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檻の中の君  作者: 二井星子
第1章 大罪人
15/47

15 六人の囚人①

 アリアはフィリベルトと共に中央棟の各部屋を見て回った。


 三階には執務室兼書斎の他に、私室、寝室、浴室、空き部屋が数部屋あった。持ってきた荷物はひとまず私室に置いた。


 三階を見終わった後、まずは上階を見ていく。

 四階は大部分が書庫で、他に物置が数部屋あるだけの階だった。他の階と違って、窓は一つもない。


 四階を見た後、階段を降りて二階へ向かう。二階には、中央部に大きな談話室と食堂があり、その周囲三方を囲むように廊下が巡る。他には応接室、物置、空き部屋がいくつかあった。

 廊下の辺の真ん中には西棟、南棟、北棟の各棟から通路が繋がっている。東棟から伸びる通路は談話室に直接繋がっているようだ。

 中央棟に接する通路の端と東西南北の各棟に接する通路の端には両開きの木製扉があり、北棟に繋がる通路と南棟に繋がる通路の扉だけかんぬきがかけられるよう金具がついている上、鍵がかけられるようになっている。


 次に一階へ行く。一階は大部分が玄関ホールになっていて、他は厨房、食料庫、備品倉庫、物置になっている。


 一通り見て回った後、アリアとフィリベルトは二階の談話室に行く。

 談話室は簡素な広い部屋で、室内には数台のテーブルとソファーが並ぶだけだ。

 室内の四方には扉が付いていて、南側の扉が食堂に繋がり、東側の両開きの扉が東棟に繋がっている。その他の扉は全て廊下に繋がっていた。


 アリアとフィリベルトは西側の扉から中に入った。


「今からここに囚人を呼ぶ。顔合わせといこう。その前に君に渡しておきたい物がある」


 アリアは適当な二人がけのソファーに腰を下ろした。フィリベルトに隣に座るよう促す。


 フィリベルトは素直に従い、アリアの隣に腰を下ろした。


「目を閉じてくれ」

「わかりました」


 フィリベルトはアリアの指示通りすぐに目を閉じた。


 アリアはその目元を覆うように手を添え、魔法を使う。


 ややあってアリアが手を離すと、フィリベルトの目元から鼻にかけて顔の半分を覆う白い面が現れた。目穴の無い、のっぺりとした面だ。


「フィリ。もう目を開けていい」

「はい」


 フィリベルトがすぐに目を開けたかどうかは、面に阻まれてアリアには見えない。


 フィリベルトは小首を傾げ、それから目元に手をやる。指先に自分の顔ではない固い感触があったことに驚いたのか、弾かれたかのように手を離す。


「これは?」

「囚人の面だ。この面で君たち囚人の視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感と、発声を管理する。今は全て許可してある。普段と変わりないか?」

「はい。全く変わりありません」


 フィリベルトが面に触れる。全体を確かめるように指でたどる。


「目の穴がありませんが、見え方が付けていない時と全く同じですね。しかも、紐も何もないのに面が落ちない。顔にくっ付いているかのようです」

「面を付けることを囚人に強要するつもりはない。着脱は自由だ。普通は着脱を許可しないだろうが」

「囚人たちはこの面を外そうとはしないでしょうね」

「だろうな」


 沈黙が落ちるも、それも長くは続かなかった。

 何かを思いついたのか、「あ」とフィリベルトが小さな声を発する。


「そういえば、僕の監房はどの棟にするかお決まりですか?」

「君の監房は中央棟だ。私の寝室の隣に新設する」

「でしたら、僕の監房からアリアの寝室に直で行けるように扉を付けていただけませんか? どちらで眠るにしてもその方が楽ですので」

「わかった。そうしよう」


 再び沈黙が落ちる。

 フィリベルトが時間をかけて周囲を見やり、それから静かに言う。


「アリア。一つ、聞いていただきたいことがあります」

「なんだ?」


 フィリベルトは視線の向きをわかりやすくするためか、顔をしっかりとアリアの方に向けた。


「囚人たちのことです。今この監獄にいる囚人たちは、義父上が一年前に亡くなり、容易に脱獄できる状況下だったにもかかわらずここに残ることをわざわざ選択した囚人たちです。その中に義父上を殺した者がいる可能性が高い。単独ではなく、複数での犯行の可能性もあります。動機もわからない。義父上を殺したかったのか、看守を殺したかったのかわかっていません。それだけでなく、義父上を殺したからにはダールマイアーの結界の魔法を打ち破る手段を得ているかもしれない。今回の看守の交代には、不明点が多すぎる。このままでは危険です」

