第1話「お嬢様のひとめぼれ」
「あなたに一目惚れいたしましたわ!」
工事現場の前で高々と響いた声。
その近くにいた者たちは皆手を止め、声を発した人物にまじまじと目をやる。
朗らかな声を発した人物の目の前に立つ一人の青年、高山陸斗は眉をひそめて困惑状態に陥っていた。
陸斗に指をさし、自信満々に口元に弧を描くのはこの工事の依頼主の愛娘である彼女。
この彼女こそ、大きな声で唐突に告白してきた人物であった。
「はぁ……」
「ですから、あなたに一目惚れいたしましたの!」
まるで漫画に出てくるようなお嬢様言葉を使う人が現実に存在するのか。
いや、今はそんなことに感心している状況ではない。
何故彼女が唐突な告白してくるのか。
一目惚れした、と言われても実感がわかない。
彼女と言葉を交えたのはこれが初めてであり、陸斗はこの工事現場にいる従業員の一人でしかない。
こんな土や煤にまみれた工事現場でヘルメットをかぶり、この場には似つかわしくないワンピース姿で告白をされている。
こんな危険極まりない場所で……いや、現場の外に立っているとはいえ、こんなにも告白にふさわしくない状況はないだろう。
金属を叩く音、土を掘り返す音。
そんな音さえかき消してしまう程大きな声で彼女は陸斗に告白をするのであった。
周りの注目を浴びたまま、彼女は陸斗の汚れた手を取り、見つめてくる。
仕事の休憩中ということもあり、素手となっていた陸斗は顔を赤らめて彼女から手を離そうとした。
「ちょっ……あんたの手が汚れるから!」
「そんなの洗えば済むことですわ。それよりお返事をいただけないですか?」
こんなにも汚れた手に平気で触れてくる人はあまりいない。
一般女性でも触りたがらないのに、お嬢様である彼女はためらいもなく触れた。
にこにこと絶やすことなく笑い続ける彼女に、陸斗はどう反応すればよいかわからず、小さくため息を吐いた。
休憩中で職場から離れようとしたは良いものの、まだ人の目がある場所。
同僚や先輩社員らがしずかに告白の行方を見守っていた。
こんな注目された状態で告白されるのは恥ずかしすぎる。
陸斗は顔を赤らめながら彼女から目を逸らし、返事をした。
「その……急に言われてもあんたのこと、よく知らないから。……ごめん」
頭を下げ彼女からの告白に謝罪する。
彼女は「そうですか」と言いながら触れていた手を離し、俯いてしまう。
唐突な告白とはいえ、彼女は彼女なりに勇気を出したのだろう。
罪悪感が陸斗を襲い、いたたまれない気持ちになった。
だが陸斗の気苦労は無駄に終わる。
彼女は顔を勢い良く上げ再び、陸斗の手を今度は両手で握るのだった。
「知らないから駄目なんですね!? ならこれから私のこと、知ってください!」
「はい!?」
彼女は振られたくらいでめげる弱々しいお嬢様ではなかった。
猪突猛進な姿勢で彼女は目を輝かせ、陸斗に迫っていった。
例え彼女のことを知っていたとしても、恋愛感情が無ければ付き合うこともない。
なのに彼女は知っていれば付き合ってくれると捉え、諦めるどころか期待している。
これはなかなか長期戦になるような気がした。
「私、あなたに振り向いてもらえるようがんばりますわ!」
「あぁ……そう……。がんばって……」
「はい!」
眩しい程に明るく元気な返事に笑顔。
ド直球なお嬢様に告白されてしまい、ターゲットとされてしまった。
一体この先どうなることなのやらと、陸斗は頭を抱える。
空を見上げるとやけに暑い真夏の日差しが照り付けていた。
この告白は、高山陸斗二十三歳と六条鈴華十九歳歳の出会いとなるのであった。