壺好きの屑第二王子を辺境騎士団送りにして、第三王子には母上ーーと逃げられ、番認定してきた竜と結局、結ばれました。
「あの、ジュエル様。お時間のある時に、お昼をご一緒したいですわ。わたくし達は婚約者なのです。お願いですから」
ジュエルはイラついた。長い金の髪を束ね、それはもう美しいジュエル。ジュエル第二王子。王立学園の廊下で声をかけてきたのはシュラディア・マルディトス公爵令嬢、去年、婚約を結んだ令嬢である。共に17歳。貴族が通う王立学園の生徒だ。
シュラディアは黒髪碧眼の眼鏡をかけた地味な令嬢で、美しい自分にはふさわしくないと、会った当初から大嫌いになった。
だが、マルディトス公爵家は名門である。
そこへ、婿入りは父である国王が決めた事。
美しく優秀な自分にとって、マルディトス公爵家への婿入りは、まさにふさわしい場所であるが。シュラディアの顔を見るだけで、
もっと華やかな美人と結婚したかった。私に相応しい美しい女性と。
と、思って、シュラディアに冷たく当たった。
「他の者と、食事の約束がある」
「でも、わたくしとたまには食事をして下さったっていいではありませんか?時間をとって下さったって。わたくしは貴方の婚約者なのです」
「煩い。昼は別の者と食べる。お前と食事をする時間を取る事は難しい」
「そうなのですか。それなら、今度のお休みに一緒に出かけませんか?とても素敵なお店を見つけたのです。骨董のお店なのですが。一緒に見に行きませんか?」
ジュエルは壺が大好きな男である。骨董屋なら、掘り出し物の壺があるかもしれない。
特に幻の金色に輝く国宝に当たる奇跡の壺に憧れていて、行方不明になっている壺をいつか自分で見つけたいと、骨董屋に行くのがジュエルの趣味だった。
だが、シュラディアと一緒に行くのは嫌だった。
「ふん。場所だけ教えてくれ。行ったことがあるかもしれぬ。知らない骨董屋なら他の者と共に行く」
「何故?わたくしだって、貴方様と骨董屋で壺を見たいわ」
「煩い。お前、私が壺好きだと知っていて、わざと骨董屋を勧めたな。そういうところうっとおしいんだよ!」
「ジュエル様に喜んでいただこうと思って」
「お前ごときが、本当にその辛気臭い面を見せるな」
そう言って、シュラディアを追い払った。
そして、他の令嬢を捕まえて、
「一緒に、街へ行かないか?素敵なカフェで君とお茶をしたい」
「ジュエル様。ジュエル様に誘われたら断れませんわ」
そう言って、その令嬢はしなだれかかって来る。
美しい自分は当然モテる。その令嬢は誰だったか?まぁ誰だってどうでもいい。
そんなとある日である。
シュラディアが、こちらにやってくる姿が見えた。
庭のベンチに座って、令嬢達と楽しく話をしていたのに、ジュエルはふいに不機嫌になった。
シュラディアを睨みつける。
「私の方はお前に用はない。何しにきたんだ?」
「わたくしだって、貴方様と交流したくて」
ジュエルの傍にいた伯爵令嬢達が、
「ジュエル様はわたくし達と交流したいとおっしゃっておいでですわ」
「貴方様には用事がないと」
シュラディアは、にこやかに微笑んで、
「わたくしは公爵令嬢。貴方達の家なんて潰してもよくてよ」
令嬢達は青くなって、走り去って行った。
ジュエルはイラついた。
「あの令嬢達を脅すとは、お前は本当に性根が腐った女だ」
いつもなら謝るシュラディアだが、何故か眼鏡を取り、ジュエルの前に仁王立ちした。
「わたくし、ずううううっと我慢してきたのです。だってせっかく、叔父様叔母様が用意して下さった婚約。婚約者の貴方と、力を合わせて、マルディトス公爵家を盛り上げていこうと思っておりましたのに。ああ、わたくし、本当の娘ではないのです。叔母様とは血が繋がっておりますので、養女になったのですわ。でも、貴方様の態度にはわたくしの堪忍袋の緒が切れましたの。ですから、貴方様、有責で婚約破棄致しますわ」
