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檻の中の君  作者: 二井星子
第2章 檻の中
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39 戸惑い②

 ノイラート国の王族は、一部を除きほぼ全ての者が間諜だ。時に平民として、時に貴族として、他国の情報を収集している。


 フィリベルトの能力は、間諜として培った能力なのではないだろうか。


 エントウィッスル侯爵夫人がノイラート国の王族だった場合、フィリベルトだけでなくロニーとバートもノイラート国の王族だったということになる。


 ダグラスがエントウィッスル侯爵夫人ではない女性と関係を持ち、フィリベルトが生まれたのだとすれば、エントウィッスル侯爵夫人や子息の二人は無関係だということになる。この場合はフィリベルトのみがノイラート国の王族だ。


 さらに言えば、ダグラスはそれらを知っている上で、容認している可能性が高い。


 ガルデモス帝国にいる上では知り得るはずのないノイラート国の情報を、ダグラスは知っていた。情報源は己の妻や子、もしくはアラステアだろうか。


 ダグラスはノイラート国の情報を話す際、フィリベルトに視線を送って目で何か会話をした後、何かの許可を得てノイラート国についての情報を口にしていた。

 あの様子を思い起こすと、情報源がアラステアだったとしても、フィリベルトとダグラスの間では話がついている。


 フィリベルトの正体は、王位の候補者であるシリル・デーヴァルタ・ノイラートか、その補佐であるノエル・エティガト・ノイラートである可能性が高い。

 もちろん、全く別の王族の誰かである可能性もあるが、状況を鑑みるとその二人のうちどちらだと考えるのが妥当に思えた。


 シリルの目的を阻止しようと、同じく王位の候補者であるランドル・カーベイン・ノイラートがここに紛れている可能性もあるが、少なくともフィリベルトはランドルではない。フィリベルトが使った魔法は、明らかに、ランドルの魔法だという『成り代りの魔法』ではなかったからだ。


 フィリベルトがシリルなのかノエルなのか、あるいは別の王族の誰かなのかを判断する材料はない。


 ガルデモス帝国前皇太子ダレル・ラルド・ガルデモスとシリルは双子の兄弟であるが、アリアはダレルの外見的特徴を知らない。

 世俗と切り離された環境下で育ち、皇太子に対して微塵も興味を持っていなかった弊害がこんなところで出るとは思わなかった。


 とはいえ、外見的特徴を知っていたところで、テディのように変身の魔法を使って外見的特徴や声を変えている可能性もある。それではシリルの外見的特徴や声を知っていたところで意味がない。


 差し当たり気になるのが、フィリベルトがどの勢力に与しているのかと、自分にできることの数々をなぜアリアに話したか、だ。


 フィリベルトは、ガルデモス帝国皇帝のベネディクト・リヒト・ガルデモスと取引している可能性があるだけでなく、リンガイル国の王族とも接触している可能性がある。ノイラート国の王族としての諜報活動なのかもしれないが、何らかの理由によりノイラート国を裏切っている可能性もないとは言い切れない。


 ガルデモス帝国か、リンガイル国か、ノイラート国か——いずれの勢力に属していたとしても、恐らく目的はアリアの始末だ。


 ダグラスはフィリベルトと同じ勢力に属している。先程の様子を見る限りでは、フィリベルトが主導しているようだ。


(どうしてこんなに気が重いのだろう)


 あらかじめ予想していたことであるのに、フィリベルトに裏切られることを思うと胸の奥が締め付けられるように苦しい。考えたくないとすら思う。一体、自分はどうしてしまったのか。


 陰鬱な気分をどうにかして再び考えをまとめようと、アリアは小さく首を振り、大きく息を吐いた。


 考えなければいけないことは山積みだ。


 フィリベルトは、なぜ、アリアに自分ができることの数々を教えたのだろう。


 これまで共に過ごしたわずかな時間の間にも、アリアは自らの推察力を示してきた。フィリベルトは確実にアリアの力のほどを把握している。にもかかわらず、自分に何ができるのかを話した。


 フィリベルトができると断言したのは、貴族の嗜みから平民の仕事、専門性の高いものまで多岐に渡り、誰が聞いてもどうしてそんなに色々できるのだと不審に思うような内容だ。


 誰が聞いても不審に思うような内容を、アリアが不審に思わないわけがないし、なぜできるのかについて考察するに決まっている。


 フィリベルトに限って、うっかり口を滑らせるなどあり得ない。あえて口にしたのだ。何らかの理由により、突き詰めればノイラート国の間諜——王族なのではないかと疑われるような内容を、あえてアリアに話して聞かせた。


(どうして、疑われるとわかっていることをわざわざ話した?)


