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この世界でもう一度。  作者: にらニラ炒め
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第三話 『視えた何か』

「...今の位置がここ。それからここにもう一個地図があるから、忘れたらそこで見るといい」

 場所は変わらず、公園の地図の前。ミラクから大体の町の説明を受けたところだ。

 それで、新たに判明したことが一つ。

 この街はウォーゼレンド王国という国の、王都であるらしい。かなり広い街だとは思っていたが、なるほど納得である。

 話によると、この国自体かなり大きな国らしく、『5大国』の一角として数えられるほどらしい。

「しっかし王国の名前さえ知らないとは、今までどうやって生きてきたんだか…」

「…?どうした?」

「いや、なんでもないぜ?」

 明らかに何か言っていた。不服である。

「なあソウトクンよ。産まれってどこか聞いてもいいか?」

「生まれ…?急だな」

 呼び捨てでいいぜ、と言いながら、かなり唐突な質問に少々困惑する。話の流れ的にも変な疑問だ。

 頭を捻るソウトに対し、ミラクは、別に深い意味はないんだがよ。と切り出し、

「ソウトは文字が読めないんだろ?ただ、その割には…体が綺麗すぎるんだよ」

「体が綺麗…?」

 そう言いながら、ミラクの視線に合わせて、自分の身体を上から下まで見回す。胸部から足先、そして胸部へと戻り、最後に正面を向いてミラクと目が合った。

 まさにおっさんという感じの顔である。その顔をみて、ソウトは大きく息を吸いながら両肘を手で抱き、

「へ、変態!」

 糾弾を大声で叫んだ。

 正面の顔は、認識、理解、驚愕と変わっていき、

「まて!違う誤解だ!」

「何が誤解だこのショタコン野郎!推定高校生の若い男に欲情するおっさんなんてただの犯罪者じゃねえか!」

「俺にそんな終わった趣味はねえよ!まず話を聞け!」

 信頼していた人間が猛獣へと変貌した『赤ずきん』的展開に、全身に怖気が走る。その欲望の獣からわが身を守るために、一瞬にして距離を取り木の陰へと身を隠す。

「異世界早々おっさんに尻をやられるところだった。用心用心」

「何言ってんのか理解できねえし、被害妄想がすげえよ…」

 ミラクががっくりと肩を落として疲れをアピール。

 哀愁漂う背中を見て、さすがに可哀想に思えてきた。そろそろ遊ぶのもやめてやるとしよう。

「それで?ムスカリさんよ。何が言いたかったんだよ」

「切り替えの速度早すぎんだろ…これが若さか」

 まだ何かつぶやいているミラクに対し、木の陰から出て、早く答えろと目配せする。それを受けミラクは、大きく嘆息してから口を開く。

「伝え方が悪かったな。俺は字が読めないにしては、そういうやつの体つきとか服装してないな、って思っただけだ」

 一瞬、理解に時間がかかったが、すぐにミラクの言わんとすることが分かった。

 なるほど確かに。識字能力がないと聞けば、貧しい環境を創造するのは、まず必然であろう。

 普段から少し鍛えてはいるが、あくまでそれは鍛えている人間の体つきであり、肉体労働により身についたそれとはまるで違う。要するにそういうことだ。

「まあ服装に関しちゃ、汚れてないだけでおかしな格好してるとは思うけどな」

 「変な絵だな」と、ソウトの切るジャージに印字された英語に、顔を近づけながらミラクがそうこぼす。

 当然のことだが、この世界の住人には元の世界の言語は読めないらしい。これで会話はできるのだから、翻訳機能の謎は深まるばかり。

「まあそんな理由(わけ)で、どの辺出身なのかちょっと気になってな」

 そんな益体のないことを考えていたソウトに、ジャージから顔を離したミラクが再度問うてくる。

「…東だ」

 一瞬の間をおいて、そう答えた。

 さすがに「異世界から来ました」なんて言えるはずもないので、かなり答えに詰まってしまった。しかもその回答も「東」の一言。当たり前だが、ミラクの眉間に皺が寄せられる。

