5話目 初めてのクリスマスパーティー
お母さまが用意してくれたのは、アルパカと絹とカシミアの混紡の美しい手染め糸で、海外から取り寄せたものだ。
「この糸は元々、一甫堂の女将さん……あなたのおばあちゃまから教えてもらったのよ。だから英さんのプレゼントにはちょうどいいわね。」
「お母さま!! ありがとうございます!! すごくきれいな糸ですね!……淡い色なのにほんのり艶がある……」
「それだけじゃなく、軽くて暖かいからマフラーにはぴったりよ。この半年の……英さんとの事を思い出しながら、ひと編みひと編みしていきなさい。それが手編みのプレゼントの楽しみのひとつなのだから……」
お母さまのお言葉通り、覚えたてのゴム編みで一目一目編んで行ったこのマフラーも
『長めに編むと、英さんと繋がれるわよ』と言われた、その“下心”満載の長さになった。
このマフラーに今、お母さまに教えてもらいながらフリンジを付けた。
「編み目もとてもきれいに仕上がったわね。さえが心を込めて丁寧に丁寧に編んだからよ」
お母さまは私を抱いて頭を撫でてくれる。
英さんのお嫁さんになるのと同じくらい、お母さまの子供になった事が
嬉しくて嬉しくて
涙が出る。
「私のお母さまになっていただいて、本当にありがとうございます。 私はとてもとても幸せです」
「さえ、それは私も……私たちも同じ!! とてもとても幸せですよ…… さっ! 午後は彩ちゃんと大樹くんが来るから…… プレゼント包装したら、お昼にしましょう」
彩ちゃんと大樹くんはお兄様のお嫁さんと赤ちゃん……二人とも、とても可愛い。
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彩ちゃんは、いつのまにか一人座りができるようになっていた大樹くんに安全そうなおもちゃを握らせる。
「こうしておくと、しばらくはひとり遊びしてくれるのよねー 大樹くん!おばあちゃまが戻ってくるまで少し待っててね~」
この、年下のお姉さまは、仕草の一つ一つが可愛い。
二人してクリスマスツリーに飾り付けをしているのだが、ガラスボールの根元に付けられた吊り下げ用のリングを通して大樹くんを覗いたり、ふわふわの綿の雪を顔にあててサンタに扮したりしている。
ん?
少し気配がしたので
「彩姉さま」と声を掛ける。
「はい、なんですか? 冴ちゃん」
「大樹くん ウンチでは?」
「あらあらあら」
大樹くんが盛大に体をひねって逃げようとするので、カレの足を捕まえてお手伝いした。
彩姉さまは大樹くんのお尻を拭きながら、カレの足を掴んでいる私に声を掛ける。
「ねえ、冴ちゃん」
「なんですか?彩姉さま」
「その“彩姉さま”だけど…… 二人だけの時は、“彩ちゃん”って呼んでくれませんか?」
「えっ?」
「私は一日中 “ママ”とか“奥様”とかなんです。その上、年上の冴ちゃんにまで“お姉さま”と呼ばれるの……正直、辛いんです……」
そういうものなのか…… そんなことで困っている彩ちゃんはやっぱり可愛いので……大樹くんとの三人の時は、「彩ちゃん」と呼ばせてもらう事にした。
「彩ちゃん、飾り付け上手だね~ 私なんか、このリボン、どこに付けていいかも分からない」
「ふふ、ホントはね、その大きいリボンを最初に付ける方がやりやすいのよ。
こうして、大きいのをジグザグに付けてから、色を違えながら小物を付けていくの」
「ホントだ!可愛い!! 私、クリスマスツリーって、このあいだ、お店の片隅の物を少しいじったくらいだから……勉強になるよ」
「そう言えば、お店は年末年始、忙しいんでしょ?」
「私はまだ未経験なんだけど……29日から年末まではひたすら忙しいらしいの。 年始も2日からお店は開けます」
「じゃあ、今日の夜は英さんとの貴重な一夜ね♡」
「エヘヘヘ そうだね♡」
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私はいわゆるクリスマスパーティとは、ほぼ無縁の人だった。
ましてやお家でのクリスマスパーティはまったくの初めてで、お母さまや彩ちゃんとさせていただいた準備(私はお店の仕事を片付けてからで、猫の手くらいだったが……)から楽しくてしかたなかった。
そうして迎えたクリスマスパーティ!!
『贈りたいと思ったものを贈ろう交換会、その後はわらしべ長者』と銘打ったプレゼント交換会で、私のテンションはあげあげだった!!
