第33話「未来への罪悪感」
自分が笑われる立場にあるが、これは幸せの笑顔だ。
楽しそう笑う三人の姿に、陸斗の胸がじわじわと熱くなる。
照れが混じりに笑みをこぼし、あたたかい気持ちに未来への希望を抱いた。
いつか千里が退院し、未来も含めた三人でまた共に暮らせる日が来てほしい。
いや、必ずその日を迎えてみせると、陸斗は改めて心に誓った。
「未来はさ、俺と鈴華に結婚してほしいの?」
幸せに満たされた陸斗は浮ついた気持ちで未来に問いかける。
すると未来は鼻を高くしてにんまりと笑い出す。
「うん! お兄ちゃんは未来の好みじゃないもん! だから鈴華お姉ちゃんにお願いして結婚してもらうの!」
ウソだろう……。
こんな想いの破れ方ははじめてで、陸斗は受け止めることができない。
かかとに体重をかけ、後ろにふらつくと鈴華がそっと背中に手を添えて顔をひょっこりと出した。
「未来ちゃんには好きな人がいらっしゃるのですか?」
「うん! 翔くんって言うんだ!すっごくサッカーが上手なの!」
未来と鈴華は好きな人の話で盛りあがりだす。
それを千里はあらあらと口元に手を当てながら微笑ましそうに見つめており、陸斗だけが場外だ。
大きくため息をつき、千里の元に歩み寄ると近くにあった丸椅子に腰かける。
「陸斗。なーに難しい顔してるの?」
「別に、難しい顔なんかしてない」
「してるわよ~。未来に相手にされなくって寂しいの?」
やはり千里は母親だと、こういう見透かされたときに常に感じる
ささいな表情から陸斗の心情を読み取ってしまうところは、まだまだ親の領域だと感服した。
「早いものね。あんなにも小さかった陸斗がこんなにも大きくなって」
「もう年齢的には子供じゃないからな。でも……俺にも未来くらい小さいときがあったんだな」
高校を卒業して不安定な状況で、二人は陸斗を産み育てることを決めた。
周りが大学や専門学校に通い、青春を過ごしている中、父と母は陸斗を選ぶ。
持てる愛情全てを注いで育ててくれた。
だから家族崩壊の引き金となったあの事件は許せなかった。
悔しさと怒りに陸斗は拳を握りしめる。
再び現れた工藤を想像し、二度と奪われてたまるかと反吐を吐いた。
気づけば外は赤く染まり、日が暮れようとしていた。
楽しければ楽しいほど名残惜しくなるもので、未来は涙をこらえながら千里の腕から離れようとしない。
千里も寂しそうにしながら未来の頭をよしよしと撫で、微笑みかけ名前を呼ぶ。
「未来」
未来は一向に顔を上げようとしない。
母親がそばにいるべき年齢なのに、「お母さん」と気軽に呼べる距離にいない。
毎回こうなる度に陸斗と千里は胸を痛め、罪悪感に押しつぶされそうだった。
甘えたい時期に甘える相手が傍にいないのは、想像以上に寂しいことだろう。
「今日はもう遅いし、お兄ちゃんと帰ろうね? また遊びに来て」
優しい声かけに未来は首を横に振り、千里の腕に抱きついて泣きじゃくる。
こうなればしばらくは動かないと、悪役になるのはいつも陸斗だった。