「東...?東っていうとクリューテスのどっかか?」

「くりゅーてす?ってのは全くわかんねえけど、とにかく東だ。世界で一番東の国が、俺の故郷だ」

 また知らない何かの名前だ。国や土地名、それこそ『五大国』というやつだろうか。

 先ほどのかなり強引な回答を、これまた強引に修正する。まあ、よくある世界の最東端、ジパング的なお粗末な方向にではあるが。

「そのクリューテスってのが、世界で一番東の国なんだがな」

「な」

 …修正、何の意味もなかったようだ。

「まあ、もうそういうことにしといてやるよ。──ソウトはただの何も知らない一般人で、クリューテスよりも東の国から来た。そうだろ?」

「そういうことにしといてぐだざい…」

 ミラク視点、ソウトは、明らかに隠し事をしている、怪しさ最大レベルの輩だろう。その自分を不問にしてくれるのだ。お人好しが過ぎる。

「…これである程度この街の説明は終わりだ。聞きたいことも、…ひとまずはない」

 数秒、気まずめの沈黙が流れたところに、ミラクがそう切り出した。

 ソウトとしては冒険者関連施設の場所さえ知れればよかったので、大満足である。

「ああ、もう大丈夫だ。大体理解したよ。助かったぜ」

 出会ったのがミラクで良かった。これ程親切な人間には、この世界はおろか、元の世界でも出会えるかどうかといったところだろう。

 そう考えると清々しい気分になり、感謝とともに、ミラクの前に右手を差し出した。

「役に立ったみたいで何よりだ。元気にやれよ?」

 そう言って、ミラクは笑みを浮かべながら、右手…金属とおぼしき材質の義手を差し出した。

 がっしりとその手を掴み合う。ひんやりとした感覚が、手のひらから伝わってくるも、すぐに体温に近しくなっていく。

 右手のそれを気になりはするが、ミラクが何も言わない以上、触れる必要もあるまい。

 そんなことを考えながら、数秒握手を交わし、手のひらをほどく。

 別れは惜しいが、これ以上は流石に忍びなくなってくる。再会を願ってここでお別れだ。

「じゃあな…」

「あー。ソウト、ちょっと待て」

 儚く美しい別れを演出していたところでミラクからストップが掛かった。

 握手までしておいて引き止めるのは野暮というものではあるまいか。

 歩き出しの体制のまま、頭だけ向けたソウトに、「さっき思い出した話だし、そこまで重要じゃないんだけどな…」と、言ってミラクが頭を掻いた。

 すごく勿体ぶって焦らしてくる。と、急にミラクが神妙な面持ちで顔を寄せてきた。

「なんつーか、最近、この辺で奴隷しょ


 痛い。痛い。痛い。痛い痛い痛いいたい。

 耐え難い激痛。脳内が紅に染まり、思考がとめどなく溢れる。痛い、間違えた、3匹いた、どうし


う人とかいう奴いるって噂が…って大丈夫か?」

 ミラクに声をかけられる。

 今、一瞬、何か見えた、いや、『視えた』。

 知っている。あの光景。全く知らない景色だった。──だか、確かに知っている。

 困惑、当惑。あれは一体…。

「大丈夫かよっての!?」

「ぁえ?ぁぃ、だい、じょうぶだ、大丈夫」

 ミラクに肩を揺さぶられ、視界が大きく左右に揺れる。

 反射的に無事を伝えながら、なんとか思考を整理し、呼吸を落ち着かせる。

 傍ではミラクが心配の声をかけてくれている。

「…悪い。ただの、立ちくらみだ」

 時間をかけて、ゆっくりとミラクへと返事をする。

 さっきのがなんだったのか、何も分からない。が、一先ず、一先ずは何も視なかったことにする。

「そう…ならいいんだがよ」

 ミラクも、明らかに心配…してくれてはいるが、納得するそぶりを見せてくれている。

「それで?何の話だっけ?」

 少々強引にだが、話の続きをミラクに促す。

 先の通り、これ以上ミラクに迷惑をかけるのは嫌なのだ。だから、あれが何だったのか。それは今じゃない。これから原因究明でもなんでもすればいい。

「ああ、最近奴隷商人とかいうやつの噂をよく聞くんだ。」

「奴隷商人?」