ジュエルは慌てた。
マルディトス公爵家の婿は魅力的だ。
「お前が勝手に婚約破棄を決めていい訳ないだろう?この婚約は王命。逆らう気か?」
「王命と言えども、貴方様の今までの行動をあつーーーーい本にして、報告書を作りましたの。貴方様が誰と浮気をして、いかにわたくしをないがしろにしてきたのか。この報告書を国王陛下に見せますわ。そうしたら婚約破棄も成立するでしょうね」
「煩いっ。シュラディアの癖に私に逆らうのか?お前は黙って私の言う事を聞いていればいい」
シュラディアに手を挙げた。
頬を殴れば、女なんぞ、いう事を聞くはずだ。
その振り上げた右手をシュラディアに掴まれて、思いっきり投げ飛ばされた。
地面に腰から落ちるジュエル。
「わ、私を投げ飛ばしてただで済むと思っているのか?お前なんて不敬罪で処刑だ処刑」
ダンっとおもいっきり股の間の地をシュラディアにヒールで踏まれた。
「あら、外してしまいましたわ。オホホホ。踏み抜いて差し上げようと思いましたのに」
ジュエルは真っ青になる。
そして余計に頭に血が上った。
「き、貴様っつーーー殺してやるっーーー」
再びシュラディアに殴りかかる。
シュラディアに腕を掴まれ、今度は思いっきり遠くへ投げ飛ばされた。
学園の校舎の壁に背を打ち付けて、そのまま地に落ちた。
ジュエルはあまりの痛みに悶絶する。
仰向けでひっくり返っているジュエルの顔を覗き込む複数の顔。
皆、恐ろしい、いかつい顔をしており、筋肉隆々の男達で。
「屑だな。こやつは屑だ。シュラディア様になんて事を」
「我らは辺境騎士団。シュラディア様は……」
シュラディアの声がする。
「お前達。わたくしの素性をばらしては駄目よ。でも、この男はお前達好みの美しい男。連れて行って構わなくてよ。女性に暴力をふるう最低の男。貴方達でしっかりと教育をして頂戴」
「「「かしこまりました。お嬢様」」」
ジュエルは筋骨逞しい男達に馬車に押し込められた。
何がどうなっているか解らない。
自分の身がどうなるのか?ただただ馬車の中で震えるしかないジュエルであった。
数日後、辺境騎士団長室では、仕事をする騎士団長の前に一人の女性が訪問していた。
「お父様。ジュエル様はどうしておりますの?」
「お前に暴力をふるおうとした男だ。それはもう、辺境騎士団四天王に預けて、たっぷりと仕置きをしてやっている最中だ。泣いて反省していたぞ。許しはしないがな」
「まぁ四天王?確か、情熱の南風アラフ。北の夜の帝王ゴルディル。東の魔手マルク。三日三晩の西のエダル。でしたかしら」
「ああ、そうだ。それにしても、お前には、貴族令嬢としての幸せを私は願っているのだがな」
「だからお父様。わたくしはおとなしくしていたのですわ。ジュエル様とも、仲良くなろうと努力致しましたのに。男は女が下手に出ると付け上がるのですわね。でしたら、今度こそわたくしは失敗致しませんわ。上手に出て、男を従える事に致します」
「やりすぎるなよ」
(注:辺境騎士団とは、愛を持って屑王子や高位貴族の令息達を教育する素晴らしい騎士団である)
第二王子ジュエルが、辺境騎士団へ拉致されてしまったという事で。
王家としては辺境騎士団の強さは各国に知られているので、連れ戻す事も出来ず、かといってマルディトス公爵家を取り込む事も諦めきれず。なんせ、マルディトス公爵家に嫁いでいる公爵夫人が、辺境騎士団長の妹なのだ。
