第2話「リアリティーはない。お嬢様だから」
暑い真夏の日差しが降り注ぎ、労働者たちの体力を奪っていく。
男だらけのむさ苦しい環境だけでも暑いというのに、この灼熱の太陽がプラスされる。
そんな暑い環境の中、皆にとってはオアシスな存在がやってくる。
陸斗にとってはただ暑苦しい存在が近づいてくるのを察知した。
「陸斗ー!」
「うわー! 中に入るな! そっちに行くから入るな!」
「陸斗に会いたかったですわ!」
「昨日会ったばっかだろ!」
工事現場は危険が付き物であり、基本的に現場で働く職人以外中には入れない。
だがこの工事の依頼主の娘ともなれば、入ろうと思えば入ってこれる。
ヘルメットをかぶれば安全とか、そういう問題ではない。
危険が多い場所だ。そんな中で陸斗たち現場で働く者たちは誇りをもって働いていた。
軽い気持ちで邪魔をされたくない。
陸斗にとって鈴華はただ厄介事を運んでくる存在でしかなかった。
だがぞんざいな扱いをするわけにもいかず、陸斗は少し苛立ちながら鈴華のもとへと駆けていく。
嬉しそうに微笑む鈴華と困ったように頭を抱える陸斗。
この光景は端から見れば微笑ましい光景であるようだ。
むさくるしいおっさんたちがニヤニヤしながら二人を見守っていた。
「ふふ、やっと陸斗に会えましたわ」
そう言ってためらいもなく陸斗に抱きつく鈴華。
恋に素直な姿は枯れた職人たちに潤いを与えるのであった。
「今日も陸斗は素敵ですわね! 繋ぎ姿、似合ってますわ!」
「うれしくねーよ! ってか繋ぎ着た奴ならいっぱいいるだろう!」
「一番似合ってるのは陸斗ですわ!」
いつでも土で汚れている陸斗に、例え洋服が汚れようとも気にせずに抱きついてくる鈴華。
”繋ぎ姿が似合う”というのは誉め言葉なのか、それともけなしているだけなのかわからない。
繋ぎといえば聞こえはいいが、要するに作業着なのだから。
炎天下の中仕事しているため、体力の消耗が通常よりも早いというのに鈴華がいるとそれは3割り増しだ。
このハイテンションなお嬢様は無駄に目立つだけでなく、陸斗を疲弊させていた。
当然、そんなことにこの直球なお嬢様は気づかない。
何故なら鈴華はかなりの鈍感、なのだから。
「お前、仕事の邪魔」
「お前じゃありませんわ。鈴華ですわ。皆様には迷惑をかけないようにしてますわ」
「まず現場に来ること自体が邪魔」
苛立ちを隠せない陸斗は鈴華を振り払うと、作業に戻ろうとポケットにしまっていた軍手をはめた。
そんなさりげない仕草でさえ、ときめきを隠せない鈴華は目を輝かせて見つめていた。
毎日毎日よく飽きずに来るものだ。
鈴華がここに来るようになって早一週間。
さすがに毎日こうだと慣れてはくるのだが、迷惑なのに変わりはない。
気まぐれに訪れる鈴華と違ってこっちは仕事をしているのだ。
いくらこの工事の依頼主の娘だからと言っても一般常識を知ってほしいものだ。
働き三昧のこちらの身にでもなれば苦労というのもわかるのに。
作業に戻ろうとした陸斗であったが、それをすぐさま阻止するのが鈴華であった。
陸斗の背中を引っ張り、無邪気な笑顔を浮かべて話を続けていく。
「陸斗。私、今日は歩いて来ましたの。四十分も歩いたのですよ」
「あ、そう。頑張ったね」
「はい! 頑張りましたわ!」
棒読みで適当に返事を返したのに純粋に喜んで笑顔を見せてくる。
鈴華にはこういった嫌みはまったくもって通用しない。
おそらく大事に大事に育てられてこれまで生きてきたに違いない。
人を疑うことを知らない真っ白な箱入り娘だ。
それは良い意味でもあり、同時に悪い意味でもあるのだ。
なんの苦労もしらないお嬢様。
普通だったら大して気にしないのだが付きまとわれるとそれすらも腹立たしく感じてしまう。
好きだという、そんな冗談はいいから早急にでも諦めて去ってほしい。
そんなことを思うのは彼女にとって非情なことだが、そう思わざるを得なかった。
そんなこんなであっという間に休憩時間となり、陸斗は大きくため息をつく。
軍手を外し、ポケットに入れると被っていたヘルメットを地面に置き、現場から離れていく。
もちろん鈴華も後ろについてくる。
工事現場に歩きにくいミュールで来るのはいつ見ても呆れてしまう。
陸斗はあからさまにため息をつくと、現場近くの公園まで歩き、ベンチに腰かける。
そしてポケットに入れていた煙草を取り出すと、荒々しく煙を吐き出した。
「陸斗ー!」
前方から片手を軽く上げ近づいてくる金に近い茶髪をした男。
その男に軽く手を振り返すと男ははにかむように笑い、鈴華とは反対側に思い切り腰掛けてきた。