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檻の中の君  作者: 二井星子
第2章 檻の中
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32 生き残り②

 囚人たちにとってフィリベルトは、立場を同じくする囚人でありながらも警戒対象だ。


 グリニオン監獄に収監されるに至った凶行を知ってこそすれ、フィリベルト自身がどのような者なのかは知らない。


 フィリベルトについて知っていることといえば、アリアの夫であること、容貌の整った穏やかそうな男であること、痛みに強いことくらいだろう。敵なのか味方なのかもわからない。


 フィリベルトを気にして避けたり、逆に近付いたりする者が出なければいいが。


 フィリベルトの様子を窺いながらアリアが思案していると、フォーマルハウトが動く。

 どこに座るのかと見ていれば、迷いなくフィリベルトの隣に腰掛けた。


 フィリベルトは自らの隣に腰掛けたフォーマルハウトに視線を送り、微笑む。


 フォーマルハウトは一度フィリベルトをちらりと見たきり何も反応しなかった。


 アリアは残る二人、アルコルとポラリスを見やる。


 アルコルはうっすらと笑っていて、口を開く気配もなければ動く気配もない。ポラリスは忙しなく室内を見渡しているものの、アルコルと同様に動き出す気配はなかった。


 もう一度声をかけるか、とアリアが口を開きかけた時、南側の扉が開いた。


 入ってきたのは、白金色の髪の男性、リゲルだ。

 リゲルの服装は他の囚人と同様に昨日と同じで、囚人の面を付けている。


「遅い」

「はっ」


 アリアが注意すると、リゲルは口元に嘲笑を浮かべて鼻で笑う。足を止めることなく室内を進み、一切の迷いなく絵の真正面の席——上座に座る。


 リゲルが座ると、途端にアルコルが動き出す。リゲルと同じテーブル、談話室への扉に近い端の席に腰を下ろした。


 アルコルが座ったのを見て、ポラリスも動く。囚人たちの様子を窺いながら、アルコルとは逆端、南側の扉に近い席に座った。


 なるほど、と囚人たちを見渡す。それからフィリベルトを見る。フィリベルトはずっとアリアを見ていたようで、目が合うとにこりと微笑む。


 そうして、何を思ったか、フィリベルトはカペラの方を向いた。


「初めまして、カペラさん。昨日からずっと、あなたと一度じっくり話したいと思っていたんです」


 カペラはわずかにフィリベルトの方を見るような動きをして、すぐに正面に向き直る。フィリベルトの言葉に答える代わりに、盛大にため息を吐く。


「あなたとは気が合いそうです。好みが似ていますからね」


 案の定、牽制——火花を散らす気満々のフィリベルトに内心で頭を抱える。


 止めるべきだろうか。しかし関わりたくない。巻き込まれたら面倒だ。


 アリアはフィリベルトとカペラから意識を逸らし、室内を見渡す。どうやら、フィリベルト以外に会話している者はいない。


 席の位置関係で視界に入るからなのか、シリルはカペラに一方的に絡むフィリベルトを見ているようだが、何かを言う気配はない。カストルは微動だにせず窓の外を眺めているようだし、アルコルは正面を向いたまま動かない。ポラリスとフォーマルハウトはフィリベルトとカペラのやり取りを見ているようだが、口を挟む気配は一切なかった。


 アリアは誰にも悟られないよう小さく息を吐き、それからポラリスの向かいの席に座った。


 突然のことに驚いたのか、ポラリスがぎくりと身じろぎする。


「全員座ったな。では、食事にしよう」


 フィリベルトはなおもカペラに話しかけているようだったが、無視して言う。


 アリアは指を鳴らすと同時に魔法を使い、各人の前に朝食を出した。





「フォーマルハウト」


 アリアは、朝食を終えて食堂から立ち去ろうとするフォーマルハウトを呼び止めた。


「なんだ」


 答えるフォーマルハウトの声音は平坦だ。呼び止めた後、席を立って歩み寄るアリアを警戒するでもなく、ただ呼ばれたから答えたといった口調だった。


「後で君の独房に行く。いいな?」


 フォーマルハウトはわずかに周囲を見やるような動きをした。


 室内には、カペラとカストル、フィリベルトがいる。


 リゲルとアルコル、ポラリスは食事を終えてすぐ退席していた。


「独房の検分と身体検査か?」


 まるで、他の者たちに聞かせるために質問したかのような声量だった。


「そうだ」


 違和感を覚えつつも、アリアは頷く。


「ここを片付け次第行く。君の独房はどこだ?」

「西棟二階、六番」


 フォーマルハウトが端的に答える。


 囚人たちが収監される東西南北の棟は、それぞれの階ごとに八つの独房があり、個々に数字が振られている。基本的には一階が『一』から『八』の独房、二階が『九』から『十六』の独房、三階が『十七』から『二十四』の独房となっているが、西棟だけが例外だ。


