Saint Oath Online
「いやー、しっかしついに満員かー。面白い面子が集まったもんだよなぁ!」
「はは、お褒めに預かり光栄だよ」
「いや、お前を褒めてるわけじゃ……あー、でも集めたのはクロ、じゃなくてロザリオだもんなぁ! ちっくしょうっ!」
「キミのちっくしょうが聞けて嬉しいよ」
「キモいんだが……」
「キミのキモいが聞けて──」
「あーっ! もういいっ! そろそろ休憩時間終わるし電話切るぞー!」
「ああ、バイト頑張ってね、聖」
「おー、お前もそろそろ働けよー」
「はいはい……」
もうアラサーだというのに少女の面影が残る声色の相手との通話を切る。
いつか絶対に追い越すとか言ってた身長も僕の方がずっと上だ。面白い。
「……通話は終わりましたか? 《《ゲームマスター》》」
「ん、ああ」
背後から声をかけられ、仮面を被る。
「いい加減正体をバラしたらどうなんです? 無職を偽ってるの、意味わかんないんですけど」
「いやぁ、それはちょっとね」
「……アレですか? タイトルを『Saint Oath Online』から土壇場で『Sugoku Omoshiroi Online』に変えたのと同じ理由ですか? つまり、『ただ単に恥ずかしいだけ』!!」
今日は虫の居所が悪いのだろうか。部下の詰め具合がいつもより強い。困ったなぁ。
「……考えてごらんよ。幼い頃の『最高のゲームを一緒に遊びたい』っていう約束をずっと覚えてて、そのために全てを懸けてゲームを作った幼馴染だよ? オマケに、そのタイトルが明らかに自分を意識したものになっているんだよ? 引くでしょ? キモいでしょ?」
「今でも十分に引いてますし最高にキモいですよ」
「はは……言うねぇ」
「ロザリオさん、此処は禁煙ですし貴方は今仮面を被っていますしライターは持ち込み禁止です。余裕ぶろうとするのは悪い癖ですよ」
タバコを取り出して吸う素振りだけでも見せようと思ったけれど、ベッコベコにされた。この子怖い。
「はいはい……で、何の用だい?」
「さっきもチラッと話に出ましたが、タイトルの件で。来週の月曜から『Saint Oath Online』にタイトル変更しようかなと」
「え? 嫌だけど?」
「貴方以外全員賛成しているので、これはご相談ではなくご報告です」
「嫌すぎる……そうだ、このゲームマスターが直々に別のタイトルを考えようじゃないか。ソレを使おう。そうだ、そうしよう」
「……一応聞くだけ聞いておきます」
「『Sug《《g》》oku omoshiroi Online』」
「却下です。『すごく』が『すっごく』に変わってるだけじゃないですか。『どすこい』が『どっすこい』に変わるくらいどうでもいい変化ですよ。馬鹿にしているでしょう?」
「まあ、少しは」
「この状況でも馬鹿にできるなんて肝が据わっていますね。では」
「ああ、じゃあ来たついでに少し雑談でもしていかないかい?」
まあ、この子がこうなったらもう決定したようなもんだし、覆しようはない。万が一にも聖に気づかれたらと思うと気が気でないけれど、そのときはアレだ。
失踪しよう。
「……次の打ち合わせまではまだ時間があります。少しは付き合いますよ」
眼鏡をくいと上げ微笑する部下。
いかにも仕事できそうだな……いや、実際できるんだけども。
「……『恋人のダンジョン』、突破されたね」
「ええ、例の村長と幼馴染コンビに……まったく、あの電話がかかってきたときはどうしようかと思いましたよ」
「内心ヒヤヒヤだったよ。0どころかマイナスから立ち上げたこのプロジェクトがようやく実になってすぐのことだったからね」
借金をして会社を立ち上げて。予算を考えてBGMの不導入やビジュアルと体験特化等の方針を決めて。がむしゃらに働いて。それでようやくここまでやってきたんだ。それを軽々と潰せる権力が存在するっていうのは恐ろしいものだ。
「通話が終わって仮面を外したら大量の汗が流れ落ちたの、面白かったです」
「それは忘れてほしいんだけど……でも、ラッキーだったよ。彼女が求めていた幼馴染が僕たちのギルドメンバー、マトヤだったなんてね」
彼から話は何度か聞いていて、もしやと思ってはいたけれど、実際に電話がかかってきて初めて点と点が繋がった。
「まあ、そもそもGMが普通にプレイヤーとして副ギルド長をやっているのはどうなんだと思いますけど……今回は功を奏しましたね」
迷惑をかけられるのが当事者のマトヤを除けば主に僕だけなので、今回の計画に踏み切ることができた。
「まあ、色々あったみたいだけど、丸く収まってよかったよ……」
「ダンジョンクリアまで一ヶ月半かかったのはどうかと思いますけどね」
「二人の実際の攻略期間は四日くらいだよ?」
「世界トップクラスのプレイヤー二人を基準にしないでくださいアホ」
「シンプルな罵倒になってきたね」
「私もテストプレイしましたけど、二人の実力に合わせているせいでとんでもない難易度だったじゃないですか。しかも、『力の剣』がなければほぼクリアできない!」
「なくてもあの二人なら何回か繰り返せばクリアできたと思うけど……まあ、一般プレイヤーには必須だね。力がなくちゃ何にも出来ないから」
「めんどくさそうなので闇深そうな発言は無視しますね」
「あはは、手厳しいな……」
だからこそ、気に入っている面はあるのだけれど。
「……それでも、意外でしたね。ロザリオさんのことだから協力すると言いつつ、密かに嫌がらせするんじゃないかと思っていましたよ」
「僕を何だと思っているんだ。大正解だよ……けど、そうだね。今回はそうしないことに決めたんだ」
「あの村長に感情輸入でもしました?」
「まあ、そうだね。報われてほしい、とは思ってたよ」
そうすれば──
「そうすれば自分の歪んだ感情もいつか報われるような気がしたからですか? ヤバいですね」
「人の心を先読みするのはやめようか。でも、そうだね。その通りで、彼女は報われて……微笑ましく思うとともに羨ましいよ」
僕のこの気持ちも、いつか実る日が来るのだろうか。
「まあ、行動できないのなら一生そのままでしょうね。それでは、打ち合わせの準備がありますので、失礼いたします」
雑談の最後までたっぷり毒々しさたっぷりだった。
……『恋人のダンジョン』が毒たっぷりのダンジョンだったの、彼女をイメージしながら作ったということを知られたらどうなるだろうか。
……怒られるだろうなぁ。まあ、それはそれで面白いか。
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次回、最終回です。
本日(7日)の20時頃更新を予定しております。




