第3話「カップラーメンは庶民食」
「今日もあっちーな。お、鈴華ちゃんじゃん!」
「こんにちは、秀一さん」
にこりと微笑み、陸斗の同僚である秀一に挨拶をする鈴華。
秀一はえくぼを浮かせ笑うと、手に持っていたものを俺に渡してくる。
「ほい、カップラーメン。出来立てほやほや」
「サンキュー」
炎天下でラーメンを食べるのは暑いが、これが一番安上がりだった。
食べなれた味に少し飽きながらズルズルと麺をすする。
その光景を鈴華は物珍しそうに眺めていた。
「それ、何ですの?」
「あれ? 鈴華ちゃん、カップラーメン知らないの?」
「存在は知っていますが、食べたことがございませんの。これがカップラーメンなんですのね」
興味津々なご様子でカップラーメンを見つめる。
瞳の奥の輝きはまるで宝物を見つけた子供のようだ。
今どきカップラーメンを食べたことがないとは”さすがお嬢様”とでもいうべきだろうか。
毎日カップラーメンやコンビニ弁当ばかりを食べている陸斗とは違って、豪華なフランス料理やイタリアンを食べているのだろうか。
金持ちはいくらでもいる。
だが彼女はお金持ちの中のお金持ち、住む世界が違う別格のお嬢様なのだろう。
一般市民である陸斗とは本来出会うことはなかったはずだ。
なぜ天と地の差もある人と出会ってしまったのか。
この能天気お嬢様を腹立たしく感じてしまう反面、羨ましいと皮肉を抱いてしまうのだった。
そんな気持ちを隠しながらひたすらラーメンをすする。
だが隣からの熱い視線に耐え切れず、陸斗は箸を下ろすと、鈴華に容器を渡した。
「……一口食うか?」
「いいんですの?」
「別に、一口くらい構わねぇよ」
鈴華は湯気で顔を赤らめながら、うれしそうに一口分箸にとる。
もぐもぐと口を動かし最後に飲み込むと、無言のままカップラーメンを陸斗に返す。
やはりお嬢様の口には合わなかったな、と思いながら鈴華を観察していると突然、鈴華が陸斗の手を取り、微笑んできた。
「おいしいですわ!」
「えー……」
「さすがに料理長の作ったものには劣りますが、悪くないと思いますわ」
「あ、そう……」
「でもこの時期に食べるのは暑いですわね。冷たくしてもおいしいカップラーメンが食べてみたいですわ」
意外だった。
一流シェフが作ったものばかりを食べているので、絶対に口に合わず不味いと言われると思っていた。
それどころか他の種類も食べてみたいというのだから、こちらとしては拍子抜けもいい所であった。
陸斗が拍子抜けしていると、鈴華はどうも自信ありげに口角をあげ、陸斗を見つめてくる。
それに気づかないふりをし、ラーメンをすすりながら横目で鈴華を見た。
「確かにカップラーメンはおいしいですわ。でも毎日それだと陸斗の栄養が不足すると思いますの」
「まぁそうだな」
カップラーメンで栄養がしっかりと取れたらそれはもう称賛ものだろう。
自分で弁当を作ってられるほど余裕はない。栄養不足になるのは重々承知している。
「私、そういうことは感心いたしませんの。というわけでお弁当を作らせていただきますわ」
「は?」
唐突すぎる申し出に目を見開く。
鈴華はにこりと微笑んだまま、作る気満々をアピールする。
「いや、別にいいから!」
「遠慮なさらなくても良いですわ。私、気合いいれて作ってきます」
「お、鈴華ちゃんの手作り弁当かぁ。俺も欲しいなぁ」
「秀一さんにはカップラーメンで充分ですわ」
スパッと切り捨てられ絶句しながら落ち込む秀一。
この態度の差をみていると、あの告白は本気だったのだろうかとついつい考えてしまう場面であった。
「そうと決まればさっそく作らなくてはなりませんわ! 陸斗は好き嫌いありますの?」
「いや、特にないけど…」
「なら安心ですわ。私がんばって作って参りますわね!」
「あ、あぁ」
「では私、準備に取り掛かりたいと思いますので、今日はここで失礼いたしますわ。明日、楽しみにしていてくださいね。では」
唖然とする陸斗をよそに、鈴華は風のように去っていく。
これまで騒がしかった分、少しばかり静けさを醸し出す。
陸斗と秀一はゆっくりと目を合わせ、すでに去った鈴華の通っていった道を見つめながら口を開く。
「アイツ、料理作れんのか?」
「お嬢様だから教育くらい受けているのでは?」
「二択だな。上手いか下手かの」
「だな」
秀一と共に苦笑いをしながらのびてきたカップラーメンを箸で流し込むようにして食べる。
どうなるかわからないが念のために胃薬を用意しておいた方が良いだろうか。
こんな些細なことで薬代を出費してしまうのか。
軽くため息をつき、中身のなくなったカップラーメンを見つめ、明日の腹具合を心配する陸斗であった。