そして、シュラディアは調べた所、辺境騎士団長の娘。その娘と縁を繋げば、我が王国は他国に大きな顔をすることが出来る。それが王家の狙いであり、まだ婚約者のいなかった第三王子ファルスをシュラディアの新たなる婚約者としてマルディトス公爵家に打診してきた。
シュラディアは17歳。ファルスは14歳である。
「わたくし、ファルス様に会ってみますわ」
シュラディアはファルスに会う事にした。
王家の庭のテラスで、顔合わせの為の茶会が開かれる。
シュラディアは今度は、下手に出ない。しっかりと自分が上だとファルスに示す事にした。
「わたくし、実はとても強いのですわ。その強さを見せたいと思いますの」
美しき桃色のドレスのまま、シュラディアは両手を振り上げて、気を練り上げる。
その気はどんどんと大きくなり、その大きな気を思いっきり、空に向かって投げつけた。
その大きな光は凄い勢いで空の彼方へ飛んでいった。
そして空の彼方から声がした。
「ちょっとっーーー。誰よっーーー。こんな大玉投げつけて。危ないじゃないの」
金の髪の美しき女性が空から、手に光る大きな玉を持って降りてくる。
シュラディアは優雅にカーテシーをし、
「これは女神レティナ様。ご迷惑をかけましたか?空の彼方へ投げつけたのですが」
「迷惑はかかってはいないわ。でも、間違ってどこかに当たったら大変でしょう?神達は何事かと、わたくしは慌てて回収に向かったのですわ。丁度、近くにいたものですから。これからはこんな危ない物は投げつけないように」
「申し訳ございません。女神様。これからは気を付けますわ」
女神レティナはしゅううううっとその光の玉を消滅させて、キラキラと光って姿を消した。
シュラディアはファルスの方を振り向いたら、ファルスは真っ青な顔をして腰を抜かしていて、
「わ、私は嫌だーーー。母上っーーー母上―――」
泣きながら、走り去ってしまった。
今度は強さを見せすぎた……
シュラディアは大いに反省した。
その翌日の事である。
「お前は私の番だ。だから私と共に竜国に行って結婚してくれ」
とんでもない黒髪美男が学園に現れた。
シュラディアは驚いた。第三王子との婚約も結ばれる事は無くなって、落ち込んでいたのだ。
シュラディアが迷っていると、隣の席の伯爵令嬢が、
「シュラディア様。ツガイ認定してくる奴って、最近、評判が悪いのですわ。だから、気を付けた方が」
シュラディアはその黒髪美男に向かって、
「貴方、お名前は?わたくしに求婚って。番ってどういう事かしら?」
「番とは運命の赤い糸で結ばれている。お前は私の番だと私の本能が言っているのだ。さぁ我が王国へ共に参ろう」
「ちょっと、待って。わたくしはまだ学園に通う身。それに竜国なんて行きたくないわ」
「なんて女だ。私が下手に出てれば、私は竜国の王の息子だ。次期王に向かって無礼ではないのか?」
シュラディアは頭に来た。
ダンっとその馬鹿な男の足をヒールのかかとで踏み抜いた。
「ぐあーーー。何をするっーーー」
「竜なのに、随分と軟なのね。わたくしの話を聞かない男なんて、冗談じゃないわ。さっさといなくなりなさい」
「す、すまなかった。申し訳なかった。どうすれば許してくれるだろうか?」
「貴方も王立学園で学んだら如何?人としての常識ってものをしっかりとその頭に叩き込みなさい」
その無礼な竜は、カディスとか言う名前だった。
カディスは犬のように、いつもシュラディアに付き従って、最初はブチブチ文句を言っていたが、次第に勉強の楽しさを覚えたようで。
「なかなか勉学と言うものは楽しいものだな」
「貴方も勉強の良さが解ってくれて嬉しいわ」
楽しく学園生活を送るカディス。
