉しそうに微笑む鈴華の横顔は、どこにでもいる恋する乙女であった。
一生、答えないと唾を飲みこみながら陸斗はしかめっ面に目を背けた。
「さ、陸斗。おうちに連れていってくださいな」
「はいはい」
恋人でなく、友達とも言い難い関係。
それによって何か支障が出るわけでもないので、陸斗は余計なエネルギーを使いたくないと思考を放棄した。
鈴華を連れ、しばらく歩くと陸斗の住むアパートが目に入ってくる。
「ここが陸斗の住んでいる場所なのですね。来れてうれしいですわ」
このアパートは誰が見てもおんぼろのアパートだ。
鈴華のようなお嬢様からすると、人の住む場所とは思えないだろう。
だからこそたまに鈴華の感覚がわからない。
汚れた繋ぎを着た陸斗に抱きついてきたり、カップラーメンを美味しいと言ったり、こんなアパートを見ても汚いと思わなかったり……。
価値観が突き抜けているのか。
古くて貧しいものこそ、貴重とでもとらえているのか。
皮肉だらけの疑問を抱きながら、陸斗は鈴華を部屋に招き入れた。
キッチンと繋がっている自室。
バストイレが同じ住居なんてものは、鈴華にとって初めて見るものだろう。
その証拠に、辺りを見回す彼女の目は何度も瞬きを繰り返していた。
「悪いな、こんな部屋で」
「いいえ、いいえ! すごいですわ!」
「はっ?」
興奮したように陸斗の手を取りキラキラと目を輝かせる。
ただのおんぼろアパートの一室に何を感動するというのだろう。
「陸斗の部屋って感じがしますの!」
「それは俺に常に貧乏さが表れている、と言うことで?」
「そういうことではなく! ここは陸斗の香りがします!」
うれしいような、悲しいような、複雑な心境であるのは否めない。