ななしのよる 29
吸い込まれていくような感覚を覚えながら、僕は街の奥へと体を潜らせていった。
大通りや小道が入り組み、まるで迷路の中へと誘い込むように僕を呑み込んでいく。
そこはあざやかな色と芳ばしい香りとで飾られた、様々な店が立ち並ぶ一角だった。
ガラス張りの窓の向こうに見える店の中からは、何種類にも及ぶ、金茶や狐、小麦色に焼かれたパンが、きれいに並び、置かれていた。
店の周りや、看板や入り口などにも、装飾されたパンが飾られていた。
これは本物のパンなのだろうか。
それとも紙粘土などで作られたものなのだろうか。
それは、赤や紫や緑色などの木の実や果実でいろどられていて、宝石が散りばめられているかのように輝いていた。
ほとんどの店から、パンの焼けた芳しい香りがただよっていた。
ここはパンを売る街なんだろうか。
そう思って周りをぐるりと見回してみると、野菜や果物や見たことのない食べ物を売っている店もあった。
露天やら屋台なんかも並んでいて、煙を吐き出していた。
様々な香りはどれも食欲を誘うものばかりだったけれど、僕には何かを食べたいという感覚が失われていた。
それでも、ガラスの向こうに並んだいろいろな形をしたパンを眺めて歩いていると、ごはんを食べた時のようなあたたかい気持ちがよみがえり、あの、背中のあたりからじんわりと襲ってくる寒さを、少しだけ忘れることができた。




