第41話「クラッシュハート、なんていやですわ」
工藤は何かを陸斗に言おうとしたが、どう言えば良いのかがまとまらず結局黙り込んでいた。
それぞれが顔色を伺うような時間。
身を引き裂かれる思いをしている陸斗は、自分でも何を言っているのかわからなくなるくらい自暴自棄になってしまう。
「俺は死にたかった! ただ暴力を振るわれ、気の休まることのない日々に疲れてたんだ!」
そうだ。弱音を吐けなかった。
ずっと気を張って生きてきた。
今さら謝られて、お金で解決されても過去の自分は救われない。
我慢して我慢して我慢して!!
母の安心のために。
未来に寂しい思いをさせないように。
本当は大学に行って自分のやりたいことだって見つけたかった。
全部全部諦めるしかなかったのに! 今さらどう割り切れと言うんだ!!
「本当は重たいって! 俺は、解放されたかっ――!」
言い切らないうちにパァンと弾ける音が公園に響いた。
叩かれた。
誰に?
そんなのわかりきっている。
「鈴華……」
「死ねば良かっただなんて言わないで下さい! そんな風に命を軽々しく言う陸斗なんて、嫌いですわ!」
はじめて誰かを叩いたことで、鈴華は叩く側も痛みを感じると知り、涙が頬を伝う。
陸斗が死んで喜ぶものなど誰一人いない。
好きな人が死んでしまったら、悲しむものはいても、喜んで笑う人はいない。
初めて陸斗のことを嫌いだと思った。
今までどんなに苦しくても家族を守ろうとする陸斗は誰よりも輝いて見えていた。
絆を繋げるその姿が誰よりもいとおしかった。
今の陸斗は違う。
家族をも見捨て、自分を大切に出来ないただの幼子でしかない。
愛おしいと感じた陸斗ではない。
例え、鈴華が無知な箱入り娘だとしても、何が大切なのかは理解している。
命を粗末に扱う陸斗は、一番嫌いな姿だ。
「嫌いですわっ! そんな風に命を軽々しく扱う陸斗なんて……! 周りの人のことなんか、何も考えていませんわ!」
「俺は……」
「誰も陸斗の死なんて願っていませんわ! それにそれにっ……傷つく人がいるんですからっ!」
「――くそっ!」
一体なにをしているんだ!
思わず口にしてしまった叫びは本心かもしれない。
だが決して口にしてはいけなかった。
本気で”死にたい”なんて思っていないのに、周りを悲しませるとわかってて口にした。
母を大切にしたかった気持ちも、未来を可愛いと想う気持ちも全部本物なのに――!
陸斗は息せき切って鈴華を抱きよせる。
拒む鈴華の肩に顔を埋め、焦って何度も何度も「ごめん」を言い続けた。
「ごめん、鈴華。ごめん」
「……っバカですわ。陸斗は本当にバカです」
陸斗が生きているのは辛かったあの頃ではない。
今を、生きている。
辛い事があったとしても、それでも守りたい人たちがいる。
陸斗は今を生きたいと願っていた。
そんな簡単なことに気付かない陸斗は大馬鹿者だ。
それに気付かせてくれた鈴華の存在が、いつのまにか生きる理由の一つになっていた。
「死にたがっていた俺はもういない。俺は今を生きたいから。大切な人がいるから。……鈴華を守りたいから」
「生きてください。あなたは周りから生きてほしいと願われているのですから」
鈴華は涙を堪えながらくしゃくしゃになった笑みを浮かべ、陸斗に思いきり抱きついた。
温もりと愛する人の香り。
それを身近に感じられることはなんと幸せなことなのかと、鈴華は歓喜の涙を流した。
そんな二人の姿に工藤は安堵の息を吐くと、近くで傍観している志緒利に視線を移す。
志緒利は工藤の視線にうなずき、陸斗に目を向けて工藤の発言の許しを得た。
「陸斗。お前に渡したいものがある」
「渡したいもの?」
「あぁ。ずっと渡したいと思っていた」
そう言って工藤は胸ポケットに入れてあった封筒を取り出し、それを陸斗に渡す。
受け取った封筒の中身を確認すると、金額の記載された一枚の小切手が入っていた。
工藤が陸斗たち家族に背負わせた借金を上回る桁だった。
「なん、だよ……これ……」
「見ればわかるだろ。小切手だ」
「そうじゃなくて! 何なんだ!? この額は! 何でっ……」
「いくら渡したって失ったものの大きさとは比べようもない。だがこれがオレの精一杯形に出来る謝罪なんだ。……本当に申し訳ございませんでした」