剣を握って打ち合う授業も、カディスにとっては物珍しく、楽しんでいて。
カディスは美男だ。竜だと知らない令嬢達にモテる。
「きゃぁ。カディス様ぁ。素敵っーー」
「こっちを向いてーー」
王立学園に頼んで、シュラディアの遠縁という事で、学園に在籍しているカディス。
高位貴族の常識ある令嬢達は相手にもしなかったが、下位貴族達はカディスに付きまとう。
カディスは令嬢達を馬鹿にしたように、相手にせず、シュラディアだけを尊重した。
騎士道にはまって、シュラディアをエスコートすることが最近楽しいらしい。
シュラディアもレディ扱いされるのが嬉しくて。
カディスが跪いて手を差し伸べる。
「さぁどうぞ。お嬢様」
「まぁ有難う。カディス」
その手を取るのが幸せで、とても楽しくて。
カディスはシュラディアに、
「人として、暮らしてもいいな。どうせ、私の他に竜国を継ぐものはいる。何も私が戻らなくてもよい。シュラディアと一緒に、人間の国で暮らしたい。ああ、私が人と結ばれれば、その寿命は人と同じになる。竜になる事もない。何もかも失っても、私は、シュラディアが欲しい。出会った頃は本当にすまなかった。今は、君と一緒にいる事がとても楽しい」
シュラディアも、カディスと共に学園生活を送ることがとても楽しくて楽しくて。
「だったら、わたくしと婚約致しましょう。わたくしも貴方と一緒にいるのが楽しいわ。共に買い物に行って、共に馬で遠乗りして、共にカフェでお茶をして、わたくし、貴方と対等の関係になりたいの。そう、初めて思えたわ」
「対等の関係?私は君の騎士のように付き従っていたが。君は私の女王様だ」
「あら、わたくし、貴方を踏みつけたのは出会った時だけよ」
二人で楽し気に笑った。
王立学園を卒業して、シュラディアはカディスを連れて、婚約することを父である辺境騎士団長へ報告しに行った。
勿論、マルディトス公爵夫妻も賛成してくれた。
シュラディアが普通の人間でない婿を連れて来ても、まぁ父である辺境騎士団長が普通でないので、諦めていたのだろう。
いずれ結婚するとなると、人として生きなければならないカディス。
これからが更に大変だとは思うが。
会ったら、辺境騎士団長である父は、シュラディアに向かって、
「屑ではない。立派な男を見つけてきたな。私は祝福するぞ」
「有難うございます。お父様」
カディスも頭を下げて、
「私は竜です。でも、人と結ばれれば人になります。必ずシュラディアを幸せにします」
「お嬢っーー。幸せになーーー」
「おめでとう。シュラディア様っーーー」
「よかったよかったーーー」
辺境騎士団員達、皆が祝ってくれる中、シュラディアはとても幸せだった。
カディスの手を繋いで、皆に向かって手を振った。
ジュエルがじいいいいいいっとシュラディアを見つめていた。
首に首輪が付けられている。逃げられないようにだろう。
シュラディアはにこやかに笑って、
「わたくし、この方と結婚致しますわ。彼はとても優しくてわたくしを愛して下さいますのよ。貴方と違って、暴力は使わないし、紳士だし。ああ、そうそう、わたくし、幻の金色に輝く国宝に当たる奇跡の壺を見つけましたの。家宝にして飾ろうと思っておりますのよ。羨ましいでしょうけれども、貴方は見る事は出来ないでしょうね」
ジュエルが地に手を突いて、大涙を流している姿を見て、シュラディアはすっきりした。
シュラディアはその後、カディスと結婚し、三人の男の子に恵まれた。
家宝の壺を見ると、ジュエルの事を思い出すので、その壺は棚の奥へしまいこまれた。
それきり、ジュエルの事は忘れてしまい、シュラディアは、貴族の女性らしく、家族と共に幸せに暮らしたと言われている。