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檻の中の君  作者: 二井星子
第1章 大罪人
23/47

23 幕開け⑤

「私? なぜ?」

『理由を説明する前に、まずは三つ目の報告がしたい。ガルデモス帝国中でダレル殿下が実は無実で、しかも存命だという噂が出回ってる。毒殺事件には別に犯人がいるという噂も一緒にだ』


 ダレル・ラルド・ガルデモスは、五年前に前皇帝と前皇后を毒殺したとして投獄された皇太子だ。


 事件の重大さから身柄をグリニオン監獄に移そうとして、その移送途中で馬車が崖から転落し、死亡した。今も生きていれば二十三歳だったはずだ。


 前皇帝と前皇后の間に生まれた子供はダレルのみで、他に妃もいないために継承権を持つ子供がいなかった。


 そのため、継承順位が繰り上がった前皇帝の弟、ベネディクト・リヒト・ガルデモスが皇帝の座に着いた。


 ラースの三つ目の報告を聞いた瞬間、アリアは事を理解した。


「要は、『ダールマイアー伯爵家が毒殺事件を起こした犯人で、ダレル殿下は今も不当にグリニオン監獄に捕らえられている』という筋書きのもと、私を堂々と始末しようとしているということか?」

『その通りだ』


 ラースが肯定すると、オーレリアがうんざりしたようなため息を吐く。


『いくらなんでも雑すぎるわよ。本当にそれでまかり通ると思っているのなら間抜けにも程があるわ』

『それがまかり通ってしまうのが今のガルデモス帝国だ。オルブライト侯爵家を中心に、皇帝派が軒並み兵を派遣しようとしている。南部のアストリー伯爵家の兵が合流するのを待つだろうから、準備と移動を考えると猶予は三ヶ月といったところだな。せめてもの救いは前皇帝派と中立派が動いていないことくらいか……』


 皇帝派に属する貴族が軒並み兵を派遣するとなると、かなりの数になるのは確実だ。


「国軍は?」


 アリアの問いに、ルーシャンが開口する。


『第一騎士団を派遣予定だ』

「全軍でないだけまし……とは言えないな」


 第一騎士団は精鋭の騎士のみで構成されている。アリア一人で相手をするには分が悪い。テディがいるにしても状況は悪い。


「噂の出所は?」

『それが、わからないんだ。ルーシャンは?』

『私にも突き止められなかった。だが、誰もが噂を真実のように信じ切っている。まるで確かな根拠があるかのように』


 各領に身分や出自を問わず多くの調査員と新聞記者を抱え、国内の出来事に最も精通するラースの情報網でもわからず、ワイラー公爵家の情報網でも優秀な諜報員でもわからないとなると、怪しさが増す。


 ひとまず、噂は鵜呑みにしないほうがよさそうだ。


『それと、私の報告はラースの二つ目の報告と三つ目の報告と同じだから、省略させてもらう』

「わかった。ルーシャン、陛下の手先にハーヴィー・ノークスという男がいるかどうか確認してくれ。フィリベルトが監獄に入り次第接触しろと陛下に言われたらしい」

『その必要はない。ハーヴィー・ノークスは、ダレル殿下をグリニオン監獄へ移送するための馬車の御者を務めていた男だ。転落事故で死亡が確認されているエントウィッスル侯爵家の御者で、フィリベルト・ジンデルとは特に仲が良かったらしい。エントウィッスル侯爵家のあれを逃れた使用人に聴取した際、多くの者がフィリベルト・ジンデルの親友だったと証言した』

「なんだと? 公の記録にはそんな記述は無かった」

『エントウィッスル侯爵家のあれが起きた時点で、ハーヴィー・ノークスは一年前に死んだ故人だった。事件には関係ないとして、公の記録に残すほどでもないと判断された』


(——どういうことだ?)


