第46話「コンプレックスは壊してしまえ」
逃げていてもはじまらない。
根気強く生きること。
自分の気持ちはぶつけてみることからはじめること。
鈴華を通じて学んだのだから、陸斗がそれを体現してみせる。
まずはぶつかって、考えるのはそれからだ。
何かを変えるには一歩を踏み出すしかないのだから。
「工藤から、親父と会ったと聞いた」
「道久か。少し前に会いに来てくれたよ。陸斗と同じ職場なんだって聞いた」
「あいつは、親父になんて……?」
「……まずは謝罪を受けた。あと、借金のこと。病気のこと。全部聞いた」
「そう、か」
また、会話が途切れてしまう。
工藤との因縁は、父自身で解決することだ。
小切手を受け取った以上、陸斗はもう何も言う気はない。
ここにあるのは陸斗と父の確執だけ。
過去の傷を掘り起こすのは陸斗からすべきことではない。
ここからは父が陸斗と向き合うために努力する時だと、陸斗はあえて口を閉ざした。
それがターニングポイントとなり、父・優斗は机に両手をつくと膝を立てて前に身を乗りだしてくる。
「陸斗っ……! 俺は、俺は……!」
言葉を詰まらせる苦しげな父を、陸斗は鼻で笑う。
同情なんてしない。
自業自得なんだ。
心から喜びに満ちた笑顔を、父に向けることは二度とない。
向けられるのは作った笑顔か、皮肉を込めただけ。
「俺は、陸斗にそんな風に笑ってほしかったわけではないんだ」
「笑うしかねーだろ。どう受け止めればいいんだよ」
「そうだよな。受け止めなくていいさ。でも……これは俺の勝手な願いだ。聞いてほしい」
父は移動して、広い畳に直接正座し、陸斗と向き合う。
そして深々と畳に額をつけ、陸斗に土下座をした。
「すまない。……本当にすまなかった!!」
「――バカ野郎! くそ親父、それがどれだけ自分勝手で卑怯な言葉かわかってんのか!?」
「それでも俺は謝らないといけない。謝り続けなければならない! 陸斗、すまない! 一生許さなくていい!」
「ふざけんなっ……ふざけんなよ!!!」
机を叩き、父に声を荒げて叫ぶ。
喉がひりついて痛かった。
陸斗は鈴華から手を離し、カッとなって畳に手を振り下ろす。
「陸斗っ!」
鈴華が制止しようと手を伸ばす――が、陸斗は寸でのところで拳を止めた。
悔しそうに歯を食いしばり、陸斗は弱々しく笑って父の肩を小突いた。
「……俺は親父みたいにはならない。親父みたいに暴力に頼ってたまるか」
「陸斗……」
拳を握りしめると、陸斗は顔を上げる。
すると、後ろから花の香りが陸斗を包み込んできた。
心配しながら泣くのを我慢する鈴華を見て、陸斗は穏やかな気持ちになって口角を緩ませる。
陸斗を抱きしめる鈴華の手に、自分の手を重ね指を絡めた。
(鈴華がいれば大丈夫だな。俺は――負けない)
「親父は暴力に逃げた。苦しさを当たり散らした。俺はそんな親父の弱さを許しはしないし、これからもあの辛さを忘れない」
背中に残る紫色の痣、腕には煙草を押し付けられたあと。
それは消える事はない。だがそんな傷よりも許せないことがあった。
「お袋にしたことも許さない。お袋が許しても、俺は認めない。なにより……未来に父親がいないという悲しさを味わせたこと、許さない」
心から父を敬愛していた。
だからこそ、結末は家族に暴力を振るうというものになり、癒えぬ傷となった。
その結末が未来の生まれた日に訪れた。
家族は分離し、それぞれの道を歩むようになった。
また家族で暮らせる日が来るのかもわからない。
その新しい家族に父親はいるのか、それさえもわからなかった。
「陸斗……」
後悔に満ちた声色で陸斗を呼び、父・優斗は顔を上げる。
陸斗は、激しくのたうち回るような感情を吐き出した。
「親父が負けなければ、俺たち家族はこんなバラバラになることはなかった」
(イヤになる。なんで、俺は今……)
「苦しくたってみんなで頑張れば生きてこれた! 裕福な暮らしなんて望んでいない! 子供は、親が笑ってくれていればそれでいいんだよ!」
泣いているんだろう?
いつの、どんな陸斗が泣いている?
いつから泣きたかったかなんて、もう思い出せない。
陸斗の涙を見て、父・優斗はせめて目をそらさないと姿勢を正す。
それでよかった。
情につけ込むような形で謝罪をして許されたとしても、きっと遺恨を残す。
だからこの結論が、今は適切な気がした―。
「今の俺はまだ……親父を受け入れることができない」




