第4話「恋の余裕」
それから今日の仕事が終わり陸斗は家へと帰宅する。
ユニットバスでシャワーを浴び、汗や土を洗い流す。
工事現場で働いていることもあり、割と筋肉のついた良い体格だ。
シャワーを終え、半袖Tシャツにスウェットというラフな格好になると、室パイプ式ベッドに腰かける。
ずっと消していたスマートフォンの電源を入れると、いくつか未読メッセージを受信した。
その一番上にいるのは、ここ最近付きまとってくるあのお嬢様。
ヘタに断ることも出来ず、なりゆきで交換してしまい、この状態だ。
陸斗はため息をつきながら、既読に変えてお嬢様言葉で綴られていたメッセージに目を通した。
“お仕事お疲れ様ですわ”
”ところでお弁当の中身なんですけど陸斗は何が好きですか?”
メッセージのやりとりでこの言葉遣い。
素でお嬢様言葉を使っているのだろう。
さて、弁当に入れるものの定番といえば卵焼きやたこさんウインナーが主流だろう。
妥当に考えて卵焼きとでも返事に書いておこうか、と多少上から目線で返事を打つ。
“卵焼き”
たったそれだけの文。
返事ノルマは達成したと、夕食のためにベッドから立ち上がった瞬間――。
――ピロン、と瞬時の返答にげっそりとスマートフォンを手に取った。
“卵焼きですわね。わかりましたわ”
”がんばって作りますわね!”
”お仕事で疲れてるだろうと思うので今日はこの辺にしておきますわ”
”また明日、会いにいきますわ。おやすみなさい”
鈴華は気遣いができないわけではない。
少し暴走が激しいだけで、根はとても素直でよい子だと思う。
だからといって恋愛対象になるまではいかない。
今は働いて生活するのが精一杯で、誰かと付き合っている余裕はない。
高校を卒業してからずっとこの仕事に就いていた。
仮に誰かと付き合ってもすぐに別れるという状況が続いた。
陸斗は誰かに本気になったことがない。
例え鈴華と付き合っても傷つけることしかできないだろう。
そんなことを考えていたら食欲が失せてしまい、ベッドに倒れるようにして沈み込む。
「恋愛してる余裕なんかないんだよ、俺には……」
静かな部屋に陸斗の声が寂しく響く。
顔を手で覆い隠すと目を閉じ、意識を手放した。
容赦なく、次の日は訪れるもの。
繋ぎを着て作業を開始する。
今日もまた燦々たる陽光が降り注ぎ、体力を奪っていく。
「はぁ……」
さすがに疲労は溜まり、自然とため息が出てしまう。
しかし働かねば生活もままならない状況。
陸斗にとって大切なのは何よりも”お金”であった。
お金がなくては生きていけないし、なによりお金がなくては何も成せない。
愛より金。
それが陸斗の思考であった。
「俺はひねくれてるな……」
自嘲気味に笑い、手の甲で汗を拭うと仕事を続ける。
このおよそ一週間、何度思ってきただろうか。
鈴華の気持ちを利用して金を手に入れようと。
彼女は正真正銘のお嬢様で、上手くいけばお金を巻き上げることだって可能だ。
何度も思った。
でもそんなこと出来なかった。
純粋に好きだと言ってくれる彼女の想いを卑下に扱うことは出来なかった。
それだけでない。
彼女といれば自分の醜さを生々しく実感させられてしまうから。
真っ白な彼女を汚してしまうだろう。
その前に早く諦めてくれればいいんだ。
諦めて、他の誰かと幸せになって、未来を築いていけばいい。
お金ほしさに少しでもそんなことを考えてしまっていた。
最低だと思われても構わない。
お嬢様のおままごとには付き合っていられないのだから。
そんなことを考えているうちにいつのまにか休憩時間となっており、陸斗は作業場から離れるとペットボトルの水に口をつける。
陸斗に続いて外へ出てきた秀一もまた暑そうにして汗を拭っていた。