おのおのあみだくじで選んだプレゼントを後でまた交換し合うのだ。
英さんは、白木の箱に入った色々な形のつみきをプレゼントとして持ってきていたのだが、それがあみだくじで私の手元に来てしまった。私はそれでも良かったのだけど、自分の出したプレゼントが自分の手元に戻ってきたお兄様が交換を申し出てくれた。
それは“選べるペア食事券”だったのだが、それを更に
「私たちは旅行までは行かないから」とお母さまのお手元の“選べる旅のカタログギフト”と交換していただいた。これは、元はお父様から出たものだ。
私が用意させていただいたのは“クリスマス上生菓子のセット”だ。
私が『こういうのを作りたい』と落書きしたスケッチを、おやじさんと英さんが生上菓子にしてくれた。 これは彩ちゃんの手元に行った。
菓子箱に鎮座した、サンタ、トナカイ、ツリー、リーフ、雪だるまは彩ちゃんに大ウケで
『このツリーの葉っぱ一つ一つは私が練り切りで作らせてもらいました』という“冴ちゃソコメント”まで付けて、SNSに上げてもらった。
これが後に……一甫堂と冴茶ソのデパートデビューのきっかけになるなんて、この時は思いもしなかったのだけど……
元のスケッチは、お父様からも褒められて「仕事にも役立つだろうし、デザインスクールに通ってみたら」と言われたが、実は私には夢があって……
この話はあとでしよう……
結局、このクリスマス上生菓子は、お父様のお手元のドミノ編みブランケット(これはお母さまの手作りプレゼント)と交換になり、お菓子は皆でひとつずついただいた。
英さんは彩ちゃん発の人生ゲームを引き当てた。
彩ちゃんは前に私が『人生ゲームって、やったことない』と言ったのを覚えていてくれたのだ。
当然、この後は人生ゲーム大会となり、私と英さんは合わせて4人の子持ちになった。
ただ、決算で子供を換金するのが『エーッ!!』で、
思わず『イヤだ!』と口走ったらみんなに笑われて
ちょっとだけ
むくれた。
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『英さんのお布団、今日は客間じゃなく、あなたのお部屋に敷いたわよ』
お母さまにそう言われて
少し、ドキン!とした。
“あかりと私の”部屋に戻ると確かに
そうなっている。
どうも気恥ずかしく、英さんの為に何か飲み物でも取ってこようかと腰を浮かせたら、ドアをノックする音が聞こえた。
“カラスの行水”の英さんだ。
「今すれ違いざまにお母さまから『遠慮しないでお風呂使ってね』って言われたんだけど……」と入って来た英さんは並べて敷かれている二組の布団を見て
「ああ」と言葉を飲み込んだ
「そういう事の様ですヨ」
「なんか……気恥ずかしいね」
「はい」
二人、お布団の上に正座して、ちょっとの間 “お見合い”をしている。
「「あ、クリスマスプレゼント」」
同時に声を出して
“仲良し”なのも確認した。
私がプレゼントの包みを抱えて来ると、英さんは机の上に置いていた私のノートを見ていた。
「数学、勉強してるんだ」
「うん、因数分解! 謎解きみたいで面白いよ。でも数学だけじゃなくて、国語とか社会とかも勉強してる……今は主に中三の教科書を使って」
と『津島灯子』と名書きされている教科書を英さんに見せてあげた。
「これ、“あかりちゃん”の教科書なんだね」
「うん」
「色々書き込みしてある…… あ、マンガも! ……かわいいね」
「うん、今、“あかり“と勉強しているんだよ。とっても楽しい!」
「良かった!! じゃあ、僕のクリスマスプレゼント、喜んでくれるかな」
と角2サイズの茶封筒を渡してくれた。
中を見てみると、あーちゃんたちの高校の全日制、定時制の受験資料と通信制高校の3種類の学校資料が入っていた。
「今の“冴ちゃん”は中学卒業までで止まってるんだよね。だから高校は最初からなんだろうけど……冴ちゃんがどれを選んでもサポートはしっかりできるよう、お母さまと打ち合わせしてあるんだ」
英さんは私の“夢”を知っていてくれた!!
私は茶封筒を抱きしめて、また泣いてしまった。
本当にこの人は……いつも私を愛し、理解し、守っていてくれる。
英さんはちょっとためらって、首に掛けていたタオルを顔に当ててくれたので、私が自分で顔をゴシゴシした。
「英さん! ありがとう! 大好き!!」
とカレの首に縋りつく私に
「まだあるよ」
と小さなケースを取り出してくれた。
中を開けると星にダイアのイヤリング?だ。
「ピアリングって言うんだって、ピアスのように見えるけど……挟むタイプ。ほら、冴ちゃん、ピアスしないから……穴を開けなくても付けられるものがいいかなって」
私のカラダは……
どこもかしこも“初めて”が無い。
今はもちろん、英さんとの子供が欲しいのだけど……子供を産む事でさえ、初めて思ったのは“あかり”を呼び戻したいから……
そんな使い切った私のカラダが……今の私には死ぬほど辛い。
でも、それでも、本当に些細なことでしかないのだけど……私のカラダに残された初めての場所はね……
英さん!
私はカレの手を取り、その場所に導く。
カレの指がそれに触れただけで
幸せがカラダ全部に突き抜ける。
右の耳たぶは
手つかずだよ
だからあなたがして欲しいって思ったら
ピアッサーで打ち込んで!
ひと月は……
“アナタの跡”が
残るから
私たちは
私の編んだマフラーで繋がって
にこにこしながら“あかり”のアルバムを見たりした……
それから……
マフラーなしで……
繋がった
二人の間に
“あかり”への想いも
抱きしめながら
6話に続く
この年の冴ちゃんの幸せなクリスマスのお話は、まだ続きます!!(^O^)/
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