第28話「ロストフレンド。ロスト……」
ある日、優斗は真っ青な顔をして仕事から帰宅する。
千里の作った料理にももろくに手を付けず、ずっと黙り込んだままだ。
ようやく父が口を開いたときには、まだまだ暴れん坊盛りの陸斗はウトウトと眠気にのまれていた。
千里が優斗と向き合う形で椅子に腰かけ、陸斗を膝の上に置く。
二人の覇気のない会話に陸斗は目をこすりながら、こっそりと様子をうかがった。
「……借金の保証人になった」
「保証人って、誰の……」
「道久だよ。その……家で色々あったみたいで頼まれて……」
工藤の名を呟き、言い訳も出てこずに優斗は沈黙した。
状況をわかっていない陸斗は、千里の身体が震えていることにだけ気づき、ぼんやりと顔をあげる。
ようやく吐き出した声は震えており、まるで感情を押し殺そうとしているようにみえた。
「どうしてそんな大事な事、相談してくれなかったの! どうして勝手に決めるのよ!」
「すまない」
優斗は顔をうつむけるしか反省を示せず、なんの解決の力ももたない謝罪を口にした。
千里の陸斗を抱く腕に力が入る。
まだ子供であった陸斗には、何の話をしているのか理解が出来ずに声色の怖さに震えるばかりだった。
「道久さんは? なんて言ってるの?」
「それが、連絡が取れないんだ。あいつの家にも行ってみたが、道久のお兄さんはもう勘当したから関係ないとの一点張りで」
その意味を察した千里は口元をおさえ、吐いてしまいそうなキモチわるさをこらえる。
「バカ。あなた本当にバカね。お人よしにも程があるわ」
「すまない。本当にすまない」
そう言って優斗は床に手をつくと、深々と頭を下げた。
母・千里がうなずくしか出来なかった理由もわからない。
Tシャツに染みこんだ冷たい汗と、襟元をポツポツ濡らす涙。
どちらが陸斗の心をかきむしっているのか、大人になっても答えは出ないまま……。
時が経過しても、工藤は音信不通のまま。
最初は「大丈夫だ。道久とは長い付き合いだ」と笑っていた父・優斗だが、時間の経過とともに笑顔が消えていく。
母の千里は日中に加え、夜も働きに出るようになった。
陸斗も成長するにつれて、現状を理解し、まわりよりも一足早く大人になっていった。
学校から帰ると一人きりの家に帰り、夕食を作る。
いつ帰ってくるかもわからない父と母の分を作り、皿に盛りつけてラップをした。
壁にかけた時計の音だけが聞こえる部屋で、陸斗は食事の胃袋に流し込む。
布団を敷くとさっさともぐりこみ、イヤな音を聞かないうちに眠りに落ちた。
***
玄関から聞こえる物音に気づき、目を覚ます。
明かりをつけ、玄関へ向かうとそこにはひどく泥酔した父の姿があった。
近づくとアルコールの匂いが鼻をつんざく。
ぼんやりとした父へに手を差しだすと、ガッと強く掴まれて視界が反転した。
床にたたきつけられて口の中を切ってしまい、血を吐きだした。
あまりの衝撃にしばらく震えることしか出来なかった。
なんとか身体を起こそうとすると、さらにまた新しい痛みが走る。
その後は腹を強く蹴り飛ばされ、一瞬呼吸が出来あくなってうずくまった。
連続する痛みに、陸斗は腹を抑えて耐えていた。
「おや、じ……」
「なんでなんだよ! 俺が何をしたっていうんだ! ちくしょう! ふざけるなふざけるなふざけるなっ!!!」
怒りに狂った父は何度も何度も陸斗を蹴り続け……。
いつしか蹴る事に飽きた父は、部屋の中へとドスドスと進んで暴れ出す。
食器を割り、本棚を倒し、目につくものすべてを荒らしていった。
昔、家族で笑いあって囲んだ食卓も。
幼い頃の陸斗の宝物だったヒーローのフィギュアも、みんな壊れた。
しばらくして暴れ疲れた父は、泥に溺れるように壁に寄りかかって眠りにつく。
音が止んだのを確認すると、陸斗は意識を失った。
次に目が覚めたときには母の腕の中。
母は静かに泣きながら何度も「ごめんね」と口にしていた。
陸斗は悲しむ母の顔を見て、「大丈夫」と言いながら笑みを作る。
この出来事が地獄のはじまりであった。
父は仕事を辞め、昼間から酒を飲むようになり、外に出ることはなくなった。