「だろうな……」


 それはアリアも理解していることだ。


 今この監獄にいる六人は、明確な意図を持って監獄に留まっている。


 看守が死ねば囚人の契約は解かれ、首と両手首、両足首の紋はその瞬間に消え失せる。看守が亡くなったことに気付きませんでした、というのは通用しない。


 防護結界が確認されたのは十七日前だ。それ以外には確認されていない。しかし、状況からして前任の看守ヴィリバルトは一年以上前に亡くなっている。


 ここにいる囚人たちは、自らを縛る枷が消えたにもかかわらず、容易に脱獄できる状態の監獄から約一年もの間逃げなかった。


 そこにはなんらかの『理由』があるに違いない。その『理由』がアリアに関連した理由である可能性も高い。


「ですので、僕に興味を向けさせてみようと思います。アリアには、囚人たちの前で僕の罪状と名前、僕と結婚していることを宣言してもらいたいのです。その上で明確に僕を特別扱いしてください。それと、できれば僕の独房がどこにあるのかも囚人たちの前で宣言してください。特別扱いされている感が出ますから」

「すると、根性のない者は君が危険な人間だと認識して警戒し、君がそばにいる私に近付かなくなる。それ以外は最も私に近い者として君を取り込もうとするか、あるいは情報を得ようとする。いずれにせよ、状況判断のためにすぐには動けなくなる。囚人たちは私と親しい君が現れたことによって、私をどうこうする前に、君が看守側についているのか囚人たち側についているのか、加えて君の力のほどを判断しなければならなくなる」

「そうです。そうして生まれた余分な時間の間に、囚人たちを探りましょう」

「いいだろう。私と君のまともではない関係にどんな反応を示すのか楽しみだな」


 アリアの言葉に、フィリベルトが笑い声を上げる。


「あとは、そうですね……余興でもしておきますか?」

「余興?」

「僕の手でも足でもいいので、ブスッと」

「刃物で刺せと?」

「怖がらせられると思いますよ。僕は痛みに強いので」

「それはさぞ不気味に思うだろうな」


 痛めつけられたり拷問されることを経験しているであろう囚人たちだからこそ、痛みの程を理解している。

 理解しているから、フィリベルトが全く何の反応も示さずにこにこしているのを見たら気色悪い存在だと思うだろう。余計に警戒が強まるに違いない。


「だが、君はそれでいいのか?」


 アリアが問いかけると、フィリベルトの口元が柔らかな笑みを形作る。


「ご心配には及びません。アリアが刺した傷は、アリアの意思で治るのでしょう? それに、僕にも傷は塞げます。ですので、適当なところで見せしめ的に僕を使っていただければと思います」

「やるかどうかは別として……とりあえず、わかった」


 アリアは頷く。


 これまで散々な目に遭ってきたせいか、フィリベルトは自分が痛めつけられることに対して無関心だ。さもなければ、見せしめとして痛めつけろなどという提案など出てこない。


「そういえば、アリアは囚人を呼ぶと仰いましたが、直接呼びに行くのですか?」

「いや、その必要はない」


 アリアは言葉を切り、ふいと天井を見上げる。


「『全員、身支度を整えて今すぐ談話室に来い』」


 言葉に魔法を込めて命令する。同時に、意識を監獄内全体に向ける。


 東西南北の棟の囚人たちが一斉に動き始めた。

 最も行動が早いのが、東棟二階の囚人だ。アリアが命令した直後、十秒もしないうちに独房から出た。


 グリニオン監獄の独房に鍵は存在しない。

 看守が独房から出るなと命令を下せば、囚人は何が起きようとも独房の外には出られないからだ。必要がないから、鍵が付いていない。


 談話室の窓からは東棟と、東棟から伸びる通路が見える。通路の上部には明かり取りの小窓が等間隔に並んでいるが、位置が高いために通路の内部を通る人までは見えない。


 最も早く談話室に来るであろう東棟の囚人がどんな人物なのかは、ここに姿を見せるまでわからない。


「さて、どんな奴らが来るかな」

「強いて言うなら、なかなかの食わせ者でしょうね」

「君がそれを言うのか。面白い冗談だな」


 アリアの淡々とした言葉に、フィリベルトがさも面白そうに笑う。


「囚人の面は取りますね。その方がわかることがあるかもしれません」

「君の好きにするといい」


 ありがとうございます、と礼を言ってフィリベルトが囚人の面を外し、ソファーの前のテーブルに囚人の面を置いた。

 それから、アリアに微笑みかける。


「では、失礼します」


 フィリベルトがアリアに断りを入れ、距離を詰めて密着し、左手を取る。腕が絡まり、指が絡まる。


 そうして次の瞬間、東棟からの通路と繋がる扉が開いた。

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