 フィリベルトほどの男が、アリアの交友関係に気付かないはずがない。


 騎士見習い時代、各所からあらぬ勘ぐりをされないよう、表面上は必要以上に接しないようにして欲しいとアリアは四人に頼み込んだ。


 テディはアリアの頼みを完全に無視して気安く接してきたものの、他の三人はアリアの頼みを聞いてくれた。


 表面上はさして仲が良いようには見えなかったはずだが、フィリベルトならばアリアと同時期に全く立場の違う四人が騎士になっていることに違和感を覚えるはずだ。


 そこから、アリアがテディとルーシャンとラースとオーレリアの四人を情報源にしている可能性に行き着く。


 その可能性に行き着きながら、彼らに聞けばすぐにバレるような嘘をわざわざつくだろうか。


(ハーヴィー・ノークスの名前を出したことに、何か意味があるのか?)


 アリアに嘘を見抜かせ、不信感を持たせることで、何かを示唆しようとしているのだろうか。


 わからない。わからないが、ダレルを乗せた馬車の転落事故かハーヴィー・ノークスには、フィリベルトがアリアに直接言えないものの気付いて欲しいと思っている何かがある。そう直感した。


 アリアはしばらく黙り込み、それから言う。


「みんなに頼みがある。ダレル殿下が死亡したとされている転落事故とハーヴィー・ノークスの周辺について調べて欲しい。可能な範囲で構わない」


 アリアの依頼に、各々が了承した旨の返答をする。


「それじゃあ、俺の報告に移っていいか? 多いんでね」


 気だるそうな口調でテディが言い、アリアや他の面々の返答を待たずに続ける。


「まず、アリアの親父さんからの救援の手紙を受けてここに来てどうだったかっていうことについてなんだけど」


 今から二ヶ月ほど前、アリアのもとにグリニオン監獄にいるヴィリバルトから『殺される。助けてくれ。この手紙を読み次第、早めにこちらに来い。殺される。助けてくれ。頼む』という内容の手紙が届いた。


