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第42話「こんな終わりはねぇよ」

今さらこんなものをもらったところで……! と、小切手を破り捨てたい衝動に駆られたが、グッと踏みとどまる。


金を受け取ったところで、陸斗が愛していた家族は元に戻らない。


千里は病院から出る事も出来ないし、未来を祖父母から引き取って一緒に暮らしているわけでもない。


何も変わらない。


ただ借金を返すためだけのもの。


理性的に考えることは難しく、陸斗は小切手を工藤に突き返した。


「これは、受け取れない」


「なぜだ? これだけあれば借金だって返せるはずだ」


「もらったところで失ったものは戻らないんだよ、何も。お前は何のためにこれだけの額を俺に渡す?」



何か裏があるのではないか?


そう疑ってしまうのは仕方のないことだ。


凍てつく態度が返ってくるだけとわかっていたのか、工藤は哀愁に満ちた微笑みを浮かべた。


「何もないさ。ただその金はオレには必要ないだけだ」


「! どういうことだ?」



それは工藤にとって必要のないもの。


これだけの金額はちょっと働いたくらいで稼げるものではない。


手放すには惜しい額を提示されても、陸斗には理解出来ず、眉間の皺が深くなるばかりだ。


そんな諦めた微笑みを向けられたところで、陸斗が揺らぐわけにはいかないのに……。



「オレはもう、長くないんだ……」



たったその一言が、陸斗の足元をふらつかせた。


ぐわんと、めまいが襲ってきてほんの一瞬一人では立っていられなくなる。


鈴華の支えがなければその場に倒れていたかもしれない。


それ以上、工藤は語ろうとしない。


このことを鈴華は知っていたのだろうかと視線を向けると、鈴華もまた困惑して顔面蒼白になっていた。


長くない。


その言葉は寿命を表すことくらい、察することはできる。


急にそんな戸惑いの出ることを言われても、返す言葉が見つからない。


沈黙がその場を凍らせた。



「あなたが話さないなら私から陸斗に話す」


ずっと傍観者に徹していた志緒利が口を開く。


工藤が気まずそうにうなだれると、志緒利は呆れたようにため息をつき、陸斗へ向き直る。


「工藤道久は原因不明の病に侵されている。もう長くないの」


強い風が吹き、少しだけ秋への移り変わりに鳥肌が立つ。


陸斗はひゅっと空気を吸い込み、唾を飲みこんだ。



「私は大学を卒業してから看護師として働いているの。工藤さんは患者の一人。彼と病院で雑談をしているときに、偶然、陸斗という共通人物がいることを知った」


高校生時代から志緒利は賢く、難関大学への進学もあっさり決めた。


看護師をしていると言われてすんなり納得してしまう。


看護師が一患者に肩入れすることは決して望ましいものではないだろうが、なぜそんな無謀なことをしたのか。



「工藤さんに頼まれたの。陸斗を支えてほしいって。……本当は患者さんに仕事以外で関わっちゃダメなんだけどね。私も、陸斗を忘れていなかったの。だから、もう一度陸斗に会いに行ったのよ」



くしゃりと困ったように笑い、志緒利は真っすぐに鈴華を見つめた。


「でも陸斗には鈴華ちゃんがいた。だから私は陸斗と鈴華ちゃんが本当に大丈夫なのかを確認したわ。そしてそれをちゃんと工藤さんに伝えた。二人は大丈夫だってね」



そう言って志緒利は目を細め、穏やかに微笑んだ。


鈴華は胸元で手を握りしめると、溢れ出てくる感情に胸を詰まらせて背中を丸めた。


一人の女として、愛する人を勝ち取った側にも苦しみがあると知った。


罪悪感はある。


――だが譲れない。だから前を向く。


謝るのは違うから。


鈴華が生きる上で、相手の心に失礼な謝罪は不要。


胸を張って気張るのが鈴華の筋だった。


同じ人を好きになったのだから、陸斗の幸せを願うのも同じはずだと、志緒利から目をそらさなかった。



「二人の事情は知っている。だけどもう、どうしようもないことだから。これが工藤さんに出来る精一杯の謝罪であり、最後に出来ることなのよ」



どれだけ陸斗が悔しくて、腹立たしくても。


感情をぶつける相手がもう間もなくこの世を去ろうとしている。


肉体労働の激しい工事現場で働けていたことさえ奇跡……。


工藤にとってのけじめであり、たった一つ形に出来るもの。


一枚の小切手の重みに、陸斗は破り捨てることも出来ずに紙を握りしめた。


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