 フィリベルトが何を思ってそうしたのかがわからない。アリアにわざわざ話して聞かせたということは、知られてもいいと思っているのだろうか。


 思考が行き詰まる。アリアは再び大きく息を吐き、次の問題について考えることにした。


 アラステアが口にした、『兄』、『兄のようなもの』、『兄の大切な人』。


 アリアにとって『兄』は、クラウスだけだ。


 『兄』からテディは除外される。まさか、リゲルとカストルのどちらかがクラウスだとでも言いたいのだろうか。


 判断材料は皆無に等しい。肖像画から判断するにクラウスの髪色は黒か金だが、リゲルは白金色、カストルは黒色と、双方が当てはまる。


 そして、気になるのは黒の魔力染みについてだ。クラウスは、右手に魔力染みのあるアリアとは反対に、左手に魔力染みがあるはずだ。


 リゲルは両手ともに素肌を晒しているが魔力染みは無く、カストルは左手を失っている。


 変身の魔法を使えば魔力染みを隠せるかもしれないが、自らが変身の魔法の使い手ではない場合、変身の魔法が込められた物品を肌身離さず持っている必要がある。

 そのため、変身の魔法が込められた物品は装飾品であることが大半で、なおかつ効果は永続ではない。変身の魔法の使い手は多く、その魔法が込められた物品は容易に手に入るが、基本的には安価であるほど変身は持続しない。


 一見すると、リゲルは装飾品の類いを身につけてはいなかった。テディのように見えにくい場所に何かを身につけている可能性があるし、そもそも装飾品ではない可能性もある。しかし、少なくともアリアが視認できる範囲では変身の魔法が込められている物品はなかった。


 クラウスとアリアは恐らく瓜二つの顔をしている。囚人の面の下の顔さえ確認できれば解決する——そう、解決するのだが、妙な胸騒ぎがした。何か——本当にそれで解決するのか、という漠然とした不安が湧き上がり、どうしてなのか消えない。


 二人のうちどちらかがクラウスだったとすれば、今になって囚人のふりをしてここに現れた理由は何だろう。


 クラウスが生きていて嬉しいはずなのに、徐々に膨らんでいく妙な胸騒ぎが気になって素直に喜ぶことができない。状況の不可解さのせいか、喜びよりも不安が優ってしまう。


 『兄』がクラウスだとすれば、『兄のようなもの』というのは、アリアのもう一人の兄を示しているのだろう。顔も名前も知らない、異父兄だというリンガイル国の開錠者の兄だ。


 だが、違和感が拭い去れない。アラステアは、なぜ、アリアの異父兄を『兄のようなもの』と表現したのだろう。


 アリアの感覚からすると、確かに異父兄は『兄のようなもの』だ。顔も名前も知らず、兄だという実感すらない、半分だけ血の繋がった事実上の兄。


 アラステアは、ダグラスを『義父』、ポラリスを『母親』、恐らくはクラウスを『兄』と湾曲した表現をせず直接的に言い表した。その方が、アリアやフィリベルトの反応を楽しめるからだろう。