 アリアはこの手紙を見た瞬間、差出人が父親ではないと気付いた。


 激しく震え、乱れた筆跡からは差し迫った危機が感じられるが、はたしてそれほどまでの危機にさらされた者がこれほどまでの長文を書けるのだろうか。


 文面を見る限りでは多少の余裕があるように見受けられる。

 少なくとも、『殺される。助けてくれ。』と一度書けばわかることをわざわざ繰り返して強調するくらいの余裕がある。


 差し迫った命の危機にさらされている割には、インク染みはなく、文字の間違いもない。手紙に折り目以外のシワはなく、激しく乱れているが文字列は水平。


 文字が震えるほど焦りと恐怖を感じているのに、『今すぐ』こちらに来いではなく『早めに』こちらに来いと各人によって差が出る表現を使っている。


 この手紙は今すぐの命の危機に慌てて書いたというよりも、筆跡を誤魔化すために恐慌状態を装ったものなのだろう。


 それに、ヴィリバルトが『看守のいるグリニオン監獄に、他のダールマイアー一族の者が入るのを禁ずる』と制約の魔法で定められられていることを知らないわけがない。

 アリアが監獄に入れないことを知っていながら、わざわざこの手紙を寄越すわけがなかった。


 何者かがヴィリバルトを装い、アリアをグリニオン監獄に誘き寄せて何かをしようとしている。

 もしかするとヴィリバルトの身に何かがあったかもしれない。


 そう判断したアリアは、近場にいるというテディに依頼して、グリニオン監獄の周囲の様子を見てもらうことにした。


 異変はすぐに明らかになった。


 通常であれば、ダールマイアーの魔法により、監獄の内部には入れない。入れるのは前庭までだ。

 しかし、中に入れるようだとテディが騎士の徽章を使って知らせてきた。


 ヴィリバルトが魔法を使っていないことに急速に嫌な予感がして、アリアはそのままテディに中を確認してもらった。


 テディによると、中央棟から中に入れるものの、目に見えない壁のようなものに遮られて二階から上に行くことができない。

 一階と二階に関してはどの部屋も入ることができる。


 囚人たちの独房がある東西南北の棟にも入れそうだとの報告を受けたが、ひとまず東西南北の棟には入らず一旦帰還するように指示した。


 その後、アリアの代わりに監獄内の様子の確認とヴィリバルトの安否確認を買って出てくれたテディに、もう一度グリニオン監獄に向かってもらった。

 泊まり込みで数日かけて内部を観察するというので、囚人を装うように準備してもらった。


 そうして内部に潜り込んだ直後、グリニオン監獄が魔力爆発と思しき虹色の膜に覆われ、テディは監獄から外に出ることができなくなってしまったのだ。


「俺が閉じ込められた後、それまで入れなかった二階から上に入れるようになったけど、三階も四階ももぬけの殻で親父さんはどこにもいなかった」

「膜の内側では普通に動けたのか? 脱力感は?」


 テディから閉じ込められたという連絡が来た直後にも確認したことではあるが、念を入れて再度確認する。


「普通だよ。普段の状態と全く変わらない。脱力感は微塵もない」


 やはり、ダールマイアーの防護結界——魔力爆発ではない。


 これまで誰にも知られていないことだが、ダールマイアーの看守が交代する時には、必ず囚人たちが全員死んでいる。


 ダールマイアーの魔力爆発により形成された空間下にいる囚人たちは身動きを取ることすらできないほどの脱力感に襲われる。


 そこから新しい看守が手続だの慣例である王城での挨拶だのを終えてグリニオン監獄に入るまで最低でも十四日かかるため、水を飲むことも食べ物を食べることもできずに、その十四日の間に囚人たちは死に絶えてしまう。


 今このグリニオン監獄にいる六人の囚人たちは知らないだろうが、こうして生きていること自体が不審なのだ。


 アリアがヴィリバルトが死んだために起きた魔力爆発だと思っていたものは、六人の囚人たちの誰かの魔法による『何か』だ。


「膜の内側にいて何か異変は?」

「特にない。膜から外に出れないだけ」

「囚人たちの様子は?」

「俺が見回った限りでは外に出てるやつはいなかった。俺は南棟の三階の独房を適当に使ってたけど、同じ棟の一階のじいさんは三日に一度部屋から出て中央棟一階の食料庫から食べ物持ってきてる感じだったな。それくらい」

「食料の補充は誰が?」

「さあ? 補充の現場を見てないから俺にはわからない。俺がいる間に一回食料庫の食べ物が増えたから、誰かが手配したんだろうけど。食料を持ってきたのが俺んとこのバルバーニー商会じゃないことだけは確認してる」


 これはアリアの落ち度だ。


 ヴィリバルトから食料や日用品などの手配の依頼があった時、アリアのみが対応していたわけではなく、手紙を真っ先に受け取った者が対応していた。義母が対応する時もあるし、使用人が対応する時もある。

 極力関わりたくなかったこともあって、義母や使用人がどの商会に依頼しているのか確認していなかった。


 だから、ヴィリバルトの異変に気付くのが遅れた。


 長い間ヴィリバルトから食料や日用品手配の手紙を受け取っていなかったにもかかわらず、誰かが処理したのだろうと気にも留めなかった。


 今回の食料が補充されていた件も、何者かがヴィリバルトを装い、ダールマイアーの邸に伝書鳥を用いて手紙を送り、特に疑問にも思わず義母や使用人が食料を手配した可能性がある。あるいは、囚人たちの誰かが直接手配したかだ。

 いずれにせよ、現時点では確かめようがない。


 アリアは、思い切りため息を吐きそうになるのをぐっと堪えた。


「わかった。次の報告をしてくれ」

「はいはい。じゃあ、次。三日前にノイラート王がついに退位を表明して、ノイラート国の王位継承権争いが本格的に始まった。でも、今回はこれまでの王位継承権争いとはどうやら様子が違う」


 テディに聞き及んでいる話によると、ノイラート国は特殊な国で、王位継承権争いが終わるまで王族の王位継承順位が決まらないらしい。決まったとしても、五年で継承順位はまた白紙に戻る。


 さらにその継承権争い自体も特殊で、基本的には最も大きな功績を上げた者が王になり、それ以下の継承順位は功績順になる。功績順は当代の王が決める。


 しかし、『功績』の基準が決められておらず、功績の順位の付け方はそれぞれによって異なっている。


 現在のノイラート王は大規模な治水工事を行い、その功績を認められて王位を得た。

 他の者たちは他国を属国にしたり統合したりしたが、最終的に最も功績を上げたと前王に評価されたのは現在のノイラート王だったというわけだ。


 功績をめぐって争うにあたり、決まりがいくつか存在する。その決まりによって、国内外問わず武力を用いて争わないこと、王位継承権を争う者同士で殺し合わないことが定められていた。破れば王族であろうと死罪になる、厳しい決まりだ。


