天啓と大馬鹿者 終案①
どこかに。そう、どこかへ。
「ふぅ、ふぅ、はぁ。」
相も変わらず踏みしめられるのは砂だけだった。
「…っ、もう少し。」
制止する声をつっぱねて、また歩き出す。
「…うっ、はぁ、はぁ。」
突然胸が苦しくなる。――眼前には、求めていた理想。
「は…。笑っているのか。幸せなのか、みんな。」
晴れ晴れとした、空。立ち並ぶ無数の笑顔。老若男女、時折見知った顔を挟み、こちらを見ている。
「…行かなければ。」
何処に?その答えを知るより先に、足は再び動き出していた。
「…。」
いつしか、踏んでいたのは花畑であったと気付いた。踏まれても踏まれても花を咲かせていた。
「…。」
見知った顔をまた見つけた。星だ。思わず歩みを止めた。
「星…。」
彼女は目をつむったままうっすらと笑みを浮かべ、光のさす方を指さした。
「あそこに行けば…。」
私はその光に夢中になり、吸い込まれるように歩いて行った。
突然腕をつかまれた。
「道鐘っ…。」
直前までだれか気づくことができなかった。彼は初め、申し訳なさそうに笑い、そして光を指さした。
「…っごく。」
私は、今度は夢から覚めたように、自分の意志で、あのまばゆい光を捉えることを決意したのだった。
どれほど歩いただろうか。気か付けば、すぐそこに光があった。いわば、陽の光をつかむことができたのだ。途方もない所業だったと今更実感した。そして、丸い、ミラーボールのようなそれを私はまっずぐ見ていた。
「…春遥、か。」
いや、どちらでもないし、そのどちらでもあるのだろう。彼女らは表情一つ変えず語りかけて来た。
「貴方は『到った』のです。ここは『到着点』です。貴方はとうとうあなた以外のすべてに成ったのです。」
彼女らは、言ってしまった途端、胡散霧消するかのように散ってしまった。
「たどり着いた、か。」
二人の少女の、鈴のような笑い声が、聞こえた。
いつしか私は故郷の田園風景にいた。車道を駆けていく子供たち。その奥には初めて見る神社が建っている。少しすると、爺さんが軽トラから顔を出して子供たちを叱りつけている。逃げ出す子供たち。その後ろから制服姿の二人を乗せた自転車が走り去っていく。ゆったりと運転している軽トラより、立ちこぎ自転車の方が早いらしい。私はその全てを眺めていた。同時に涙を流していた。もはや、その光景を眺めることしか能がない『何者か』になり果ててしまったのだ。
ひとたび静寂を奏でると、逢魔が時の田舎は途端に寂しく、おどろおどろしくなる。しかし、奥から来た兄妹によってその静寂は破られる。どうしてその男女が兄妹だと分かったか、と聞くか。それは彼らが私の一番見知った兄妹だったからだ。あの娘は、亡くなったはずのあの娘は、満天の笑顔を咲かせ、その兄から逃げていた。その後ろから困り顔で、非常に情けない少年が、彼女を追いかけている。
「もう暗くなり始めとるよ。はよかえろや。」
少年の情けない声が聞こえた気がした。そうして記憶が補完された。これは『あった』過去だ。もう、ずいぶん昔の話だ。そして兄妹は遠くに消えていく。
…やがて闇は深くなり始める。私は踵を返す。坂の上から望むのは海面の底にフェードアウトしようとする夕日であった。空は青黒く染まっていった。夜風が吹きだした。髪がなびく。私は腕を広げ、目をつむり、体全体で故郷を感じていた。ここを出て行ってから何年たっただろう。本来ならば、ほとんど人も住んでいないような辺境になり果ててしまっただろうが、私はこの故郷の風景を本物だと、なぜか確信し、アスファルトに座り込んだ。…少し休憩しようかな。そうして俺はこの地に身を任せ、…夜空を眺めていたんだ。何とも穏やかな最後だったな。