 それであるのに、どうして異父兄を『兄』だとか『もう一人の兄』だとか『異父兄』とは呼ばずに、『兄のようなもの』と曖昧に表現したのだろう。


 単純に気が変わったからだとは思えない。そう呼ぶからには、その方がアリアやフィリベルトの反応を楽しめると判断したということだ。


 もしも『兄のようなもの』が曖昧な表現なのではなく、直接的に言い表したものであった場合、一体何を意味するのか。


 同じように、『兄の大切な人』というのも疑問を覚える。『大切な人』の範囲が広すぎるからだ。


 一口に大切な人と言っても、家族、友人、恋人、人それぞれに大切の基準は異なり、どのような関係性の者を『大切な人』と呼ぶのかは個人による。


 アラステアはなぜ、具体的な関係性を言わずに『大切な人』と言ったのか。


 あえて曖昧な言い方をしたのには何か理由があるはずだ。もしくは『大切な人』というのも直接的な表現なのかもしれない。


 『兄』がクラウスを、『兄のようなもの』が異父兄を示すなら、消去法で『兄の大切な人』はテディを示すことになる。テディの口からクラウスと関わりがあったとは聞いたことがない。そもそも関わりがあるのなら、アリアに話しているはずだ。ならば、『兄の大切な人』とは一体何なのだろう。


 そして、アラステアは囚人たち全員がどこの誰なのかを把握しているということになる。その上で、アラステアはリゲルとカストルのみに気を使っていた。


 アラステアはノイラート国の王族であり、王を除けば最高峰の身分を持つようなものだ。


(つまり、リゲルとカストルはどちらもアラステアより立場が上。身分が上だということではないが、アラステアが配慮しなければならない相手)


 リゲルとカストル以外は、アラステアより爵位か立場が下だということになる。


 ——なぜだろう。


 今整理したことにわずかに違和感を覚える。嫌な予感が増した気がした。それであるのに、その違和感の正体がわからない。


(何だ……?)


 思考が堂々巡りする。別のことを考えた方がいいだろうか。


 先程のアラステアは、もう一つ気になることを口にしていた。


 アラステアは、自分以外の五人の囚人——『兄』、『兄のようなもの』、『母親』、『義父』、『兄の大切な人』の中から一人を選び、フィリベルトと共に差し出せば、ノイラート国の『誕生の儀』が行われる以外に殺生は二度としない、と言った。


 この『誕生の儀』というのが、ダグラスが言い渋ったノイラート国の王族間で行われる特殊な儀式なのだろう。


 儀式の名前からは何も汲み取れないに等しい。誕生というからには、何かが生まれるということだろうか。


 アリアがわかるのは、ダグラスの発言から『ある条件を満たした王族間で行われる儀式』であること、アラステアの発言からその儀式が『殺生を伴う』ということだけだ。


 ダグラスはアラステアを執行官だと言った。と、いうことは、『何らかの条件を満たした王族をアラステアが殺す儀式』だということになるのではないか。ある種の間引きのようなものなのだろうか。だとすれば、なぜそれが『誕生の儀』と呼ばれているのか——。


「お待たせしました」


 扉の開閉音とフィリベルトの声が、アリアの意識を現実に引き戻した。


 フィリベルトはゆっくりとアリアのところまで来ると、手に持っていたティーセットをテーブルの上に置いた。それから、アリアの隣に腰掛ける。触れ合いそうなくらいに近い。


 距離を取るか、あるいはこのままでいるかをアリアが逡巡しているうちに、フィリベルトがティーポットから茶を注ぎ、ソーサーに乗せたティーカップをアリアに差し出す。


「どうぞ」

「ああ」


 アリアは受け取り、とりあえず一口飲もうかと口元に持っていく。そうして、温かい茶から立ち上る香りを一度嗅いだ瞬間、ぴたりと動きを止めた。


「フィリベルト」

「はい」


 フィリベルトの声色は空々しく思えるほどにいつも通りで、穏やかだった。


 アリアはがティーカップに注がれた茶からフィリベルトの方へと目線を移す。

 互いの視線が絡まると、フィリベルトの笑みが濃くなる。緩やかな空気を纏う、柔和な笑み。——武装の笑みだ。


「いかがなさいましたか?」


 小首を傾げ、フィリベルトが問う。アリアが感付いたことに気付いているはずだが、微塵も動揺するそぶりがないのはさすがとしか言いようがない。


 アリアはフィリベルトから視線を逸らし、緩慢な動作でテーブルの上にティーカップとソーサーを置いた。そうして、言う。


「茶に何を入れた?」

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