 だから、ノイラート国の王位継承権争いは、熾烈であるものの王族間で死人が出ない。


「どう違うんだ?」

「ノイラート王が王位継承権を譲る条件と、王位の候補者とその補佐を宣言した」

『……? 珍しいことなのか?』


 疑問の声を上げたのはルーシャンだ。


 ガルデモス帝国にはノイラート国のことが一切伝わってこない。わからないのも当然だ。


『あり得ないことだ』

「前代未聞の事態」


 ラースとテディが同時に答える。ラースが即座に『すまない』と謝るが、テディは「別にいいよ」とそれを軽く受け流す。


「ノイラート王が提示した条件は『穏便にガルデモス帝国を取る』こと。ノイラート王はガルデモス帝国とノイラート国を併合することに対して並々ならぬ思いを抱いていることで有名だからな。さらに二人の候補者と、その二人の補佐をしている二人の名前を出した。その候補者二人のどちらか……穏便にガルデモス帝国を取った方に王位を譲る、ってな。補佐の名前も出したってことは、補佐についてる二人に与えられる継承順位も高いってことだろうな」

「候補者二名の名前は?」

「シリル・デーヴァルタ・ノイラート殿下とランドル・カーベイン・ノイラート殿下だ。名前を公開するにあたって、二人についての情報が一部公開された。シリル殿下はノイラート王のひ孫、ランドル殿下はノイラート王の孫。二人は甥と叔父にあたる。シリル殿下の父親がランドル殿下の兄だ。年齢は二歳違いでランドル殿下の方が年上。二人ともすでにガルデモス帝国に入り込んでいて、数年から数十年は経過しているとみられる」

「補佐二名は?」

「シリル殿下の補佐をしているのが、シリル殿下のいとこのノエル・エティガト・ノイラート殿下。ランドル殿下の補佐をしているのが、ランドル殿下の叔父のアラステア・ケメーニュ・ノイラート殿下」


 唐突に出てきた『ノエル・エティガト・ノイラート』の名前に、身じろぎしそうになる。


 ノイラート国の王位継承者候補のうち一人であるシリル・デーヴァルタ・ノイラートのいとこ。

 年齢はどのくらいだろう。シリルが齢九十のノイラート王のひ孫だということは、いとこのノエルもひ孫。

 親と子の年齢差を二十とすると、三十歳前後くらいになるが、王族が一妻多夫であり一夫多妻でもあることを鑑みるとあまり予想はあてにはならない。


「どうしてその二人が候補者として名前をあげられたんだ?」

「それは二人の素質にもよるだろうが、生まれと魔法もあるだろうな。ここからは公表された情報じゃなくて、俺が集めた情報になるんだけど」


 テディは思い切り顔をしかめる。


 関わりたくないと思っているのがありありとわかる表情だ。よほど厄介なことらしい。


「シリル殿下の母親はガルデモス帝国の前皇后。ダレル殿下とシリル殿下は双子の兄弟だ」


『は?』


 真っ先にルーシャンが素っ頓狂な声を上げた。


『どういうことなのよ……』


 オーレリアがひどく動揺した様子で言う。


 動揺しているルーシャンとオーレリアに対し、アリアは冷静だった。


 ——なるほど。


 どうりで、最も穏便にガルデモス帝国を取れるとして名前があげられるわけだ、と腑に落ちる。


 ルーシャンとオーレリアが落ち着くのを待ち、少しの間を置いてからアリアは開口した。


「前皇后が、ノイラート国からの間諜として潜り込んでいた王族の男をそれと知らずに関係を持ち、生まれた不義の子がダレル殿下とシリル殿下。一人を前皇后のもとに残し、もう一人を死産にしたか双子であることを隠すかしてノイラート国に連れ帰ったのが、ガルデモス帝国の前皇太子ダレル殿下と、ノイラート国の王位継承候補者シリル殿下ということか?」

「その通り。二人は見分けがつかないほどそっくりらしい」

「つまりシリル殿下は、ダレル殿下のふりをしてこの国を取ろうとしている。実際に取れる段階まできている。そうだな?」

「ご明察」

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