 西棟は、前庭から中央棟への道のために一階の大部分がくり抜かれるような形になっていて、一階に独房がない。そのため、西棟の独房の番号は二階が『一』から『八』、三階が『九』から『十六』になっている。


「わかった。私が行くまで独房にいてくれ」

「承知した」


 それだけ言うと、フォーマルハウトは踵を返し、アリアの前から立ち去った。


 フォーマルハウトが食堂から出ていくと、カペラが立ち上がる。フィリベルトに正体を悟られているのだと知らないテディは、反抗的な態度のカペラを演じたまま、無言で食堂から出ていく。


 ややあって、カストルが食事を終えた。静かに席を立ち、アリアの方まで来る。


 カストルがアリアの前で足を止める。顔面で唯一見える口元は無表情だ。囚人の面の下の瞳が、じっとアリアを見据えているのを感じる。


「朝食の用意、感謝する」


 何かと思えば、カストルはそれだけ言うと歩みを再開し、食堂から出て行った。


 六人の囚人たち全員が退室し、フィリベルトと二人きりになる。


 アリアは、フィリベルトが食事を終えているのを確認して、パチンと指を鳴らし魔法を使う。食後の食器を綺麗にしてこの場から元の食器棚に移動させた。


 席を立ったフィリベルトが、ゆっくりとアリアの方まで来る。


「ご馳走様でした。アリアは料理がお上手なんですね」

「褒めても何も出ない」

「褒めてあなたから何かを貰おうなどとは考えておりません。本心を口にしただけです」

「そう」

「ええ。僕の本心です」


 今の状況と話の流れで、重ねて強調することが余計な胡散臭さをかもしているのだとこの男はわかっているだろうか。


「ところで……フォーマルハウトの独房を見に行くのですか?」

「ああ」


 フィリベルトの様子を観察しながら、アリアは頷く。


 これは決してフィリベルトに無関係な話ではない。なぜなら、フォーマルハウトの正体がフィリベルトの知る人であり、全くの他人だとは言い切れないくらいに関係がある人物だからだ。


「君も一緒に来い」

「わかりました」


 なぜ一緒に来いと言われたのかを理解しているだろうに、フィリベルトには一切の動揺が見られない。嫌がる様子もなく、いつも通りだ。


 アリアはフィリベルトと共に食堂から出る。


「なぜフォーマルハウトの独房を?」

「フォーマルハウトが囚人たちの中で最も信用できるからだ」

「なるほど」


 フィリベルトは笑みを深めてアリアの方を見る。


「フォーマルハウトの正体にお気づきになられたのですね」

「ああ」


 フィリベルトは、アリアが肯定しても心を乱す様子がない。それ以上特に話すことなく、アリアの隣を歩く。


 二人は中央棟とを繋ぐ通路を通り、西棟に向かった。

 西棟の内装は中央棟の内装とほぼ変わらない。天井から吊り下がる照明がより簡素であるくらいだ。廊下の突き当たりには窓があり、その右手側に階段がある。


 廊下の両側には、全て同じ意匠の重厚な作りの扉が並んでいた。扉の中心には数字が書かれている。中央棟と繋がる通路から西棟に入ってすぐ、向かって左手の扉には『一』、右手の扉には『五』と書いてあった。それぞれ、奥に向かって数字が大きくなっていくようだ。


 監獄の割に荒んだ空気は一切無く、パッと見ただけではただの邸宅に見えなくもない。


 アリアは『六』と書かれた扉の前で足を止めた。ここが、フォーマルハウトの独房だ。


 迷いなく扉から中に入る。鍵はそもそも無い。

 フィリベルトがアリアの後に続いて中に入る。


 扉の中は、明かりも窓もない廊下になっていた。

 入ってすぐ、人一人通るのがやっとの暗く狭い廊下が右側に折れ、少し歩いた先にさらに重厚な扉があった。


 アリアはその扉を二度叩く。叩いた扉は不思議な感触がした。木材でも石材でもない、何かだ。


 叩いてからさほど経たずに内側から扉が開いて、フォーマルハウトが姿を見せる。


「訪問をお許しいただき感謝いたします、閣下」


 アリアが開口一番そう告げると、フォーマルハウトが小さく息を吐く。


「何を言っているのかわからないな」

「本当におわかりになりませんか?」

「ああ、わからない。私はただの囚人だ」

「閣下」


 アリアは静かに言葉を紡ぐ。


「あなたが囚人でないことも、なぜここにいるのかも、ある程度の予想はついています。私はあなたを害そうとしているわけではありません。ただ話が聞きたいだけ」


 囚人の面越しにフォーマルハウトの鋭い視線を感じる。こちらの真意をはかりかねているのだろう。アリアは真っ直ぐフォーマルハウトを見据え、言う。


「お話をお聞かせいただきたく存じます。ダグラス・エントウィッスル侯爵閣下」

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