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ななしのよる 21
まるで自分の意思とは関係なく、僕は手の中でくしゃくしゃになった切符を子犬にくわえさせ、抱きしめていたその腕で、列車の中へと送った。
車掌だろうか。 車内を歩いてきた黒い人影が子犬の切符を受け取ると、それをちらと確認し、そのまま切符を持って先の車両へと行ってしまう。
子犬は扉のすぐ前で、座って僕を見ている。
じっと見ている。
僕はたまらなくなり、子犬を見ていられない。
目を合わしているのがつらくなり、視線をさらに泳がせた。
車内は黄金色にまぶしく、鳥まで飛んでいた。
それはインコくらいの小さな鳥で、僕の目の前をはたはたと飛んで行くと、奥の座席に座っていた一人の乗客の頭の上へと止まった。
その人はやっぱり他の人達と同じ、黒い、ぼうっとした影のような姿をしていたのだけれど、僕が見ていると黒い霧のようなものは薄れていって、四十すぎほどの女性の姿を現した。
「先生……」
その人は、僕のよく知っている人だった。
いや、知っていた人、なのだろうか。
そのなつかしい思いとせつなさが何なのか、僕にはどうしても思い出せなかった。




