第3話「愛妻弁当ですわ……きゃっ♡」
「いいんですの?」
「別に、一口くらい構わねぇよ」
鈴華は湯気で顔を赤らめながら、うれしそうに一口分をぎこちなくすする。
もぐもぐと口を動かし最後に飲み込むと、口元に手をあてて不思議そうに首をかしげていた。
やっぱり口に合わないのだろう。
好んでカップラーメンを食べているわけではないが、食の基準がこうも明確であれば彼女も現実に気づくだろう。
「おいしいですわ!」
「……えっ?」
そう決め込んでいた分、意表を突かれて思わず箸を落としてしまう。
すかさず鈴華が拾ってくれたが、タイミングが悪いと陸斗は青ざめる。
食べ終わっていたから良かったが、会話を広げる機会を与えてしまったとげそっとした気持ちになった。
「さすがに料理長の作ったものには劣りますが、悪くないと思いますわ」
「あ、そう……」
「でもこの時期に食べるのは暑いですわね。冷たくしてもおいしいカップラーメンが食べてみたいですわ」
毒気を抜かれた陸斗に、鈴華は自信満々と笑みを浮かべる。
だが全肯定ではないと人差し指を立て、陸斗との距離を詰めてスマートフォンを反対の手で掲げた。
「確かにカップラーメンはおいしいですわ。でも毎日それだと陸斗の栄養が不足すると思いますの」
「まぁそうだな」
カップラーメンで栄養がしっかりと取れたらそれはもう称賛ものだろう。
今、自分で弁当を作る余裕はない。
家に帰るころには疲れ切ってすぐに寝てしまうからだ。
栄養不足になるのは重々承知しているが、致し方ないと考えていた。
「私、そういうことは感心いたしませんの。というわけでお弁当を作らせていただきますわ」
「は?」
これまた唐突すぎる申し出に目を見開く。
鈴華はドヤッとしてスマートフォンを突き出し、陸斗に連絡先を求めてくる。
「いや、別にいいから!」
「遠慮なさらなくても良いですわ。私、気合いいれて作ってきます」
「お、鈴華ちゃんの手作り弁当かぁ。俺も欲しいなぁ」
「秀一さんにはカップラーメンで充分ですわ」
スパッと切り捨てられうなだれる秀一。
この態度の差をみていると、あの告白は本気だったとよくわかる。
なぜ、陸斗なのだろう。
わからないまま鈴華の気迫に押され、陸斗はスマートフォンで連絡先を交換してしまった。
念願の連絡先入手に鈴華は嬉しそうにしてベンチから立ち上がる。
「そうと決まればさっそく作らなくてはなりませんわ! 陸斗は好き嫌いありますの?」
「いや、特にないけど…」
「なら安心ですわ。私、がんばって作って参りますわね!」
「あ、あぁ」
「では私、準備に取り掛かりたいと思いますので、今日はここで失礼いたします。明日、楽しみにしていてくださいね!」
圧倒される陸斗をよそに、鈴華は疾風となって公園から駆け離れていった。
騒がしかった分、一気に閑静な公園を感じて陸斗は苦笑いを浮かべた。
「秀一。アイツ、料理作れると思う?」
「お嬢様だから教育くらい受けているのでは?」
「二択だな。上手いか下手かの」
「だな」
どうなるかわからないため、胃薬を用意しておいた方が良いだろうか。
中身のなくなった空の容器を見下ろし、明日の腹具合を心配しながら仕事を終えた。
***
仕事を終え帰宅すると、ユニットバスでシャワーを浴び、汗や土を洗い流す。
湯気で曇った鏡にお湯をかけると、引きしまった筋肉質の身体が映りこんだ。
高校卒業してからずっと働いているが、随分と筋肉がついたと陸斗は笑い、シャワーヘッドを壁に掛けた。
濡れた茶色の短髪をバスタオルで拭きながら、半袖Tシャツにスウェットとラフな格好でパイプベッドに倒れ込む。
仕事中はサイレントにしているスマートフォンを、何時間ぶりかに開けばいくつかの未読メッセージを受信していた。
大事なメッセージを確認していき、一番上にいた新しい連絡先からきたものを開く。
“お仕事お疲れ様ですわ”
”ところでお弁当の中身なんですけど陸斗は何が好きですか?”
断ることが出来ず、結局中途半端な関係が継続している。
メッセージのやりとりでこの言葉遣いのため、素でお嬢様なのだろう。
ここはお弁当も断ってしまうべきだろうが、好奇心と人の情で鈴華を突っぱねられずにいた。
さて、弁当に入れるものの定番といえば卵焼きやたこさんウインナーが主流だろう。
妥当に考えて卵焼きとでも返事に書いておこうか、と多少上から目線で返事を打つ。
“卵焼き”
たったそれだけの文。
返事ノルマは達成したと、夕食のためにベッドから立ち上がった瞬間――。
――ピロン、と瞬時の返答にげっそりとスマートフォンを手に取った。




