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第5話「心の矛盾。戒めて」

「陸斗。今日鈴華ちゃんは来ねーの?」

「……知らん」


そういえば変だ。

いつもなら鈴華は休憩の前に必ず来ているのに今日に限って来ていない。


何かあったのだろうか。

昨日鈴華が弁当を作ってくると言っていたので、昼食を用意していない。


近くのコンビニにまで買いに行くしかないだろうか。

なんだかんだで期待していた自分がバカらしく思えてしまい、大きなため息を吐いてしまう。


その時、工事現場の入り口の方から見覚えのある姿が走ってくるのが目に入ってきた。


「お前……」

「陸斗……! ちょっと…待ってくださいなっ!」


息切れをしながら膝に片手を付き肩で呼吸をする鈴華。


よほど急いできたのだろうか、車に乗ることも忘れ走ってきたようだ。


鈴華の足で片道徒歩四十分の距離を走るのはしんどいだろう。

汗をだらだらと流し疲れ切っている鈴華の肩を掴み、倒れこまないように支える。


鈴華の腕には風呂敷に包まれた中くらいのサイズの弁当が二つ。


鈴華は約束を破らず弁当を作ってきたようだ。


呼吸が落ち着くと鈴華は鞄から白いハンカチを出し、汗を拭う。

そして拭いおわるとにこりと笑い、大事に抱かれていた弁当の一つを手渡してきた。


「約束のお弁当ですわ」

「あ、あぁ…」


弁当を受け取ると重みのある弁当と鈴華を交互に眺める。


「な、なんですの!?」

「いや、本当に弁当作ってきたことに驚いて…」

「失礼ですわ! 私一度言ったことは最後までやり通す主義ですのよ!」

「ご、ごめん…」


照れながらもえばる鈴華が少しだけかわいく見えた。

ついに口角を上げて笑うとと鈴華は目を釣り上げて睨み付けてくる。


「何がおかしいんですの!」

「いや、ただ嬉しいだけさ。ありがとな」


優しく微笑みかけてやると鈴華は顔を真っ赤にし、ぷいっと顔を背ける。


だがすぐに表情を歪め、悲しそうな顔をすると自分の手に持つもう一つの弁当袋を握り隠そうとした。


不思議に思いつつ、昨日と同じ場所に腰掛けて食事をはじめる。


陸斗は鈴華から受け取った弁当の包みを開く。

なんとも色鮮やかで、食欲を増幅させてき、冷めても美味しそうな香りが鼻奥にまで届きそうだ。


「やばっ……こんなの食べていいわけ?」

「た、食べてくださいな。味は保証いたしますわ」


陸斗は添え付けられていた箸で、おそるおそる最初に目に入った和風な卵焼きを口に運ぶ。


口に入れた瞬間、ふわふわの食感とほどよい甘さと塩加減が絶妙に広がっていった。


「うまっ!」


あまりの美味しさに他のものもぽんぽんと口に入れていく。

それを隣にいる鈴華は罰が悪そうに眉を下げる。


ふと隣に目をやると、鈴華は自分の弁当を開かず、陸斗が弁当を食べる様を眺めていた。

さすがにおかしい……と、陸斗は箸を止める。


「お前、食べないのか?」

「えっと……た、食べますけど……」


鈴華は微弱に震える手で自分の弁当の包みを開く。

蓋を開こうとするのだが、なかなか動こうとしない。


気になった陸斗は思い切って鈴華の手を上げ、無理やり蓋を開かせてみた。


「あっ……」

「……何これ」

「こ、これはですね……!」


目が泳いでいる。

汗が流れているのは暑さだけのせいではないだろう。


鈴華の膝のうえにある弁当は、正直食べものと呼べる代物ではない。


真っ黒で、焦げて何を作ったのかわからないくらいだ。

ただ一つ、真っ黒の中にある茶色混じりの黄色いものは何かわかる程度のもの。


「これを作ったのは……あんたなのか?」

「……申し訳ございません」


鈴華の作ったものと認めたが、今食べているこの弁当は誰が作ったのだろう?


何度も何度も繰り返し、ようやく上手くいったものなのだろうか。


「怒らないから正直に話してくれないか?」


優しい音色で問うと鈴華は顔を上げ、涙目になりながらスカートの裾を握り締めてこちらを見る。


口を開いては閉ざしの繰り返し、ようやく発してくれた声はか細く震えていた。


「そのお弁当は……私が作ったものではありません」


だから彼女はなんとなく元気がなかったのだろう。

よく見ると彼女の白く細長い指は、ばんそうこだらけだ。


おそらく慣れない手料理を美味しく作ろうと必死になっていたのだろう。

今、彼女の膝のうえにある弁当は努力しての結果。


真っ黒な弁当を食べさせたくなかったのは、彼女なりの想いだったのだ。



必死になって弁当を作る彼女の姿が浮かんでくる。


なんだか温かい気持ちだ。

きっと、不謹慎にもうれしく感じている。


こうなれば勢いだと、陸斗は箸を手に黒い弁当から卵焼きらしきものをとって頬袋に詰め込んだ。

さすがの鈴華もギョッとして短く悲鳴をあげる。


「なっ!? 何食べてるんですの!?」 

「……まずっ」


不味いと言っておきながらも箸を進めていく。

鈴華はそれを隣でハラハラとしながら止めようとする。


「そんなの食べてはいけませんわ!」

「必死になって作ってくれたんだ。それを粗末になんか扱えるか」

「でもっ……」

「食えないことはない。せっかく作ってきたんだからちゃんと食うよ」


にこりと笑って鈴華の頭を撫でる。

鈴華は泣きそうな微笑みを浮かべ、陸斗の手にすがりついてきた。


目が合った瞬間、何故だか鈴華の姿があいらしく見え、決まり悪さに胸が鳴った。


「ありがとうございます。ですがもういいですわ。その気持ちだけで充分ですわ」

「別に。気を使ったわけじゃねーし」

「私、もっと練習をしますわ。陸斗に美味しいって言ってもらえるように、がんばりますわ」

「期待はしないでおく」


そう言って陸斗は鈴華の頭をポンポンと撫でた。

顔を赤く染め、うれしそうに頬を緩ます鈴華はどこにでもいる普通の女の子だ。


困ったものだ。どうしたものか。


いつもならこんな黒い弁当を食べようとも思わないし、そんな優しさなんか持ち合わせていない。

こうやって擦り寄られるのも嫌いであり、人に見られるのはもっと嫌だ。


だけど振り払うことも出来ず、むしろ引き寄せてしまっている。


金のあるお嬢様なんか嫌いだ。

なんの苦労も知らず、金に困ることもない我が儘し放題なのだから。


だけど鈴華からは嫌みなど一切感じられない。

お嬢様ならお嬢様なりに努力をしているように見受けられる。


そう好意的に見ている自分の打算的な考えに吐き気がした。


鈴華は嫌いではない。

でも好きでもない。

自分がわからなかった。


こんなことにうつつを抜かしている場合ではないのに。



「また……作ってくれな」


どうやら自分は気が狂ったらしい。

頭を抱えながら空を仰ぎ、ため息をつく。


今は金が一番。

愛なんかに気を取られている暇はない。


晴天の空に戒めを。それが陸斗の精いっぱいだった。

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