 何も突っ込まずに話してくれた。これで話の流れは戻ってくれる。

「そう、奴隷商人、物騒だろ?…だから、気を付けて行けよって言いたかったんだ。それだけだよ」

 奴隷商人。名前からして犯罪者である。もしかしたら奴隷が違法ではなかったりするタイプの世界かもしれないが、ミラクの口ぶり的にそれもなさそうだ。

「わかった。注意しとくよ。ありがとな!」

「特に路地裏とかは警戒しろよ。衛兵たちの目が少ないからな」

 母親並みに心配してくるミラク。まあ、知り合ったばかりといっても、顔見知りが犯罪に巻き込まれるのは嫌なのだろう。

「わかったわかった。それじゃ、俺は行くよ」

 さて、そろそろ本当にお別れ、一度はしたはずだが、今度こそは本当にお別れだ。

「ああ、俺からはもう何もない。じゃあな」

 そう言って、ミラクがこちらに右手を振る。こちらもそれに振返し、その場を後にしようと公園の出口へと進む。

 出口を通り過ぎる前、もう一度振り返り「ありがとな!」と声をかけてから、歩き出した。

 いい出会いだった。また会いたい、というより、きっとどこかでまた出会える、と、そう思えるような出会いだった。

 結局、話の道中に視えた『あれ』は何だったのだろうか。思い出すと体がこわばって呼吸が少し乱れてしまう。

 まあ、今は考えないでおこう。とりあえず、目標にしていた冒険者協会を目指そう。異世界はまだ始まったばかりだ、そう急いで結論を出す必要もない。

 ─ソウトの旅は進んでいく。次の未来を目指して



             ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



「あれ、誰よ」

 つい先ほど出会った少年が見えなくなったあと、横から声をかけられた。

「おお、誰かと思ったら、アキレアちゃんじゃないか」

「こんな人気のない公園で一人でいる中年に、声かけてあげる子なんて私くらいしかいないでしょ」

 何言ってんのよ。と手痛く返される。

「それで?さっきの誰なのよ」

「もしかしておじさんが知らない子と居たから妬いて…痛い痛い!」

「そんなに言いたくないなら、その口引きちぎってあげるわよ」

 そう言って口をつねってきた。年上を労わるそぶりすら見せない。厳しい時代になったものだ。

「早く言わないとほんとにちぎるわよ」

「ごめんごめん。別に誰でもないよ。ただの子供だ」

「あっそ」

 パッと手を離され、反対方向に体が傾く。つねられた場所がひりひりと痛みを上げる。

「ちょっと怪しくて警戒したけど、たぶんありゃ素だね」

「ならいいわ。あと、そろそろ時間よ」

「もうそんな時間かい?急がなくちゃね」

 空を見上げると太陽がほぼ真上にあった。時の流れは速いものだ。

 目の前の少女…赤毛に黄色い目をした少女が、手を差し出してくる。

「ロゼはどこだい?まさか遅れてるんじゃないだろうね」

「あんたじゃないんだから、もう詰所の前で待ってるわよ」

「そうかい。じゃあ行こう」

 その少女の手を取って立ち上がる。

「急がないとね、今日は大事な日だ」

「あんたが言うのね、それ」

 なんだか妙に気分が落ち着いている。今から出発だというのに。

「当り前さ、今日を待ってたんだ。──ずっと前からね」

「…知ってるし、それは私も同じよ」

 歩き出す。次第にそれは速くなり、駆け足となってゆく。

 果てしない晴天の下、町の中を行く。見知った顔達と一言交わしながらも、尚駆けてゆく。

 詰所の前まで来ると、見知った少年の顔が見えた。

「それじゃあ行こうか」

 手続きを済ませ、町を出る。少女と少年の目に、戦意がともる。それは自分も同じ。


「──大罪を、殺しにね」


 ただ一つ違うことがあるとするなら、自らに宿る戦意は、明確な殺意。ただそれだけである、ということだけであった。

誤字などあれば報告いただけるとありがたいです。

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